若さと強さ
一通り会話を楽むと若いギルド職員———フェルスは「試験の様子でも見てきます」と言って席を外した。
「いやぁ変わんねーな、あいつは。」
「真面目というか…ストイックだよな。」
「アレならもっといいとこあったろうに、なぁんでギルドなんが来たんだろうねぇ?」
彼が去って尚、広げられる話題は彼についてのものであった。
フェルスという男はある種異質と言える。ギルド職員として働いているということを抜きにしても妙に言葉遣いが
彼の同僚から偶に聞く仕事でのトラブルのことと彼の歳を考えれば、荒れるどころか辞めたっておかしくないのにも関わらず平然と仕事を続けている。
なら何かストレスを解消するような———それこそ娼館のような場所に行っているのかと思えばそんな話も一切聞かない。
「そうだよなぁ。それこそ遣兵とか、もしかすりゃあ騎士だってアイツなら選べたんじゃないか?」
「アイツ剣なんか使えたか?」
「剣術がメインなのは間違いないが、素手での訓練もしてるって話は聞いたことあるぞ。まあそりゃ剣を奪われたり失った時に戦えませんじゃあ話にならないだろうしな。」
「下手に剣で斬りかかられるよりもアイツに殴られる方が怖ぇよ。」
ラウルの言葉に机を囲う男達は頷く。
ここのギルドを拠点としている殆どの遣兵達にとって、フェルスが強いというのは結構有名な話である。
その上、騒ぎを起こせば殴り倒されるのだから他の支部に比べても比較的治安が良い。
「実際んとこ、どれくらい強いのかは知らねーけどな。」
「聞いた話じゃ、良くて中堅らしい。」
「中堅っつってもピンキリだろ?クラス5だって中堅って呼ばれるが、そこまで上がるのは別に難しいことじゃねぇ。俺だって中堅だぜ?」
「ならクラス7くらいか?…いや、流石に高すぎるなぁ。」
「あれって身体強化を無理やり使ってるから燃費悪いんだろ?クラス5ぐらいが妥当だ。この前の折檻の後だって疲れたような顔してたじゃねぇか。」
「それはいつもだろ…」
彼らの言うように、フェルスが使っていると思われる身体強化が瞬間的なものであれば実践で使うには値しない。ただの一発芸に終わってしまう。
クラス7だと言われればあれぐらいの芸当にも納得出来るだろうが、それは長時間での話である。
「クラス5ねぇ…それでホーム内の鎮圧なんて任されるかぁ?」
「遣兵だってあんな馬鹿しかいないわけじゃないだろ。程々でいんだよ程々で、最悪周りの遣兵に任せればいんだから。」
「酔っ払い同士の喧嘩ならよく見るぞ。」
「それこそフェルスに張り倒されてる奴らだろ。」
——————フェルスの実力。
彼が馬鹿共をのす度にこう言った話が遣兵達の中で繰り広げられる。
日々生きるため戦いに身を投じる彼らだからこそこうした話題には人一倍興味を持つ。
ただでさえ力を持つ遣兵達を毎回毎回まるで作業のように制圧する彼の本当の実力は誰も見たことがない。
「ま、そのうち分かるだろ。決闘申し込むってのも面白いかもしれねぇ。」
「おお、いいなそれ。今度誰かにやらせてみるか。」
「お前はいかねぇのかよ?」
「…まだ死にたかねぇだろ。」
「大袈裟だろ。」
そんな会話を続け、彼らはまた酒を煽るのだった。
◇
俺はラウル達の下を離れ昇級試験の実技試験会場にやって来ていた。
試験会場とは言っても、ギルド支部が所有する修練場なんだけどな。
どうやら試験の真っ最中だったようで、一人の遣兵がショートソードを片手にエルガルさんに突貫していた。
「うおぉぉぉ!」
速さが自慢なのか、ジリジリとある程度の距離を詰めた遣兵はエルガルさんの視界の右端から回り込むようにして素早く接近し、叩き込むように横から剣を振るう。
しかしエルガルさんは両手で持つ身の丈程もある大剣でそれを難なく対処し、逆に弾き飛ばしてしまう。
遣兵は一瞬驚いた表情を見せるものの、弾き飛ばされた勢いを利用し反転することで反対側から仕掛けた。
「お…」
その攻撃もエルガルさんは防ぎ、その後も遣兵が攻めるも彼に届きはしなかった。
身軽な動きといい瞬時の判断といい、魔物を相手にするには効果的かもしれないが、如何せん攻撃に重さがない。
彼が例えばオークの集団と出会した時、その素早い動きによって撹乱することはできるかもしれないが致命打を与えることは難しい。集団相手の持久戦となった場合敗色濃厚なのは彼の方だろう。
剣の腕に覚えがあるなら話は別だが彼はそういう風には見えない。
試験に関して勝敗は関係ないが、まあ重戦士かつ対人戦というのは彼にとって厳しいものだったかも知れない。
…と、いうか。
「…アレフ少年じゃね?」
戦ってたの、よく見たらアレフ少年じゃん。そういえば前回の試験は落ちたんだっけ?
