二章 2日目

第5話

 寝落ちから目覚めると見知らぬ天井があった。


 中田マサヒロは寝ぼけ眼をこすろうと腕を持ち上げ……


 ……持ち上がらない。


 右を見る。

 そこにはスタイルのいい赤毛の少女がいた。


 左を見る。

 そこには綺麗な顔をした、幼い感じの黒髪の少女がいた。


 自分は二人の少女に挟まれるようにして、知らないベッドで眠っているらしい。


 一瞬、混乱したが──


 すぐに、二人の少女の腹部に自分の腕が埋まっているのを見つけた。


「……なんだ、夢か」


 現実ではありえない光景に中田マサヒロはそう結論づけて、再び意識を落とした。



「なんかしつこい夢だな……まあいいか」


 生きていればそういうこともあるだろう。

 もしかしたら死んだのかもしれないけれど。


 本気で夢だと思っているというよりは、面倒くさすぎた上に頭もまだなんとなくぼーっとしていてうまく考えがまとまらず、ひとまず夢であることにした、という感じだった。


 とりあえず、ゲームの最中であることを思い出す。


 なら、まずはクリアしよう。


 もしかしたら現実逃避の思考停止かもしれないが、目の前に未クリアのゲームがあると落ち着かないので、当然そうなる。

 この対応が『当然』であるあたりがマサヒロの『気になることを放置して他のことができない』という性質であり……

『少女二人の腹部に手首から先が埋まっていること』よりも『クリア途中のゲームがあること』の方が気になるという、大学の友人たちから『あいつちょっとポイントがズレてるよな』と思われる性格だった。


「勇者様、今日は何をするの?」


(ああ、夢で間違いないな)


 赤毛のスタイルのいい美少女が身を寄せて耳元にささやきかけてくる。

『Doki Doki Fantasia』のヒロインの一人であるマリアだ。そういえば寝落ち前にやってたのがこのゲームだし、そういう夢もあるかもな……ということにした。


 少なくとも『自分が天然赤毛のスタイル抜群の美少女に勇者様と呼ばれる』という現象を現実と思うか夢と思うかという選択なら、迷うことはない。絶対夢だ。


 だからマサヒロは『知らない他者』とのコミュニケーションとして、テンション高めに、よどんだ瞳でこう答えた。


「ではこれより『Doki Doki Fantasia』世界崩壊禁止RTAを再開していきたいとおもいまーす」


 彼が知らない他者と話す時。それは……


 ゲーム実況以外にないのだから。



 やけにオブジェクトで山盛りの荒野を駆け抜ける。


「最初の村を越えたので魔王城まで折り返しというところでしょうか。ここまでは『初めてアセットを触った初心者がとにかくオブジェクトの配置をしまくってNPC配置を怠ったゲーム』でしたが、ここからは『そういえばこれ一人称視点のファンタジーRPGだったと思い出した制作者がボス前なのでモンスターの密度を上げなきゃいけないという強迫観念に取り憑かれたゲーム』になります。つまり……」


「Move move move!」「Follow me!」「stay!」「Move move move!」「Follow me!」「stay!」「Move move move!」「Move move move!」「Follow me!」「stay!」「Follow me!」「stay!」「Move move move!」「Move move move!」「Follow me!」「stay!」「Follow me!」「stay!」「Move move move!」「Follow me!」「stay!」「Move move move!」「Follow me!」「Move move move!」「Follow me!」「stay!」「stay!」


「モンスター多重ポップによるパソコンへのダイレクトアタックが始まります」


 岩と岩のあいだを抜けると、そこには突撃銃で武装した迷彩服の集団……『ゴブリン』がひしめく地帯でした。


「気をつけて勇者様! 『ホブゴブリン』が混じってるわ!」


 右手武器にされて振り回されている女が叫ぶ。

 ホブゴブリンというのは微妙に服の色が暗い個体であった。

 それ以外はゴブリンと一切変わらない見た目をしている。


 ではステータスの方はどうかと言えば……


「出たよ! えー、この世界のホブゴブリンですが、見た目は服の色がやや黒寄りで、ホブゴブリンはホブゴブリンのみで隊伍を組む特徴があり、ステータスはゴブリンの五倍です。特にキモいのが『素早さ五倍』の要素になりますね」


