森の無法者
「…だ、誰なのだ、お前は…!?」
俺はわずかに肩を振るわせる。
元よりここの家主の土地ではないはずなので勝手に入ったところで問題はないのだが、他者のプライベート空間を物色していた自覚はあったため少々焦る。
そうして思わず扉の方へと振り向く。
そこにいたのは———
「……子供…?」
絹のような白い髪に陶器のようなシミ一つない白い肌、ピンクダイヤモンドの如き澄んだ桃色の瞳。
飾りっ気のない白のワンピースのようなものを身につけており、靴などは履いていない。
リアーナ嬢よりもさらに小柄な、というか幼いであろう少女。
森の無法者とは子供だったとでも言うのか。
「…貴女が、ここの家主で間違いないでしょうか?」
俺は思いもよらない事実に惚けたものの、すぐに思考を切り替え怪訝な目で彼女を見つつ問う。
一方彼女は未だ距離を取り怯えたように身を縮こまらせている。
「…お、お前誰なのだ!答えろ!」
そんな様子を見せつつも虚勢を張るように大声でこちらに尋ねる。
ふむ。確かにこの場合、不当占拠とはいえ俺が侵入者であることには違いない。ならば先に名乗るべきだろう。
それに相手は子供。下手に威圧感を与えて怯えさせてばかりでは話も進まない。
「失礼しました。俺は依頼派遣兵ギルドヴィキタス支部に所属しおります、フェルスと申します。ここは貴女の住んでいる所と見てお間違い無いでしょうか?」
俺は勤めて柔らかい印象を以て話す。
彼女は俺が自身の正体を話したことで僅かながら信用したのか、距離をとりつつもこちらへと向き直り口を開く。
「そ、そうだ。」
まあだろうな。
彼女も俺と同じように何らかの調査やら探検やらで見つけた可能性も否定はできないが、こんな少女が一人で、と言うのは些か違和感もある。
「お名前は?」
「…」
めっちゃ警戒されてるやん…前世ならすぐにでもポリスメンが飛んできそうな光景だ。
大変だ、何も悪いことしてないのにすごい罪悪感感じてきた…
でもそりゃそうか。自分の家に知らない男が入ってきてるんだもんな。
前世ならもう事案だ。
…考えてみると仕事で面倒で堅っ苦しい奴らと対面することはあっても、こうやって子供を相手にすることがないからどう接するべきなのかがわからない…
あ〜!泣きそうな顔しないでっ!
◇
「…」
「…」
何とか落ち着かせることに成功した俺は、改めて彼女と向き合っていた。
しかし、何だろうか。改めて向き合ってしまったことで余計に気まずくなってしまったような気がする。
向こうも絶対に目を合わせないと言う強い意志を感じるし…
両親や親のような人がいるなら話も早いんだが…地雷っぽいもんなぁ…
「…改めて、初めまして。依頼派遣兵ギルドヴィキタス支部所属、フェルスと申します。俺がここにいた経緯ですが、この森にもある異変が生じておりまして、その調査をすべく参りました。」
とりあえずはこちらの事情を話す。
相手は子供と言えど関係者である可能性が大きい。何か情報が得られるかもしれない。
「その調査の最中、偶然ここを発見しまして…この森に住人がいると言う情報は存在しなかったために追加で調査をさせていただいておりました。」
「…」
…と、言ってもわかんないよなぁ…
この子からすれば俺は勝手に家に入ってきた不審者、ってことでしかない。
なんか訳ありっぽいし、俺を“知らない男”としてだけでなく全く別の意味で警戒している可能性もある。
だがここまで来て何も情報をを得ずに帰るわけにもいかない。
せめて彼女が何処から来たのか、何者なのか、ついでに保護者は居ないのかくらいは聞きたい。
「…セラだ。」
俺がそう思考を巡らせていると、徐に彼女が口を開く。
セ、セラ…?
