ファンタジーの常連その1

 オークの依頼は無事完遂された。

 規模は思った通りそこまで大きいとは言えない物で、全部で5体。家族というわけでもなくただ徒党を組んでいただけのようだ。

 依頼自体は調査だったが、必要に応じて戦闘も許容していたのでその場で討伐してもらった。

 五体くらいなら村人が自分で…んー無理かぁ…。でもあの村って確か森で動物の狩猟も行っていはずだし、猟銃で仕留められなかったのか?

 まあ終わったからいいが。


 あと村長にはしっかりと要請書の書き方を伝えてもらった。それで理解してくれるかはわからないが言わないよりは良いだろう。

 第一、別にあの村が例外というわけではなく同じような事はよくある。今更一つ減ったところで変わらない。


 それよりも他の仕事を終わらせなければ。


 今俺の目の前にはとある依頼書がある。



「こちらの依頼書でお間違いないですね?」


「はい」


「ではこちらにサインをお願いします。必ず注意事項の確認をし、くれぐれも無茶の無いよう。」



 遣兵達が依頼を受注する際は受付まで行き要望する依頼の簡単な概要を伝え、職員がそれに合った内容のものを提示する。或いは掲示板に貼られているものをそのまま持ってくる。

 掲示板に貼られているものは期限が迫っているものや早急に済ませなければならないもの、長期間を想定しているものなどであり、報酬が追加されることもある。


 今俺が処理を行っているのは『ゴブリン』の勢力調査に関するものだ。比較的安全であり新人が受注することの多い依頼の一つである。


 ゴブリン。

 言わずと知れたアイツらである。人間の子供のような体躯に醜悪なビジュアルで有名なアイツらである。

 ファンタジーの常連であり、そう言ったものに詳しくない人でも一度は聞いたことのあるであろう彼らは、その手の作品においてまともな描かれ方をしない。


 村落を襲い、男は殺し女は犯し、金品や食料を奪う。盗賊となんら変わらず何なら繁殖力が高いからなおのこと達が悪い。

 そんな存在だという認識が殆どなのではないだろうか。



「大丈夫ですよ、ゴブリンに限って。」



 ところがどっこいこの世界においてはそんなことはない。


 まず悪戯に人を襲うことはない。

 ゴブリンは確かに人間にちょっかいをかけたりはするのだが、それは決して残虐な事ではなくただ何か家にある物を一つ盗って行ったり散らかして行ったりと、まあ許容でき無いこともないことばかりである。

 何なら留守にしている時ゴブリンの為に何が贈り物を置いて行ったりしてあげれば、子供の遊び相手をしてくれたり、時には躾までしてくれる。その中で行儀の良い子にはプレゼントなんかもくれたりする。


 ぶっちゃけただの良い隣人である。当然悪意を持って接すればそれ相応のしっぺ返しがあるが、普通に良好な関係を築くことも可能なのだ。


 過去には、そういった関係を築くことに成功した村落がゴブリンの集落が魔物に襲われた時すぐさま駆けつけ、彼等と協力して魔物を撃退したなんていう民話もあるくらいだ。


 解釈違いだという人もいるかもしれないが、それはゴブリンが「魔物」だという印象が強いからではないだろうか。

 この世界において「魔物」と呼ばれる存在は、「先天的または後天的に魔法的特性を獲得した生物」のことを指し、ゴブリンもこれに該当はするが、彼等はその中でも「妖精」と呼ばれる存在として扱われるのだ。


 ゴブリンの分類は「魔種妖精類ゴブリン属ゴブリン」であり、生物学的にも妖精として区分されている。そう聞くと何となく納得できないだろうか。

 ちなみに前回のオークもゴブリンの亜種であるため妖精の一種である。やっぱ納得できないわ。



「…そういった慢心が事故につながるのです。」


「ハハハ、まぁ気をつけます。」



 ヘラヘラしよってからに。


 とにかくゴブリンとはそういった存在であるため、基本的に討伐依頼というものは無い。あってもその実態を調査してから十分に危険な存在であると判断され初めて討伐が決行される。


