第170話 戦いの決着

 世界で初めて飛行戦艦と名称される空想の産物を実現し、兵器として運用したのは人類ではなく、敵であるエイリアンであった。

 ミサイルを容易く撃墜する高出力で小型化されたレーザー発振器。

 物理エネルギーによる破壊を相殺するシールド技術。

 大質量を長時間にわたって浮遊させる重力制御技術。

 その他にも多数の強力な兵器を備えるエイリアンの飛行戦艦は戦場の形を変え、人類を地獄へ追いやった兵器の筆頭であった。

 他にもエイリアンは強力な兵器を多数備え、人間を再利用して造られた無尽蔵の生体兵器の人海戦術によって人類へ攻撃を続けた。

 人ではない化け物に人間の道理は通じず、凄まじい勢いで連邦の国土は陥落を続け、人間の生存領域は縮小を続けた。


 当時の連邦は背水の陣に追い込まれた、このままでは人類は皆殺しにされるという危機感から連邦は一大反抗作戦を実施して事態を打開しようとした。

 そして、実行された作戦の結果は辛勝。

 多くの犠牲を出しながらも、戦線を国境近くまで連邦は押し返した。

 連邦は貴重な時間を稼ぐと同時に作戦の最優先目標であったエイリアンの施設を占拠、建造途中であった飛行戦艦の鹵獲に成功した。


 当時の戦線において猛威を振るったエイリアンの飛行戦艦は人類が実用化出来ていない技術の塊であり、超兵器の無力化は連邦軍の悲願であった。

 その為、陥落させたエイリアンの施設には多くの学者と技術者が集められ、昼夜問わずに船体の調査が行われた。

 そして連邦軍はエイリアン由来の技術解析と並行して建造途中であった飛行戦艦を利用した兵器開発を開始した。

 それは戦局の不利を覆す為であり、戦後を見据えて帝国に先んじて飛行戦艦と保有しようとする連邦の下心でもあった。

 こうして潤沢な予算が投じられた再利用計画によって鹵獲された飛行戦艦は人間の手によって生まれ変わる。

 連邦にとって希望の兵器として生まれ変わるだろうと誰もが口ずさんでいた。


 ──だが、そうはならなかった。


 国境近くまで押し返した筈の戦線は、更に数を増やしたエイリアンによる人海戦術によって再び押し返された。

 戦局の悪化を食い止める事が出来たのは僅か二か月しかなく、この短時間でエイリアンの技術を解析するのは不可能であった。

 それでも諦めきれなかった連邦軍は鹵獲した飛行戦艦を何とか勢力圏内まで移動させようと試みた。

 だが、巨大な船体を移動させるには時間が足りず、エイリアンの苛烈な攻撃を前に不可能であると判断。

 手を尽くした連邦軍は、敵の手に戻った飛行戦艦が完成されるのを阻止する為に施設の放棄と同時に爆破解体する事を決定。

 目前に迫るエイリアンの侵攻を前に連邦軍は貴重な調査資料を可能な限り運び出し、夜逃げの如く急いで逃げ出し、その後に吹き飛ばした。


 その後、エイリアンと連邦の戦況が変わる事はなかった。

 抵抗策を見つけ出すには時間が余りにも足りず、エイリアンとの戦いにおいて追い詰められた人類に残された時間は殆ど無かった。


 その後、連邦は地上の全てと引き換えにエイリアンを核兵器によって焼き尽くした。


 核の炎によってエイリアンも人もいなくなった施設は長年放置されていた。

 だが、連邦の地下シェルターに住んでいた人々で構成された秘密結社の一派が連邦軍の機密情報の解析に成功。

 長年放置された施設の地下で眠る建造途中の船体を見つけ、根城にして活動を開始すると同時に飛行戦艦の修復が始まった。

 狂った科学者を招き、技術者を拉致監禁して集め、必要とされる物資を手荒な手段で集めた秘密結社によっての未完成の飛行戦艦は時間を掛けて修復されていった。

 そして修復が完了し、兵器として生まれ変わった飛行戦艦を利用して、ある意味で純粋な秘密結社の人々は秘めていた野望を実現しよう試みた。


 ──だが、秘密結社の野望は< Establish and protect order >によって物理的に潰された。


 そして秘密結社を壊滅させた< Establish and protect order >は戦利品として修復を終えたばかりの飛行戦艦を二隻も手に入れたのだ。

 この様な経緯によって誕生した二隻の飛行戦艦は<ジェネラル・ガルガ>と<ジェネラル・ホロウェイ>と名前を与えられた。

 その後、<ジェネラル・ガルガ>と<ジェネラル・ホロウェイ>はして数多くの戦いを重ね、勝利に導いた功績によって< Establish and protect order >の誇りとなった。


