一章 1日目
第3話
「ぎゃああ! ちょっ! やめっ! いい加減にっ! 酔う! よっ、おえっ、おええ!?」
ギラついた目の男が美少女を片手で振り回しながらすさまじい勢いで前進している。
その男はもう片方の手にタイプの違った美少女を引きずりながら、ギラギラした目でひたすら前を見て、腕を振り、跳ね、そしてどことなく斜め方向に移動していた。
「あの、これはいったい何をしているのですか?」
右手側の少女よりマシな状態の左手側の少女は、引っ張られながら男に問いかけた。
男は動作をやめないままグルンッと左手の少女へ振り返って、言葉を発する。
「これは『1/4攻撃走法』です」
「それはいったい……」
「まさかこの世界の人は『1/4攻撃走法』を知らない……?」
「勇者様の世界では一般的な移動方法なのですか……!?」
勇者の故郷にあたる日本の人々が聞いたら『いや、知らんが』と答えるだろう。
だが残念なことにここは日本ではなく、疑問を呈した少女は日本人的容貌ではあるが日本人ではない。
ここはよくある剣と魔法のファンタジー世界、『Doki Doki Fantasia』……
ダウンロード販売サイトで『圧倒的不評』とされる、物理演算で遊べそうなゲームである。
常にどんよりと暗く、単調なBGMが鳴り響き、クリアしても『魔王を倒して世界が平和になった』というメッセージが出て操作不能になるだけのゲームであったが、中田マサヒロはこの世界に勇者として呼び出されてしまったのだ。
しかし本人はエナドリでガンギマリなので『またゲーム世界にダイブした夢かあ』ぐらいの捉え方をしており、ここが異世界であるということをいまいち理解している様子がない。
それはそれとして。
彼の習性として、よく知ってる情報について質問されるとテンションが急に上がって早口で答えてしまうというものがある。
なので『夢の中の住人』である黒髪美少女の質問について、彼はどんよりした『無』の表情から一瞬で目をギラギラさせた『躁』の表情になり語り始めるのだ。
「このゲームはプレイヤーキャラの移動がとにかく遅いうえにダッシュなどの行動をするとスタミナを消費する仕様なんですね。こうなると赤ちゃんのハイハイよりも遅い速度で無駄に広すぎるマップを延々と歩き続けなければなりません。この動画をご覧になっているみなさまはご存じかと思いますが、こういったマップを歩けるタイプのゲームにおいて九割以上が『歩行』の時間になるので、これを短縮するというのは第一に考えるべきことになると思います。そこで開発したのが、このバグを利用した『1/4攻撃走法』になります」
「すいません、情報量を抑えていただきたいのですが」
「まずこのゲームはダッシュ、ジャンプ、攻撃などでスタミナが減るソウルシリーズのようなシステムなのですが、ダッシュでのスタミナの減り方がエグすぎて基本的に歩行移動を強いられます。回復も遅いですし、不意に敵に遭遇することも多いのでダッシュでスタミナが切れた時に敵に遭遇すると死にます」
「はい。死ぬのですね」
『赤ん坊のころから泣いたり笑ったりしたことがない』とまで言われるほど無表情なホズミの顔に、濃いあきらめがにじんでいた。
マサヒロはギラついた目のまま「はい、死にます」と聞いてるんだか聞いてないんだかわからない合いの手を入れて、
「そこで開発した移動法がこの『1/4攻撃走法』です。このゲームは酔っ払いの千鳥足より遅い通常移動で歩き回るとマップの端から端まで移動するのに三時間かかりますが、なんとこの走法なら三十分で魔王のもとにたどり着くことができます」
「いえ、そんなに近場ではないのですが……」
「もちろんこれは途中にある家屋をふくむ障害物をすべて壊しながら突っ切る前提です」
「勇者様、世界を守ってほしいのです。そこにいる人々も……」
「今回はそういうレギュレーションなのでおおよそ二時間かかる予定です。なぜならアセットを初めて買ったアホがとにかく『ダウンロードしたパソコンに負荷をかけること』を目的にしてオブジェクトを設置しまくったゲームだからですね。移動時間をふくまないと十五分で終わるシナリオなのに使用するGBがエグいです。パソコンの冷却ファンが常に『フィィィン……』って言ってます。要求スペックがゲーム内容に対しておかしい」
「なるほど」
それっぽくうなずいているが、目は死んでいる。
「そしてこのスタミナゲージですが、ダッシュでも攻撃でもジャンプでも、デブの前に置かれた唐揚げぐらいのペースで減っていきます。しかし、ダッシュしながら攻撃しつつジャンプすると逆に回復します」
「なぜですか?」
「バグです」
「なるほど」
ホズミはこの世界にはわからないままでいいこともあると学び始めていた。
「さらに斜め移動で加速する『あるある』を加えたのがこの『1/4攻撃走法』になります」
「『1/4』というのはどういう意味ですか?」
「進行方向です」
「なるほど」
「ねぇ! ちょっと! モンスターが見えてきたわよ!」
右手武器として振り回されている人が報告してくる。
マサヒロとホズミが前方に視線をやると、むやみに岩を置かれた草原の向こうから『モンスター』がこちらに向けて接近してくる姿が見えた。