 今回は近隣の森のゴブリン達の繁殖状況を調査するだけの依頼だ。

 こういった調査などは、ゴブリン側も人間の…一つの生態として理解しているようである。

 しかし、露骨に探るような姿勢で行うと彼等に人間に対する不信感を与えてしまい、場合によっては近隣の村にも影響が及ぶため慎重に行わなければならない。


 まぁ新人とはいえそうした問題を起こすなんて今日日聞かないし、大丈夫だとは思うが…。











「あとは…これだけか。」



 空は暗く、月が顔を出した頃。俺は未だ椅子に縛り付けられているかの如く書類整理をしていた。


 もう比喩でもないでも無いよ、拘束する呪いでもあるんじゃ無いか、これ?だって立ち上がろうっていう気が起きないんだもん…そりゃそうだ仕事が終わってないんだから…


 残りの書類はあと数枚といったところだ。

 思ったよりも早めに終わってよかった。新人が増えたおかげで日が高いうちから書類が流れてきてスムーズに処理ができた。


 家に帰ってゆっくりする時間が出来るというのがこれ程幸せだなんてな。

 前世で休日に遊んでくれた父には感謝しなければなるまい。



「…っ、…コーヒーうめぇ…」



コーヒーうめぇ。


「——————入るぞ。」



 俺が優雅にブレイクタイムを楽しんでいるとそこに水を刺すようにクレールが入ってきた。


 その右手には紙が一枚。


 何だ?追加か?

 もう親の顔より見てるよ、依頼書。仕事始めてから百枚くらい見たあたりで俺のこの世で嫌いなものベスト3にランクインしたぞ。



「なんですか?追加ですか?眠そうですねコーヒーかけてあげますよ。きっと目が覚めるでしょう。」


「落ち着けよ…お前の仕事増えるだけだぞ。」



 クソがっ!全身でコーヒー堪能させてやるっつってんだから代わりにやってくれよっ!(錯乱)



「…で?何ですか?」


「…この前、ゴブリンの勢力調査があっただろ?」


「あぁ、あの軽薄そうな新人が受注したやつでしたっけ?」


「そうだ…それでな、その…」


「…」


「…向こうで、ちょっといざこざがあったらしい…」


「…」


「お、おち、落ち着けっ!気持ちはわかるが…!おいやめろ!コーヒーをかけようとするな!」



 はぁ〜〜〜〜〜〜〜あのクソガキがっ!

 何が大丈夫だっ!ただの調査でどんな問題が起こるっていうんだよ!


 

「…内容は?」


「ゴブリンに対する威力行為、だそうだ。報告は交流のあった近くの村からのものだ。人間と連絡を取ったことを考えると直接手を上げたわけじゃ無いんだろう。」


「…なるほど。それでなぜ俺に?」



 いや分かるけどね。担当したの俺だし。どうせ責任の一端が俺にもあるとかいうんだろう?


 ぐうの音も出ないくらいその通りだよっ!


 くそっ、やっぱ受理するんじゃなかった!そんなこと滅多に無いから大丈夫と甘く見てた!



「当人は数日前からここに来てもいない。多分どっかへ逃げたんじゃないか?」


「道理で見ないなぁと思ってたんですよ…。」



 詳しい状況はまだわからないが、正当防衛ですらないなら一発でライセンス剥奪だ。それも新人なら尚のこと。


 それに問題はゴブリン達とのものだけでは無い。こうして近隣の村を経由している時点でその村がゴブリン達の意思を代弁していると言える。


 彼等との友好な交流が村全体の生活に大きく影響しているならここでの被害者はゴブリンとその村の両方だ。



「面倒な…」



 ちなみにライセンスに関しては、正当な理由があれば本人の合意がなくとも即刻除名できる。

 当の新人くんは遣兵証を渡さなければ問題ないと考えそのまま逃亡したんだろうが無駄だ。


 まぁ内容にもよるけど。例えば彼が本当に危険な状況に追いやられ、身を守る為に牽制したのであれば仕方ないと言える。


 多分違うと思うけどね。



「報告書と詳しい資料を、こちらで処理しておきますので。」


「悪いな…」


「いえ、実際責任は送り込んだ俺にもありますし…」



 そう言って書類を受け取る。

 あーあ、もうちょっとで終わりそうだったのに。


 もう新人に仕事なんて割り振ってやらん!一生採集やってろぉっ!

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