第8話 まなざし
あまり来ることのないお店でメニューがよく分からないから、出来ればゆっくり慎重に注文を決めたいのだけど。
あまり待たせると悪い相手だから、店員さんに『あの、オススメは……?』とたどたどしく聞いて、出て来たのは定番のブレンドだった。
僕はまだブラックコーヒーをたしなめるほど大人じゃないから、品がサーブされるカウンターのそばに置いてある、砂糖やシロップ、シナモンなどをそれなりに装備して、席に戻る。
「お、お待たせ」
僕はぎこちなく言う。
「ええ、本当に待ったわ」
「へっ……ご、ごめん」
「あ、その……別にそんな怒っている訳じゃないから」
「そ、そっか……」
「というか、早く座ったら? コーヒーも冷めちゃうし」
「う、うん」
僕はおずおずと座る。
それから早速、砂糖やミルク、シナモンをコーヒーに入れようとするけど……
「ねえ、まずはブラックで飲んでみてよ」
「えっ? いや~、でも……」
「せっかくだから、まずはアレンジする前に、オリジナルの味を知っておきなさい」
「そ……そうですね」
「……にがっ」
案の定だった。
こんなカッコ悪い姿を見せて、幻滅されないだろうか?
いや、そもそも、幻滅されるほど期待値も好感度もないっての。
おこがましい僕め……
「……ふふ」
「えっ?」
「あ、いえ、何でもないの」
「そ、そう?」
夢叶ちゃんが、何か笑った気がしたけど……気のせいか。
僕は改めて、ブレンドに甘味料を投下する。
そして、口に含むと……
「うまぁ~」
「お子ちゃまね」
「へへ、面目ない」
「……まあ、可愛いけど」
「はい?」
「な、何でもないわよ」
ぷい、とそっぽを向かれてしまう。
「あの、夢叶ちゃん……ところで、わざわざ僕を誘って、何の話……かな?」
僕は遠慮がちに問いかける。
「ああ、えっと……」
夢叶ちゃんは、なぜか少しモジモジした様子だけど……
「……改めて、私のことを助けてくれて、ありがとう……2度も」
「あっ……いやいや、そんな。僕はたまたま、その場に居合わせただけだから。きっと、僕がいなくても、他の誰かが助けてくれたよ」
「そうかもしれないけど……でも、現に私のことを助けてくれたのは、
「夢叶ちゃん……はは、何か照れるね」
僕は髪を撫でつつ言う。
「……私って、塩対応よね」
「ど、どうしたの?」
「私ね、昔から、男性恐怖症ってほどではないけど……でも、嫌悪しているから」
「そ、そうなんだ……」
「じゃあ、アイドルをするなって話だけど……でも、憧れだったから」
「うん、そっか……でも、すごいね。今はその夢を叶えている。正に、名前の通りだね」
「ふふ、そうね」
夢叶ちゃんは、やんわりと微笑む。
「でも、私本当に塩対応というか、ひどい対応をしちゃっているから。本当はもっと、ファンの人と仲良くしたいというか……喜ばせてあげたいのに」
「まあ、何だかんだ、ファンのみんなは喜んでいると思うよ? 夢叶ちゃんみたいな、美人さんに塩対応されることで」
「……ドM集団め」
夢叶ちゃんがボソッと言うと、僕は途端に笑いが込み上げて来た。
「ぶふっ……」
「えっ?」
「あ、ごめん。マジメな夢叶ちゃんがそんなこと言うの、何だか面白くて……」
「ちょっと、あまりからかわないでちょうだい」
「ごめん」
と言いつつも、僕はまだ笑みが止まらない。
夢叶ちゃんは、またそっぽを向いてしまう。
その頬が、少しばかり赤く染まって見えた。
「まあ、とにかく、そんな風に夢叶ちゃんは多くのファンに愛されるトップアイドルな訳で」
「……そう」
「うん、だから、その……イチファンの僕が、こうして会うのはおこがましいと言うか……」
「…………」
「だから、こんな風に会うのは、もうこれで最後にした方が良いかなって……もちろん、握手会にはちゃんと行くから。夢叶ちゃん推しとして……」
緊張からから、僕が少し早口になって伝えている最中。
ふと、夢叶ちゃんを見ると、ジロッと睨まれていた。
「えっ、あの……」
「……まあ、あなたの言い分は正しいけど」
「で、ですよね?」
「ただ……その……」
夢叶ちゃんは、一度、口をつぐむ。
僕を真っ直ぐに射抜いていた眼光が、ふっと下げられた。
「……お願いしたくて」
「お願い……?」
「そう、奏太くんにしか出来ないお願い」
「と、言いますと……?」
「さっきも言ったけど、私は男嫌いで、それでもアイドルとして活動を続けたいし、もっと仲良くなって喜んでもらいたい……だから、奏太くんに協力してもらいたいの」
「えぇ~、僕なんかに出来ること、あるのかな?」
「こんな風に、私と喋ってくれる……それだけで、意味があるわ」
「そうなの?」
「ええ。あなたと話していると、少しずつ男性に対する不信感とか、嫌悪感が、洗い流されて行くような気がするの」
「それはまた……」
「だから、その……これきりなんて言わずに……また、会いたいの」
「夢叶ちゃん……」
先ほどのような鋭い眼光ではない。
切実に訴えかけるようなその眼差しに、僕はグッと胸を打たれる。
「……分かったよ。そこまで言ってくれるなら、僕も協力するよ」
「本当に?」
「うん、夢叶ちゃんのイチファンとして」
「…………」
「えっ? あの……」
「……まあ、それで構わないけど」
何だか、少しムスッとしたような顔で言われる。
ま、まあ、元がそんな感じの子だろうから、特別に怒っているなんてこと、ないだろうけど……
「で、次はいつ会えるの?」
「え、もう次の約束?」
「何よ、嫌なの?」
「いえ、そんな……しょ、少々おまちを」
僕は慌ててスマホのカレンダーを開いた。
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