第2話 台湾で会った中国人の大学生

  10年前、台湾の高雄という町から日月潭かどこかの観光地へ日帰りのツアーに参加した時のことです。

  私はバスの一番前、運転手の斜め後ろの二人掛けの席の窓側に座りました。

後ろの座席には、10数人の中国人大学生が陣取っていました。

  出発して15分ほどすると、体の大きな男子学生が来て「ここに座っていいか?」と私の隣の席を指さして言います。

  一瞬、どういうことかわからなかったのですが、条件反射的に「ああ、どうぞ」と答えました。


  彼は大きな体を椅子に沈めるや、こんな質問をしてきたのです。

  「お前たち日本人は中国人が嫌いか ?」と。

  これには、さすがの私もびっくりしましたが、道を歩いていていきなり殴りかかられるのは、中学・高校時代の常であり、大学日本拳法時代も試合時間3分間は殴りっぱなしの私ですから、即座にこう答えました。


「好き・嫌いの問題ではない。」

「私の服・腕時計・パソコン・リュックサック、あらゆるものがMade in Chinaだ。

  個人としてこういう中国人は好きだがこういう中国人は嫌いだ、関羽は好きだが曹操は嫌い、なんていう話は有るかもしれない。

  しかし、国家間の付き合いとして、中国は日本にとって必要不可欠の存在だ。日本だけではない、世界中、いったいどこに中国とケンカして得になる国があるのだ。中国という国がなければ、地球上で必要なものの半分は消えるし、残りの半分の値段も数倍になる。世界中の経済が機能しなくなるではないか。」ということを、流ちょうな英語なら15分で足りる内容ですが、私はへたくそなので、30分位かかって説明(主張)しました。


  すると、次に彼は「ソニーやパナソニックは、なぜあんなに落ちぶれて(衰退して)しまったのか ?」と聞いてきます。


  これまた、私は四苦八苦して以下のことを英語で話しました。

  「世界にはロスチャイルドとロックフェラーという二大勢力がある。その上に更にいるのかもしれないが、とにかく、世界中の政府も企業もこの2つの巨大金融資本家のアンダー・コントロール下にある。・・・。」

  彼は、私の下手な英語と突拍子もない話を辛抱強く、約1時間にわたって聞いていましたが「わかった。いい話をありがとう。私は浙江大学の学生です。」と言いましたが、ちょうどバスが目的地に到着し減速したこともあり、彼はゆっくりと席を立ち、後ろの席へ戻っていきました。


  とまあ、これだけなら、どうってことはない話なのです。

  しかし、この出来事が「思い出」として強く私の心に残ったのは、その日の観光が終わり、バスが高雄へ向かって走る帰りのことでした。


  18時に観光地を出て帰路を走るバスは、さながら(酒なしの)カラオケ店になりました。

  バスの後ろに陣取った大学生たちが、かわるがわるに中国語の歌を歌いますが、特に男性が歌う時には大音量で、まさに私が大学生の頃、日本拳法部の新入生歓迎コンパや入試課の打ち上げコンパ(酒なし)で歌った時のように、窓ガラスが割れんばかりの絶叫です。

  その最たる主役は、行きのバスで私の隣に来た、例の学生であったようです。

バスが信号で止まるたびに、隣のレーンの乗用車やバスの乗客が、驚いてこちらを見るくらいの大きな声です。


  カラオケ開始30分位で、北京大学の(エリート)学生は、焦燥した顔で前の方に移ってきました。同じ中国人でさえ悶絶するほどの大騒ぎ、ということなのです。

  私はといえば、同じく大学生の頃、彼らと同じように(酒なしで)狂気じみた大声で歌を歌い、周囲の大顰蹙(ひんしゅく)を買ったという「前科」がありますから、何も言えません。

  それに、私という人間はどんなに騒音が喧しくても「本当に眠ければ寝てしまう」という考えというか体質なので、ノイローゼになったりすることはないのです。


  この日が、私にとって永遠に忘れないというくらいの「楽しい思い出」になったのは、20時ころ高雄に到着してバスを降りた時でした。


  やれやれ、なんていう感じでバスの横で背伸びをして、軽く体操をしていた私の傍に、彼らの仲間の女子学生が来ました。私は、決して皮肉ではなく心から「中国人は元気があっていいね。」と言ったのです。


  すると、彼女はニコッとしながらも「It’s your fault.」(あんたの所為よ)と言うのです。「エエッ?」という顔をする私に彼女は続けてこう言いました。「あなたが、中国人がいないと世界経済が回らない、なんて言うから、彼らすっかり舞い上がっちゃったのよ。」と。

  「君も浙江大学生なの?」と聞くと「私はモンゴル(大学 ?)よ」と答えてくれました。

  私に学生時代のような馬力(と金)があれば、皆で一緒に飲みにでも行こう、とか言ったかもしれませんが、貧乏人のじじいですから「楽しい奴らだぜ」なんて思いながら、草むらに放り込んであったおんぼろ自転車に乗って、早々とアパート(友人の別宅を間借り)へ帰りました。


  誠に中国人というのは、直線的で・勇猛で・豪快な奴らだと、帰宅して熱いシャワーを浴びながら、私は深く感じ入りました。(その日の観光中は、特に何も考えずに景色を見て楽しんでいただけでしたが。)


  私は約2年間、2つの台湾の大学寮に居ましたし、台湾自体にも10年近くおりましたが、かの中国人のように「単騎、敵陣に乗り込み、関羽や張飛のように斬りかかってくるような武者」に出会ったことはありません。


  「おい、日本人は中国人が嫌いか ?」なんて、簡明直截を好む体育会系の私にとっては、シビレルくらいの(凄みのある)名文句です。さすがは天下の中国人だと、思いました。

  そして、私もまた「おう、上等だ! おれも天下の日本人だぜ。」という自負で、その勢いに応えました。

  残念なことに、私の英語がpoorであったので、関羽や張飛と丁々発止の激戦を繰り広げる、なんてことはできませんでしたが、私にとって台湾で最も楽しい思い出となりました。

  中国人よありがとう。


 


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