魔術と魔法

 荒くれ者をぶん殴ってスッキリした俺は真の敵である報告書の大群と向き合っていた。


 コイツら一個一個確認していると何処かで微妙に矛盾が発生しやがるのだ。あまりに厄介なコンビネーションである。熟練のパーティだってここまでの連携は見せないだろう。


 しかもコイツらを倒したところで所詮は中ボス程度。デバフ全振りの雑魚敵が蔓延るマップくらいクソである。誰がナーフしろ。



「すいませーん!これ、お願いしてもいいですか?」



 俺が存在しない誰かへと文句を言っていると、受付へと誰かやって来たのか響きの良いベルの音と共にそんな声が聞こえてきた。



「お待たせ致しました。依頼の受注でお間違い無いでしょうか?」



 俺は受付へ向かい、呼び出した男の容姿を確認する。 


 王国では一般的とも言える金髪蒼眼の少年だ。見たところ16か17といったところだろう。加えて中々にイケメンである。

 隣には明るい茶の髪と緑の眼をした小柄な少女が侍っている。


 髪色や眼、顔立ちを見る限りでは兄妹には見えないし、幼馴染とかその辺だろうか。全く羨ましい限りだ。こちとら出会いの一つだってないと言うのに。



「はい。これなんですが。」



 そんな醜い嫉妬をしつつ目の前へと差し出された依頼書の内容に目を通す。



「採集と納品ですね、かしこまりました。でしたら遣兵証のご提示をお願いします。」


「どうぞ。」



 少年と少女が遣兵証をこちらへと見せる。俺はそれを手に取り確認する。


 少年の名前がアレフ、少女がリアーナ。クラスはそれぞれ4と5である。


 意外だな。てっきりアレフ少年の方が高いと思っていたんだがどうやらリアーナ嬢の方が実力は上らしい。それにクラス5といえば中堅ともいえる程だ。可愛らしい見た目とは裏腹に相当な実力者ということか。



「意外ですよね?彼女、こんなんですが強いんですよ。」



 俺が余程意外そうな顔をしていたのか、アレフ少年が苦笑しつつ口を挟む。俺そんな顔に出るタイプなんだろうか。



「ちょっと、『こんなん』って何よ。ちょっとちっちゃいだけでしょ?」


「ぱっと見たら俺のんが強そうだろ?」


「…この前だって昇格試験受からなかったくせに。」


「い、今関係ないだろ!」



 いや、あると思う。

 しかし仲の良い事だ。おじさんほっこりするよ。

 一回転生してるからな。肉体は若くてももうアラフォーなんだよ…悲しいかな。



「失礼致しました。そのようなつもりはなかったのですが…。」


「あぁ、いえいえいいんです。気にしないでください。コイツが勝手に言ってるだけなので。」



 こちらが謝罪するとすぐにフォローを入れてくれる。良い子だねぇ。世の中こんな子ばっかりだったら良いのにねぇ。



「お気遣いありがとうございます。ではこちらで再度確認させていただきますので、少々お待ちください。」



 俺はそう言って側に置いてある丁度遣兵証が収まりそうな石板の上にそれを置く。

 するとほんの数瞬間の後、石板の表面が青く発光した。


 これの名前はまんま『遣兵証精査板』といい、簡単に言うと本物か偽物か見分けるためのものだ。


 遣兵証はパッと見、本人の名前とクラスしか書かれていない。しかし実際にはその内部に膨大な情報が収まっており、精査板はこれを読み取る事で既存の情報と合致しているかどうかを精査し、情報の真偽を判別している。

 ここで分かるのは『遣兵証が本物かどうか』と『遣兵証の情報が正しいかどうか』であり、どちらか一方でも違えば緑く光り、両方違えば赤く光る事で間違いを知らせてくれるのだ。ハイテクである。ちなみに青く光れば問題は無いという意味である。


 俺は本物であるという事実を確認し、彼等へと返す。



「念のため確認致しますが、過去にこのエリアへ行ったことはありますか?」


「いえ、今回が初めてです。でも、大丈夫ですよ。実はリアーナがクラス5になっのって、魔法を使えるからっていうのもあるんです。」



 彼はまるで自分のことのように誇らしげにそう語る。当のリアーナ嬢はそんな彼を呆れたような目で見ている。


 てゆうか前も聞いたなこんなセリフ。

 今回はふわっとしているものの根拠のある自信なので前の新人くんとは違うが。


 …ふむ。これは少々、いやかなり不安だ。見たところアレフ少年は中々に無鉄砲に感じる。クラス4ということは相応の実力もあるのだろうが、未知の状況に陥った時いつだってそれで切り抜けられるとは限らない。

