第20話 絶対リーダー

『ライブのチケットの抽選、どうだった?』


『無事に当たったよ。だから当日は、気合を入れて夢叶ちゃんを応援するね』


『……ありがとう』


 先日したそのやりとりを、何度も見返してしまう。


「おやおや~、ゆめっちさん。何をそんなにニヤけていらっしゃるのかな~?」


 幸せに浸っていた時、ノイズが走った。


 振り向くと、その根源たる女こそ、非常にニヤついていらっしゃる。


「あら、心さん。今日も元気いっぱいね」


「えへ、アイドルですから。どこかの無愛想女さんとは違うのです」


「それ、私のこと?」


「おや、ピキんの早くない?」


 バチ、バチ、と。


 当人同士でも、お互いに電流が走るのを感じていた。


「てか、今日のライブ、かなたんも来るんだよ」


「……何で知っているの?」


「こころも、メッセのやり取りしているから」


「ふぅん?」


「んっ? どうしてそんなに余裕なのかなぁ~?」


「だって……」


 言いかけて、夢叶は思わず微笑んでしまう。


 その様子を見て、心は初めて、ムッとした顔になった。


 ガチャリ、と。


「みんな、そろそろスタンバイして!」


 スタッフが呼びに来た。


「「「「「「「はーい!」」」」」」」




      ◇




 アリーナは熱気に包まれている。


「てるりんさん、僕こんな風にライブに参戦するのは初めてで……緊張します」


「あはは、憶することはありませんよ。普段通り、推しはもちろん、グループを応援して行きましょう」


 恰幅の良いてるりんさんは、にっこにっこと微笑みながら言う。


 まるでファザーのような温もりを感じた。


 その時、照明が落ちる。


「おっ、そろそろ来ますよ」


「あ、はい」


 アリーナのざわつきが、束の間、落ち着く。


 けど、再びライトアップされたステージを見て……


「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!」」」」」」」」」」


 一気にボルテージが上がる。


 7人のアイドルたちが静かに佇む。


 そして、あのメロディが流れると、さらにボルテージが上がった。


『ギラギラ太陽みたいになれないけど~♪


 月のようにみんなを優しく導きたい~♪』


「りおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!」


 突如、となりで響いた野太い声に僕はビクッとした。


 ハッとして見ると、てるりんさんが目をギラギラさせている。


 先ほどまでの穏やかさが嘘みたいだ。


 これが、トップオタ……いや、トップオブトップオタ……か。


 って、圧倒、感心されている場合じゃない。


 僕だって……


『みんなみたいに上手く笑えないけど~♪


 心の中ではちゃんと笑っているからね~♪』


「ゆめかああああああああああああああああぁ!」


 今までにないくらい、ハチャメチャに叫んでしまった。


 周りとの調和も考えずに。


 トップオブトップのてるりんさんならまだしも、僕ごときが……


「天道くん、ナイスです」


 けど、へこみかけた僕を、てるりんさんがサムズアップして称えてくれる。


 僕は何だか、誇らしい気持ちになれた。


『それが私たちのミッショネス!』


 代表曲を終えると、アリーナは大歓声に包まれる。


 周りのみんなそれぞれ、推しの名前を呼ぶ。


 僕も、少し遠くにいる、彼女の姿をしっかりと見つめながら……


「夢叶ちゃーん!」


 叫んだ。


 すると、気のせいだろうか?


 ふと、こちらにふり向いた彼女が……笑った。


「おい、夢叶が笑ったぞ!?」


「まさか、今のおれに対するレス!?」


「いや、残念ながら、違うぞ」


「何でだよ?」


「だって今日、英雄くんが来ているからさ。たぶん……」


「……オワタ」


 何か、申し訳ありません。


「負い目を感じる必要はありませんよ」


 また、穏やかな口調に戻ったてるりんさんが言ってくれる。


「君はめでたく、推しである夢叶の『オキニ』になれたのですね」


「オキニ……」


「おや、不服でしたか?」


「いや、そんなことは……」


 むしろ、やはり罪悪感が……


 とか言っている間に、ちょこっとMCを挟んで、すぐ次の曲が始まる。


 オープニングの『これがラブッショ!』がゆったりしたナンバーだったのに対して。


 2番目のこの曲は、アップテンポなナンバー。


 タイトルは、『わたしの挑戦』


 その名の通り、メンバーがアグレッシブに歌い、踊る。


 特に目立つのが……


「やはり、歌唱力は夢叶が1番ですね。正に歌姫、天才です」


「はい……」


 その歌声に、僕は聞きほれてしまう。


 やはり、これだけの歌姫のナマウタを、カラオケで一人占めしたなんて。


 マジでギルティーすぎる。


「そして、ダンスは心が1番上手ですね。こちらもセンス抜群、天才的だ」


「確かに」


 心ちゃんとも、あんな形だけど対面して。


 あぁ~、心推しのみなさんも、ごめんなさい!


 内心で詫びていた時……


「むっ」


「てるりんさん? どうしましたか?」


「これは……まずいかもしれません」


「えっ?」


「何だか、夢叶と心が……いつも以上に、張り切っているというか……」


 言われて、改めてステージを見た。


 夢叶ちゃん、相変わらず美声を響かせて……ちょっと、響かせすぎかな?


 心ちゃんも、縦横無尽に動き回って……いや、動き回り過ぎだろ!


「まずい、このままだと、崩壊する。あの2人の天才に引っ張られ過ぎて!」


 てるりんさんの切迫した声に、場の緊張感が高まる。


 まだドルオタ歴が浅い僕でも、崩壊の予兆は伝わって来た。


 ライブは、テレビとはまた違うかもしれないけど。


 プロとして、ミスは許されない訳であって……


 パンパン!


 その時、手を叩く音が響いた。


 マイクにも乗せないから、そんな響く訳がないのに。


 静かに地味ながらも、しっかりと届いた。


 そして、確実にステップを踏み、歌うのは……


「理央がキタ!」


 てるりんさんが前のめりになる。


 この曲は僕も知っているから、分かる。


 先ほどの理央の手拍子。


 そして、ステップも歌も、恐らくはアドリブだ。


 けど、決して曲の流れから逸脱していない。


 むしろ、バランスを崩しかけたメンバーたちを、しっかりとけん引して。


『アイム チャレンジャー!』


 見事にサビを盛り上げた。


 会場が湧く中で、僕はホッと胸を撫で下ろす。


 そして、となりを見ると……


「……うっ、うっ」


 てるさんが泣いていた。


「だ、大丈夫ですか?」


「ええ、すみません。やはり、理央はサイコーです。彼女なくして、ラブッショはあり得ませんから」


「絶対リーダー、ですもんね」


「はい……本当に地下のあの時から、よくぞここまで……ずっと、理央ちゃんを好きで良かった」


 てるりんさんは涙ぐみながら言う。


 僕はそんな彼のことを、そっと見守っていた。




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