 めっちゃシャカシャカ動く黒いアレなのでDoki Doki Fantasia攻略界隈(合計三名)では『G』などと呼ばれている。あとしぶといし、たまにバグで飛ぶし。


「細かい調整が技術的に不可能だった制作者がいきなりHPと移動速度と攻撃力を五倍にしてきました。なおこの世界のモンスターはゴールドも武器も落とさないし経験値の概念もないので相手にするだけ損です」

「ところで勇者様、どうしてずっと下を向いてしゃべっているのです?」

「モンスターを視界に入れないことでパソコンへの負荷を軽減しています」

「なるほどなのです」


 もっともらしくうなずく黒髪少女の顔があきらめに満ちていることを勇者は知らない(ずっと地面を見てるから)。


 地面を見たまま右手に癒着した赤毛の少女を振り回しつつやや斜め方向に移動したまにジャンプをして高速移動する勇者と、それに引きずられる左手武器(ホズミ)たちはゴブリンにまみれた場所を掘るように進んでいく。


『コミケの十倍』と揶揄される人口密度はとてもモンスターを避けながら進めるレベルではなく、突っ切るしかないのだ。


 しかしここのモンスターは攻撃に移る際には『足を止めて振りかぶって突撃銃で殴る』という行動をとるため、止まらない限り攻撃が当たることはないし、移動中に敵にぶつかると的が『ずれる』ので進行方向をふさがれることもない。

 ただし座標がくっついてモンスターが『二重になったホブゴブリン』とかになるし、ホブゴブリンが百体重なると世界はブラウザごと壊れる。


 逆に一瞬でも停止すると四方八方から殴られて一秒かからず死ぬし、死んだあとも延々とボコボコにされ続ける画面のまま操作不能、さらに過剰配置されたモンスターとオブジェクトがパソコンに過負荷をかけ、冷却ファンの甲高い悲鳴を堪能したあとゲームが落ちてセーブデータがクラッシュするというリアルアタックをかまされることになる。


「ここで停止して殺されるパターンは二つ。一つは純然たる操作ミス、もう一つはパソコンへの過負荷によって操作受付不能時間が発生しての停止です。なのでなるべく地面を見ながら『1/4攻撃走法』を途切れずに続ける必要があったんですね」

「ねぇ勇者様! 返り血が! 返り血があたしにつくんだけど!? あと首が飛んでるんだけど!?」

「海外兄貴の作ったゲームなのでグロはありまぁす」


 胴体に攻撃を加えてもとにかく首が飛ぶ仕様だ。


 海外兄貴が斬首になみなみならぬ情熱があるか、なんかの設定を間違えて死亡モーションがこれしかないかのどちらかだった(そしておそらく後者だろう)。


 薄暗い中を赤毛の美少女を振り回してゴブリン(迷彩服を着て突撃銃を持った人間に酷似したもの)を斬り殺して首を飛ばしつつ進んでいく。

 なおすれ違いざまに殺されるのはすべてゴブリンであり、ホブゴブリンは聖女二刀流でも五回斬らないと倒せないので、すれ違ったホブゴブリンたちがどんどん背後からついて来ている。


「勇者様、後ろからホブゴブリンの大群が迫っているのです!」

「基本的にこちらを発見したモンスターは倒さない限り永遠に追いかけてきますからねー」


 基本なので例外はいくつかある。

 とはいえ『一生ついてくる』が基本なのがまずおかしい。行動エリアとか設定してもらわないとパソコンの負荷が増え続けるのだ。


「さて次の村が見え始めて来たので、ここでモンスターを一気に消し去るテクニックを使用したいと思います。なぜなら現状のままだとモンスターの数が多すぎて魔王城が表示されないので」

「モンスターを一気に消し去る!? そんな技が使えるの!?」


 右手武器のマリアが叫ぶ。


 マサヒロはよどみつつもギラついた目でせわしなく上下する(振ってるから)マリアを見て、笑った。


「この世界で最強の存在が誰か、わかりますか?」

「あなたよね、勇者様」

「いいえ。──宿屋のオヤジです」

「は?」

「宿屋のオヤジに話しかけて時間を飛ばすとモンスターが消えます。なのでこの世界で最強の存在は宿屋のオヤジなんですよ」

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