『せ、船体の損傷甚大! 巡航速度が大きく落ちています!』


『泣き言は結構! 積み込んだ貨物を捨てて少しでも船体重量を軽くしろ!』


『し、しかし積み込んだ物資は──』


『なら、此処で落ちて諸共ゴミの山になるか!? 理解したら直ぐに貨物を捨てろ! 少しでも身軽にしろ!』


 艦内では警報が何時までも鳴り響き、視界を真っ赤に照らす赤色灯が消える事は無い。

 船体の損傷によって傾いた<ジェネラル・ホロウェイ>の艦内には、焦げ臭い匂いが立ち込め、燃え盛る炎を消火しようと貴重な水が盛大に使われた。

 それは<ジェネラル・ホロウェイ>から齎された報告であると同時に、全てが声なき飛行戦艦の悲鳴であり、死に掛けた艦を救おうと懸命に動き続ける人々の叫びであった。


 ──だが、彼らが幾ら懸命に働こうとも<ジェネラル・ホロウェイ>の運命は変わらなかった。


『敵、大出力光学兵器に反応を確認!?』


『全速力で転身! ビルを盾にして離れる!』


 お前達の努力と献身は無駄で、無意味で、無価値な行動でしかない。

 敵であるアンドロイドがそう告げているかの様に放たれた眩い光は、射線を遮る様に立ち塞がるビルを容易く貫く。

 そして、幾つものビルを貫いた先にあるのは満身創痍の<ジェネラル・ホロウェイ>だ。


『か、回避、間に合いません!?』


 高層ビルを盾にする事で稼いだ僅かな時間は僅か数秒。

 たった数秒で何かをするには飛行戦艦は巨大であり、何より傷付いた船体には余りにも荷が重すぎた。

 結局、稼いだ数秒を生かす事も無く三射目が船体中央部に突き刺さり、それが<ジェネラル・ホロウェイ>への止めとなった。


『此方、<ジェネラル・ホロウェイ>! 主機を撃ち抜かれて高度を維持できない!』


『駄目です、火災を消火できません!』


『居住区で爆発が発生! 大量の負傷者が出ています!』


 敵兵器の発射を阻止できず、満身創痍の姉妹艦の盾になる事も出来なかった。

 被害甚大であると報告を聞くまでもなくモニターに映る<ジェネラル・ホロウェイ>の姿を見れば素人でも理解出来た。

 これが結果なのだと暗示するかのように、<ジェネラル・ガルガ>の艦橋には幾つもの悲鳴交じりの報告が届き続けた。

 だが、艦橋に集う人間達に出来る事は何一つ無い。

 炎上する<ジェネラル・ホロウェイ>を見送ることしか出来ないのだ。


「<ジェネラル・ホロウェイ>が進路変更、不時着を試みるようです!」


<ジェネラル・ホロウェイ>は純粋な戦闘艦ではない。


 常人では理解しがたい野望を持っていた秘密結社を物理的に潰した< Establish and protect order >であるが、彼らにとって飛行戦艦と呼ばれる兵器は未知の代物であった。

 それでも、戦利品として鹵獲した兵器を有効活用しようと彼らは“丁寧な話し合いの結果”科学者と技術者達の協力の下で戦力化に取り掛かった。

 だが連邦でも出来なかった戦力化を秘密結社の生き残りと< Establish and protect order >が力を合わせだけ出来る筈も無かった。

 結局、完成したのは “飛行戦艦擬き”でしかなく、物資不足もあり純粋に戦闘艦として復元されたのは一番艦の<ジェネラル・ガルガ>だけ。

<ジェネラル・ホロウェイ>には迎撃システムが除き、最低限の武装しか載せられなかった。

 その様な経緯があったため< Establish and protect order >は<ジェネラル・ホロウェイ>を戦闘艦ではなく強襲揚陸艦として運用することにした。


