続・探索
「すぅ〜はぁ゛ぁぁぁ〜」
池の辺りで思いっきり深呼吸。
くぅ〜空気がうまいぜ!
今現在、俺は森の深部に存在していたでかい池で休憩中である。
あれからいくらか進んでみたものの、生息する生物に変化があるわけでもないし、浅層の様に生物が見当たらないわけでもない。
木々の密度や土の性質から植物の種類にわずかな変化があったことは確認しているが、それを主食とする生物自体は同様だ。
過去に報告書にあったものや資料として保管されているものと相違なかった。
つまりこの森に起きている大きな異変はあのスライムの出現だけなのだ。
しかしそれだけで処理されるなら良いのだが、そう簡単な話でもない。
新たな存在が出現したにも拘らず相応の変化が見られないというのは逆におかしいのだ。
外部から存在が加わる、あるいは内部で発生した場合、その存在の性質によっては環境が大きく変化する。そこに生息する生物の個体数然り、遺伝子構造然り。前世の外来種なんかが当てはまるんじゃないだろうか?
あのスライムは明らかに異端だ。なのに、生物が一時的に減る
考えすぎだろうか?
それともこれから起こるのだろうか。
「…よっこいしょっ」
そんなことを考えつつ、十分に休憩をとった俺は体を起こし散歩を再開することにする。
木々によって日光はほとんど遮られ、鬱蒼とした、という表現がぴったり当てはまりそうな雰囲気だ。
きっと夜になれば人間の目では何も見えなくなるのだろう。
だが、少々火の照りが強くなり暑さも感じ始めたこの頃ではそれくらいが丁度いいかもしれない。
こんな場所で座り込んで本でも読めばさぞ心地よかっただろうに…仕事だからと趣味道具を何も持ってこなかったのは浅はかだったか。俺は自分の真面目さが憎いよ。
そんな取り止めもない思考を余所に、獣道すら無い一面緑の地面を踏みしめつつ歩く。
「…本当に何も無いのか…?」
仕事を終えたとはいえ、気にならないわけでは無い。
深層になら何か手掛かりの一つあるかもしれないと思い散歩ついでに探索をしていたが、コレと言って目ぼしいものは見当たらない。
「…帰ろうか。」
ギルドには…戻る必要はないな。
今日一日をこの調査に使うという建前がある以上今戻ったところで予定が狂うだけだ。
これ以上一人で探しても成果は無い。
俺がそう結論付け帰路に着こうとしたその時だった。
「…あれは…何だ…?」
ふと、昏い森の奥に妙に明るくなっている場所があった。
不思議に思いよく見えるところにまで近寄る。
「…洞窟…いや洞穴か。」
淡い光は巨大な木下にできた洞穴の中から漏れ出ていた。
どうやら誰かがこの洞穴を拠点にしている様だ。
「…オークとかゴブリンじゃないよな。」
体の大きなオークの場合、洞穴を利用することもあるだろうがそれよりも簡易的な家を作るだろう。
小柄なゴブリンならばそのまま家にもできるが、周囲にこれ以外何も無いのは不自然だ。
「もしかして…人が住んでるのか?」
だとしたら困るな。何が困るって仕事が増える。
少なくとも、ここに誰かが土地を所有しているなんて言う話は俺の記憶の中には無い。
ここら一体はギルドも良く使用する場所であり、正直に言うとこちらとしては誰かが住うのは困る。
仮に住むとしてもギルドに報告が無いのはあり得ない。特に、ここを使用する遣兵の殆どが所属している我等がヴィキタス支部には必ず報告が入るだろう。だって不法侵入になるし。
しかしそんな話は聞いたこともない。つまりこの土地はの所有権は未だ王国にある筈だ。
「はぁ…報告する事が増えたな。」
何よりここの住人と例のスライムが無関係とは思えない。
まあ、人と決まったわけではないので要らぬ心配である可能性もあるが…。
「せめて魔物であってくれよ…。」
真相を調べるべく俺は洞穴へと足を踏み入れる。
中はひんやりとしており意外とジメジメとしていない。
