治安維持

遣兵と我等が依頼派遣兵ギルドは切っても切り離せない関係にある。


 ギルドが仕事を提示し遣兵がそれらを終わらせる。それをギルドへ報告し、確認できたらまた新たな仕事を提示す。


 このサイクルがギルド内には存在する。


 ギルドは遣兵が居なければ仕事が回らないし、遣兵ギルドが仕事を回さなければ無職同然となってしまうわけだ。


 だからギルドにとっての遣兵とは謂わばアイドル事務所にとってのアイドル。八百屋にとっての野菜。乱暴な物言いではあるが商売道具と言い換えることもできる。

 その中でも余裕のある生活ができるような者など一握りしか居ないと言う点もアイドルと似ているかもしれない。


 ちなみにギルド職員はどこまで行っても歯車か潤滑油でしかない。ふぁっきゅー。



「おい、あんた。その依頼、俺が行こうと思ってたんだ———」


「ん?あぁ、悪い。でも、こういうのは早い者勝ちだろう———」



 そういった『商品』は、基本的にとても大切に、それはそれは丁寧に管理されることだろう。

 当然だ、人でも物でも傷付いたら一体いくらの損害が出るかわかったものじゃない。



「いや、待てよ。まだ受注もしてないだろ———」


「勘弁してくれよ、もう手に取っちまったんだからよ———」



 しかし同じ『戦う』でも、いつだって周囲のライバルだけが敵であるアイドルとは違い彼等の敵は獣や怪物、自然や人間と数えきれないほど存在する。


 況してや回ってくる仕事によっては日々死と隣り合わせであると言っても過言ではない者たちがアイドルのようにキャッキャウフフなどと出来ようはずもないのだ。



「おいおい、待てって。お前みたいなのが行ったら死んじまうよ———」


「…なんだと———」



 スキンヘッドの大柄な男が依頼書を持った青年へと突っかかる。

 スキンヘッドの男は焦っていたのかそれとも悪意があったのかは定かではないが、青年を煽るような口調で言葉を投げ掛けた。

 適当にあしらっていた相手もこれには少しばかり頭に来たのか思わず反応する。


 まさに一触即発である。



「あーあぁ、始まったよ…」

「ルーキーか?横取りは御法度だろ。」

「あんな煽りにキレる方もどうかとは思うけどなぁ。」



 そんな光景を見た周囲がざわめき出した。


 このようなことはギルドではよく起こることである。当然ギルドホームではこうした暴力沙汰も原則禁止であり、行った場合相応の罰金が発生するのだが…まだルールをあまり理解していない新人や生活のために必死になっている者などはこうした事態に発展しやすい。


 本来なら厳しく取り締まらねばならないのだが、ギルドも何処か黙認している節がある。


 確かに外で何かやらかされるよりはギルドホーム内にて完結してくれている方が何百倍もマシではあるが、だからといってこんな所でおっ始められたら誰が処理すると思っているんだろうか。



「そこのお二人。ホーム内での暴力行為は禁止ですよ。」



 だから俺はことが起こる前に注意を行う。

 これをしているかしていないかでも今後の対応に影響が出るのだ。してないと監督不届だとこちらまで責任を負わされる羽目になる。


 故に、これは只の予防線なのだ。別に本気で止めれる等とは思っていない。「私は一度は止めましたよ」というていである。


 こういった一つ一つの言動で未来が変わるのだから社会はめんど…怖いのだ。そこは異世界でも変わらない。



「おいおい、今度はホームで暴力沙汰か?口で言って止まるようなもんじゃないぞ。」


「あれはもう解決したでしょう。…まぁ、止まらないでしょうね。」




 騒ぎを聞きつけたのかクレールが後ろからヌッと顔をだす。



「…頼んだぞ。」


「ええ…はぁ…。」



 思わずため息を吐く。


 と、そこで二人に動きがあった。

 こちらが注意喚起をすると青年がびくりと肩を振るわせ、チラチラとこちらを気にし出しのだ。


 その様子を見て、俺は腰を浮かせる。



「と、とにかく、これは俺のだからな———」



 青年はようやっと退散しようと男に背を向け受付の方———こちらへと向かって来る。

 故に青年は気が付かない












 男が拳を振りかぶっていることに。











 片や赤子など指先で殺せそうなほどの体躯を持つ男、片やまだ初々しさも抜けない青年。


 その鈍器のような拳が落とされれば、どうなってしまうかなど一目瞭然である。


 まるで見せ物のように囃し立てていた者達もこれには目を見開き止めようと動き出す。


 しかし、時すでに遅し。その凶拳は誰にも止められない。止める術など、ありはしない。



 勢い良く振るわれた拳は、そのまま青年の後頭部へと吸い込まれて———


 








「———ホーム内での暴力行為は重大な違反となります。」








 ピタリ、と拳が半ばで止まる。

 男はいつの間にやら背後に居た俺へとゆっくりと振り返り、訝しんだ目でこちらを睨む。



「何だテメェ…あぁ、ギルドの奴か。」



 何だ『ギルドの奴』って。遣兵であるお前もその『ギルドの奴』の一人ではないのか?