「燃えている……、我々の誇りが……」


「まさか、そんな……」


 戦艦が敵の防御を突き破り、強襲揚陸艦が積載量を生かして大量の歩兵を迅速に送り込む戦術の確立により< Establish and protect order >に数多くの勝利を齎した。

 二隻の飛行戦艦は数奇な運命によって生まれたが積み上げた戦歴と勝利が<ジェネラル・ガルガ>と<ジェネラル・ホロウェイ>という兵器を< Establish and protect order >にとっての精神的な支柱として唯一無二の存在とした。


「<ジェネラル・ホロウェイ>が、沈む」


 だが、今の<ジェネラル・ホロウェイ>には嘗ての勇壮な姿は何処にもなかった。

 黒煙と炎を撒き散らしながら沈んでいく姿は正に絶望と言う他ない。

 だが、彼らに悠長に感傷に浸る暇をアンドロイドは与えられなかった


「船尾補助エンジン区画が被弾! 出力が低下しています!」


「駄目です、多方面からの波状攻撃に迎撃が追い付きません!」


『此方、機関室! 現在、主機の出力が低下し続けている! 手を尽くしているがもう駄目だ! このままだと<ジェネラル・ガルガ>の高度が維持出来ない!』


『此方三番砲台! 被弾した主砲の復旧は絶望的! 即座の射撃再開は不可能だ!』


『7番砲台! 此方は──』


『──』


 飛行戦艦よりも自由に飛ぶ人型兵器によって囲まれ魚の鱗を剥ぐように武装を破壊され、船体を破壊され続けている。

 それは首を真綿で締め付ける様でありながら、<ジェネラル・ガルガ>もまた姉妹艦である<ジェネラル・ホロウェイ>の後を追う死の瀬戸際に立たされていた。


「臨時代表、<ジェネラル・ガルガ>は……もう持ちません」


 アンドロイドの攻撃は苛烈であり、精密であり、一切の容赦がなかった。

 対抗手段となる武装は一つずつ丁寧に壊され、今や<ジェネラル・ガルガ>には使用可能な武装は何処にもなかった。

 残された武器は歩兵用火器と手榴弾といった爆発物のみであり、人型兵器を相手にするのは不可能を通り越して無謀である。


「これで終わりなのか。……いや、終わらされるのだろう」


 無理、不可能、無謀。

 例え臨時代表でなくとも、現在の<ジェネラル・ガルガ>の状況を知る誰もが同じ様に答えるだろう。

 だが、臨時代表は艦長の敗北宣言に等しい報告を聞いても感情は荒ぶることはなく、凪の様に鎮まっていた。

 何より、艦橋に届く悲鳴のように報告を前にすれば艦長の言葉に嘘はないと、真実であると聞けば嫌でも理解してしまう、それ程の説得力があるのだ。


「…………私は……」


 “私は何を成し遂げたかったのか”


 燃え盛り高度を下げ続ける飛行戦艦の中で臨時代表は自らの行動を思い返していた。

 普段通りであれば艦長の言葉に対して裏切りだ、戦意の欠如、敗北主義者等の罵声が幾つも脳裏に沸き上がっていた筈だった。

 だが、回想は許されないとばかりに現れた人型兵器の一機が、艦橋に向けて巨大なライフルを突き付けた。


「だ、代表!」


「今すぐ避難を!」


「もういい、君達こそ早く此処から離れろ」


 周りにいた幹部達が代表を庇う様に盾となり、艦橋から逃がそうとした。

 だが代表は逃げる事無く、落ち着いた口調で顔を青くする部下達に語り掛けた。

 それは、艦橋と外を隔てる外壁は人型兵器が構える巨大なライフルにとって防弾性皆無の薄い鉄板にしか過ぎないと知っているから。

 抵抗など無意味であり、それよりも前に此処まで接近を許してしまった段階で既に勝負はついていたのだ。


「だ、代表!?」


「違うぞ、臨時代表だ。緊急事態によって一時的に代行をしているが正式に任命されている訳ではない。そこを間違えるな」


「いや、今はそんな事を──」


「だ、代表代理!? お待ちください!」


「艦長、この行動の結果が如何であれ、<ジェネラル・ガルガ>の飛行が不可能と判断した段階で総員退艦命令を発令しろ。これが<臨時代表オスカー・フィリップス>の最期の命令だ」


