第19話 トップオタ

 僕はいま、大学生で本当に良かったと思う。


 なぜなら、休みの融通が効くから。


 もちろん、常日頃から、勉学やバイトに勤しんでいるけど。


 大人、社会人のように、ガチガチにスケジュールに縛られている訳ではないから。


 休もうと思えば、いくらでも休める。


 もちろん、ちゃんと事前に申請をしてね。


 とまあ、そんな訳で、今日の僕は……


「……緊張するなぁ」


 胃がちょっと、キリキリする。


 けどそれ以上に、胸がドキドキしていた。


 なぜなら今日は、ラブッショのライブの日。


 無事にチケットを手に入れた僕は、こうしてライブに参戦できる。


 ちなみに、夢叶ちゃんから便宜を図ってもらったということは、一切ない。


 仮にその提案をされたとしても、僕は断っていただろう。


 そんなえこひいき、他のファンに申し訳ないし。


「どうぞ、お入りくださーい!」


 無事にチケットを受付に提示して、会場に入った。


 周りは歴戦の猛者というか、バチバチに準備を施したオタクさんたちがゴロゴロといらっしゃる。


 とはいえ、やはり全国区の売れっ子ともなると、そんなガチオタよりも、ライト層の方がやはり厚くなる。


 全体に割合からすれば、ガチのトップオタたちは、恐らく2、3割くらいじゃないかな?


 とりあえず、そんな彼らとは距離を置きつつ、僕はライト勢の群れに紛れて……


「あれ、ちょっと君さ」


「はいっ?」


 ふいに呼ばれて、とっさに振り向く。


 そこにいたのは、背を向けたはずのガチ勢のみなさんで……


「やっぱり、英雄くんじゃん」


「本当だ」


 好奇の目を向けられる。


「えっと……」


「てか、もしかして、今日のチケットって……コネでゲットした?」


「はっ? い、いえ、ちゃんと皆さんと同じように申し込んで……」


「まさか、とは思うけど……夢叶と繋がってたりしないよね~?」


 ギクリ!


「そ、そんなことありませんよ。僕はたまたま、彼女を助けただけで……」


 必死に誤魔化そうとするけど、ガチ勢たちの鋭い眼光が怖い!


「――まあまあ、みなさん。その辺にしておきましょう」


 その穏やかな声に、みんなの視線がグッと引き寄せられる。


 そこにいたのは、メガネで、小太りで、中年の。


 いわゆる、ザ・オタク、みたいな人だった。


「あ、てるりんさん」


「若いファンを、トップオタの皆さんがよってたかって詰めるのは、あまり良くないかと」


 口調は変わらず穏やか。


 そして、ガチ勢のみなさんは、彼の声に大人しく従う。


「そうっすね。悪かったな」


「あ、いえ」


 お互いに会釈をして、ガチ勢のみなさんは去って行く。


「改めまして、てるりんと申します」


 僕を助けてくれた彼は、スッと手を差し出して言う。


「あ、初めまして、助かりました」


「英雄くん……お名前を聞いても?」


「えっと、天道奏太てんどうかなたです」


「そうですか。君はもちろん、夢叶推しですよね?」


「はい。あの、てるりんさんは……」


「僕はリーダーの理央推しです。地下アイドルの頃からずっと、彼女を応援しています」


「そうなんですね……じゃあ、もうファン歴はだいぶ長いんだ」


「ええ。天道くん、ちなみに座席はどこですか?」


「えっと、僕は……ここです」


「おや! これは奇遇ですね~。僕のとなりじゃないですか~!」


「えっ!? で、でも、てるりんさんって、ガチ勢……トップオタの方ですよね? そういった方々は、もっと前列の良い席を取っているものかと……」


「今回はあえて、少し離れた席にしたんです」


「何でまた?」


「僕は……色々な角度から、理央ちゃんを眺めたいんです」


 てるりんさんは天を仰ぎ、少し遠くの彼女に想いを馳せるようだった。


「ハッ……すみません、気持ち悪いですよね」


「いえ、そんな……その気持ち、何ていうか……尊いと思います」


「おふっ、ありがとうございます。天道くんは、優しい人ですね」


「てるりんさんこそ」


 僕は自然と胸が高鳴っていた。


 これは夢叶ちゃんを想ってのそれとはまた違う。


「僕、周りにそんなオタクの人がいないっていうか……そもそも、友達が少ないから。こんな風に、オタトークできる人がいてくれるなんて……」


「では、我々は本日から、友であり同志ということで」


「い、良いんですか? 僕なんて、ライト勢というか、ひよっこというか……」


「そんなの関係ありませんよ。大なり小なり、推しにかける想いは人それぞれですから」


「てるりんさん……」


「さあ、我々もライブに向けて、準備をしましょう」


「はい」


 僕は大きくたのもしいその背中の後を追った。




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