「…あの、一体…」
「名前なのだ!私の名前!」
あぁ名前ね。
急につぶやくから何のことかと思ったよ。
彼女の名前を把握した上で、改めて彼女に尋ねる。
「…では、セラさん。まずここがどこだかご存知でしょうか?」
「…何のことを言っているのだ?」
「…そうですねぇ、では少し言い換えましょうか。此処が王国の所有する森の中で、少なくともあなたの土地ではないということはご存じでしょうか?」
正直遠回しに言っても仕方がないので単刀直入に聞く。
「………………知らないのだ。」
「知ってますね。」
「し、知らないのだ!ほんとなのだ…」
思いっきり溜めたかと思えば俺から目を晒しつつそう言い張るセラと名乗る少女。
ぴゅーぴゅーと下っ手くそな口笛を吹き、よく見ればタラタラと冷や汗まで垂らしている。確信犯じゃねえか。
「…なるほど、不法占拠にほら吹き…と。」
「うわああ!ちょっと待つのだ!」
「俺に触れれば手を出したと報告します。」
「それこそ虚偽だろ!」
なんださっきまで黙りこくってたくせに急に喋り出したなこの子。
彼女は乗り出した体を引き再度席に着く。
俺は一と息を吐き場の空気を整えたところで仕切りなおす。
「…まず、ご両親は…?」
「…いないのだ。」
だろうな。
「…失礼しました。」
そういってわずかに目を伏せ謝罪を口にする。
正直見当のついていたことではあるが確認しなければならないことではある。
彼女の見た目は大体12,3歳といったところだ。そんな歳で正式な手続きもせずこんなところに住んでいるなんて訳アリでしかない。
よくよく部屋を見てみれば複数人で暮らしている感じでもない。ベットは一つだし、二人で住むにしたって狭い。机はそれなりの大きさだが椅子は一つ。趣味や仕事関連のものは研究関連のものばかり。
資料系統に関しては子供であろう彼女のものなのか不明だが、それ以外の点がどうも一人暮らしにしか見えない。
俺が一人暮らししている時もこんな感じだったし。
そのあたりさらに深堀したいところだが、この様子だと望んだ答えは返ってこないだろう。
「…私の記憶が正しければ、つい数週間前までの調査では貴女のような人物を見たという報告は無いんです。…貴女、どこから来たのでしょうか?」
俺は眼を鋭くし、睨むようにして彼女を見やる。
すると彼女は観念したのか気まずそうにして、
「…帝国なのだ。」
「…は?」
「帝国から来たのだ。」
そう、はっきりと口にした。
「元々は帝国の研究会に所属していたのだがな…その研究内容がどうにも良くないと切り捨てられてな。見返してやろうとこっちに来たのだ。」
彼女はそのまま聞いてもいないことまで語り出す。
いや、元々聞くつもりだったけどさ…
それにそうなると疑問が湧く。
「なぜ態々王国へ…?」
別に個人で研究するなら帝国内でもいいだろう。
「…それなんだがな…まず私は研究者としてのライセンスを持っていないのだ。」
「いきなりアウトですね。」
もうそれだけで理由十分じゃん。
そんな俺に構うことなく彼女は続ける。
「そして…私の研究内容が『遺伝子組み換え技術』なのだが…」
「はぁ…それが何か?」
遺伝子組み換え技術。
生体に記録されている遺伝子をいじることで、生物に自然には発生し得ない変化を人為的に起こす技術。
どうやらどの世界でも人間が考えることは同じらしく、驚いたことにこのファンタジー世界にも存在していたのだ。
まあ、魔法だけでなく科学だって一応は存在している世界だ。生体の遺伝子に目をつけることだってあるのかもしれない。
よく食材などに量されるイメージがあるこの遺伝子組み換え———もとい、遺伝子改良であるが過去には魔物を戦闘に特化したものへと改良しようとした例もある。
だが、それは倫理的に問題があるとして禁止され………あ。
「…まさか…」
「…………魔が指したのだ。」
「とりあえず詰所まで行きましょうか。」
「ま、待つのだ!は、話をっ———力強っ!」
もうこれダメだろ。御用だよ。
俺は森の外まで引き摺り出そうと彼女の腕を掴む。
見た目だけは幼い子供に対して少々乱暴であることは自覚しているが致し方ない。相手はただのマッドサイエンティストである。
「ぐっ!そ、そうだ、お前この森の異変の調査に来たのだろう!?情報なら幾らでも話すのだ!」
「…」
ほう、情報ねぇ……ならばそうだな、早速本題に切り込もうか。
俺は彼女の手を離し席に着く。
彼女もホッとしたような表情をし、向かいに座った。
「では聞きますが…先程俺はここへ異変の調査へ来たと言ったかと思います。そしてその異変というのがとある『新種のスライム』の出現に関するものなのですが…」
俺がそう切り出した瞬間、彼女目がキラリと怪しく輝く。
「よくぞ聞いてくれたのだ!」
「まだ何も聞いてないです。」
俺が言葉を零すも聞こえてないかのように語り出す。
「あのスライムは私が研究する中で生み出した『遺伝子の変化によって直接性質を変化させた魔物』なのだ!」
『ドンっ!!』という効果音がつきそうな程に声高らかにそう言うセラ嬢。
自信満々な彼女とは対照的に、俺は彼女の言わんとしていることがいまいち理解できなかった。
一先ず倫理的な問題は置いておいて、確かに魔物の性質を変化させることは素直に凄いと思う。
だがそれは遺伝子操作という分野においては当たり前のことなのでは無いのだろうか?
俺のそんな心中を察したのか彼女がまるで馬鹿な奴を見るかのような目で俺を見下ろす。
「はぁー、この凄さが分からないなんて哀れなのだ…」
「……続けてください。」
……とりあえず続けてもらおう。
俺がそう促すと彼女がニヤリと笑う。
「従来の遺伝子操作と言うのは任意の遺伝子を組み込んだ二個体を掛け合わせることによって、その生まれた子供の遺伝子を改良することなのだ。」
うむ、前世における遺伝子操作について詳しくないため正しいのかどうかは分からないがイメージは湧く。
「だがあのスライムはその過程を経ていないのだ。」
…?
