第169話 仕組まれた戦い(2)

< Establish and protect order >が保有する二隻の飛行戦艦は姉妹艦である。

 船に付けられた名前は<ジェネラル・ガルガ>と<ジェネラル・ホロウェイ>。

 その名前は過去< Establish and protect order >に所属し、多大な戦果を挙げた英雄が元になっている。

 それ故に二隻の飛行戦艦は強力な兵器以上に、< Establish and protect order >という組織の精神的な支柱でもあるのだ。


「<ジェネラル・ホロウェイ>への物資の積み込みは全体の48%になります。急がせていますが時間が幾らか必要になります」


「これ以上の時間は掛けられない。物資の積み込みは中断して離陸準備に取り掛かれ!」


「待って下さい! 負傷者の収容が間に合っていません!」


「命令だ。負傷者の収容は即刻中断、戦える者だけを急いで載せろ!」


 アンドロイドの攻撃によって地上の拠点から<ジェネラル・ガルガ>の艦橋に本部機能を移転した臨時代表であるが、これ以上の作業は困難であると判断した。

 非情な決断に異議を唱える者もいるが、誰もが内心では理解していた。

 ミサイルの集中投入による瞬間的な火力こそないが、廃墟に潜伏した多脚戦車による継続的な砲撃は、真綿の様に< Establish and protect order >を締め上げている。

 今この時も飛行戦艦によって迎撃された多数の砲弾が爆発している。

 拠点の遥か手前で無力化しているからこそ、大気を轟かせ、大量の破片と黒煙を撒き散らそうとも飛行戦艦は無傷なのだ。

 だが、いつ終わるとも分からないアンドロイドの砲撃は飛行戦艦の迎撃システムに絶えず負荷を与えている。

 今は大丈夫かもしれないが、10分後は、1分後には何が起こっているか分からない。

 仮に前触れもなく迎撃システムが不調を起こせば< Establish and protect order >がどうなるかは火を見るよりも明らかだ。


「……分かりました」


「医療物資は幾らか残していこう。我々が出来るのは、それだけだ」


 だからこそ、今この時は非常な決断を下さなくてはならない。

 一刻も早く離陸し、高度を取って砲撃を躱さなければならないのだ。

 それを理解したからこそ隊員達は口を堅く閉じ、涙を堪えて離陸準備に取り掛かった。


「<ジェネラル・ガルガ>の主機、安定しています!」


「戦闘員の移乗完了! 各種武装も問題ありません!」


「艦内各設備問題なし!」


「<ジェネラル・ホロウェイ>も離陸準備完了!」


「よし! <ジェネラル・ガルガ>発進!」


<ジェネラル・ガルガ>を長年指揮してきた艦長の声が艦橋に響き渡る。

 飛行戦艦の主機が本格的に稼働を始め、艦内に独特な異音が振動となって響き渡る。

 そして出力が定格を迎えた時、全長200mを超える<ジェネラル・ガルガ>の巨体が浮かび上がり始める。

 従来の航空機とは全く異なる原理によって浮かび上がった巨体が、砲撃によって撒き散らされた黒煙を押し退けて空へと飛び発つ。

 その後ろ姿に続くように<ジェネラル・ホロウェイ>も浮かび上がり、僅かな時間で二隻はアンドロイドの砲撃が届かない空へと飛び上がった。


「進路はアンドロイドの本拠地『ガリレオ』! <ジェネラル・ガルガ>を先頭にして、高度が取れ次第、順次地上への砲撃を行う! <ジェネラル・ホロウェイ>は背後で防空に専念させろ!」


