着地点
村長との頭の痛くなる会話を終えた俺はこの事件の暫定被害者であるゴブリン達の集落に案内してもらうことになった。
案の定彼等は森の中に住んでいるようで、森の入り口まで来れば、粗いながらもご丁寧に道まで作られているのが確認できる。
村長曰く、このまま集落まで続いているらしい。それだけ彼等との関係が進展していると言う証拠だろう。
言い方が悪いがゴブリン達が築く集落など高が知れている。全体であり中枢である領域まで続く道を態々作っていると言うのはかなり信頼し合っていると考えられる。村長達が彼らの味方をするのも少しは理解できる。納得はしないけどね。
舗装されていない道を歩く。
「彼らは余所者を警戒しますので、どうかあまり刺激しないようお願いいたします。」
「えぇ、存じております。」
よーく知っている。多分貴方より知っている。
ゴブリンは世界的にも有名な魔物だ。研究資料は他と比べてもかなり揃っているし生態なんかも割とはっきりしている。
当然それ等が記された資料をギルドは有しており、職員になるにあたりそれくらいは把握しておかなければならない。
暫く歩くと入り口らしき造りに加え、何やら生物的な声や音が聞こえてくる。
「さぁ着きました。」
柵を越え、敷地に足を踏み入れる。
驚いたことに到着した場所には思ったよりも文明を感じる景色が広がっていた。
周囲を柵で囲い、木を基調とした家や石の井戸などを設置している。鉄やガラスといったものこそ使われていないが、凡そ辺境の村と変わらない様子であった。
「…驚きました。思った以上に人間じみた営みをしているのですね。」
「お互いを助け合う中で家を建てたりなどもしましたからなぁ。」
成程、道理で家の作りが似ていると思った。ゴブリンが一方的にやって来るだけでなく村の方からも接触があったとは。
…村へのお詫びも用意しておいて良かった…。まあお詫びと言ってもお金だけどね。
「では、責任者の元までお願いできますか?」
「かしこまりました。…こちらです。」
そう言って扇動する村長の向かう先には、村長宅同様他の住居に比べ随分と立派な家が鎮座している。
「長」という存在に対する種族としての認識の違いが出ているのか、その差は
村長は玄関に近づくとドアに向かってノックをする。
「おぉ〜い、客人が来ておるぞ。」
彼がそう呼びかけ、暫くするとそのドアがギィッと開かれた。
「何だ?テレンス…」
そこに現れたのは他の者に比べると大柄ながら、顔に深い皺を刻み長い髭を蓄えたゴブリンであった。
正しく「長」と呼ぶに相応しい風貌と落ち着きが見て取れる。
しかし…
「人語を解するゴブリン、ですか。」
ゴブリンは元々ある程度の知能を持っている。しかしそれは決して高度なものでなく、簡単な武器を作ったり策を弄したりと、人間の子供程度のものである。
勿論魔物としてはそれでも十分に高度なのだが、中には長い年月を生きる中で人間と接し人語を理解することができる『ホブゴブリン』と呼ばれる個体も存在しているのだ。
人と交流があるからと言って必ずしも言葉によるコミュニケーションを用いているとは限らない。むしろ、ゴブリンから人間への一方的なものが多い。
この村の場合、そんなものではなく双方からの接触による相互関係が成り立っているように感じていたが、まさか彼のような者がいるとは…。
「初めまして、王都より参りました。フェルスと申します。」
俺は驚きを抑え彼に挨拶をする。
彼らは基本人間に対し友好的ではあるが、機嫌を損ねるとゴブリン以上に危険な存在へと変貌する。
故に接する際には注意を払う必要がある。
「王都から…それはそれは、ご足労おかけした。」
そう言って彼はゆっくりと頭を下げて感謝を述べる。こちらもそれに合わせて会釈をする。
「いえいえ、これも仕事ですので。」
「そうか…こんな場所でもお茶くらいは出せる。入ると良い。」
「では、お邪魔いたします。」
◇
案内に従い彼の家へと上がる。ちなみにテレンスには村に戻ってもらった。彼からは特にこれ以上の情報は望めそうになかったし、何か余計なことを言わないとも限らない。
