手持ち無沙汰

 遣兵にはクラスが存在する。


 依頼を遂行するとその達成度に応じてポイント的なものが貯まる。

 これはマスクデータとして遣兵証に更新されていくのだが、遣兵達自身はどれほど溜まっているかは確認できない。


 というのも、仮に遣兵達が確認できたとして万が一その結果に満足できなかった場合、依頼者に対して不満を抱く可能性があるからだ。


 勿論依頼者は匿名での依頼もできるため直接的ないざこざは起きないだろうが、遣兵達に余計なストレスを与えないことを考えた結果このようなシステムとなった。

 当然、最終的に依頼者の提示する報酬が相応なモノであるかどうかはギルドが厳正に審査している。


 そして、このポイントが一定まで貯まるとクラスを上げることができる。

 クラスを上げることができると受ける依頼の幅も広がり、その分高い報酬を得られるようにもなる。


 故に、彼らはこのクラスを上げるために依頼者の満足度の高くなる結果を残そうと奮闘するのだ。まさに需要と供給である。


 しかしこの昇級、ただ依頼を完遂するばかりでは決してなされない。

 どういうことかと言うと、以前説明したがクラス8やそれ以上のクラスの者は時として国や権力者から頼られるなんてこともある。

 そんな時、日頃の行いが悪い者や礼節のなっていない者が抜擢されてしまうとどのような問題を生むか分からないのだ。


 そのため、クラスの昇級は普段の行いや依頼先での態度なども吟味した上で行われる。

 普段の俺の仕事が多いのはそういった細かな報告が依頼の度に送られ、それを確認する必要があるからである。


 そんな昇級という制度であるが、これには後もう一つだけ重要な要素がある。


 明確な制度はないが、遣兵である彼らの中にも新米ルーキーやら中堅やらといった認識が存在している。


 その変転の節目となるのが昇級試験なのだ。











「今回の試験、めぼしい人は居ますか、エルガルさん?」



 午前の分の仕事が予定より1時間ほど早く終わってしまった俺は、向かいに座るガタイの良い男性と駄弁っていた。



「んー?そうだなぁ、一応いるぞ。と言うより第一試験の合格者は毎回いるだろう?」


「勿論そうですが、第一試験を突破しなければ第二試験は受けられないでしょう?理想としては、新人よりも中堅、さらに上が増えてくれれば…」


「確かに、最近じゃ低クラスの依頼ばっかり消化されているようだしなぁ。なんだ、クレームでも入ったか?」


「…最近に限った話じゃないです。」



 彼の名はエルガル。

 我等がギルドにおける第一昇級試験実技試験官の一人である。


 昇級試験には『第一昇級試験』と『第二昇級試験』のに種類が存在する。


 それぞれクラス4からクラス5への昇級、クラス7からクラス8への昇級の際に行われ、難易度は後者の方がはるかに高い。これは、依頼の危険性などが大きく跳ね上がることにある。


 また試験は主に筆記と実技の二つに分かれる。


 筆記では共通分野と兵別分野があり、死地に赴く遣兵として必要な知識と狩兵、傭兵、調兵それぞれに必要な知識を問う試験となっている。調兵は実技よりもこちらの方が比重が大きい。

 遣兵中には実力さえあればどうにかなると思っているものも多く、この筆記が壁となって昇級ができないものというのも少なくは無い。


 実技では純粋な戦闘能力や立ち回りが評価される。武器は千差万別であり用意できる試験官に限界はあるが、ベテランである彼らは試験官としての知識は勿論、武器が違えども相手の実戦における立ち回りを把握することなど容易である。

 ここで重要なのは『実戦に臨むにあたり何か問題はないか』ということであり、試験官との勝敗は結果にさほど影響はしない。本来の敵は試験官ではないからである。


 そうしてこれら二つの要素を吟味しクラスを昇級すべきか否かを判断するのだ。


 最近では第二試験が越えられずクラス7で停滞する者が増えクラス8以上の遣兵が不足しつつある。

 ルーキーとは違い、ある程度のノウハウもある上個人の戦闘スタイルが確立されてしまっているため下手に指導をすることもできず、したとしても大きな成果も期待できない。

 中には実力自体はクラス以上のものを持ちつつも素行が悪いといった者もおり、なまじ実力がある分下手に刺激するわけにもいかず…

 そうした準クラス8とも言える者たちをどうにか昇級できないかと四苦八苦しているのが現状だ。


 英雄の卵が多いことは良いことなんだけどなぁ…



「クラス7の者達に関しても、もしかするといるんじゃないか?リリアもそんなことを言っていたはずだ。」


「リリアさんが…それなら本当にあるかもしれませんね。」



 あの人が言うなら本当なのかもしれない。遣兵達の個人データ管理してるのあの人だし。



「…そろそろだな。では、行ってくるよ。」


「はい、よろしくお願いします。」



 席を立ち、試験をすべく部屋を出ていく彼に頭を下げる。

 彼はもうここで何年も、それこそ俺がここへ来る前から試験官を務めているらしい。きっと今回も有望な遣兵を昇級させてくれるはずだ。



「さて…」



 席へ座り一息付く。

 俺は昇級試験に直接関与することはない。俺の管轄は基本ギルド内で発生する依頼の管理だ。外からやってくる報告書も処理しているが、その確認と振り分けを行っているのはクレールを含む他の職員達である。


 昇級試験によって仕事が増えるのは主にリリアさん達…ぐらいじゃないか?