「了解」


 地上において動かない飛行戦艦は只の巨大な的でしかなかった。

 だが、重力の縛りから解き放たれ今は違う。

 広い空へと飛び上がったこの時を以て、飛行戦艦は兵器として持てる能力を存分に振るう事が出来るようになったのだ。


「地上の廃墟に隠れる多脚兵器を発見! これより攻撃を開始する」


「対地機関砲1番から4番、対地榴弾砲5番から9番、弾込め!」


「忌々しい機械共を全てスクラップにしろ! 砲撃開始!」


 火器管制官からの命令が下された瞬間、<ジェネラル・ガルガ>から幾つもの光が瞬き、音を置き去りして放たれた砲弾が地上を蹂躙する。

 原型を保っていた商店街が機関砲によって穴だらけにされ、建物と地面が区別なくかき混ぜられ、細かな瓦礫と化す。

 榴弾の一撃が複数のビルの基礎を吹き飛ばし、構造を維持できなくなった建物が盛大に倒壊していき大量の土埃が立ち込める。


「敵、多脚兵器を一機破壊!」


「二機目の破壊を確認!」


 飛行戦艦の名に恥じる事無く、遥か上空から撃ち出される攻撃は強力であった。

 主力戦車の装甲には劣るとはいえ、生半可な銃撃を寄せ付けない多脚戦車の装甲だが、雨あられと降って来る機関砲は装甲を叩き割り、榴弾砲は内包された炸薬は力ずくで装甲と内部機構を破壊する。

 今迄の鬱憤を晴らす様に撃ち込まれる砲撃は多脚戦車を粉砕し、完全破壊するに十分な威力があった。


 だがアンドロイドが操作する多脚戦車も黙ってやられる訳ではない。

 宙に浮かぶ飛行戦艦に対して投入された大半の多脚戦車が砲撃ユニットを余計な錘にしかならないと判断。

 即座にユニットごと取り外して身軽になった個体と少数の砲撃ユニットを搭載した個体が廃墟に散らばった。

 そして、本来の機動性を取り戻した多脚戦車が四つ足の利点を生かして廃墟を縦横無尽に駆け回る囮となり、分散配置させたが砲撃可能な多脚戦車が直接照準による砲撃を行う変則的な戦術に移行。

 制空権を取られた圧倒的に不利な戦場であっても多脚戦車は統一された指揮下で群体として動き、飛行戦艦からの砲撃を躱し、僅かな隙を突いて砲撃を行い、対抗を試みた。


「このままであれば敵の全滅は時間の問題です」


 だが< Establish and protect order >は機動力のある囮が飛行戦艦の火力を引き付け、本命の砲撃機体が飛行戦艦を狙うアンドロイドの作戦を読んでいた。

 そして即座に機動力は高いが有効な対空兵装を持たない機体を放置して、廃墟の陰に隠れて砲撃を企む機体を優先的に見つけ出し破壊する方針に切り替えた。

 隠れていた多脚戦車ごと形を保っていた廃墟を機関砲弾によって粉々に粉砕し、止めとして榴弾砲が一切合切吹き飛ばす。

 精密な射撃ではなく、圧倒的な火力に物を言わせた面制圧は実際に効果を発揮しており、砲撃の度に多数の多脚戦車が破壊されていった。


「確かにそうだ。だが油断はするな。特に監視を徹底して此方を狙う砲撃機体を優先的に破壊しろ」


「了解」


 アンドロイドの戦術は不利な戦場を覆すには至らなかった。

 迅速かつ容赦ない攻撃を前に砲撃を企んでいた機体は全て破壊され、文字通りのガラクタと化していく。

 一方的な戦いはある意味で教本通りであり、自身の強みを敵に押し付ける戦いは< Establish and protect order >が積み重ね磨いて来た戦術である。

