第7話 注文の多い彼女

 思えば僕は、今まで女子とデートをした覚えがない。


 いや、今回のこれは、決してデートという訳ではない。


 そう、だって僕と彼女じゃ、あまりにも立場が違い過ぎるから。


「ここ……なのか」


 指定されてやって来たのは、街中によくあるチェーンのカフェだ。


 僕はてっきり……


 店内に足を踏み入れると、案の定、女性客が多い。


 とても気が引けてしまう。


 けど、ビビっていても仕方がないので、メッセで送られて来た席へと向かう。


 よくあるチェーンとは言ったけど、僕はほんの数回ほどしか訪れたことがない。


 だから、店内の様子というか、座席の位置とか把握していない。


 ちゃんと、待ち合わせの席に行けるだろうか……


 そんな心配は、杞憂だった。


 店内には、多くの可愛らしい女性がいる。


 けれども、その中でも、ひときわ目を引く存在。


 しかも、本来の可愛さ、美しさを抑えた状態で、だ。


 しばし、僕は声をかけることをためらい、彼女を見つめてしまう。


 すると、フッとその目が動く。


 メガネの奥で、きれいな瞳がスッ、と僕の姿を捉える。


 それから、少しムスっとした口元になり、ちょいちょいと手招きをした。


 僕はそれに従い、彼女の席に近付く。


「……ちょっと、嫌らしいな」


「えっ?」


「私のこと、ウォッチするだなんて……変態さん?」


「ご、ごめん、そんなつもりは……ただ、ちょっと見惚れちゃって」


「なっ……アイドル衣装でもない、こんな野暮ったい私のどこが良いのよ?」


「いや、何ていうか……やっぱり、オーラが違うなって。その可愛さとか、隠しきれてな……」


奏太かなたくん」


「はい?」


「ステイ」


「へっ?」


「……じゃなくて、座って」


「し、失礼します」


 僕はそっと椅子を引いて、そっと腰を掛ける。


 彼女……夢叶ゆめかちゃんは、まだどこか、ムスっとした表情だ。


「あの、僕……もしかして、遅刻しちゃいましたか?」


「いいえ、時間ピッタリよ、偉いわ」


「ありがとうございます……じゃあ、その、どうして……怒っているの?」


「べ、別に、怒っていないわよ」


「そ、そう?」


 僕が首をかしげる一方で、夢叶ちゃんはコーヒーを飲む。


「ごめんなさい、先にいただいていたわ」


「いやいや、そんな、どうぞ……ちなみに、ブラックですか?」


「ええ、まあ」


「すごいなぁ。夢叶ちゃん、大人だねぇ」


「…………」


「あ、ごめん。僕なにか変なこと言っちゃった?」


「……早く、自分の飲み物を持って来たら?」


「そ、そうだね」


 僕は席から立ち上がる。


 注文カウンターに向かおうとするけど、


「奏太くん」


「はい?」


「これで好きなの頼んで」


 千円札を差し出される。


「いやいや、そんな。自分で払うよ。何なら、夢叶ちゃんの分も……」


「今回は、私が誘ったから、遠慮しないで」


「でも……」


「あと、夢叶って呼ばないで。身バレするかもしれないから」


「あっ……じゃあ……あゆさんって呼べば良い?」


「……やっぱり、夢叶で良いわ」


「えっ?」


「その代わり、あまり大きな声で呼ばないで。良い?」


「りょ、了解です」


 自分が注文するよりも先に、色々と注文されてしまった。


 まあ、天下一品のアイドル様とお茶できているんだから、それくらいお安い御用だけど。


「じゃあ、ちょっと行って来ます」


「ええ」


 夢叶ちゃんは、またコーヒーを口にする。


「あ、夢叶ちゃん、おかわりとか……」


「結構です」


「ご、ごめんなさい」


 彼女が悪い子じゃないって分かっているけど、でもやっぱり、ちょっと怖いな。


 ただ、決して不快感は抱かないけど。


 あれ、僕っていつの間にか、Mっぽくなりかけている?


 夢叶推しの人って、そういう系の人が多いって聞いたことがあるし……


「……もう、お腹いっぱいなのよ」


「え、なに?」


「……何でもないわよ」


 ツン、とそっぽを向いてしまう夢叶ちゃん。


 僕は肩をすくめつつ、注文カウンターへと向かった。




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