第6話 こそばゆさ

 僕はもしや、夢を見ているのかもしれない。


 だって、憧れのアイドルを助けて、まるでヒーローみたいになって。


 そして、そのアイドルが、実は前からの知り合いで。


 いつの間にか、彼女にとって、僕が特別な存在になって……


「……って、どこのラブコメだよ」


 ベッドに四肢を投げ出しながら、僕は言う。


 他に誰もいないアパートに自室にて、虚しく反響する。


 足首の痛みはだいぶ引いた。


 というか、もはやそんなことは、どうでも良い。


 そんなことよりも……


 ピロン♪


「わっ……」


 ベッドの上で半ばダレていた僕は、瞬時にパッと起き上がる。


 おそるおそる、スマホの画面を開くと……


『こんばんは。約束通り、連絡したよ』


 彼女から、だ。


『こ、こんばんは……夢叶ゆめかちゃん』


奏太かなたくん……その後、足首の調子はどう?』


『ああ、うん、おかげさまで……タクシー、ありがとうございます』


『いえいえ、お安いご用です……というか、まだ返しきれていないから』


『えっ?』


『私、奏太くんに借金をしているようなモノだから』


『そんな、借金だなんて……気にしないでよ』


『ううん、気にする。だから、私に出来ることなら、何でも言って?』


『何でも……』


『あっ……エッチなことは、ダメだよ?』


『あ、当たり前だよ! 僕はそんな……夢叶ちゃんは、あくまでも憧れのアイドルであって……』


『……うん、そうだね、ごめん』


『いや、その……僕、まだ夢を見ている気分なんだ』


『そっか……そばにいたら、ほっぺつねってあげるのに』


『ふぇっ?』


『これは、ちゃんと現実で、あなたは私にとっての……』


『な、なに?』


『……ううん、何でもない』


『は、はぁ……』


『ところで、奏太くん……今度、どこかで空いている時間はあるかな?』


『えっと……まあ、週末とかはヒマだけど……』


『週末……まあ、お仕事の前なら、大丈夫かな』


『へっ?』


『その、もし良ければ、なんだけど……お茶でもしない?』


『お茶……ですか?』


『もちろん、嫌なら断ってくれても良いけど……』


『嫌だなんて、そんな……すごく光栄だけど……良いのかな?』


『何が?』


『いや、僕は所詮、夢叶ちゃんのイチファンに過ぎないのに……』


『もうとっくに、その領域は超えているから』


『領域……』


『つまりは、私のプライベート空間に入り込める男子は……奏太くんだけだよ』


 やばい、何だか、背筋がゾクゾクする。


 もちろん、不快感からではない。


 あり得ないくらいの興奮、高揚によって。


 本格的に脳みそがバグりそうだ。


『……お茶、したいです、夢叶ちゃんと』


『うん、分かった……嬉しい』


 何なんだ、この異次元の可愛さは。


 発する一言、一言が、いちいち可愛い。


 これでもし、実際に対面したら……


 果たして、僕は意識を保てるだろうか?


 いや、その自信はない。


 けど、今さら断るなんてこと、出来ないし……


『お店は私が決めても良いかな? 身バレとかのこともあるし……』


『ああ、うん。アイドルも、ラクじゃないね』


『本当に……でも……ううん、何でもない』


『う、うん』


『じゃあ、奏太くん……楽しみにしているね』


『こ、こちらこそ』


 まるで、すぐそばに彼女がいるかのように。


 そっと、耳元で囁かれるような。


 そんな、こそばゆさを感じた。


 トップアイドルともなると、そんな以心伝心も出来るかな?


 とにかく、そろそろ僕の理性がヤバいから。


 そそくさと、スマホをオフして、ベッドに倒れた。


 ふと、そばに置いてあった、ティッシュに目が行く。


「……いやいや、絶対にダメだぞ、僕」


 夢叶ちゃん……愛乃あいの夢叶は、あくまでも僕の推しなんだ。


 その推しを汚すような真似、絶対にしちゃいけない。


 今までは、こんな気持ちを抱いたこと、なかったのに。


 まさかの繋がりを持ってしまったから……


「……別のオカズ探そ」


 僕はまた、スマホさんに頼る。




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