 俺がすることと言えば精々遣兵達の健闘を祈るくらいだ。


 そして依頼を消化してくれ。



「…暇だな。」



 俺は椅子に身を預けつつ天井を仰ぐ。

 報告書の整理でもしようかと思ったが、珍しいことに今日はほとんど仕事がない。多くの遣兵が試験をしているし、残っている者達も試験日は大抵ゆっくりしている。


 …何しよう。


 毎回この時期になると同じようなことで悩んでいる気がする。



「…ロビーでも見に行こうか。」



 普段あまり積極的にしないが、遣兵達の様子でも見てこようか。知り合いもいるかもしれない。


 そう思い立った俺は椅子から腰を上げゆったりとした足取りで執務室を出た。











 受付を出てロビーにやって来ると遣兵達が酒やらなんやらを飲み食いしながら談笑をしているところであった。


 剣を背負う者や腰に刺した者、杖を持つ者や弓、銃を傍らに置く者等々様々だ。

 基本的には戦闘がメインということもあり男が多いイメージだが、魔術やら銃、弓等の必ずしも膂力が求められるわけではない武器を扱う者や、そもそも調兵として調査や採集をメインとすることでリスクを軽減している者などもおり、結構女性もいたりする。


 まあ、男が多くむさ苦しいことには違いないのだが。



「お、フェルスじゃねぇか!なんだ?遣兵にでもなるのか?」



 俺がそんなことを思いながらロビーを眺めていると 視界の端からそんな声が聞こえて来る。



「そんなつもりはないですよ。ただ少し暇になったので様子でも見ようかと。」



 声の主であった赤髪の男———ラウルが酒を片手にこちらを見ていた。

 彼はロングソードを扱うクラス5の遣兵であり、俺と歳が近いこともあって比較的交流の多い男だ。


 よく軽口を叩く彼は失言をすることも少なくはないが、しかしその愛想の良さから周りの者にも結構慕われている。


 彼は若干の赤みを帯びた顔で俺に向かって手招きをする。



「ならこっち来いよ。ゆっくり話そうぜ。」

「おお、フェルスも呑むのか?」

「おーい!酒追加してくれぇ!こっちだ!」



 なんかもう俺が一緒になって飲む流れになっている。いや、別に断る理由も…仕事中だったわ。



「飲みはしませんよ。俺、まだ仕事中ですので。」


「おいおい硬いこと言うなよぉ〜!俺等だって今仕事中だぜ?なぁお前等?」


「おうよ!二、三杯飲んだぐらいじゃあ何ともねぇよ!」



 酔っ払いどもが…二、三杯飲むどころかもう出来上がってんじゃねぇか。



「後でドヤされるのが怖いので…」


「かぁ〜真面目なやつは損するんだよなぁ〜世の中!」


「酒に溺れて損をするよりは良いかと。」


「酒飲むついでに生きてるくらいが丁度良いんだよぉ!」


「違げぇねぇ!」



 酒を煽りながらガハハと笑う呑兵衛共。

 全く、昼間っから元気なものだ。


 俺は話す程度なら雑談程度なら問題ないか、と椅子を引き腰を下ろす。



「皆さん、試験日とはいえ依頼の一つも行かないんですか?」


「逆に何でみんな休んでんのに体動かさねぇといけねんだよ。」


「そうそう、こんな日ぐらいパァーと飲んだっていいだろ?」



 ラウルの言葉に同意する一同。

 まあ分からんでもない。他の奴らがだらけているのに自分だけ汗水垂らして働くのはさぞかし馬鹿らしいことだろう。

 それに、日々肉体と精神を酷使している彼らにとって休息というものは人一倍大切だ。



「むしろお前の方は休んでんのかって聞きてぇよ。」


「そうだぜフェルス!あんた若ぇのに働きすぎだ!もっと遊べよ!」


「今度いいとこ連れてってやろうか?ガハハ!」



 野郎共が下品な笑い声を上げる。何が面白いんだか。

 見ろ女性陣のこちらを見る目を。オークを見る目と変わんないぞ。


 まあ娼館はあっても女性向けの…それこそホストみたいなものすら無いもんな、ここ。同じ人間である以上そういった・・・・・欲求はあるだろうし、ストレスにもなる。多少、嫉妬に近い感情も混じっているのかもしれない。


 というかいくら男尊女卑の風潮が見え隠れするとはいえ、男が体を売るっていう考え方がこの世界には無いのかね?

 他の国に行けばあったりするだろうか。



「遠慮しておきます。」


「なんだよぉ〜もしかしていい人でもいんのか?」


「そんなんじゃ無いですが…まあ強いて言えば仕事が恋人ですね。」


「…いいとこ連れてってやろうか?」


「いいですって…。」



 これでもそこそこ充実しているんだ。それにいいぞ仕事ちゃんは、俺が何もしなくなって向こうから情熱的なアプローチをかけてくれるんだから。ここ数日間なんてそれはもう愛し合ったものだよ。



 だからラウル、そんな目で見るんじゃない…。

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