 特に対空火器を持たない有象無象の組織にとって飛行戦艦による砲撃は死刑の宣告と同じ、ある意味では飛行戦艦はガンシップの系譜に連なる兵器だと言えよう。

 だが、従来のガンシップと決定的に異なるのは圧倒的な積載量と飛行戦艦事態が持つ強固な防空網と耐久性だ。

 輸送機を原型としたガンシップとは比較にならない圧倒的な火力。

 地上個人携帯型の対空ミサイルを筆頭とした誘導兵器を悉く迎撃する防空システム。

 居住区を筆頭とした多数の分割された空間と装甲による耐久性。

 敵が保有する武器の射程外から地上へ大量の砲弾を叩きこむ飛行戦艦は正に魑魅魍魎が蠢く地上を蹂躙する為に生まれた兵器である。


「進路このまま、敵中枢に向けて前進」


「了解」


「地上から見上げるしかない愚か者たちにも見せ付けろ。これが< Establish and protect order >だと。我々を裏切った敵に自らの愚かさを後悔させろ」


 二隻の飛行戦艦は隊列を維持して廃墟と化した都市の上を飛んでいく。

 その光景を都市に隠れる小規模なコミュニティーは当然として、裏切りを行った大規模なコミュニティーに属する人々も見上げている筈だ。

 そして人々はミュータントとは違う、知恵を持つ人間が産み出す暴力への恐怖改めて理解するだろう。

 自分達の手が届かない遥か上空から見下ろされ、一方的に攻撃される。

 捻り出した勇気も破れかぶれの蛮勇も一切の意味を成さない兵器による一方的な蹂躙。

 それを思い浮かべた各コミュニティーの首脳陣は今頃になって自らが下した軽率な判断を後悔していると< Establish and protect order >の首脳陣は判断していた。


「敵多脚戦車の後退を確認! 全ての機体が装備していた大砲を放棄しています!」


「ふん、地上を這うしかない多脚兵器では勝てないと理解したようだな。敵兵器の集合地点は判明しているか?」


「いいえ、奴らは組織的に撤退していますが進路はバラバラです。何処か別拠点に集結する行動も見せていません」


「なんだと?」


 アンドロイドが敗北を予想して撤退したとは誰も考えていない。

 拠点で言葉を交わしたアンドロイドは一貫して勝利を確信した発言をしていた。

 事実として拠点に行われた一連の攻撃はアンドロイドの言葉が虚言では無い事を確かに証明して見せたのだ。


「アンドロイドめ、一体何を企んでいる」


 臨時代表が口にした言葉は< Establish and protect order >の総意である。

 アンドロイドは情け容赦ない攻撃をすると同時に、攻撃を制御して飛行戦艦を飛び発たせようとする奇妙な行動も行っていた。

 アンドロイドが今まで戦ってきた有象無象の敵とは異なる、自分達と文字通りの戦争が出来る組織だと< Establish and protect order >の誰もが認めている。