 憑き物が落ちた様な表情で<臨時代表オスカー・フィリップス>が下した最期の命令。

 武装集団として組織された< Establish and protect order >において上官の命令は絶対だ。

 それが遺言染みた命令であっても、部下は従うしかない。


「アンドロイド、お前なのだろう?」


『はい、気付いてくれて助かります』


 巨大人型兵器の外部スピーカーからアンドロイドの声が聞こえて来る。


「敵の首魁を前に撃たないで待ち続けているのだ。気が付かない訳が無いだろう」


『その通りです。もし此処で攻撃を行えば撃沈は必須。艦内にいる人々の殆どは高確率で死んでしまうでしょう。それは私達の意図に反します


「< Establish and protect order >には“まだ利用価値がある”。それがアンドロイドの判断なのだろう」


『その通りです。ですが、それは貴方達が私達の言葉を聞き、私達が提示する方針について拒否をせずに従う場合のみ適応されます。それでも拒絶を選ぶのであれば貴方達の戦場伝説は此処で終わりを迎えます。降伏をしない敵に攻撃の手を緩める慢心はしません。貴方達諸共その信仰の寄り何処を瓦礫に変えるだけです』


「その為だけに、これ程大掛かりな舞台を整えたのか……」


『必要だったからです。現に此処までして漸く、貴方達は私達の言葉に耳を傾けてくれました』


 ああ、アンドロイド、お前の言う通りだ。

 拠点を襲われ、破壊されようと砕けなかった我々の闘志は折れて掛かっている。

 言い訳が許されない、自己欺瞞でさえ覆い隠す事が出来ない敗北を< Establish and protect order >は噛み締めている。

 逆らう気力も戦力も既に砕け、小さな欠けらしか残っておらず、開戦前に積み上げた決意も、誇りも、何もかもが罅割れ、砕け散ろうとしている。

 その最後の一押しが、今なのだと<臨時代表オスカー・フィリップス>は理解している。


『では此処で宣言を。連邦標準時間11時25分に開かれた本戦役における< Establish and protect order >の敗北及び降伏を<臨時代表オスカー・フィリップス>によって宣言して頂きます』


<臨時代表オスカー・フィリップス>は震える手で艦橋にあった通信用マイクを握る。

 スイッチを入れ、電源を入れると使用可能を示す緑のランプが光るのが見えた。


「<ジェネラル・ホロウェイ>は高度を下げつつも飛行。艦長による命令で艦内放送の準備は整っています」


「<ジェネラル・ガルガ>、艦内放送の準備が完了しました」


 通信オペレーター達から全ての準備が整ったと報告が上がると同時に、手に握るマイクが拾った雑音がスピーカーから流れる。


「臨時代表……」


「分かっている」


 今、戦いを終わらせる言葉が口から出るのをマイクが待っている。

 それを自覚した瞬間に<臨時代表オスカー・フィリップス>の口は糸で固く縫い付けられたかのように固くなった。

 だが、今更中断する事は出来ないのだ。


「……< Establish and protect order >の戦友達。私は<臨時代表オスカー・フィリップス>。今、戦っている戦友達に全員にこれから新しい命令を出す」