 多分、昇格試験もそういった点を吟味した上で落ちたんじゃ無いだろうか。



「では、誰か一人知識を持った調兵を一人雇うことをお勧めします。初回のみであれば、こちらが負担いたします。」



 実力があるならば必要なのは前知識だ。それさえあれば窮地でも何とか切り抜けられるだろう。



「…うーん…」


「…雇った方がいんじゃない?私も初めての場所とか怖いし。」



 アレフ少年が悩む一方、リアーナ嬢はこちらのアドバイスに素直に従う。

 ほら、これがクラス4と5の違いだぞ。もっと見習え。



「んー、じゃあ今回はお願いします。」


「お願いします。」


「かしこまりました。ではこちらより何人か調兵をピックアップいたしますので、良ければそれらよりお選びください。」


「「はい!」」



 その後、彼等の納得する調兵を一人つけ出発を見届けた。推薦した調兵はベテランだし、今回は流石に問題も起こさないだろう。



「頼んだぞ、リアーナ嬢…」



 アレフ少年の未来は君にかかっている。まあ、どちらかといえば彼女が主導権を握っていたように感じたし大丈夫だとは思う。


 …あれは将来夫を尻に敷くタイプだな。哀れアレフ少年、いやアレフ。



「ふぅ…。」



 …それにしても魔法か。

 確かにそんなものを持っていればあんな自信を持っていてもおかしくは無いだろう。


 この世界には魔力という物理世界から外れた高次元エネルギーが存在している。

 そんな世界で暮らす存在はほとんど例外なくこの魔力の影響を受けているため物理法則から外れた現象が暫し発生する。


 そして、人間は古い時代よりこの魔力を用いてそれらの現象を再現しようと切磋琢磨してきた。

 その結果、一つの技術として完成させることに成功したものが『魔術』と呼ばれている。これらは人類の叡智と言っても差し支えないだろう。


 魔術は本来戦闘の為のものではない。そうした戦闘用の魔術は戦式魔術と呼ばれ、軍等において広く利用されている。

 魔術という技術自体は『魔学』と呼ばれる学問の研究を進める中で生まれた賜物だ。

 魔学は戦術は勿論生物学や医学、数学等々かなり広い分野で活躍しており、この世界で人類が生き残る為には必須と言える学問である。


 そんな魔学において、魔術は歴史の流れと共に幾つかの種類に分けられている。


 まず『第一魔術』。

 これは、所謂願掛けや契約などで外部の存在が働きかけることによって行使される魔術だ。

 歴史上、人類が用いた魔術の中で最も古いものであるとされており、才能に大きく左右される魔術でもある。

 定められた言葉を紡ぐことで発動可能な詠唱式の魔術等も祈祷や願掛けの一種とされる為ここに含まれる。


 次に『第二魔術』。

 『抽象魔術』とも呼ばれるこれは脳内のイメージをそのまま魔術として顕現するものだ。こう聞くと簡単に思えるが、実際は魔力の消費効率がべらぼうに悪いし再現度もかなり低い。

 その現象の原理を余すことなく理解できているならば話は別なのだが、目に見えるものしか認識できない人間には到底無理な話である。


 そして最もメジャーな『第三魔術』。

 これは源語オムニスと呼ばれる記号群を並べ術式陣を構築することによって現象を再現する魔術である。

 第二魔術に比べ格段に精度が上がっており、消費魔力も大きく抑えられている。


 この魔術は第二魔術のそれ・・とは違い行使する際多くは脳内で術式陣を描くのだが、紙などに書き出しても魔力を流せば発現する為、複数の術式陣を書き出し魔導書として保管することも多い。


 しかし欲張りなことにこの第三魔術でさえどうやら不完全なものらしく、それを完成させた先にあるとされているものが『第四魔術』と呼ばれる魔術形態だ。


 第四魔術は従来の魔術とは違い理論上魔力が必要ないらしい。本当にそんなことができるのか甚だ疑問ではあったのだが、なんとこの第四魔術に到達した人物は確かに存在しているのだ。

 そんな彼女は遣兵の一人でありそのクラスは10、我等がギルドにおける最強の戦力の一人である。心強いことこの上無い。


 とまあ、魔術についてのざっくりとした話はここまでで良いだろう。


 ここからはこの魔術とは別に存在する『魔法』についてである。


 先程説明した魔術であるが、当然のことながら未だその原理が分からず再現することに成功していない現象も多々ある。

 そんな『現段階で魔術として再現不可能とされる現象』の中でも、突然変異に近い何らかの要因によって特定の個人のみが使用可能となっている奇跡のような代物を『魔法』と呼ぶ。

 第一魔術なんかはその性質上魔法と混同されることもある。


 ここで第四魔術と魔法って何が違うねん、と思う方ももしかしたらいるかもしれない。

 そんな人のために説明するならば、簡単にいうと第四魔術が第三魔術という描きかけの絵を完成させることであるのに対し、魔法は全く白紙の絵を手本すらない状態で描くようなことと言える。

 ついでに言うなら魔法は術式陣すら無いからサンプルがあっても再現はできない。


 魔法は発現する確率が非常に低く、大陸全土に偏在している遣兵達の中でも数える程度にしか存在しない。

 ちなみに俺も魔法を持っているが、まぁ今はどうでもいいことだろう。


 それに魔法が発現したからと言って必ずしも戦闘向けであるとは限らないしな。

 リアーナ嬢は遣兵としての仕事に利用しているようだし戦闘向けのものではあるんだろうが。


 まあここまで知っておきながら俺は魔術なんてこれっぽっちも使えないし、魔法だって最近は使ってないんだけどな。


 どうせならもっと日常生活に使える便利なやつが欲しかったものだ。



「———フェルスさん、この資料なんですが…」



 他の職員が呼ぶ声が俺の思考を現実に引き戻す。それによってクリアになった視界に飛び込んでくるのは処理戦いの途中であった書類達中ボスだ。



「はぁ…。」



 俺はうんざりしたように天井を仰ぎため息をつく。


 どっかに仕事を終わらせてくれる魔法とか無いのかなぁ…。




———————————————

言語化ってできないもんだねぇ…


魔術と魔法を別のものに言い換えると、数学の難問があったとして

第一魔術→他力本願

第二魔術→暗算で解く

第三魔術→公式で解く

第四魔術→解答を見る

魔法→問いが理解できない


 


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