 だからこそ前菜にもならない多脚兵器との戦いが終わりではなく、何か大きな作戦の布石であると予想していた。

 だが、肝心のアンドロイドの作戦が全く読めない。

 アンドロイドが一体何を目的にしているのか、自分達が不利になるであると飛行戦艦を破壊せずにいたのか。


「アンドロイドが何を仕掛けて来るか現状では不明だが、奇襲を念頭に監視を強化、周囲への警戒を怠るな」


「了解、全周囲への警戒を厳とせよ」


 ありふれた命令が下されつつも、結局のところ二隻の飛行戦艦は周辺への監視を強めながら飛び続けるしか選択肢はないのだ。

 だが< Establish and protect order >の警戒は徒労に終わり、多脚戦車の撤退からアンドロイドからの攻撃は止まってしまった

 目下の地上から怪しい動きは一切見られず、不気味な静けさだけが廃墟に漂っていた。


「不気味な程に何も見つかりません。アンドロイドが配置した戦力は多脚戦車が全てだったのでは?」


「いや、奴らには輸送機も誘導兵器も潤沢にある。此処に来るまで何も仕掛けない理由はないだろう」


「だが、あと少しで高層ビル群を抜ける。この先から高層建築物は殆どないぞ」


「高層ビル群で攻撃を行わないのであれば本当にアンドロイドは逃げたのではないか?」


「確かに、此処から先は奇襲に適した建築物は少ない。飛行戦艦にとって平地と変わらない場所だ」


 二隻の飛行戦艦は高層ビル群を抜け、小規模な建物が点在する平地へと進出していた。

 見晴らしがよい飛行戦艦に有利な地形を前にして艦橋に詰め掛けている幹部達が各々の考えを口に出す。

 事実として、敵本拠地に向って進む飛行戦艦はアンドロイドからの攻撃を受ける事は無く、多脚戦車の撤退以降は静かであった。

 だからこそ、敵が一向に現れない事に幹部達は不信感を抱くと同時にアンドロイドが恐れをなして逃げたのではないかと楽観論が芽生え始めていた。

 そして幹部達と同じ様にアンドロイドは逃げたのではないかと臨時代表も考えていたが脳裏に焼き付いたアンドロイドの姿を思い出し、幹部達の様には楽観論に浸れなかった。


「油断するな。我々の敵は狡猾なアンドロイドだ。奴らは決して無能では──」


 臨時代表は最後まで言葉を言い切る事は出来なかった。

 何故ならけたたましい警報が鳴り響くと同時に、<ジェネラル・ガルガ>の後ろ追走していた<ジェネラル・ホロウェイ>が攻撃を受け、盛大な爆発を起こしたからだ。


「此処で仕掛けて来るか!?」


「<ジェネラル・ホロウェイ>の船尾に攻撃! 被害は……、じ、甚大!? 攻撃は船尾ブロックを全て貫通、補助エンジンが全て破壊されました!?」


「何だと!?」


 艦橋のモニターに映された<ジェネラル・ホロウェイ>の船尾からは黒煙と炎が勢い良く立ち昇っている。

 その光景は飛行戦艦が無敵である筈と無邪気に信じていた隊員達に大きな衝撃を与え、それは臨時代表と幹部達に留まらなかった。


「攻撃は、一体どんな攻撃を受けたのだ!?」


「ゆ、誘導兵器ではありません! <ジェネラル・ホロウェイ>の監視員からは『突然、目を焼く閃光が襲ってきた』と報告が届いただけです!」


「閃光、まさか大出力の光学兵器か!?」


「馬鹿な! 過去の連邦でも実用化出来なかった兵器をアンドロイドが──」


 幹部達の喧騒を遮るようにモニターに映る<ジェネラル・ホロウェイ>に目を焼く程の凶悪な閃光が突き刺さる。

 眩い閃光が飛行戦艦の側面を照らし、一瞬の内に反対側から突き抜ける。

 そんな衝撃的な光景の後に<ジェネラル・ホロウェイ>は思い出したかのように爆発を起こした。


「<ジェネラル・ホロウェイ>再び被弾!? 船体中央部を貫通、第二武器弾薬庫と格納している輸送機が多数炎上しています!?」


「<ジェネラル・ホロウェイ>の被害甚大! 誘爆を避ける為に弾薬と輸送機を緊急廃棄すると報告があります!」


「船体維持を最優先にしろ! <ジェネラル・ガルガ>は進路変更! 攻撃を行った敵兵器を破壊する!」


 傷付いた<ジェネラル・ホロウェイ>を守る様に<ジェネラル・ガルガ>が進路を変更。

 その間も炎を噴き上げる<ジェネラル・ホロウェイ>からは延焼と誘爆を防ぐ為に幾つもの物資が投棄され、消火作業による水蒸気が混ざった灰色の煙が立ち上る。

