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「そんな顔しなくても、俺にだって心を開いている人はいる」

「えっ」

「……本当に失礼なやつだな」


 不満そうな表情をしながらも、希輝の透きとおった瞳と長い人差し指が俺に向いて、心臓がドクリと鳴った。


「紡久、おまえだよ」

「え」

「俺が唯一心を開いている相手」


 まさか、希輝からそんなことを言われるとは思ってもみなかった。

 何故か顔が熱くなってきたし、気持ちもそわそわとして、この場から逃げ出したくなる。


「俺は人が嫌いだけど、紡久だけは別だ。一緒に行動するようになって、お前だけは信頼できるって思った」


 何もいえなくなった俺に何を思ったのか、希輝が小指に結ばれた赤い糸を見つめながらポツリと言葉を漏らす。


「性別関係なく、俺に赤い糸の相手がいるなんて最初は最悪だと思ったけど。今は、その相手が紡久で良かったって思う」


 空き教室の窓は閉め切っており、風など入ってくる筈がないのに、俺と希輝の間を暖かい風が吹いた気がした。

 心を開いているというのが本当だとしたら、希輝は心を開いた相手にはこんなにも素直に自分の気持ちを伝えることが出来るのか。

 心臓がドキドキと煩くて、顔も真っ赤になっている自覚があったけど、俺も何か伝えたくて慌てて口を開いた。


「俺も……! 俺も、最初は男と赤い糸とか最悪って思ったけど! 今は、希輝と結ばれていてよかったって思う!」


 体が前のめりになりながらも、なんとか伝えれば、希輝が目を細めて嬉しそうにはにかんだ。

 照れたのか、希輝の頬が薄っすらと赤くなっていて、そのことが何故か無性に嬉しい。

 いつもの爽やかさに可愛さを一滴混ぜたような笑みを見られるのは俺だけだと思うと、やっぱり心の中がそわそわとして落ち着かなくなった。


「それで? 昼に俺を呼び出した理由は? 赤い糸がある友人に彼女が……とか言ってたよな」

「あ、ああ! そうだった!」


 動揺しすぎて、手に持ったパンを勢いよく握りつぶすところだった。

 今の話の流れの後に、俺の予想を伝えるのは正直嫌だったけど、呼び出した以上は伝えるしかない。

 口の中がカラカラに乾いて、パンの欠片が喉を通らなくなったけど、無理やりお茶で流し込んで口を開いた。


「これ、運命の赤い糸じゃないかもしれない」

「――は?」


 口をぱかりと開けて固まった希輝の反応が、俺の予想と違って戸惑う。

 運命の赤い糸の相手が俺で良かったとは言ってくれたけど、実際に俺と恋仲になりたいわけではないだろうから、もっと喜ぶと思っていたのに。


「なんでそう思ったんだ?」

「え? あ、それは……友人の赤い糸も見えるんだけど、そいつが実際に付き合った相手は別の人だったんだ」


 俺の仲睦まじい両親も赤い糸で結ばれていたから、確実とは言えないけど。

 そう伝えれば、顎に手をあてて考える仕草をした希輝が、複雑そうな顔をしながらも俺を上目に見て、重い口を開いた。

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