 並の人間であれば言葉を出せない環境にあっても、臨時代表の口は縫い付ける糸を無理矢理引き裂くようして言葉を送り出す。

 今、この時ほど戦友達を励まし、鼓舞してきた人一倍達者な自身の口を臨時代表は呪った事は無い

 これから自分が口にしようとしている言葉は降伏宣言に他ならない。

 それも< Establish and protect order >が理念に掲げ、敵と公言してはばからないアンドロイドに対してである。


「……現在行われている救命、救助活動を除いて一切の戦闘の中止を宣言する」


 だが、アンドロイドは言い訳も自己欺瞞も許さないとばかりに徹底的に戦い、牙の全てを丁寧に破壊し尽くした。

 今や死に体となった< Establish and protect order >に残されたのは煙を噴き上げ、今にも墜落しそうな飛行戦艦のみ。

 歩兵部隊の隊員は無事であっても先立つ物資の悉く<ジェネラル・ホロウェイ>で失った以上、戦力の崩壊は時間の問題。

 戦う力は殆ど残されておらず、碌な武装がない状態ではミュータント蔓延る地上で逃げる事も出来ない。

 これが< Establish and protect order >の置かれた現状であり現実なのだ


「これは正式な命令である。従わない者は誰であっても命令不服従として処罰の対象となる事を宣言する」


 複数のコミュニティーから協力関係を切られ、文字通り戦力能力を失った< Establish and protect order >の今後の先行きは暗い。

 味方はおらず、補給も無く、武器も無く、周りにいるのは敵のみ。


「我々は……」


 我々が逃げる場所は何処にもない。

 我々がこれから歩む道は暗闇であるのだと今から宣言するのだ。

 此処にいるのは故郷を見限り、新天地を目指して来た者達だけ。

 だとしても、それでも、だからこそ、それ以上の言葉を口が堰き止めていた。

 口にしてしまえば取り返しがつかない事になるぞと、全てが終わってしまうと自信の勘が囁いているのだ。


「< Establish and protect order >は……」


 アンドロイドは< Establish and protect order >の看板に泥を付ける事に成功した。

 此処まで大掛かりな舞台を整えたアンドロイドなのだから手抜かりは無く、この無様な戦いは何らかの方法を以て各コミュニティーに伝わっているだろう。

 アンドロイドが勝利し、< Establish and protect order >が敗北した事実は人々の脳裏に刻まれたのだ。

 それでも口に出すしかないのだ。

 明確に、聞き間違いがない上位者の言葉によって降伏を宣言するしか道は残されていないのだ。


「アンドロイドとの、間に──」


 それが自分の出来る最後の仕事だと臨時代表は自らに言い聞かせ──






『あ。ちょっとお待ち下さい』






「何?」


 予兆も何もなく、一言の間違いも許されない重大な局面において唐突に中断が差し込まれた。

 それは< Establish and protect order >から出た言葉ではない。

 圧倒的に有利な立場であるアンドロイドから発せられた言葉であった。

 だからこそ、誰もがアンドロイドは一体何を画策しているのかと疑い、臨時代表は利用価値が完全に消滅してから殲滅を継続するつもりなのかと身構えた。


『……え、帝国に?』


 だがアンドロイドが発した言葉は臨時代表が想定していたものでは無かった。

 それどころか、今迄の会話の何処に“帝国”という言葉が入り込む余地があったのか全く理解出来なかった。


『もう一度再計算して報告を……、やっぱり変わらない? え、本当に帝国?』


「帝国?」


『あ、ちょっと、お待ち下さい。私は見た目通り旧式なのでマルチタスクは苦手なのです。なので、少し時間を──』


 アンドロイドは臨時代表が耐え切れずに口にした言葉に律儀に反応している事から、今が重要な場面である事はアンドロイドも承知しているだろう。

 その上でアンドロイド側に何らかの事情があって一時的に会談を中止にしようとした。

 だが会談の中止が宣言される前に大きな爆発音が轟いた。


 ──アンドロイド側からだ。


『2nd、貴方は女性型なのですから、もう少しお淑やかに──』


『そんな事はどうでもいいのです! 1st、報告の裏付けは済んでいます! 今すぐ私を帝国へ送る用意を!』


『現在、五号が進行中の作戦を中断して部隊の編成に入っています。其処に貴方が入れるように調整を行いますから今は堪えて下さい』


『いいえ、その命令は承諾できません。通信内容と送信場所、加えて極短時間しか受信出来なかった事から向こうは──』


『デイヴ!! パパを見つけたってホントなの!?』


『ルナリア様も落ちついて下さい。現時点は可能性が高いとしか言えないのです。その確認の為にも現在、稼働可能な無人機を全て投入しています。結果が出るまで、もう少しお待ち下さい』