 一目で分かる程に速度を落とした事から被害は甚大。

 だが、高度は維持している事から被害は制御可能な範囲に留まっていた。

 そんな仲間達の奮闘を見た<ジェネラル・ガルガ>は仲間を傷付けた敵を探し始め──、予想よりも早く敵を見付ける事が出来た。


「攻撃地点と予想される場所に敵兵器を……、アレは何だ!?」


「一体何を見つけた!」


「わ、分かりません! モニターに映像を映します!」


 モニターに映されたのは高層ビル群の中心。

 本来であれば飛行戦艦との間にある幾つものビルが障害物となり、飛行戦艦に搭載された監視カメラでも直接見る事は出来ない場所だ。

 しかし、間に挟まれたビルには<ジェネラル・ホロウェイ>と同様に貫通されたのか大穴が空き、その穴から敵が攻撃を行ったとされる場所を見る事が出来た。

 だが、大穴を覗いた先にあったのは彼らが見た事が無い兵器であった。


「何だアレは!?」


 モニターに映っていたのは多脚戦車ではなく、二つの脚と二つの手を持つ人型の機械。

 見方によっては戦闘用外骨格にも見える敵兵器だが──、明らかにサイズが違う。

 片膝を着いた状態であってもビルの三階分に及ぶ大きさからして7m以上、立ち上がれば10mを超えるだろう巨人がモニターに映されていたのだ。

 そして巨人の肩には赤熱化した巨大な砲身が映っており、それが<ジェネラル・ホロウェイ>を貫いた光線を発生させた兵器であると誰もが理解させられた。


「今すぐにアレを破壊しろ! 照準が定まった砲台から各個に撃て!」


「全砲門を敵兵器に向けろ! 三発目を撃たせるな!」


 最早形振り構っている場合ではない。

 艦長が指揮する間にも巨人は動き続け、同型と思われる巨人が赤熱化して役目を終えた砲身を切り離して替えの砲身を接続して最中なのだ。

 急いで攻撃をしなければ三射目を防ぐ事は出来ない。

 明確な指示が無くとも幹部達は臨時代表の意図を理解して砲台に命令を送り、<ジェネラル・ガルガ>の全ての砲身がビルの中に潜む巨人に向けられる。


「機関砲3番、敵兵器に照準固定! 攻撃を開──」


「地上に動きがあり、複数の地点で煙、いや、視界を阻害する煙幕が凄まじい速さで広がっています!」


 だが攻撃を実施する直前に、地上を映したモニターには凄まじい勢いで広がっていく煙幕が地上を覆い隠す様子が映し出された。


「この期に及んでスモークだと? 一体何を目的にしている!?」


 この行動が一体何の意味を持つのか< Establish and protect order >の誰もがアンドロイドの考えが理解出来なかった。

 そんな彼らの疑問に答える様にスモークに覆われた地上から<ジェネラル・ガルガ>に向って攻撃が放たれた。


「何処からの攻撃だ!?」


「ち、地上からの攻撃! 攻撃地点は複数あります!」


<ジェネラル・ガルガ>の攻撃を阻止するかのように地上から放たれる攻撃。

 その威力は高射砲に匹敵する威力を持つのか、高度を取った筈の<ジェネラル・ガルガ>の装甲を叩き、被弾箇所では小規模な爆発が起こっていると報告が届いた。


「クソ! 地上からの攻撃は最低限の反撃に留めろ! 今は敵光学兵器の発射阻止が最優先だ!」


 地上からの繰り出される砲火は確かに痛いが、飛行戦艦を落とすには威力が足りない。

 ならば最優先すべきは飛行戦艦を撃沈させる威力を秘めた光学兵器の破壊である。

<ジェネラル・ガルガ>は地上からの砲火に耐えながら、臨時代表の指揮に従い強力な光学兵器を構える敵人型兵器に向けて可能な限りの砲門を向ける。


「各砲門、照準完了!」


「装填が完了した砲台から順次攻撃せよ! 敵兵器の三射目は何としても阻止──」


「ち、地上に新たな動きが!」


「今度はなんだ!?」


 敵兵器の三射目を阻止する命令を下そうとした臨時代表の言葉は悲鳴のような報告によって遮られた。

 悲鳴の原因である地上を映したモニターに臨時代表が目を向ければ、今まさに立ち込める煙幕を切り裂いて何かが飛び出して来るところであった。

 それは高射砲の砲弾ではない、それよりもはるかに大きな質量を持った何か。

 その正体を幹部達は見極めようとモニターを注視し、正体不明の何かが地上から飛び出した時に引き連れた煙幕が全て流されて全容が明らかになった瞬間、モニターを見ていた全員が息を呑んだ。