てっきり、低い位置にあるために雨水が溜まって湿気が酷いものかとばかり思っていたが、存外に水捌けが良いらしい。
加えて意図的なのか否か、入り口の付近が更に深く掘られており相当な大雨でなければ完全には浸水しないようになっているようだ。
たとえ雨が土に染みて地盤が弛んでも天井や壁が木の根に支えられ、滅多なことでもない限り崩れない仕組みだ。
確かに、ひっそりと住うには最適かもしれない。俺も移住しようかな。
「ほぼ確定か…」
そして、眼下にある掘りから目線を上げると奥には人一人が入れる程度の扉がひとつ。
かなり隙間だらけで中の光が思いっきり漏れている。
明らかに人間の文明を感じる。
先日調査に赴いたボブリンの集落は人間と協力した結果出来上がったものだ。
通常、ゴブリンやオークが作る拠点には扉なんでものすらない。彼等からすれば床と壁と天井があればそれでいいのだから。
あの村が特殊なだけである。
もしかするとホブゴブリンのような存在が住み着いた可能性もあるが、そうポンポン特異個体が生まれては困る。マジで。
俺は扉の所へと続く梯子を登り鍋蓋みたいな手作り感満載のソレのドアノブに手をかける。
そして、意を決して——————開いた。
「…っ!」
その光景に俺は思わず目を見開く。
「…研究室?」
そこは正に研究室と言うべき空間であった。
壁は土のままというわけではなく何か別の素材で補強されており、建物の中であるような錯覚を受ける。
投げ込まれたように本棚に並ぶ本や机の上に乱雑に置かれた紙類。部屋の壁際には多種多様な薬品と思われるボトルやフラスコが並べられており、今現在も誰かが使用している事が察せられる。
逆にそれ以外の生活感があまり見当たらない。ベットなどはあるがそれくらいだ。この森ならば食料には困らないだろうが、保管している場所は見当たらない。
扉から体を乗り出し中へと入る。
いざ入ってみると思ったよりも圧迫感や閉鎖感は感じないことに少し驚く。むしろ何処か安心感さえ感じるほどだ。
あれだ。小さい頃、某猫型ロボットが押し入れの中で生活しているのにちょっと憧れたやつだ。これ分かる人いる?
真似しようとして押し入れに色々詰め込んだら「押し入れ壊れたらどうすんだ」と親に怒られたものだ。
机に目を遣る。
散らばる紙はどうやら何かの資料らしく、すっかり見慣れてしまった文字群が並んでいる。
「生物学、なのか?薬学だけじゃないみたいだな。」
薬品が並んでいるというだけあり化学式らしきものやら術式陣やらが記されている物が見られるが、みたことのある魔物のシルエットが描かれた、他とは毛色が違う物も混じっている。
ウェンフェルやスライム、ゴブリンやオークなど、この森に生息しているの魔物ばかりだ。
間違いなくこの森に何らかの影響を与えているのだろう。もしかすると無許可で捕獲なんかして実験に使っている可能性さえある。
この世界の場合、元々が死体ならさほど問題無いのだが殺害という過程を挟んでいる場合は無断狩猟として裁きを受ける必要がある。
特に妖精関連が面倒だ。オークなら襲われたとか言えば誤魔化しが効くがゴブリンは基本故意に襲うことはない。
「うわぁ…結構厄ネタか、これ?」
見て見ぬふりって大事だね、と思う今日この頃である。
ならばこの本棚に並んでいる本もそのたぐいのものだろうと思い手に取れば、案の定既存の生物資料や植物の図鑑などであった。
「関係ないわけ無いよなぁ…。」
生物学、薬学、魔物、森の異変…。
これらが無関係という方が不自然だ。間違いなく件のスライムもここの住人が手を加えたのだろう。
ここまで来たならばとことん情報を持ち帰ろう。中途半端に終わらせて仕事が増えても困る。
そう気を引き締め、この部屋の物色に取り掛かろう手袋を嵌め——————
「ッ!」
——————扉が、開く音がした。
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