そいつらは隊伍を形成しクリアリングしながら突撃銃を構え「Move move move!」と叫びながら迫ってくる、迷彩柄の服を着た男たちだ。
そのモンスターの名は……
「ゴブリンが出ましたねー。『緑である』『人型である』。これは間違いなくゴブリンです」
「はあ、それはまあ、ゴブリンに間違いないのですが」
この世界だとアレがゴブリンなので、この世界の人の反応が薄い。
この世界のゴブリンは迷彩服を着て突撃銃を向けながら隊伍を組んで迫ってくる男たちのことを指すのだ。なお銃を装備しているが銃弾が出ない調整がなされているので、突撃銃は『棍棒』とみなされている。
「あとさぁ! アンタたち、人が振り回されてるのによく平気で会話してられるわよね!?」
振り回されてる女が言うのだが、本人もツッコミを入れられるだけの余裕ができはじめている。
そういえばどうして彼女が振り回されているのかといえば、彼女がマサヒロの右手装備だからだ。
座標重複バグによってマサヒロの右手に同化してしまった彼女は、右手装備の扱いになっている。
これは世界を崩壊させないタイプの座標重複バグの利用法であり、キャラクターを装備にするとキャラクターのステータスにそのキャラクターが装備している武器の攻撃力を加えた数値がそのまま攻撃力になる。
あとこのゲームは基本的に味方NPCが自動でついてくるタイプのFPS系剣と魔法のファンタジーなのだが、NPCの挙動がクソなくせにNPCが近くにいないと開かない扉があるので、NPCを装備すると『同行しているはずのNPCが謎挙動を繰り返してぜんぜんついてこねぇ』というストレスを防止することもできるし、結果としてタイムも縮まる。
そして現在は『1/4攻撃走法』の都合上、ダッシュ攻撃の一段目を出してジャンプでキャンセルしながら斜め方向に進みまたダッシュ攻撃をして……というのを繰り返しているので、赤毛の女は延々振り回され続ける羽目になっているのだった。
そして勇者マサヒロは止まらないのでゴブリンたちとの距離はどんどん近付いて行っている。
ゴブリンたちも「Follow me!」と言いながら勇者へと近付いている。
二者の距離はそうしてゼロになり……
勇者マサヒロはゴブリンたちとすれ違い、進んでいく。
「退治しないのですか!?」
ホズミが『つい』という感じで叫んだ。
彼女は『タンスの角に小指をぶつけても「痛いですね」としか言わない』とされるほどリアクションが薄い少女なので、ここまで大きな声を聞いた者はホズミ教の信者の中にも一人もいない。
すると勇者は死んだ目でホズミを見つめて首をかしげる。
「RTAなので雑魚は無視ですね」
「し、しかし、モンスターどもは魔王の使徒なのですよ……? 魔王を倒す勇者なのですか……あ、いえ、なんでもないです」
どんどん『めんどうくせぇなあ』という空気感が勇者の目ににじんできたので、ホズミは怖くなって発言を引っ込めた。
ホズミは生まれてから今までずっと聖女としてチヤホヤされてきたので、こういう『お前に価値を認めていない』というような目を向けられたことがなく、そういう目がかなり怖い。
ホズミ教の聖女はどれだけ『オオホズミの奇跡を再現できるか』という基準で選ばれる。
その『オオホズミの奇跡』というのはようするに教典に書かれている内容をどれだけ再現できるかであり、ぶっちゃけてしまうと補助系魔術の才能をかなり問われる。
そしてホズミはこの分野において天才的であり、幼いころから聖女確定と言われて育ち、実際、史上最年少、ホズミ教の開祖である勇者の妻ホズミと同じぐらいの年齢で聖女になった才女であった。
なので常に人から尊敬や畏怖を向けられて過ごしており、この勇者のようにクソよどんだ『無価値なものに向ける目』で自分を見てくる相手は初めてだった。
あと腹部に人の腕が同化するのも初めてであり、そんなヤツが意味不明な動き(右手の聖女を振り回しながらダッシュしてたまに跳ね、なんとなく斜め方向に移動している)をしながら自分を引きずり回すのも初めてであり、初めての体験が多すぎて感情がオーバーフローしていた。
そうして移動していると最初の街が見えてくる。
そういえばなんの解説もしていないのだが、勇者の歩んでいる(歩んでいる?)方向は確かに魔王がいる方角だ。
本当に放っておいたら今日中にも魔王のもとまでたどり着きそうなのだが……
「勇者様、もうじき夜が来るのです」
さすがに言わなければならないだろう。
勇者はすべてを知っているかのように行動している。すべてっていうか、ホズミたちが知らなかったことまで知っている。知りすぎている。なんかよく知らない法則とかそういうのを……
しかし、それでも、彼は『異邦人』だ。
だからこの世界の『絶対的な法則』について、彼を招いた聖女として、忠告せねばならない──と思ったのだが。
「ああはいはい。おかしいな。夜になるまでにたどり着けると思ってたんだけど」
おどろいた様子もないので、どうやらこの勇者は、この世界の絶対的な法則についても知っているようだった。
この世界の絶対的な法則。
それは──
「夜に屋外にいると死にますからね」
夜間外出をすると、死ぬ。
それが魔王の瘴気に悩まされているこの世界の、絶対の法則なのだった。
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