第3話 そんなスキル


 ざわめきの理由が分からず、有声はおそるおそる目を開ける。


「え、っと、どうしましたか?」


 自身が何かを仕出かしたのかと、引きつった顔で尋ねた。こういう時の相場は、有声にとんでもなく強いスキルがあると発覚するというもの。本人も、どこかでそれを期待していた。実は主人公になれるのではないかと、胸を高鳴らせていた。

 しかし目を開けた先、どこか気まずそうにしているランバール団の面々を視界に入れて、そんな期待をするのは無駄だと悟る。同情をする目。弱者に向ける感情。その相手はもちろん有声だ。


「ユーセイさん。……まあ、気を確かに持ってくれ」


 ダンが彼の肩に手を置き、慰める。他のメンバーも口々に、慰めの言葉をかけ始めた。


「そ、そうだ。スキルなんて関係ない」

「ユーセイさんには、他にもいいところがあるって」

「そうそう」


 慰めの言葉をかけられればかけられるほど、駄目な事実を突きつけられる。そこまで酷いものだったのかと、尋ねるのは恐ろしいが有声は聞く以外に無かった。


「どんなスキルだったんですか?」

「えっと……」


 口ごもるダンは、視線をそらしながら小さな声で答えた。


「……『通訳』だ」


『通訳』と聞き、有声は別に嫌なスキルではないと拍子抜けする。もっと変なものを予想していただけに、同情の視線を向けられるレベルではないと光が差し込んだ気がした。

 通訳であれば、どんな国に言っても会話に困らない。仕事を探すのも有利に働くのではないか。そう期待した。

 しかし、ダンが次に放った言葉に、期待はもろくも崩れさる。


「……このスキルは、誰でも持っている。産まれた時から」

「誰でも……」


 そこで有声は思い出した。男子高生も、普通に王様と会話をしていたのを。つまり、彼も同じスキルを持っていたのだ。全員が持っているのならば、価値は見いだせない。


「……それ以外のスキルを、俺は持っていませんでしたか?」


 無駄なあがきだとは分かっていても、可能性にすがりつきたかった。何も無い、この世界の知識も無い、やれることも無い、そんな使えない人間が生き残れるほど、優しい場所だとは楽観視できなかった。

 ダンは必死な有声に同情しながらも、はっきりと首を横に振った。


「……残念ながら、それ以外は無かった」


 無理だ。有声の頭には、その言葉しか無くなった。平和な人生を送っていたから、今から冒険者やランバール団みたいな傭兵になれる気もしない。すでに20代後半という年齢は、どう足掻いても人生を逆転できそうになかった。

 コネもツテもないのに、どうやって生きていくのか。初めての召喚ではないということは、知識チートは使えない。すでに伝わっているだろうものがほとんどで、有声の頭にある知識では到底太刀打ちできない。

 そうなれば単純な力仕事しかないが、身元不明の人間をそう簡単に雇ってくれるところはないだろう。

 考えるほど、有声の未来は狭まっていく。


「あー、えっと、ユーセイさん。行くところが無いなら、しばらく俺達と行動していいからさ」

「申し出はありがたいのですけど……俺はお役に立てることがないです。ご迷惑をかけるのは……」


 出来ても雑用。戦闘もろくに出来ないのでは、ランバール団にメリットは無い。本心では一緒に行動したいと考えていたが、迷惑をかけるのも嫌だった。


「それなら、次の国までは一緒に行動をさせてくれ。森の中で1人置いていったら、数分もしないうちにお陀仏だ。それは、こっちも夢見が悪い」

「そう言っていただけたら、こちらとしてもありがたいです」

「ユーセイさんは奥ゆかしいな。なんだか危なっかしいから、俺達が行ったことのある国で比較的安全なところに連れていく。そこなら事情を話せば、仕事や住む場所も見つけられるはずだから」

「色々とすみません」

「困った時はお互い様だよ。ユーセイさんは、巻き込まれただけなんだから。もっと怒ってもいい。ごめんな、勝手な都合でこんなことになって、辛いだろう」


 有声を年下に見ているのか、子供を慰めるように、ダンは頭をぐちゃぐちゃに撫でた。髪を乱されながらも、有声は胸に温かいものが広がるのを感じる。

 怒ってもいいのだと言われて、彼は目からウロコが落ちる気持ちだった。流れるように色々と物事が進んだせいで、怒りの感情を忘れていた。とにかく生き残らなくてはと、それしか考えていなかった。


「前の世界に未練があるかと言われれば、まあ少しはありますけど……待ってくれる家族がいるわけでもないですから。もう帰れないと決まっているのならば、クヨクヨしている時間がもったいないです。それなら、早く慣れるように頑張りたいと思っています」

「……ユーセイさん、あんた本当に良い奴だな! 感動した!」

「うわっ、ちょっ。ちぎれっ」


 掻き回す勢いに、首がちぎれそうになりながら、有声はどこかで今後の自分がどうなるのかと憂いていた。それでもすぐに、何とかするしかないと気持ちを切り替えた。

 その切り替えが、無駄だったと数時間後に考えることになるとは知らず。

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