ファンタジーの常連その2
「『変異種』?」
昇級試験も終わり仕事の息吹が吹き荒れれ始めたある日、ギルドの事務室にてそんな言葉が俺の耳に入る。
「ああ、場所は北の小規模な森林らしい。そこに書かれてある通り、電気を纏った『スライム』が目撃されたそうだ。」
俺は悉く厄介な報告書を持ってやってくる男、クレールに渡された資料に目を通す。
『スライム』。
ゴブリンと同じくファンタジーではもはや常連どころかVIPと言っても差し支えないだろう彼等は、案の定この世界にも存在していた。
アニメやら漫画、ゲームなんかでは最弱扱いされることが多いが、そもそもこの世界は魔物=人類の敵というわけではないし最弱と言っていいのか分からない。だが危険性が低いのは間違いないだろう。
不定形の肉体をもち、半透明な液体で満たされたその体内には如何にもな核が漂っている。水餅みたいなその姿はまるで生物っぽさを感じさせないが、一応定義上では生きているらしい。
ほぼ生物としての能力を捨てており、定期的に分裂を繰り返すことで子孫を残している。知性と言えるものも無いのだとか。
そんな彼等の特筆すべき点は晒される環境によってその性質が大きく変わっていくことだろう。
北国や極寒の地域に生息する『アルジライム』
火山地帯など灼熱の地に生息する『アグライム』
生物がほとんどいない枯渇した大地に生息する『カリブライム』
いづれもその環境で生き残るために性質を変化させ、適応しようとした結果進化した種である。
見た目もかなり変化しており、一世代での生存能力を捨てている代わりに種の生存能力が非常に高い。
スライムの変異種。
報告書によると電気を扱うらしい。
環境によってその性質を変化させる彼等の特性を考えれば、確かにこれは特異な存在と言える。
この変異種が環境に適応した結果電気を纏っているのだとしたら、それはすなわち常に雷にさらされるような環境に生息しているということだ。
しかし少なくともこの大陸において俺はそのような地域を知らない。況してやその生息地が自身も知っている森と来た。
「…う〜ん…。」
コーヒー片手に悩ましい声を漏らしながら報告書を睨みつける。
「俺はクラス5の調兵一人とクラス4の狩兵一人が居れば問題ないと考えているんだが…どう思う?」
どこか自信なさげにそう提案するクレール。
どうやら彼なりの意見を持った上での相談のようだ。依頼受注の処理する経験自体は俺の方が多いためこちらの意見を聞きたいのだろう。
「そうですねぇ…。」
調兵は貴重だ。
形式上は知識に重きを置いた役職ではある。しかしその実態は大抵の場合知識はもちろんのこと、ある程度の戦闘能力も持ち合わせていないと務まらない。
純粋な知見のみで成り上がるならばそれはそれは学者の如く博識でなくてはならないだろう。そして、そう言った『調兵らしい調兵』はごく少数である。
そもそもそこまでのものを持っているならば態々遣兵になんてならずに別の道に進む方が賢明と言える。隣国の学術都市に行って自分のしたい研究をすべきだろう。自分から死地へと突っ込んでいく必要などないのだ。
そのハードルの高さから調兵は他の二つに比べて人材が不足している。
なので、贔屓というわけでは無いが調兵の守りは固めていきたいところなんだが、サポートに狩兵を一人…かぁ。
「せめてもう一人…いや、でもなぁ…。」
ここで問題になるのは今回の案件が変異種…すなわち新種、完全な未知の調査であるということだ。
前も言ったが実力があっても知識が無ければどんな状況に陥るか分からない。だからこれを受ける場合のリスクはかなり高くなる。それだけならせめて信頼できる実力の持ち主に依頼すれば良いのだが、新種ということもあり持ち帰ってきた情報によっては報酬がとんでも無いことになるのだ。
高クラス遣兵故の高い報酬と真新しい情報故の追加報酬。
悲しいことに、ギルド全体ならともかく其々の支部に支給される経費は決して豊富なわけでは無い。もし余裕があるならもっと人材を雇っているところだ。
加えて現在我々の支部は前回の問題の反省を踏まえ、ゴブリンと人間の関係性について再度調査を行うべく資金を使ったばかりである。
別に払えないわけでは無いが…うーん…。
そこで俺はふと頭に浮かんだ疑問を彼へ投げかける。
「王都支部は?新種の調査ならむしろ彼方の方が必要なのでは?」
王都は王国内に存在するギルドなの中でも人材は豊富な方だし発信源としても適当だろう。それに、経済中心地なら懐も暖かいだろうし余裕でしょ。そっちに回せないのか?