「アレが空を飛ぶだとぉ!?」


 煙幕を突き破って現れたのは<ジェネラル・ホロウェイ>を攻撃した兵器と同型機と思われる人型兵器。

 巨大な光学兵器を装備した個体とは違い、地上から現れた人型兵器の装備は巨体に見合った機関砲でもあるライフルと身を守る盾だけという実にシンプルな構成だ。

 だが一番の特徴は人型兵器の巨体を空に飛ばせる事を可能とする巨大な推進器だ。

 背中に背負った推進器は地上に立ち込めた煙幕を容易く吹き飛ばし、ノズルから噴き出す蒼炎によって生み出された推力が重力の楔を引き千切り巨人を空へと運ぶ。

 そんな出鱈目な兵器が16機もの数を率いて上空に現れたのだ。


「そ、即座に敵兵器を迎撃しろ!」


 悲鳴のような命令が艦橋に響き渡る。

 まるで出来の悪い映画を見ているように、だが現実として<ジェネラル・ガルガ>を包囲する様に人型兵器が空を飛んでいるのだ。

 そして巨大なライフルの銃口が動きの遅い飛行戦艦に向けられ、銃口から炎が迸る。

 地上からの射撃とは違い、重力を味方につけたライフルの砲弾は<ジェネラル・ガルガ>の装甲を一息で貫く。

 そして、空を飛ぶのは飛行戦艦だけの専売特許ではないと告げる様に縦横無尽に飛び回る16機もの人型兵器はあらゆる方向から<ジェネラル・ガルガ>へ攻撃を加え始める。


「第三ブロック被弾! 第四ブロックにも火災が発生!」


「第7砲塔被弾! 機能を喪失しました!」


「被害拡大! ダメージコントロールが追い付きません!」


「くッ、迎撃システムを全力稼働! レーザーを敵兵器に集中させろ!」


 一方的な攻撃に晒される飛行戦艦だが、上下左右と巨体に見合わない経過な動きで飛び回る人型兵器を落とすべく搭載されている迎撃システムの照準を人型兵器へ固定。

 対地攻撃用に搭載された砲台と比べれば威力は劣るがミサイルを容易く溶断するレーザーが空を飛ぶ人型兵器を落とそうと一斉に放たれる。

 空気中に含まれる塵を焼き尽くし、幾つもの軌跡を描き出すレーザーを認識した人型兵器は攻撃一辺倒から迅速に回避機動を取り始める。

 だが、空を縦横無尽に飛び回ろうと光の速さには遠く及ばない。

 そして無数に放たれたレーザーの一条が回避機動をとる人型兵器を捕らえ──。


「駄目です! 敵が装備した盾によってレーザーが阻まれます!」


「あの盾は飾りでは無かったか!」


<ジェネラル・ガルガ>から放たれたレーザーは人型兵器の構える盾によって容易く防がれた。

 短時間だったとはいえミサイルを溶断する威力を受けても構える盾には傷はなく、赤熱化した様子も一切見られない。

 照射時間が短いだけなのか、熱量が圧倒的に不足しているのか、或いは両方なのか。

 だが一つだけ判明している事がある。

 それは頼みの綱であったレーザーであっても人型兵器を落とせないという事実だ


「船体に被弾! レーザー発振器が破壊されていきます!」


「レーザー発振器1番と4番沈黙! 続けて5番、9番、13番が破壊されました!」


「このままでは迎撃システムの維持が不可能になります!」


 艦橋に続々と舞い込む報告は<ジェネラル・ガルガ>の悲鳴そのものであった。

 一秒ごとに武装が剥ぎ取られ、装甲が剥がれ落ちる。

 頼みの綱であったレーザーは人型兵器には効かず、対地攻撃を主眼とした砲台では縦横無尽に飛び回る人型兵器を捕らえる事が出来ない。

<ジェネラル・ガルガ>に現状を打開する術は一つたりとも残されてはいなかった。