ではどうやって…
「詳しい実験方法はここで話すことはできないが、あのスライムは交配を介することなく一世代で遺伝子改良とそれによる変異を完結したのだ。これは言ってしまえば肉体の再構成とも言えるのだ!」
「…ほぉ」
本来なら親と子という二世代が存在しなければ遺伝子操作による変化は得られないが、彼女はそれをたった一世代のみでやってのけた。
再構成というのも言い得て妙である。
「私はこれを『
語り終えた彼女は満足げにそう締める。
超変異。
なるほど確かにそれは凄い。
やっていることは思いっきり法に抵触しているが世紀の大発見と言っても差し支えないだろう。
「まあ、そこに至るまで肉体を維持できるよう事前の改良と経過中の特殊な施術の必要がある上、最終的に超変異が達成される決定的な条件は全く不明なのだがな…」
それはこれから見つければ良い、と宣う。
いやさせねぇよ。違法だって言ってるでしょうが。
…ともかく、これであのスライムの正体ははっきりとした。
だがそれでも疑問に思うことがある。
「…なぜライセンスを取得していないので?あぁ、あなたの年齢に関してはどうでもいいですよ。」
話していたらわかるが多分見た目通りの年齢じゃないんだろう。
ライセンス取得はそう簡単ではないが、あればある程度自由に研究活動ができるのだから取らない理由はない。
「…さっき私に両親はいないと言っただろう。ついでに言えば戸籍もない。そういうことなのだ。」
「…浮浪児、ですか。」
…なるほど、それは確かに取得なんて出来ようはずもないか。
「…ということは入国手続きもしていませんね?」
「うっ…」
そりゃあ戸籍が無いんだから正面から通れる訳もない。
つまり現時点で彼女のプロフィールを纏めるとするなら、
・無免許研究者
・不法入国者
・不法滞在、占拠
・倫理度外視の遺伝子操作
と、言ったところか…
うーん…
「…アウト、ですねぇ…」
「えぇ!?話が違うのだ!」
「いや別に見逃すなんて言ってませんよ。」
机に両手を叩きつけていきり立つセラ嬢の文句をばっさりと切り捨てる。
何を勘違いしているんだこの娘は。
「くうぅぅっ!私以外の事もそうやって騙して来たのだな!」
「人聞きの悪いことを言わないでください。貴女が勝手に勘違いをして、有難いことに俺が欲しい情報を零してくれたのです。大変ありがとうございます。」
「嬉しくないのだっ!」
わんわんと泣く振りをするマッドサイエンティスト
何だろう、最初は見た目が子供だから罪悪感を覚えていたというのに今となっては全く心が動かない。これが人間性の欠落という者なのだろうか。
「残念ですが、この事につきましては報告させていただきます。スライムも回収します。」
「うぅ、なんて国だ…いっそ滅んでしまえ…!」
「滅多なこと言わないでください。報告しますよ。」
「言論統制…!」
当たり前だろ絶対王政だぞ。
彼女はとうとう諦めたのか机にぺたんと突っ伏してしまう。
全く、面倒なことをしてくれたものである。さっさと連れて帰って仕事を完了させてしまおう。
「ほら、行きますよ。」
俺はそう思い今度こそ彼女を連行しようと腕を伸ばす。
「…はぁ…これで『不可侵存在』の正体にも近づけたと思ったのに…絶対逃げ出してやるのだ…」
ピタリ、と俺は伸ばした手を止める。
聞き逃せない台詞が耳に飛び込んだ。
「…今、何と?」
「ん?絶対逃げ出してやるのだ。」
「そこは後できっちり問い詰めるとして、その前です。」
彼女はやっちまったと顔を歪める。アホか。
「…『不可侵存在』の正体が分かるのですか?」
「…今の状態じゃ分かる訳ないのだ。でも【
正体不明の海魔、【
禁域を荒らす巨人、【
何れもギルドは接触には成功しておらず確かな存在は確認されていない。ただその被害だけが痕跡として残っている。
だが彼女の言う通り【
「そしてその結果は…
その通りだ。
記録上では、過去に回収された龍の肉体情報とそう差は無い。
だからこそ、異様。
「…従来の遺伝子の観測方法と超変異を経た遺伝子の観測方法は全く違う。…だからこそ、そこにヒントがあると思ったのだ。」
彼女の発言を脳内で反芻する。
彼女の言うそれがもし妄言でも何でもなく『不可侵存在』の正体へと迫る確かなヒントとなり得るのであれば…世界にとって、何より依頼派遣兵ギルドにとってはこれ以上ない程の貢献だ。
彼女の超変異云々に関する発言は事実かどうか定かでは無い。
しかし少なくとも前例の無い実験とその成功例を件のスライムという形で残している。
さらには現段階でそれが事実なのかどうか確かめるには彼女の協力は不可欠…
……………。
「あーあ、自作で不可侵存在とかやってみたかったのに———」
「———セラさん、お話があります。貴女が唯一助かる道です。」
俺は傍で何やら恐ろしいことをボソボソと言っているセラ嬢にとある提案を持ち出した。
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