てっきり考えなしに突貫することが原因で落ちているのかと思っていたが…他にも理由はあるっぽいな。
確かに素早い連撃は見事だが、あれではクラス5を任せることは出来ないかもしれない。
試験を終えた彼は、こちらに気がついたのか笑顔で走って来た。
「フェルスさん、来てたんですね!この間はありがとうございました!」
「いえ、仕事ですので。」
この間というと調兵の同行を奨めた時のことだろう。
あれは俺の仕事を極力減らしたいっていうのが本音だったし別に彼が恩義を感じるようなものでも無いんだが…。
俺がそんな少しばかり冷たい返しをするも、彼は気を害した様子もなく続ける。
「いえ、あの人がいなければ上手く攻略できたかわかりませんでした。」
「そうでしたか。それは職員としても大変嬉しく思います。遣兵の方々が安全に依頼をこなせるようにすることが我々の仕事ですから。」
「ありがとうございます。これからもお世話になります。」
彼はニカッと笑ってそんなことを言う。
前回のやり取りではあまりわからなかったが、なんと言うか…思ったよりも礼儀正しいな。こうして見るとただの好青年である。
無鉄砲みたいなこと思ってごめんね。
「試験の感触は如何なもので?」
「…あまり、良く無いかも知れません…。」
俯いて自信なさげにそう言う。
まあ、先ほどのアレを見た後にこんなことを聞くのも意地悪だったかもな。
「前回は攻めが足りなかったのかと思ってできるだけ積極的に動いたんですが、試験官には届きませんでしたし…何が足りないんでしょう…」
妙に攻めているなと思ったが、どうやら前回から反省した結果らしい。
けれどそれでも通用しなかった、と。
「一つ挙げるなら攻撃の重さでしょうね。アレフさんは素速さによって相手を翻弄することはできますが、決定打を与えるだけの攻撃力がない。パーティを組めばそこを補うことはできますが、クラスはあくまで個人単位のものですから。」
まあ実際立ち回り自体は悪くなかったと思う。
オーク相手は厳しいなんて思ったがそれは集団での話で、一対一であれば問題ないし、それよりも危険な魔物が相手でも時間をかければなんとかなるだろう。
一体一体に時間がかかるならそれこそ分断出来るよう立ち回る練習をすれば良い。
武器を変えるという手もあるが、彼の素速さを活かすのであればやはり軽く使い慣れたショートソードが良い。
上等な剣に変えれば多少切れ味は上がるが文字通りの付け焼き刃だ。
「やっぱり、そうですよね…。」
肩を落とすアレフ少年。そんな彼を励ますべく俺は口を開く。
「あなたは若いんですからそう焦る必要はありません。時間なんてまだまだあるのです。むしろゆっくりと着実に進まないと何処で足元を掬われるかわかりません。」
言うても彼はまだ二十歳にもなっていない。成長期は過ぎているかもしれないが、膂力自体は遣兵を続けていれば嫌でもついてくるものだし剣術だって次第に洗礼されていく。
彼が勝てないと言うエルガルさんだって、きっと最初は弱かったはずだ。
「…フェルスさんだって若いじゃないですか。どうやってあんな強くなったんです?」
彼はどうも納得のいっていなさそうな顔でそう言う。
えぇ俺ぇ?
この前の
俺はそうだなぁ。あの時は転生したばっかでテンション上がってたからなぁ。
強いて言うなら…
「…若気の至り、ですかね。」
「今も若いから聞いたんですけど…。」
いやもう中身は立派なおっさんだよ。
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