家の中はまるで人間の顔君のそれのようであるが、ほとんど何もなく伽藍堂だ。元々生活するためのスペースさえ確保できていれば良かったのだろう。魔物に人間のような娯楽に溢れた文化などあるはずもない。
ホブゴブリン———ロブと言うらしい———に案内されたのは居間と思しき部屋だ。
あまり掃除のされていない埃っぽい床の上に、ぽつんと唯一つ机が置かれており、向かい合うように椅子が置かれているだけの空間。
そこまでおかしくないはずなのに何処かシュールである。
席に着くとロブはしゃがれた声でこちらへ尋ねる。
「して、今日は如何なる要件で?」
「はい、実はこの集落でこちらの派遣した遣兵がそちらの方に剣を向けた、と言う報告が入っておりまして…」
テレンスに説明したときのように説明する。流石に被害者である彼等の中ならば共有されていると思っていたのだが…この様子だと…
ロブはその長い長い髭を摩りながら目を細め何やら考え込んでいる。不審に思うことがあるかのようだ。何か確信めいたものを感じつつ、俺は彼へ尋ねる。
「何か、心当たりは?」
「…うぅ〜む…そのような報告は私には届いていないな…」
「…」
…やはりか。
となると、これは…
「ウチの者が何か人間達へ働きかけたようだ。かくにんしよう。すぐ見つかるだろう。少し持っていてくれ。」
「お願いします。」
彼は席を立ち、そのまま外へ出た。拡声器なども無いようなので時間がかかるかと思われたが、ほんの一瞬外に出ただけでまた家の中へと戻ってきた。
「外の者に呼びかけるよう頼んでおいた。老体が声を張るのは中々に辛いものだからな。」
「ありがとうございます。」
彼曰く、「剣を突きつけられた者」を呼べと言っているから直ぐに見つかるそう。中々にどストレートである。
そんなことを考えていると彼は神妙な顔つきで話し始めた。
「…今回の件。恐らくは若い者が盗みでも働いたのだろう。」
「…実は、失礼ながら私もそうなのではないかと思っておりました。」
しかし、と付け加え俺は続ける。
「
「そして、我々人間はそれを知った上で、承知した上で貴方方との共存を選んだのです。」
故に、如何なる理由があろうと「彼等の盗み」が発端であるなら非はこちらにある。注意事項にもそう言った記載はなされているくらいだ。
「…!」
そんな話をしていた時、ドアが開かれる音と共に一匹のゴブリンが入ってきた。
…子供である。彼が今回の被害者なのだろう。
「貴方が今回の報告を行った方で間違い無いでしょうか…って、これじゃ伝わりませんか…」
当たり前のように話し掛けたが、よく考えてみると目の前のホブゴブリンが特殊なだけで普通のゴブリン、それも子供に言葉が通じる道理はなかった。
俺がどう伝えようか少しばかり考えていると子供のゴブリンが口を開く。
「…グ、ギ…ニ、ニンゲン…アブナイ…カッタ…。」
目を見開く。
中々どうして今日は驚かされてばかりだ。
「子供のホブゴブリン、ですか?」
「そのような呼ばれ方をしておるのか…稀におるんだ、幼き頃から人間か言葉を体得するような者が。」
一つの集落に二匹ものホブゴブリンが集まっているとは…。
だが、これならばこちらにとっても都合がいい。俺はロブへと目配せをし、彼が頷いたのを確認してからその子供に問いかける。
「初めまして、私はフェルスと申します。今日は先日貴方に怖い思いをさせた人間についてお話をしたく思いこちらへ参りました。」
「ギ…っ!…グ…」
腰を落とし片膝をつき、目線を合わせてできるだけ優しく問う。
この子は言葉を覚える程度には人間と接しており慣れているはずだ。にも拘らず怯えている様子からも、剣を向けられたと言うのは本当なのだろう。
「そのときの話を、私に聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
彼は暫し黙っていたものの、唐突に駆け出しロブの膝の上に飛び乗ってから話し始める。
「…ニ、ニンゲン…ギ、キレイ、イシ…モッテタ…」
「…ソレ、モッテッタ…ニンゲン、コワクナッタ…」
「…」
ふむ…。
不明瞭な点もあるが、つまりはこういうことか?
