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「お、あの教室で曲がってる」


 俺のクラスの二つ隣の教室に赤い糸が入っていて、口端がゆるりと上を向く。

 まさか、こんなにも近い場所に俺の運命の相手が存在していたとは。

 先輩でも後輩でもなく、同年代だったのも話が合いそうで嬉しい。

 弾む足取りのまま教室に近づけば、きゃあきゃあと騒ぐ甲高い女子の声が耳をつんざいた。


「なんだ……? 騒がしいな」


 浮かれた気分が困惑の色に一瞬で塗りつぶされる。

 俺の運命の人がいる筈の教室で、一体何が起きているのだろう。

 そろそろと入り口から顔を覗かせれば、爽やかな風が目の前を通り抜けた。


希輝きらくん! 今日は部活ないの?」

「帰りにカラオケいこうよ」

「おまえばっか女子にモテんのムカツクんだけど」


 女子に群がられることに慣れているのか、周りに目を留めず通学鞄を肩にかけた男。

 テレビの中でしか見た事がないような整いすぎた顔立ちに、感嘆の吐息が漏れた。

 少し銀色がかった髪が、こんなにも似合うと思った男は初めてかもしれない。


「ごめん。今日は先約があるから」

「またかよ! それ絶対嘘だろ」

「見た目爽やかだけど、結構素っ気ないよなあ」


 周りの男子が騒ぐ中、両頬を上げ、片手を顔の前に上げて謝罪のポーズをとった男。

 一つ一つの仕草が全てさまになっていて、男の俺ですら見惚れてしまった。

 これだけカッコイイんだ。きっと女に困ったことがないに違いない。


(羨ましい)


 こういう男が、女の心を全て独り占めしていくのだろう。

 このレベルのイケメンが近くにいたんじゃ、女子が俺を含めた他の男に見向きもしないのも納得だ。


「あ、悪い」


 ボーッと眺めていたせいか、いつの間にか目の前まで男が来ていたのに気づかなかった。

 入り口から顔を出す俺に、危うくぶつかりそうになった爽やかイケメン君が、軽く頭を下げる。

 石鹸のような清潔な香りが、ふわりと鼻をくすぐってドキリとした。

 匂いまで完璧とか、非の打ち所がなさすぎる。


「いや、こちらこ……そ」


 軽く頭を下げた瞬間、イケメン君の小指に絡まった赤い糸に目が釘付けになる。

 イケメン君に運命の相手がいるのは当然だと思うし、それには驚かない。

 そう、糸の先をたどりさえしなければ驚かなかったんだ。

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