処遇と提案

「…」


「…以上が異変の全容です。」


「…」



 翌日、俺は我等がギルド支部長に昨日の一件について洗いざらい報告した。


 浅層の状況や例のスライム、セラ嬢やその身の上について。その全てを報告書を伴って事細かに説明する。


 最初は腕を組み威厳ある姿でふんぞり返って聞いていた彼も、話が後半に進むにつれてしなしなと萎れるように小さくなってしまう。


 説明を終えた今ではもう真っ白になって項垂れてしまっている。



「大丈夫ですか?」


「…これが大丈夫に見えるか?」


「まぁ…」


「見えるのか…」



 いつもの俺と変わらないじゃないか。

 同類を見つけたみたいでむしろ感動しているまである。



「…事情はよーく分かった。とりあえずスライムの回収は終えているのか?」


「ええ勿論。彼女曰く、あの個体以外には存在しないとのことです。」


「それは良かった…まあ恐らくあそこは数日から数週間は封鎖する事になるだろうがな。それは良いんだ…」


「…スライムは兎も角、セラさん自身について、ですか?」


「…そうだ。彼女は王国においても帝国においても犯罪者だ。その扱いは…非常に難しい。」



 元より彼女は法を犯したゆえに帝国から逃げて来た存在だ。しかもそれだけに収まらず他国でも犯罪を重ねている。

 本来なら今頃豚箱に放り込まれているような人物であり、況してやこの世界で人権が主張できるはずもない。


 彼女の一連の行いが明るみになれば最悪国際問題にさえなり得るそこそこの爆弾。


 それがセラ嬢である。



「それを…全く、とうとう頭がイカれたのかと思ったぞ。」


「失礼ですね。こんなにも冴えた男だと言うのに。」


「どの口が言っているんだ。」



 俺の様子に彼は呆れたようにため息を吐く。



「まあ、紙の上では話も進まんか…。俺とてもう了解したことだ。」



 マルケスさんは持っていた報告書を机にそっと置き、億劫だと言うように椅子から立ち上がってドアへと向かう。


 俺はそれと共にドアノブに手を掛け、開く。



「…お。おぉ!お前が支部長とやらなのだな!」



 その先にはソファーに座り込み尊大に、いや生意気にもそんなことそんなことを言う少女がいた。


 世紀のマッドサイエンティスト、セラ嬢である。



「…あー、知っているかもしれないが、俺は依頼派遣兵ギルドヴィキタス支部長マルケス・バーンだ。よろしく頼む。」


「改めまして、同じくギルド職員フェルス・コールナーです。」


「うむ!私は天才魔導科学者セラなのだ!よろしくなのだ。」



 相も変わらず元気にハキハキとした様子で自己紹介をする。

 自分が犯罪者だと言うことを忘れたのだろうか。


 マルケスさんに目配せをすれば彼も彼で珍獣を見るような目で彼女を見ている。


 よく分かるよその気持ち。


 本来なら彼女はもっとひっそりと、それこそあの森の中で暮らしていたようにするのが普通なのだが、彼女は何故かこうして堂々としている。



「フェルスから話は聞いている。そちらの方は問題ないか?」


「勿論なのだ。私としては願ってもない話なのだ。」


「では、まずはこちらの書類にサインをしてもらう。…しっかりと呼んでくれよ…?」


「任せるのだ!」



 マルケスさんはセラ嬢に一枚の契約書を渡す。


 意気揚々と紙を受け取りペンにインクをつけた彼女であったが、ふと考え込むようにしてぴたりと手を止める。



「…今更だが、本当に良いのか?自分で言うものではないのだが私は二国の…特に帝国においてはそこそこの無法者なのだぞ?」



 彼女は手に取ったペンをペン立てに刺し、今一度目の前の紙切れに目を向ける。



「仮所属とはいえ…ギルド支部の研究員として迎え入れる…。フェルスから聞いた時は考えもせず飛びついたのだが…」


「確かに研究員とは言っても本来そんな役職は無い。故に言ってしまえば囲う為の方便のようなものだ。しかし無いなら作れば良い。」



 そう、俺が彼女に提案したのは『知識を提供する代わりに経歴の隠蔽と保護を行うこと』である。


 我ながら何とも短絡的というか、穴だらけではあると思う。



「分かっているのだ。私が聞きたいのはそこでは無いのだ。言わなくとも分かるだろう?」



 つまり、彼女のメリットに対して、ギルドが犯罪者に手を貸しているという事実が漏洩するリスクがあまりにも大きい、ということだ。


 外部には彼女の研究内容を知る存在がある上、新種のスライムが出現しているという情報は既に出回っている。


 マルケスさんは彼女のその指摘に頷く。



「…君の心配は最もだ。…だが俺は情報の隠蔽自体はそう難しいことでは無いと考えている。」


「…」



 先程彼女のことを爆弾だと表現したが、爆弾とて爆発しなければただそこにあるだけの危険物でしか無い。


 極論、スイッチさえ押させなければ良い。


 彼女はじっ、と見定めるようにマルケスさんを見詰める。



「サインする前に…聞かせてもらえるか?」


「勿論だ。まず上への報告だが…これに関してはいくらでも取り繕えるだろう。何ならスライム正体が不明であることを理由に一時的に一帯を封鎖してもいい。幸か不幸か【摩天龍】の件で上はそれどころでは無い。」