ゴブリンである彼は新人くんの持っていた…石?を盗った。それに対し新人くんは激怒。取り返すために剣を抜いた…と?
「その出来事について、ロブさんに報告は?」
「…グギ…」
首を横に振る。
まぁ、だろうな。
「人間の方々には?」
「…イッタ。」
自分達の長には伝えず人間達に伝えた。それもおそらく村長にではなく他の村人か。
そして、その村人を通じて村長に話しが伝わった結果、村長は事実確認等をせずすぐさま報告書を提出したわけだ。
この際村長のことは良いとして問題は…
「何故、ロブさんに言わなかったのでしょう?」
「…ギ…ガ…ニ、ニンゲン、コワクナッタ…オコラレル…オモッタ…」
…?
えぇーと、これは…
「石を持って行ったことが悪いことだと思った、と?」
「…」
彼は黙って首肯する。まるで親に怒られるのを待つ人間の子どものようだ。
しかしそうかぁ〜…自覚したのかぁ〜…
普通のゴブリン、それも子供ならそんなことできないんだけどな。
「成程…ちなみに、その石は今持っていますか?」
こちらが確認のためそう尋ねると彼は机の上に何かをそっと置いた。
どうやら気がつかなかっただけで最初から用意していたらしい。いや、ほんと賢いなこの子。
俺はその置かれた彼の言う石を手に取る。
「…ペンダント、ですね。」
それは、宝石がついたペンダントであった。これが新人くんにとって一体どのような物なのかは分からない。しかし、ゴブリンの集落へ赴くにあたりこのようなものを持ってくるのは迂闊としか言えない。これは彼の管理不足だ。
「こちらの石ですが…我々が回収してもよろしいでしょうか?」
「ギギャ…」
迷うことなく彼は首を縦に振る。
良かった。ここでごねられていたら、正直こちらとしては面倒だ。
彼が新人くんからこれを盗ったというのは事実だが、それ以外の部分は彼の主張でしかない。
嘘でないとは思うが念のため当人とも確認をとったほうが良いだろう。
…その為にはまず新人くんの現状を確認しなくてはならないのだが…まあ取り敢えず彼の住所に連絡しよう。
そして、話はこれだけではない。
「今回の件に関してはひとまず確認は取れました。それで、当人への
本来ならば、こう言った話は当人である新人くんを交えて行われるものであり、その場でなら彼にも自身の意見を主張する権限が与えられる。
だが、彼の場合は報告不足過多である上そのまま失踪等といった行為を行っている時点で『その権限を捨てた』という扱いになってしまう。
故に、今この場で彼等と擦り合わせた結論がそのまま彼の罰則となるのだ。
「———構わんよ。」
「…構わない、とは?」
「そのままの意味だ。きっと、その石は彼にとって大切な物だったのだろう。これがキミの言う性であったとしても罪を意識しているならば話は別だろう。」
「…成程。」
今回の『盗み』が一妖精としての性質としてものまであるならば『仕方ない』と言える。
しかし彼は確かに罪を自覚しており、彼自身が悪いことだと認識した。だからこれは妖精としての性格ではなく個人としての行いだ、と。
「…分かりました。では、こちらではそのように処理させていただきます。」
「よろしく頼む。」
彼等としても人間側と付き合っていく以上余計ない遺恨は残したくないという意図もあるのだろう。便宜を図っているのは必ずしも人間ばかりではないのだ。
◇
後日、新人くんの自宅にまで呼び出しと諸々の連絡を添えた手紙を出し、オドオドとやってきた彼と話し合った。
ロブ達との話し合いでは特に
場合によっては偽装と捉えることもできる報告不十分にそのまま逃亡を図ったこと、これだけでも罰するには十分な条件である。
ただ、聞くに彼が奪われたそれはロブが言うように彼にとってとても大切な物であったようで、完全な被害者とはいえないものの情状酌量の余地はあるものとし、罰則はいくばくか軽いものとなったようだ。
兎にも角にもかくして事件は解決。
もう金輪際新人に調査なんて任せん。任せんったら任せん。
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