第5話 インパクト
たかだか、足をひねったくらいで、タンカで運ばれて、お恥ずかしい……
「……はい、治療はこれでおしまいです」
女医さんに言われる。
「ありがとうございます」
「もう少し、ここで安静にしていて下さい。私は少々、席を外しますので」
「はい……」
ドアが閉まり、医務室にて1人きりになる。
華やかで賑わしい表ステージと違い、裏方の方は静かだ。
いや、ここに来る途中、スタッフは色々と忙しそうに動いていた。
まあ、あんなトラブルが起きた訳だから、当然かもしれないけど。
少なくとも、今この場所は、とても静かで落ち着く。
コンコン、とドアを叩く音。
「あ、はいッ」
僕は声が上ずってしまう。
だって、部外者の分際で、こんな舞台裏に来てしまうだなんて……
きぃ、とゆっくり、ドアが開く。
そして、こちらを覗くのは……超美女だった。
「……えっ?」
「……お邪魔します」
遠慮がちにそう言って入って来るのは……
「……
「えっ、な、何で……」
戸惑う僕に対して、
「……そばに行っても良い……ですか?」
「あ、あうあう……」
僕はすっかりパニック状態に陥り、まるで金魚のように口をパクパクとさせてしまう。
「……行くね」
夢叶は、後ろ手を組みながら、ゆっくり、ゆっくりと、僕の方に歩み寄って来る。
まずい、これ以上は、まずい。
おかしい、握手会で、すでに間近で見て、触れているはずなのに。
改めてこうして見ると、どうしてこんなにも……
「……良かった、
「……へっ?」
僕は思わず、目をパチクリとしてしまう。
「あれ、僕……名前、言いましたっけ……?」
「……うん、ちゃんと知っているよ。だって、私のことを助けてくれた人だから」
「あ、いや、えっと……んっ? でも、それはついさっきのことであって……あれっ?」
「……まだ、分からないんだ?」
すっかり動揺しきっている僕の目の前で、夢叶はスッとメガネをかける。
さらに、キャスケットをかぶった。
瞬間、僕は呼吸が止まった。
「……あゆ……さん?」
「うん……私のこと、助けてくれたでしょ? 痴漢から……」
「え、えっと、ちょっと待って……夢叶ちゃんが、あゆさんで……え、えぇ?」
ダメだ、僕ごときの脳みそでは理解が追い付かない。
「……あゆは私、愛乃夢叶が変装した姿で偽名だよ」
「そ、そうなん……ですか」
「敬語じゃなくても良いよ。同じくらいの歳でしょ?」
「あ、20歳です……」
「ふぅん、一緒だね……」
束の間、お互いにジッと、見つめ合ってしまう。
その時、またコンコン、とドアがノックされた。
「夢叶さん、ここにいらっしゃいますか?」
「あ、はい」
「ミーティングルームに来てもらえますか?」
「……分かりました」
彼女はメガネとキャスケットを外す。
「じゃあ、私、行かないと」
「あ……うん」
彼女は背中を向け、歩いて行く。
ドアを開いて出て行く寸前、ピタリと止まった。
「……そういえば、私のこと、名前で呼んでいるよね?」
「へっ? あっ……い、嫌だった?」
「ううん。ちなみに、愛乃夢叶って、本名だから」
「そ、そうなんだ……」
「……てことで、私も名前で呼ぶから」
「は、はい?」
「……
彼女は僕をジッと見つめて言う。
けど、すぐにサッと顔を背けてしまう。
「無理せず、タクシーで帰ってね。スタッフさんに、お願いしておいたから」
「あ、夢叶ちゃん……」
「……今晩、連絡するから」
「えっ」
最後にもう一度だけ、振り向く彼女は、ニコッと微笑む。
照れくさそうだけど、それでもちゃんと。
可愛らしい笑顔だった。
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