「ええ、職員のフェルスと申します、どうぞ以後お見知り置きを。…とは言っても貴方が今後ここで活動する気があるなら、ですが。」


「何が言いてぇ…?」



 ここまで言ってもまだ理解ができないとほざく男に俺は懇切丁寧に説明をする。



「先程も申し上げましたが、ホーム内での暴力行為は禁止となっております。もしそのようなことがあった場合、罰則が発生することになります。」



 ホーム内、というかそんなこと何処だってあっちゃいけないと思うんだけどね。子供だってわかる。



「ほう………で?」


「…『で?』、とは?」



 なんだコイツ。


 俺が頭のおかしい奴を見る目で男を見ていると、男は大きく口を歪ませ、



「俺が誰を殴ったって?」


「先程の挙動は明らかに彼へと向かっていたもののように見えましたが?」


「『見えた』だけだろ?そんなんでいちゃもんつけられちゃあ困っちまうぜ。」



 子供かよ。いや子供だって謝れるぞ。


 だが、事が起こる前にこちらが止め、それに従い彼も拳を振るわなかったのは事実だ。


 これならまぁ…今この瞬間取り締まる必要もないか・・・・・・・・・・・・・・・・



「確かにそうですね。では、今後のそのようにどうか問題を起こさないようお願いいたします。」


「あぁ、勿論だ。」



 誰が見てもわかるくらい悪意を孕んで嗤う。


 それを見届けた俺はもう仕事は済んだとばかりにソイツに背を向け歩き出す。


 青年はオロオロとしながら事の顛末を見、ギャラリーは黙って眺める。



「危な———!」



 そして、俺がそんな中数歩歩いたところで青年の叫び声が耳に入る。



——————ッ



 瞬間、俺の頭に先程青年へ向けられた一撃が確かに落とされた。


 青年は顔を青くし思わず目を瞑る。

 男はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。


 このまま荒くれ者の遣兵に殴り殺される哀れな職員が一人、生まれるのだ。


 そう、見ていた誰かは思った。





「…あ?」





 しかし、男はここでザマァ見ろと言う愉悦からか気が付かなかった違和感を感じ取る。


 自分は確かに殴った。

 この鬱陶しい生意気な男を、いっそ殺すつもりで殴ってやった。


 なのに、

 だと言うのに———






「…言い忘れていましたが、もしご存知でないならばお教えしましょう———」






 ソレは振り返る。






「ホーム内での暴力行為を処理する際、やむを得ない場合・・・・・・・・———」






 そうして、惚ける男の胸にノックでもするかのように拳をそっと添え、






「———武力行使を、是とする。」






 打ち下ろした。












「おっかねぇなぁ…」

「バカだなぁアイツ…フェルスがいる時に暴れるなんざ…」

「…死んでないか?あれ…」

「いつものこったろ、大丈夫だよ…多分。」



 騒ぎが終息すればギルドが静かになるかと言われればそんなこともない。

 床に埋まり、ぴくりとも動かなくなった男を眺めながら相も変わらずガヤガヤと湧き立つ彼等の話に書類纏めをしつつ耳を立てる。



「なんであれで遣兵してないのかしら。」

「なんだ、知らねぇのか?」



 というのも、先程のような立ち回りをして目立ちすぎていないかが少々心配だからだ。

 いや、ああいった奴が現れたら毎度見る光景であり馴染みのある者も多いのも事実なのだが、中には俺が実力者なんじゃないかなんて思い込む者が出てくる可能性もある。


 そして、そういった者はしっかりと誤魔化しておかなければならない。



「あの人はどうもギルドの治安維持ってやつで雇われたって聞いたぜ。」

「正しくは兼任、な。」

「へぇ…。ソレってあれくらい強くなきゃ務まらないの?」

「まあ偶に実力だけはあるゴロツキも居るしなぁ。」

「本人曰く燃費が悪いから毎度毎度動けないし、実力も良くて中堅ってとこらしい。」



 大抵はこうやって周囲の者が勝手に訂正してくれる。ギルド職員である以上治安維持で雇われたと言うのもあながち嘘じゃないし、あれくらい出来ないと務まらないのもそうだ。


 実際中堅上位にもなればあのレベルの身体強化は割と普通だし、相応の技量があればあんなゴリ押しは通用しない。まぁ、身体強化なんて使ってないんだけど。

 だから燃費が悪いって言うのは嘘なのだが、真実を知るのは俺だけだしバレることもない。



「おう、お疲れさん。毎度毎度悪いな。」


「クレール…そう思うなら代わりにやってくれてもいいんですよ?」


「勘弁してくれ、俺には無理だ。一発殴られてお陀仏だよ。」


「貴方もギルド職員なんですし、あれくらいの訓練はしてるでしょう?」


「いやいやお前だけだって…その身体の何処からあんな馬鹿力が出るんだか。」


「…少し鍛えていた時期があったんですよ…。」


「少し…ねぇ…?」



 彼はいっそ珍妙な生き物でも見るかのような目で俺を観察する。

 いや、嘘じゃないからな。


 俺だって転生者としてありがちなチートで無双したりといったことに憧れなかったわけじゃない。転生した当初は自分にできることを最大限伸ばそうとしたよ。

 でも、もうそんな想いもいつの間にやら消え失せていた。


 それも物凄く下らない理由だったような気がする。

 だがきっとフェルス少年にとってはショックだったのだろう。



「ま、いいよ。お前がいてくれるだけでみんな大人しくなるんだからな。これからも頼んだぞ。」


「えぇ、仕事ですからね。」



 今はただ、平穏に生きられればソレでいい。

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