第4話

「……おかしいな、宿に泊まったのに朝にならない」

「それは眠らなければ朝にならないと思うのですが……」

「宿屋の受付と会話をして『宿泊する』を承諾したら朝になるんじゃなかったのか……」

「勇者様の故郷は時を早くする秘術が一般的に使われていたのですね……」


 勇者の故郷はおかしな世界のようだ。

 そりゃあ魔王だって余裕で倒すだろう。


 そういうわけで三人は宿屋にいた。


 ちなみに『Doki Doki Fantasia』のモンスターはゴールドを落としたりしないので基本的にプレイヤーは『金銭』を持たない。

 装備などはフィールド上に謎に配置されている宝箱から出るのだが、完全ランダムポップであり、序盤で最強武器が手に入ったり、あるいは終盤になっても初期武器しか持っていなかったりする。

 回復アイテムや回復魔法もない(この世界でのホズミは補助系魔術の才能が高く回復や強化ができるのだが、ゲームにおいて同行する聖女たちは素手でモンスターを殴ることしかできない)ので、金銭を使うタイミングがマジでない。

 ちなみにHPは一定時間岩陰などに隠れてしゃがんでいると回復する。


 では宿屋というシステムがなぜあるかというと、なぜかある。

 たぶん製作者が何も考えず『ファンタジーFPSRPGだし』という程度の理由で宿屋を配置したものと思われた。


 しかし製作者が途中で『宿屋はあるけど宿泊する理由がないな……(セーブ機能はあるがどこでもセーブできるし三つ以上セーブデータを作成するとゲームがクラッシュする)』と気付いたのか、『夜に外にいると死ぬ』という設定が雑に加えられている。

 マジでなんの説明もなく夜になると死ぬので、最初は進行不能バグだと思われたほどだったが、どうにも『夜になると死ぬのでは?』と思われる要素があり、実際に検証した結果、そういうことだった。


 なおこのゲームは基本的に画面が薄暗いまま進行するので、今の時間を推し量る手段がほぼない。

 なので数少ない『ゲームを攻略しよう』という意気込みのプレイヤーは、単調なBGMのループ数で現在時刻を測っている。


 それがゲーム『Doki Doki Fantasia』の仕様だが……


 この世界にはどうにも、設定があったようだった。


「勇者様は世界を救うお方ですので、あらゆる施設の利用料は我らホズミ教がもつのです」

「マリア教も出資してるんだけど!?」


 ホズミは黒い瞳を細めて勇者の向こう側にいる赤毛の女を見た。

『右手武器の分際でうるせぇな……』という視線だったが、赤毛の女はひるまない。


「とにかく夜のあいだは屋内にいれば安全だから、朝になるまで休憩しましょ。あたし、今日は大活躍したから疲れちゃったわ」


 大活躍(右手武器として振り回されて移動補助に使われる)。


 あれを『大活躍』と表現できるのは驚嘆すべき図太さだし、すでに順応しているような様子はホズミから見ても素直に感心できた。


「ねぇ、ところでお風呂とか……どうするの? このままじゃ……」


 マリアがそこで非常にセンシティブな問題に触れてきた。

 ホズミも気になるところだ。


 ……そもそも聖女とは『勇者のためのもの』としてマリア教・ホズミ教でそれぞれ立場を保証されている。

 なので勇者が命じるならなんでも言うことを聞かねばならない立場だ。


 それこそ、宗教の開祖のように妻になることもふくめて言う通りにせねばならないし、妻ではなく娼婦のように扱われたって文句は言えない。


 この世界は、勇者の救いを待っているから、その機嫌を損ねてはならないのだ。


 ……この世界は夜、『死』の世界となる。


 それはすべて魔王と呼ばれる生き物のせいであり、この魔王が存在する限り、瘴気が立ち込める時間はどんどん伸びていくし、瘴気に侵される範囲もどんどん増えていく。


 ゲーム『Doki Doki Fantasia』には『NPCの人数が少なすぎて村とおぼしきオブジェクト群に入っても、宿屋ぐらいにしかNPCがいない』という事実があるが……


 このあたりは魔王の出現位置に近く、特に濃い瘴気が昼も立ち込めている。

 この中で活動できるのは勇者や聖女、それに一部の強者と、『絶対に家屋の外に出ない者』だけであり、多くの村民たちはとっくに遠方へ避難しているのだ。


 この宿屋の店主などは『勇者様が魔王を倒す活動を命懸けでも援助したい』という気合いの入った者であり、そういう者を除けば、このあたりにはもう人はいない。

 ゲーム的には『NPC配置が大変だった』というようなものでも、この世界にはきちんと『こうなっている理由』があるのだった。


 ……ともかく、そういった未曾有の大災害を根絶できる存在こそが勇者であり、この勇者にとにかく気持ちよく世界を救ってもらうために、身も心も捧げるのが、聖女の主な役割である。


 マリアもホズミも、そこは理解していた。


 だがしかし、実際、こうして同じベッドに座って夜を迎えてしまうと、二人の少女の胸中には重苦しい気持ちがあった。


 特にホズミはマリアに比べてまだ幼い。

 勇者、というか『男』に求められることもぼんやりとしかわからない。うまく想像できないのだ。

 それは……『話は聞いたのに理解できないこと』は、今までたいていのことを聞いた瞬間に理解できてきた『天才』である彼女にとって、おそろしいことであった。


 だが……


「ま、まあ、あたしは別に、お風呂とかいっしょでもいいけど……」


 マリアが視線を勇者から逸らしながら、もごもごと言う。


 ホズミは目を見開いておどろいた。


 この赤毛のおっぱいでっかい女のことをホズミはよく知らない。

 とにかく突っかかってくる気に入らないヤツという印象と、あとスタイルが良すぎて男に好かれそうで勇者籠絡に有利そうだなという戦力分析、あと互いのバックボーンにしている宗教の仲が悪いゆえに聞こえてくる悪評……その程度のデータしか持ち合わせていない。