「そうか、奴らにとっては<ジェネラル・ガルガ>と<ジェネラル・ホロウェイ>は最初から撃沈させるつもりだったのか」


 敗北、それが机上のものではなく現実のものとなる戦いの最中でありながら臨時代表は自身でも不思議な程に落ち着いていた。

 それは勝利の可能性が万が一にも無いと悟った事による諦めであった。

 そして、艦橋に響く喧騒を何処か遠い場所の出来事の様に感じながら、臨時代表が考えていたのはアンドロイドが飛行戦艦に有利な平地を決戦場所にした理由だった。

 障害物の多い高層ビル群の中であれば人型兵器の小回りを生かした戦術によって、今よりも容易く戦えた筈だ。

<ジェネラル・ガルガ>と<ジェネラル・ホロウェイ>という強力な兵器を相手にするのであれば万が一を考え、一方的に仕留められる環境が望ましい筈であり、自分がアンドロイドの指揮官であればそうした筈だ。

 だがアンドロイドは高層ビル群の中で仕掛けて来ず、見晴らしのいい平地を選んだ。

 戦術的な利点を捨て、不利な戦場をアンドロイドが選んだ理由が見えてこなかった。


「戦術的な利点を捨てて何故此処で仕掛けてきたのか。もしや、戦術的な利点以上の政治的な理由があるのか? 戦闘による余波が中立を宣言したコミュニティーに及ばないようにする為か?」


 攻撃と爆発による振動とアラームに包まれた艦橋の中で臨時代表は只一人思考を巡らせ続ける。


「違う。そうであるなら奴らは最初から全力で拠点を攻撃していればよかった。それで全てが終わった。だが拠点ではなく此処で勝負を仕掛けた。その目的は、この戦いでアンドロイドが得るものは何がある?」


 一連のアンドロイドによる攻撃は勝利を最初から組み込んだ作戦としか思えない。

 では勝利以外に何を得るつもりなのか、戦術的な利点を捨て見晴らしのいい平地で戦う事でしか得られない物とは何か。

 臨時代表は高度な政治的駆け引きを用いたアンドロイドとの会話を思い出し──、その最中にアンドロイドの意図が何処にあるのかを漸く悟った。


「はは、そうか、そういう事か」


「り、臨時代表は、一体何が分かったのですか?」


「ああ、少し考えれば簡単に分かる事だ。高層ビルが殆ど無い此処なら我々との戦いがよく見える。アンドロイドは他のコミュニティーに見せ付ける為に此処を選んだ。高層ビル群の存在しない此処なら遠くからでも見えるだろう、炎上して撃沈される飛行戦艦をはっきりとな!」


 アンドロイドは最初から勝てると確信していたのだろう。

 だが、只の勝利だけではコストに見合わないと判断しただけだ。

 投入したコストに見合う成果を求めているだけだ。

 その成果とはつまり< Establish and protect order >の軍事、政治的な能力の失墜、及び残党による復興を阻止する事。

 何より今後行われるだろうアンドロイドによる統治を円滑にするための示威行為を兼ねた実演、デモンストレーションに最適な敵として< Establish and protect order >は都合が良かったのだ。


「そうか、我々は最初から最後までアンドロイドの掌で踊らされていただけか……」


 臨時代表が辿り着き、導き出したアンドロイドの意図。

 それが正解だと言わんばかりに敵人型兵器から<ジェネラル・ホロウェイ>に向けて三射目の光が放たれた。

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