俺がそう尋ねると彼は眉をハの字にして言う。
「向こうは向こうで結構でかい問題があるんだと。確か、4年ぶりに【
「…今頃資料の山の中でぐっすりしているのでは…?」
「…あー、なんかすまん。」
謝るなら手伝えよ(切実)。
しかしそうか…それなら仕方がない。
【摩天龍】は不可侵存在の一体として数えられるクソでかい龍である。
50年前、俺たちの住う『プリムス大陸』の西側に存在する『メルギトロ大陸』に派遣された調査団が行なった視察の際に確認され、雲を突き抜け天を貫くその巨体はそれだけで彼等を恐怖に陥れるに十分であった。
全長は正確には分からないが、全高は最低でも10km。勿論一発で不可侵確定である。
そんなやつが急に動き出したというならば警戒するなという方が難しいだろう。一挙一動で地形が変わるような奴を放っておくわけにもいくまい。もう一生寝てろよ。
となればもうこちらで処理するしかない、か。
一応調査するにあたりこうした問題の抜け穴は存在するんだが…。
「仕方ないですね…。」
流石に俺一人の我儘で組織全体に負担をかけるわけにもいかないしな…。
「…やるのか?」
彼はこちらを気遣うように尋ねてくる。
「丁度いくつかの仕事を前倒しで終わらせましたし、余裕はあります。」
ほんとは有給取るために終わらせたんだが…まあそれはまたの機会でいいだろう。
それに、どうせこのまま休みを取っても気が休まらない。これがワーカーホリックか。
「…昇給してもらえるよう申請しておくよ…。」
「ええ、お願いします。」
◇
「———というわけでして、此度の報告書の内容について職員である私が直接調査へ赴いてもよろしいでしょうか?」
さて、昇給がほぼ確定した俺が居るのはギルド支部長専用の執務室である。
目の前では最近薄毛が気になり始めている本ギルド支部長マルケスさんが頭を抱えて俺の話を聞いていた。
「……話は分かった。」
彼はじっくりと俺の言葉を吟味するように暫し沈黙し、顔を上げて口を開いた。
「確かに現在ウチはとても資金に余裕があるとは言えないし、お前が直接調査を行なってくれたならば『ギルド職員の勤務』として処理することもできる。正直、ありがたいことだ。」
そう、俺の言う抜け穴とは正にこれである。
『遣兵を雇うお金がないなら職員を勤務の一環として向かわせれば良い』と言う暴論。時代が時代なら訴訟ものだ。
それが罷り通るなら毎回職員向かわせればいんじゃないかと思うかもしれないが、当然そんな時間はない。だってそもそも職員の勤務内容にこんな仕事無いんだから。
当事者達が納得しているからなんとか誤魔化しが効いているだけである。
「しかし」
マルケスさんは続ける。
「お前、最近休んでいるか?前の調査だって結局お前が行ったようなものじゃないか。このままだと俺が無能上司として吊られてしまいそうなくらいだ…否定はできんが。」
いや、あんたは悪くないよ。
むしろこんな状況でよく回せている方だと思う。他のギルドならもっと酷いところだってあるんじゃないか?気遣ってもらえるだけホワイトだろう。
前の調査だって新人くんの報告書があまりにも疎かだったもんで、行ってきたついでにまとめただけだしね。
あれは俺の自己判断だ。
「あれは、まともな報告書でなければ後で苦労するのが処理する俺だから推敲しただけで、誰かに押し付けられたわけではありません。」
自己決定に伴う自己責任。そこには何もおかしなことはない。
それに誰かが楽をするためには誰かが苦労しなければならないのが社会だ。
さらに言えば、こと一部の組織においては誰かが苦労すればみんなも苦労する。辛いのは決して自分ばかりではない。
「だがなぁ…」
「俺の昇給もかかっているんです。ちゃんとメリットだってありますよ。それに、後回しにするより今終わらせる方が我々も後が楽です。」
これはガチ。
結局、仕事というのはこういうトラブルや想定外の連続で溜まっていくものなのだ。なら多少無理しててでも消化すべきである。
「そうか…なら今回は…いや、今回もお前に甘えさせてもらおう。」
「ええ、お任せください。…それと、あなたは良い上司ですよ。」
そう一言残し、俺は部屋を出た。
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