 実際にこのたび『勇者召喚』の儀式で濃いめの言い争いをしたことで、今までぼんやり抱いていた『嫌いかも』という印象は、『こいつ嫌いだわ』に見事なアップデートされたが……


 それでも、聖女として、役割のためにしっかりと身を捧げようとする。

 その覚悟には胸を打たれるものがあった。


「ねぇ、勇者様……この世界は、あたしの故郷なの。この世界を守ってもらえるなら……なんだってできるわ」


 右手武器として振り回され続けたヤツが言うと説得力が違う。


 それは勇者を挟んで反対側で一連の話を聞かされているホズミに強い焦燥感を抱かせた。

 あれだけの目(右手武器として振り回される)に遭っておいて、そのうえで『なんだってできる』と語るマリアに、自分にはない『覚悟』が見えたのだ。


 自分もあのように勇者に『お願い』をしなければならない……


 それはわかる。この世界を気持ちよく守ってもらいたい気持ちはホズミにもあるのだ。

 だが、自分はあんなふうに、胸で勇者の腕を挟むようにしながら、身を寄せて耳元にささやきかけるようなことは、できない……


 もしやったとして、『お父さんにおもちゃをねだる娘』のようにしかならないだろう……


 マリアと自分のあいだにあるのは『覚悟』の差だけではない……スタイルの差、身長、胸、尻という戦力の圧倒的格差があるのだ。


(勝てない)


 ホズミは生まれて初めて、そう思った。

 女の魅力と覚悟において、マリアに完全に負けている……心の底から、そう認めさせられたのだ。


 もちろん、このままマリアの誘惑に乗ってくれても、勇者は世界を救うために活動を続けるだろう。

 世界救済という目的はそれでも果たされる。

 論功行賞においてマリア教にデカい顔をされるのはムカつくものの、『世界を救う』という絶対の目的だけを思えば、『誰のおかげで勇者が世界を救おうとしたか』は重要な問題ではない。


 だが、それでも……


(負けたくない)


 たいていのことをなんとなくこなせてしまったホズミの中に、初めてわきあがった感情があった。


 人生で初めて、『自分より上の相手』として、マリアには負けたくないと、そのように思ったのだ。


 だが、今の自分には胸だの尻だのという戦力が足りない。

 果たして右の腕をおっぱいに挟まれた勇者が、マリアの気持ちにどう答えるのか……


 その時、マリアがおどろいた声を出す。


「こ、こいつ……!」


 ホズミも、マリアに注いでいた視線を勇者へと向けた。


 視線の先で勇者は……


「「寝てる……!?」」


 両腕に美少女を突き刺した状態でベッドに座ったまま、いつの間にか寝てる。

 寝息が静かすぎて呼吸してない疑惑さえあるほど、安らかに寝ている。


 もともとエナドリの効果で無理に意識をつないでいるだけの状態だった勇者マサヒロは、気を抜けば一瞬で意識を落とすことができるし……

 ゲーム中は徹夜のままで最低限の生理現象の処理と、活動のためにしぶしぶ栄養およびカフェイン摂取をするだけの彼は、『ゲーム中』に風呂に入らず寝ても気にしない。


 それにしてもこの状況で普通に寝るとかあるんだ……と聖女たちはおどろき、しばらく呆然とし……


 そして、互いに互いを見た。


「……何よ」


 寝てる相手に誘惑をした赤毛の女は、ばつが悪そうな顔をしていた。


 ホズミは……


 使命のために文字通り身命を賭すマリアに対して尊敬の念と、上位の者に対する対抗心を抱いていたが……


 それを明かすのはなんだか恥ずかしかったので。


「ふっ」

「こ、こいつ、鼻で笑いやがった……!?」


 バカにするように笑っておいた。

 マリアは顔を真っ赤にして何か言葉を発しようとしたが、何も思いつかなかったようで、ベッドに倒れ込む。


 するとマリアの腹に右腕が突き刺さっている勇者の体も倒れ、二人の体が倒れる重量にホズミの小柄な体では耐えきれず、同じようにベッドに倒れ込むことになってしまった。


 三人は並んでベッドに横になる。


 しばらくマリアはホズミを、ホズミはマリアを勇者越しに見ていたが……


「ふん」


 マリアが怒ったように鼻を鳴らして天井を向いたので、ホズミも無表情のまま同じようにした。

 そうして、いつの間にか眠りについていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


キャラクター紹介

☆勇者 中田将大(ナカタ マサヒロ)

黒髪黒目、血色が悪く目がぎらついている痩せた青年。

この世界のことをゲームだと思っている。

でも宿屋で宿泊を承諾しても朝にならないので『おかしいな?』の気持ちが出始めている。


☆マリア教聖女 マリア

赤髪赤目、スタイル良好の表情がよく変わる少女。

自分以外の聖女候補や対立するホズミ教への対抗心で聖女として活動している。

勇者がとにかくヤバいことはわかったので、この世界を救ってもらおうと『覚悟』を示したが勇者は寝てた。

武器にされているさいに振り回されまくったので脳がシェイクされており万全な思考能力でなかった可能性がある。


☆ホズミ教聖女 ホズミ

黒髪黒目、お子様体型の無表情少女。

普通に生きていたら聖女になってたので聖女として生きている。

そもそも能力が高いので『世界を救うのも普通にできるだろうな……』のノリだったが、マリアに見せつけられて『覚悟のなさ』という自分にずっとつきまとっていた問題に気づかされる。

しかしマリアと自分の戦力差が胸囲にして30センチぐらいあるのでどうしていいかわからない。

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