第17話 お仕置き

「おい、今日の夢叶、何だか機嫌が良いらしいぞ」


「マジで~? あの塩な感じが良いのにな~」


「とか言って、ニヤけてんじゃん」


「はい、次の方どうぞ~」


「おっ、オレの番だ。じゃあ、一丁スマイルいただきますかぁ~」


 そして、彼女の前に立つ。


「夢叶ちゃん、こんちは。今日も可愛いね~。てか、オレと付き合わない?」


「……はっ?」


「えっ……?」


 機嫌が良い、と聞いていたのだけど……


 何かいつもと同じ……いや、それ以上に、不機嫌じゃなかろうか?


 ていうか、何かドス黒いオーラが……


「セクハラはご遠慮いただけますか?」


「……ごめんなさい」


 そこから、死屍累々の、屍まつりが始まった。




      ◇




 すごくへこんでいる。


 何だろう、このとてつもない罪悪感は。


「はぁ~……」


 握手会を終えて帰宅してからずっと、ため息を吐いている内に。


 あっという間に、日暮れの時間になっていた。


 スマホをチラと見る。


 けど、怖くて直視ができない。


 いつ、彼女からメッセが届くか分からないから。


 その時、果たして僕は、ちゃんと正面から受け止めることが出来るだろうか?


 頭を抱えていると、


 ピロン♪


「ひゃわッ!?」


 情けなくも女々しい声が漏れてしまう。


 僕は半ば震えながら、スマホを手に取った。


 メッセが届いていた。


 けど、彼女からではない。


 しょうもないDMだ。


「……おどかすなよ」


 僕は悪態をつく。


 そのまま、スマホを置こうかと思ったけど、ちょっとネットで検索をしてみた。


 SNSの声を……


『今日の夢叶、過去サイコーに情緒不安定』


『最初めっちゃ機嫌よかったみたいなのに、急に鬼のように不機嫌』


『今回、調子こいたオタの屍の山が出来たとか……』


 冷や汗がダラダラと垂れて来る。


 これは、まずい。


 僕が苦しむならともかく。


 このままでは、彼女の評判に関わってしまう。


 僕は意を決して、メールアプリを開く。


『今日の握手会、夢叶ちゃんの列に並べなくて、ごめんなさい』


 送信……っと。


 とは言え、いつもならすぐに返事をくれるけど。


 今回はさすがに、なかなか来ないかな。


 ていうか、無視されるまである……


 ピロン♪


「えっ?」


 恐る恐る、画面を開くと……


『気にしないで。推し変なんて、よくあることだから。そもそも、推し変するドルオタが悪いんじゃなくて、そうさせてしまうアイドルの私に魅力がない証拠だから』


「ちょっ……」


 ピロン♪


『心、可愛いもんね。あざとい女って、やっぱり男ウケが良いよね? それにしても、よりにもよって、心かぁ~。これが他のメンバーなら、まだ納得できるけど』


「あのっ……」


 ピロン♪


『……ねえ、最後に1つだけ聞いても良い? 私、どこが悪かったのかな? あくまでも、今後の参考のために、聞かせてもらえないかな?』


「…………」


 これだけ詰められたら、大抵の男はたじろぎ、下手すればべそをかくだろう。


 けど、僕は不思議と、手の震えが止まっていた。


 だから、しっかりと通話ボタンを押す。


 プルルルルル……


『……もしもし』


 ちょっと低い声のトーンだけど……


「……夢叶ちゃん、いまちょっと良いかな?」


『……別に良いけど……何でわざわざ電話を……』


「僕は夢叶ちゃんが好きだ」


『へっ!?』


「ああ、もちろん、推しのアイドルとして。変な意味じゃないからね」


『…………』


「僕は推し変なんてしていない。ただ、今回はちょっと、事情があって……仕方なく、心ちゃんの列に並んだんだ」


『……事情?』


「うん。心ちゃんには申し訳ないけど、今日はすごく並ぶ時間が長く感じたよ。夢叶ちゃんの時は、あっという間の夢気分なのに」


『……ふぅ~ん?』


「とにかく、僕は夢叶ちゃんが……愛乃夢叶が好きなんだ。だから、今回のことは……」


『……許さないから』


「そ、そんな……」


『あと100回……好きだって言ってくれないと、許してあげない』


「えっ、ひゃ、100回……ですか?」


『はい、スタート』


「わっ、とっ……す、好きだ」


『はい、もっと、もっと』


「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ……」


『…………』


「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ……」


『……あの』


「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ……」


『ストップ!』


「すっ……はいっ?」


『本当に言わなくてもいいから……100回とか』


「あっ……そ、そうだね。ごめん」


『別に良いけど……私の方こそ、ごめん。意地悪なこと言っちゃって』


「いや、そんな……」


『それで、さっき事情がどうのって言っていたけど……』


「ああ、うん……」


『良ければ、話してくれない?』


 夢叶ちゃんは、先ほどよりも優しい声のトーンで言う。


「……そうだね。これは、夢叶ちゃんにも関わりのあることだから」


 そして、僕はことのあらましを彼女の話す。


『……そういうことだったのね』


「うん……ごめん」


『いえ、奏太くんは悪くないわ。でも、お仕置きしないとね』


「お、お仕置き……」


『ああ、あなたにじゃなくて、とっても悪い子ちゃんに』


 夢叶ちゃんの声のトーンは、あくまでも落ち着いているけど。


 そこはかとなくにじみ出て来る、怒りのようなモノが……


「……よ、余計なお世話かもしれないけど……なるべく、穏便に」


『ええ、もちろんよ。あの子だって、グループの不利益になることは望まないだろうから。ちゃんと話せば、分かってくれるわ』


「うん、そうだね」


『とにかく、次はちゃんと……私のところに来なさい』


「あっ……はい」


『よろしい……じゃあ、またね』


「う、うん。また……」


 そして、彼女との通話を終えた。


 直後、僕はため息を漏らす。


 ただ、これは決して、不快感とか、不幸さから来るそれではない。


 むしろ、その逆。


「……幸せすぎてエグっ」


 口から砂糖を吐き出したい気持ちだった。




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