第14話 オーラ

 昨日、落ち込んでいた気持ちが嘘みたい。


 心晴れやか、天気も晴れやか。


 夢叶はついつい、スキップをしてしまいそうになる。


 けれども、そんな風に浮き足立つところを見せたら、また心に嫌味を言われるか分からない。


 それに、他のメンバーにも恥ずかしくて見せられないし。


 だから、事務所に入る前に、まず一呼吸を置いて。


「よし」


 夢叶はいざ行かんと、足を踏み入れた。


「おはようございます」


 いつもの自分どおり、努めて冷静さを装う。


 本当は、今にも飛び上がりたいほどの、ハッピーちゃんのくせに。


「あ、夢叶」


草凪くさなぎさん? どうかしました?」


 マネージャーの草凪陽子ようこが、どこか浮かない表情でいる。


「実はいま……週刊誌の記者が来ていて」


「……えっ?」


 ドクン。


「夢叶に、お話があるんですって」


 ドクン、ドクン。


「そ、それって……」


 まずい、どうしよう。


 口から一気に心臓を吐き出しそうになる。


 油断し、あまつさえ調子に乗っていたから。


 天罰が下ったのかな?




      ◇




 これは罰なのだろうか?


 ここ最近、あまりにも幸福すぎたから。


 所詮、平凡な男のくせして。


 だから、その罰として……


「あなた、最近……ラブッショの夢叶と仲がよろしいですよね~?」


 目の前にいる、不審な人物が言う。


 小柄だけど、異様な雰囲気を放っているから、僕はすっかり動揺していた。


「な、何のことですか?」


「あなた、握手会の事件で、夢叶を助けた英雄さんですよね?」


「そ、そんな風に言われているのは知らないですけど……あれは、たまたま、その場に居合わせただけですから」


「ふぅ~ん? でも、夢叶の方は、すっかり君にお熱みたいだけどね~」


「……んっ?」


 初めから、中性的というか、少なくともおっさんの声ではないと思っていた。


 ていうか、この声、どこかで聞き覚えが……


「……誰ですか? 週刊誌の記者……?」


「ううん、違うよ」


 そう言って、パッと帽子を上げる。


 完全にじゃないけど、素顔が現れる。


 僕はすぐにハッと気付いた。


「こ、心……ちゃん?」


「せいかーい♪」


 まさか、そんな……ラブッショのスリートップの一角、小悪魔あざとねすで有名な、甘味かんみ心が、僕に接触をして来た……だと?


「ところで、君のお名前は?」


「へっ? えっと、天道奏太てんどうかなた……ですけど」


「かなたん」


「か、かなたん?」


「今から、時間ある?」


「いや、その……」


「まあ、無くても連行するけど。オーライ?」


 心は、夢叶ちゃんとはまた違ったタイプの存在。


 けど、同じくらいの迫力というか、オーラがある。


 僕よりも年下で、背も低いのに……


「……イ、イエッサー」


「ぷっ、何それ。もしかして、夢叶に調教されたの?」


「いや、そういう訳じゃ……」


「ニヒッ、完全には否定しないんだ?」


「うっ……」


「まあ、良いや。人目につく前に、早く2人きりになれる場所に行こっ?」


 帽子の下で、下手すりゃ空よりも眩いスマイルをきらめかせる。


 どうあがいても、僕ごときではこの子に勝てないと、すぐにあきらめた。




      ◇




 週刊誌……


「では、早速ですけど。例の、握手会での暴行未遂事件について、お聞かせ願いたいなと思います」


「は、はぁ……」


「あのような事件があったら、当面の間、活動を自粛したり、あるいは握手会を休止するかと思われましたが……平常通りに動いていますよね?」


「ええ、まあ……ファンのみなさんを、ガッカリさせたくないので」


「何と……塩対応で有名な愛乃さんも、何だかんだファンの方を大切に思っていらっしゃるんですね」


 まあまあ、失礼な記者だなぁ……


「ええ、そうなんです。うちの夢叶は、そういう子なので。そこら辺、しっかりと記事に書いて下さいね」


 マネージャーの草凪が抜かりなく念を押す。


 さすが、敏腕マネージャーと呼び声が高い……


「ちなみに、ですけど。あの事件で、愛乃さんを救ったファン……英雄と呼ばれている彼とは、その後どうですか?」


「はっ? いえ、その……」


「彼には後日に改めて、こちらからお礼に品を差し上げようと思います」


 あたふたする夢叶に代わって、草凪が答える。


「なるほど。ちなみに、ですけど。愛乃さんとしては、あんな風にドラマチックな展開になったら……やはり、惚れてしまいますか?」


「…………」


「愛乃さん?」


 ていうか、それ以前にもう……ああ、ダメ。


 何かもう、苛立ちとモヤつきと、ドキドキで、感情がぐっちゃぐちゃ。


 こんなの、メンヘラ気質の私じゃなくても、絶対におかしくなるから。


 って、誰がメンヘラよ!


「夢叶はまだ若いですが、歴としたプロのアイドルですから。そこら辺の分別はちゃんとついていますよ」


 また代わりに、草凪が笑顔で答える。


「そうですか……では、今後もし、彼と握手会などで接触しても……他のファンと変わらぬ対応を取る、ということでしょうか?」


「それは……」


「愛乃さん?」


「…………」


 どうしよう、上手く言葉が出て来ない……


「オキニ、にはなるでしょうね」


 またまた、草凪が言い添える。


「ああ、オキニ。ファンの中で、栄誉な存在ですね?」


「ええ、彼にはその資格があるかと」


「なるほど。まあ、彼のおかげで、愛乃夢叶が救われた訳ですから。他のファンたちも、そんなとやかく言わないでしょうね」


「そうですね。ラブッショのファンは、紳士・淑女ばかりなので。たまに、ああいった野獣が紛れていますけど……それも致し方のないことです」


「そこら辺の対策、運営はちゃんと考えていますか?」


「ええ、もちろん。今後は、私どもとしたしましても……」


 その後、草凪が主に受け答えをする。


 その間、夢叶はボーっとしながら、ずっと彼の顔を思い浮かべていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る