変異種
森に侵入してからウェンフェル発見まで14 分、遊ぶ事6分、計20分。
やっとこさ本命の捜索に乗り出す。
とはいえ、ただ闇雲に歩き回ってもそうそう見つかることなどないだろう。先程も言ったように小規模といえど森、大自然の中では人間など蟻ん子同然だ。
ではどうやって捜索するのかというと、魔力を辿る。
魔物達は大なり小なり魔力の影響を受けてきた事で進化した者達だ。只純粋に肉体が強化された種もあれば形状が変化した種もあるし、何なら生得的に魔術を使う種だっている。恐らく、この世界において歴史を辿っても魔力を持たない存在なんて原種くらいしか見つからないんじゃないだろう。
そのため、彼等は種によっては常に体内で魔力を巡らせ続けている者もいる。特に肉体を強化する事で生き残っている種は肉体に満遍なく魔力を流す事でそれを成し得ている。消費するのではなくただ回しているだけだ。いつでも力を発揮できるようにな。
故に魔力を通して
スライムの場合、彼等は常に体内に魔力を補給しなければ死んでしまうため必然的に体内が魔力で飽和している。
よってスライムを捜索するならば片っ端から魔力の塊を探せば良いわけだ。
因みに魔力を感じ取るのではなく視る、あるいは視せるという技術は、前者は卓越した魔力操作技術が、後者は莫大な魔力量と密度が必要になる。
そして俺はどっちもできる。つまりすごいってこと。ドヤァ。
捜索する事に決めた俺はその場に立ち止まり周囲の魔力を辿るため感覚野を広げる。
視界が、聴覚が研ぎ澄まされ狭い世界の壁が一瞬にして取り払われて行く。
前世では想像もできない様な世界がそこにはある。
まるで自分が世界の一部になったかの様なその感覚には、当初ひどく感動したことを覚えている。
改めて自分は異世界に来たんだなぁ、と。
そうしている次第に森の住人であろう生物達が姿を見せ始めた。
先程の若い個体や機会を伺っていたのであろう群れ、スライムや鳥の魔物、オークやゴブリン、枝に座って楽しそうにお喋りをする妖精達。
多種多様な者達が暮らす森を駆け巡り、網羅する。
そうして森の深層にまで差し掛かった所だった。
「———っ!」
——————いた。
スライム特有の不定形な身体にふよふよと浮かぶ核。そして何より、
「本当に電気を纏っているのか…。」
体の表面に迸る細かな電流。
放たれる電流にも魔力が流れているということは静電気などで自然に放電しているわけではないのだろう。
可能性としては狩りのため、自衛のため、蓄積された電気の発散のため、あるいは特に意味はないと言った事などが考えられるが、周囲に敵やら獲物と思われる存在はいないため、後半が有力だ。それを調べるのは俺の仕事ではないが。
◇
件のスライムの存在を確認した俺は先程見た場所へと向かった。
途中魔力を通して視た者達が何体かいたが無視である。妖精達なんかは俺のことを不思議そうに見ていた。
まぁ森の中でスーツ姿の男が走り回ってたら不思議だよね。
「あれか…」
目的はすぐに見つかった。
だって薄暗い森の中でなんか一部だけピカピカ光ってるし、その場から動かないし。
彼は相も変わらずピリピリと強めの静電気程度のものを放ち続けている。俺の存在を知覚しているのかいないのか、その強さに変化が現れることもない。
電気とは武器として非常に優秀だ。
速度は言うまでもなく通常の生物では目で捉えることなどは可能に近く、その熱量もまた火を超える。ピカッと点滅したかと思えばその時点で攻撃は終わり、一瞬放電しただけで周囲を焦がす。触れればたちまち感電し動きを封じることもできる。
それ故に電気を扱う生き物は電気ナマズや電気ウナギの様に前世にも存在していた。
そして当然というか、今世でもそんな魔物は結構いる。むしろ魔力なんてものが存在しているせいか、電気ウナギのような発電器官が存在しないのに放電する魔物なんかも普通にいるし、肉体が電気エネルギーそのもので出来てるやつなんかもいる。
だからこのスライムも電気を扱うと言う点だけを見るならなんら不思議ではないのだが、そこに至った要因がわからない。
「お…また光った。」
しかし実際に見ているのと尚のこと不思議なスライムである。
通常、スライムという魔物は移動を絶やすことがない。なぜなら周囲に存在している生物や物質を吸収し続けなければエネルギー切れで死んでしまうから。
その場にとどまることもできるが、その場合地面を抉り続け分裂による繁殖を行なっても意味がなくなってしまう。
故に彼等は常に移動しつつ分裂を行い続ける事でこの瞬間まで種として生き残って来ているのだ。
生物としてかなり欠陥的な部分が多く見られるスライムではあるが人間が注目しているのはその消化吸収能力だったりする。
そのせいで昨今では下水や汚物の処理なんかに使われてしまっている。どこまでも可哀想な生き物なのだ。
そして、そんなスライムという種に属するはずの
だからと言って地面の物質を取り込むことでエネルギーを補給しているのかと思えばどうやらそんなこともない様で、地面にも特に異変はない。
しかしコレは変わらずそこに存在している。それどころか放電というエネルギーの発散まで行っている。
そのエネルギーは一体何処から来ているのか。
怪しいのは体内に浮いている『核』だが…。
試しにすぐ側まで近づき触れてみる。
「うぉ…周囲を近くする能力はあるのか…」
手を近づけると接触する直前で発する電気が増した様に感じた。
静電気の域を超えないものの威嚇としては十分かもしれない。
これで能動的なものではない防衛手段としてのものである可能性が高まった。
相変わらず正体は不明であるがそこまで危険性はないと見ていいかもしれない。
内包している魔力は常に飽和しているが総量は大したものではなく、出力も同様。
最終的な判断は俺がすることではないが、現場で実際に見た俺の意見は重要だし一意見として報告書に書くぐらいはいいだろう。
「…
改めて見ると…なんだコレ。
見れば見る程とても自然発生したものとは思えないな。
「…核が怪しいってのも書いておこう。」
何がおかしいって、あまりにも
スライムという種族は先程の説明の通り、とにかく分裂し繁殖することで種として生き残る。
だから一世代での生存能力はそこまで重要ではない。
にも拘らずこの個体は見た所個での生存に特化している。
突然変異といえばそれまでだが…
「よし、こんなもんでいいかな。」
とりあえず変異種の存在は確認できた。
少なくとも俺が目にしたものはレポートしたつもりだ。
残念ながら暫くこのエリアを許可なく探索することはできないだろう。
危険性が低いとは言ったがゼロではない以上、せめて生態がもう少し詳しく判明するまではエリアの立ち入りが禁止されるか接触が禁止されるかのどちらかになる。
まあそれは俺の仕事ではない。
ギルドの上層部にお任せするとしよう。
俺はふぅ、と息を吐く。
そうして森のさらに奥の方へと視線を向けた。
「さてと…」
今日の仕事は終わった。
実は今日一日はこの調査を行うという名目で時間が与えられているのだ。
なので、今からギルドに戻っても俺の仕事はない。
おそらくマルケスさんの配慮によるものなんだと思う。調査行く時も「報告は明日でいい」とか「そんな急がなくていい」って言ってたし。
「なら、存分に甘えさせてもらおう。」
余計な気を使わせてしまったのかもしれないが、折角与えられた有休を無駄にするわけにもいかない。
俺は森の更に深層へと歩を進め始めた。
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