『でも、でも……』


 自分達は一体何を聞かされているのだろうか。

 それが< Establish and protect order >の総意であった。

 だが、此処とは別の場所で交わされている会話の中断を口に出せる猛者は何処にも居なかった。

 何より、言葉だけでも下手に会話に割り込めば火傷で済まない気配を感じたからだ。


『……現時点では派遣部隊の編成は五号に任せています。あの子が最短最速で行っている作業に横槍を入れるのは作業全体の進捗状況を遅らせる可能があります。ですが──』


『ですが?』


『五号の管轄下ない非正規ユニットであれば話は違います。具体的に言えば私が管轄している試作兵器であれば、五号の許可が無くとも私の一存で動かせます。補給も正規部隊とは独立しているので五号の作業を妨げる事もありません』


『では、帝国まで届く足を用意して下さい。準備が済み次第出発します』


『分かりました。直ぐに準備させます。それでルナリア様は此処でお待ちください』


『嫌! あたしも行く!』


『そればかりは許可できません。サリアが帝国でノヴァ様を発見できれば直ぐに移動の準備を整えます。必ず連れて行きますから、それまでは此処で待っていて下さい』


『……分かった』


『有難うございます。ではサリアはルナリア様を部屋へお連れして下さい。……んん、お待たせして申し訳ありません』


 アンドロイド達にとっての重要な話し合いは終わったのだろう。

 スピーカーから聞こえてくるのは聞きなれたアンドロイドの声だけだ。

 其処には幼い少女の声も、底冷えするような女性の声も無い。

 それだけの筈なのに、何故か安心する自分がいる事に臨時代表は疑問を覚えたが、直ぐに余計な思考であると切って捨てた。


『此方の都合は済みました。本来であれば色々と行う予定ではありましたが、現時点を以て<木星機関>は< Establish and protect order >との間に一時休戦を提案します』


「一時休戦……だと?」


『完全に此方の都合によるものです。ですが提案を受理しないのであれば戦闘は継続。飛行戦艦諸共、此処で跡形も残さず散って頂きます。返答は”YES”か”NO”の二択以外は認めません。ご決断をお願いします』


 これ以上悩む必要は無かった。


「< Establish and protect order >は<木星機関>との間に一時休戦を……宣言する!」


『その言葉、確かに聞き届けました。現時点を以て<木星機関>による戦闘行為を全て中断します』


 降伏ではなく一時休戦。

 言葉の意味だけを考えれば降伏宣言よりも穏当である。

 だがアンドロイドが< Establish and protect order >の力を認めた訳ではない。


『私達は此処から離れます。貴方達は、まぁ、あれです、負傷者を収容して元の拠点に帰還しても<木星機関>は攻撃を行いません。今後の交渉については、時期を鑑みて使者を送ります』


「ああ……」


『では、失礼します』


 降伏されてしまうと面倒だったから一時休戦にしただけ。

 そして交渉が終わるとアンドロイドは出撃させていた全ての人型兵器を引き連れて離れて行った。

 撤退は迅速に行われ、後に残されたのはボロボロの飛行戦艦が二隻だけだ。


「り、臨時代表。我々は……」


「……船体の補修と負傷者の治療が完了次第、拠点に帰還する」


「敵から追撃は……」


「必要ない」


 部下の問い掛けに対する返事は一言で済んだ。


「アンドロイドは我々に対する関心をついさっき失った。これ以上攻撃する事もない、追撃する価値すらないものだと判断された」


 アンドロイドにとって我々は“どうでもいい存在”となった。

 それが全てなのだ。


「失うばかりで、何も得るものはなかった。それが、この戦いの結末だ。アンドロイドとの戦いにおける全責任は私が取る。……それしか出来る事はもうないからな」


 休戦と敗戦、どちらが良かったのか誰にも分からない。

 だが一つだけはっきりと分かっている事がある。

 それは< Establish and protect order >に属する人々の心から戦意も、誇りも、戦う為の何もかも折られ、壊されたという事実。

 それは戦闘能力を誇りとしていた武装組織にとって死の宣告と同じであった。






 ◆






『──これが、私達が帝国に来るまでに行ってきた事です』


 デイヴの口から語られたのは、ノヴァが消えてからアンドロイド達が紡いできた物語。

 それは一日では終わらない、事か細かに報告するのであれば確実に数日は必要になる程の長い話であった。


「──────」


 そして、デイヴによって短く、要点を纏め、映像付きで懇切丁寧に説明されたノヴァは、無言で白目を剥いていた。

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