「そして君の経歴に関してだが、ハッキリ言って仮にバレたとしてもこれは王国とて明るみにはしたくないはずだ。」


「…ほう。」



 彼の言葉に目を光らせるセラ嬢。

 沈黙し、目で訴えることで話の続きを促す。



「その理由の一つは国境を犯罪者、それも浮浪児に突破されたということだ。こんな事実がもし国民に知られれば王室の信用は大きく下がる。当然だ、それだけ危険な存在が身近なものとなるのだからな。」



 果たして犯罪者を易々と通すようなセキュリティに誰が安心できると言うのか。


 そしてそんなものしか用意できない国は一体何をしているのか。


 国民からすればそう思うに違いない。



「二つ目は単純な国家間の関係悪化を抑える為だ。帝国と王国は一つの国境で区切られただけの隣接国同士。加えて両国とも世界屈指の大国だ。『帝国人犯罪者が王国へと逃げた挙句更に罪を犯した』ともなれば、それは一つ目の理由と併せて王室の顔に泥を塗るようなものと言える。」


「そうなれば不和が生じる。それだけではなく、そこで牽制し合うようになれば、隙が生まれる。恐らく彼らが最も回避したいのはそれだろう。」


「これが、俺が君を保護できると言った理由だ。」



 一頻り話し終えた彼は「どうだ?」というように彼女を見返す。


 セラ嬢はその視線を受けると僅かに口角を上げ———



「詭弁なのだ。」



 そうバッサリと切り捨てる。



「…どちらかというと言い訳だな。」



 そうしてお互いニヤリと嗤い合い、吐き捨てるように言う。



「国家間の隙云々は言う通りかもしれないが、帝国の犯罪者が王国内でも犯罪を犯していることなど前例が無いわけではないのだ。それが国はともかく・・・・・・王室の信用に直結すると言うならば、王国民の民度と忠誠心を疑わざるを得ないのだ。」


「それに、そうした者を国が裁いてこそ威信に繋がるというものなのだ。」


「その通りだ。だからこそ言い訳・・・なんだ。」



 マルケスさんは彼女の指摘を最もだとして、その上で話を続ける。



「君の言う通りそれらは明らかに矛盾している。だがそんな言い訳でも通用すると俺は思っている。それは…」


「…『超変異』か。」


「そうだ。」



 超変異。

 セラ嬢の発見した、彼女が天才であると認めざるを得ない新事実。


 これこそが今回の件の鍵である。



「この情報を誰よりも欲しがっているのは他でもない我々依頼派遣兵ギルドだ。だがそれは王国も例外ではない。」


「…【摩天龍】だな。」


「帝国も似たようなものだがメルギトロ大陸は地理的には王国に近いからな。例の件でも動いているのは王都支部だ。」



 王国全体にとっての何よりの不安要素は【摩天龍】の存在である。

 もし仮に奴が動き出した場合、最初に被害を受ける可能性が高いのは王国だ。


 その存在の正体に迫ることができる鍵を自ら捨てるなど考えられない。



「とは言え、これはあくまで詐称がバレた時の言い訳だ。こんな地方に一々探りを入れるなどということはないだろう。仮にバレればこう言ってやれば良い。『我々は王国の混乱を防ぐために尽力した』、ってな。」



 確かに報告偽装は罪ではあるが、何事にも特例というものがある。


 向こうも詳細を知ればもしかすれば協力的になる可能性すらあるが、面倒ごとが舞い込んでくる懸念も捨てきれない。

 それなら向こうが動くまでこちらは構えている方がいい。



「…成程。そちらの国内事情は理解したのだ。だがアイツら・・・・はどうするのだ?」


「…君の所属していたという研究会か。」


「うむ。」



 問題は国内だけではない。

 帝国が直接関与してくることはないだろうが、そこに存在する彼女が所属していた組織がどう動くかわからない。

 彼女の功績を横取り、ないしは邪魔してくる可能性もあるだろう。


 だがそれに関してはさして重要ではない。



「仮に彼らが出張って来た場合、調査が行われるのは王国内だけでなく彼等の研究所も同様だろう。そうなれば君の痕跡もそうだが、発言した彼等自身とて探りを入れられる可能性は十分にある。…同じ研究者として、どうかね?」


「…論外なのだ。」


「だろう?」



 彼女の所属していた研究会は拠点を帝国内に置いてはいたものの消して帝国に所属しているわけではなかった。

 そんな彼等が帝国からの使者による研究所の調査というリスクを冒してまで進んで発言するとは思えない。


 …加えて言えば彼女のような違反者が一人とも限らないしな。

 そんなものが何人も居れば組織存続自体が困難だ。



「…以上が、俺がフェルスの案を了解した理由だ。」


「…」



 全容を聞いた彼女は契約書を手にしたまま目を閉じ、考えるようにして黙り込む。


 もしここまで来て拒否するというのならば———




「選択肢など最初からありはしない。宜しくお願いするのだ。」




 俺が背後で組んでいた手を解くと同時、彼女は持っていたペンでサラサラっとサインをしてマルケスさんへと突き出した。



「…あぁ、こちらこそな。」



 そうして二人は手を取り握手をする。


 それぞれ思惑があるのであろうその一瞬の交錯は果たして俺に取って良いものなのか悪いものなのか。


 …出来れば仕事が減ってくれることを願うばかりである。


 こうして俺の心に不安の種を残したまま、新種のスライム事件は(一先ず)幕を閉じるのであった。

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