第4話 とんでもないピンチ


「え、は……」


 腰を抜かした有声は、その場から動くことができずにいた。目の前にいる存在の圧倒的な力を感じ、声をまともに出すことすらままならない。

 どうしてこうなったと考えても、すでに手遅れだった。全てが上手くいかなかったとしか言いようがない。ここに来たのが間違いだった。そう後悔しても、この状況が変えられるはずもなく。

 数分前の自分の行動を、ただただ呪うことしか出来なかった。



「この近くで、伝説級のドラゴンが現れたらしい」


 森の中で昼休憩をしている最中、どこからか鷹が飛んできて、ダンの腕にとまった。その足に括り付けられていた紙を広げ、じっくりと中身を読んだ後、重々しい口調で言った。有声以外の人が、信じられないとばかりに息を飲んだ。


「ど、ドラゴンだって?」

「しかも伝説級なんて」

「どうして、そんなのがこの近くに現れたんだ。まさか、誰かが目覚めさせたのか?」


 腕がたつランバール団でさえも、全員が怯えた表情を浮かべていた。それぐらいドラゴンが驚異的だと、有声は知らないのに怯えが伝染した。


「みんな、静かに」


 ざわめきはとどまらないかと思われたが、ダンの一声で静かになる。さすがリーダだと、有声は感心した。しかし、彼の拳が強く握りしめられているのに気づいてしまう。ダンも顔には出さないだけで、恐怖を感じている。それが分かってしまい、こめかみに汗が流れた。


「この情報が事実か、俺達は確かめなければならない。怖い奴はついてこなくていい。来られる奴だけ来てくれ」


 すぐには、誰も何も言わなかった。それほどドラゴンが怖いのだ。有声は自分が声を出していいのか迷って、おずおずと手をあげた。


「俺も、ついて行っていいですか?」


 一斉に視線が有声に集まった。まさか彼が、最初について行くと言うとは思ってもみなかったようだ。ダンさえも驚いていた。


「ユーセイさん、自分が言っていることを理解しているのか? ドラゴンだぞ?」

「皆さんの反応で、なんとなくは理解しているつもりなんですが」

「……なんとなくじゃ困る。命の危険があるんだ」


 静かに怒っているダンに、有声は怯まなかった。むしろ、詰め寄って頼み込む。


「命の危険があるのは分かっています。でも、皆さんの役に立ちたいんです。足でまといにならないように気をつけますので、後ろで隠れているので……駄目ですか?」


 その勢いに押され気味になり、どうにか断ろうとしたが、最後は熱意に負けた。


「……絶対に後ろに隠れていると約束してくれ。今回は調査だけの予定だが、戦闘になる可能性もある。そうなったら、さすがに守れないからな」

「はい、約束します」


 ため息混じりに妥協案を提案され、有声はそれを受け入れた。無謀なことをしている自覚はあるが、それよりも有声はどこかで興奮していた。元の世界では、ドラゴンは完全に空想の生き物だった。恐ろしい存在だとは感じていても、見られる機会があるのならば見たいと思ったのだ。

 見るとは言っても、安全な距離をとって近くには絶対に寄らない。憧れを優先させて死ぬのはごめんだと、固く誓ったはずだった。


 しかし、有声の目の前には怒り狂っているドラゴンがいた。それも、たやすく害を加えられる距離で。腰の抜けた有声は、ただ圧倒的な存在を見上げることしかできない。逃げようと必死に体を動かすが、ただ地面を引っかくだけだった。

 洞窟の上空に光が差し込み、ドラゴンの体を照らしている。10メートル近くはある体長は赤黒いうろこで覆われていて、一閃すれば真っ二つになりそうな鋭い牙、人などたやすく丸呑みできそうな大きな口から出る怒りの咆哮が洞窟内を震わせていた。

 ランバール団で調査に参加すると決めた人達についていき、ドラゴンがいるという洞窟へと入った。何が起こるか分からないため、有声は最後尾を歩いていた。運動不足の体にむち打ち、なんとか置いていかれないようについていった。


「情報によると、ドラゴンは最奥に巣を構えているらしい。まだ伴侶を見つけていないようだが、繁殖されたら近隣の国は全て消え去るな」

「……そんなにドラゴンって、好戦的なんですか?」

「俺達人間も悪かった。ドラゴンから採取できる牙や爪、鱗を欲しがって乱獲したんだ。そのせいでドラゴンは今や希少種だ。生き残ったのは、それだけ強い証でもある。と同時に、人間に強い憎悪を抱いているってことだ」


 裏事情を聞きながら、洞窟を観察していた有声は足元を疎かにしていた。


「へっ?」


 間の抜けた声を出しながら、彼の体は浮遊感に襲われる。床が無いと気づいた時には、すでに下に落ちていた。自分の名前を呼び焦った声を耳にしつつ、衝撃を覚悟する。

 しかし予想していた痛みはなく、弾力のある何かがクッションとなって怪我をせずに済んだ。

 そのクッションがまさか、件のドラゴンだったなんて、さすがに有声も分かるはずがなかった。気づいた時には、激怒しているドラゴンを目の前に死を覚悟した。

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