第166話 交渉(1)
ダムラ・フォルスワーグ国際空港。
都市部への良好なアクセスと24時間運用が可能な滑走路を備えた国際空港であり、連邦政府が直接運用していた重要施設である。
広大な敷地面積を誇る駐機場には旅客機、輸送機を問わずに日夜多くの航空機が並べられていた。
そして厳しいタイムスケジュールに従い、複数整備された滑走路からは常に空へと飛び発つ航空機が展望台から見る事が出来た。
決して明かりが消える事がない、正に不夜城と言うべき巨大な空港は連邦の国力の一端を示す重要な施設であった。
だが世界が滅び、無人の施設となったことで空港は荒れ果てた。
駐機場に並べられていた航空機の姿は何処にもなく、代わりに広大な敷地を闊歩するミュータントの群れに占拠されていた。
穴だらけの滑走路には大量の雑草が蔓延り、小動物の住処となってしまった。
施設の内部に至っては複数種類のミュータントが棲み付き、置き去りにされた備品や設備を活用して独自の生態系まで築いた。
もはや連邦有数の国際空港として栄えたダムラ・フォルスワーグ国際空港の面影は何処にも無く、不用意に踏みこんだ人間を容易く喰らい尽くす危険地帯と化した。
「その物資の集積所はB3倉庫だ。間違えるなよ」
「補給物資の受領に来た。何処で受け取ればいい?」
『第3小隊はブリーフィングルームに集合せよ。繰り返す。第3小隊はブリーフィングルームに集合せよ』
だが、それも今や昔の話。
ダムラ・フォルスワーグ国際空港は< Establish and protect order >が拠点を構えるのに最適と判断された事によって文字通り生まれ変わった。
滑走路埋め尽くしていた雑草は取り除かれ、施設内部に巣を構えていたミュータントは一匹残らず駆除された。
そして、人の手に戻った空港は< Establish and protect order >の手によって徹底的な再整備が行われた。
航空機の離着陸機能は当然として、隊員の宿泊施設、大量の物資を貯蔵する機能を備え、外敵を追い払う武装が針鼠の様に数多く施された。
その結果としてダムラ・フォルスワーグ国際空港は市民へ空の足を提供する空港ではなく、敵を一切寄せ付けない要塞として生まれ変わった。
そして要塞中心部には厳重な警備が施された< Establish and protect order >の中枢とも言える本部が設置され、日々大量の情報が行き交う様になった。
「作戦の進捗状況は?」
「概ね計画通り。襲撃してくるミュータントに特別凶悪な個体は確認していません。ですがミュータントとの遭遇頻度は微増しています。今は問題になりませんが注意が必要です」
「分かった。では協力的になったコミュニティーの様子はどうだ?」
「現時点までに協力を申し出て来たコミュニティーは従順です。しかし現地では不満が溜まっているらしく治安の悪化が予想されます。また、極少数が組織的な反抗を企てていると密告がありました」
「愚かな、無駄だと言う事が分からないのか」
多目的ホールとして作られた広大な一室、其処には大量の通信機材が運び込まれ、多くのオペレーターと隊員が集まり会話を交わしていた。
そしてホールの一番奥では< Establish and protect order >幹部と重傷を負った代表に変わり一時的に全指揮権を移譲された臨時代表が集まっていた。
彼らが目を向けているのは巨大な机に広げられた連邦の地図であり、< Establish and protect order >が活動拠点とした空港を中心として作成された地図である。
地図には現時点で確認ができるコミュニティーが全て書き込まれ、その内の幾つかにはピンが突き刺さっていた。
「だが、進捗は悪くない。この調子で進めば一ヶ月も掛からずに一帯を制圧できる」
「そうなれば残すのは“例のアンドロイド”だけです」
「ああ、決して油断できるものではない」
地図においてピンが差されたコミュニティーは< Establish and protect order >の協力を申し出たコミュニティーであり、その数は確認出来るコミュニティー全体の三分の一にも及ぶ数である。
反対に拠点を構えたダムラ・フォルスワーグ国際空港から離れる程に反抗的なコミュニティーと現時点でも態度を保留しているコミュニティーが幾つも点在している。
「<解放作戦>に向けた物資の備蓄には今しばらくの時間が必要。また、これ以上の物資の徴発は各コミュニティーへの大きな負担となります」
「その貢献に報いる為にミュータントの間引き、野盗の退治をしている。それでも不満は解消できないと?」
「はい。我々の働きによって危険が減ったとしても押し売りとしか認識していません。根本的に解決するのであれば何かしら飴が必要です」
「強欲であり、強かだな。だが、間違ってはいない」
法が無力な言葉の羅列と化し、悪が蔓延る世界において力とは正義そのものである。
自分の身を守る為、家族を守る為、ミュータントを退ける為、悪党を撃退する為に必要なのは言葉ではなく力。
力とは軍事力であり、保有する戦力はコミュニティーの強さを表している。
その意味で言えば『秩序を確立し、守護する存在』という酔狂な名前を掲げた武装勢力である< Establish and protect order >の戦力は凡百のコミュニティーを超えていた。
コミュニティーが保有する自警団とは比較にならない練度を持つ屈強な兵士、兵士一人一人に行き渡る大量の銃火器と弾薬、戦闘用に調整された外骨格と輸送用VTOL機を大量に保有、止めとなるのが移動拠点でもある巨大な飛行戦艦が二隻。
彼らが保有する圧倒的な武力は自警団等では比較にならず、彼らは正に軍隊であった。
そんな< Establish and protect order >は丁寧な説得によって協力関係を結び、物資提供を行ってくれたコミュニティーに対して戦力を提供。
コミュニティーを脅かす可能性があるミュータント、野盗等の敵対集団の殲滅を対価としていた。
また敵対集団の規模によっては追加の物資提供を求めてもいた。
その軍隊を使ってお前達に危険を及ぼす可能性がある集団を潰して来たから、仲良くしてくれるよな?
ああ、集団が予想以上に大きかったから消耗した物資も多い、追加でくれるかな? くれるよね?
……という感じであり、簡単に言えば、< Establish and protect order >が物資を提供したコミュニティーに行っているのは行っているのは用心棒の押し売りである。
そんなジャイアニズム丸出しの行動によって彼らは勢力を広げ、コミュニティーから物資を提供させていた。
「仕方がない。此処は多少の飴として殲滅した野盗の物資を幾らか流す。それでどうにか出来るか?」
「無いよりはマシでしょう。それに加え、我々が不要と判断した銃器を流せば満足するでしょう」
「そうしてくれ。現時点で臍を曲げられても困る。説得に余計な物資を消費したくない」
だが強大な軍隊である彼らにも弱点があった。
確かに強大な軍事力はコミュニティーの反抗心を折り、協力的にさせる為の有効なカードであるのは間違いない。
だが軍隊という大量の物資を必要とする組織でありながら、彼らは物資補給の手段が現地調達しかない孤立無援の軍隊でもあった。
その気になればコミュニティーの一つや二つを簡単に武力制圧が可能な戦力はあるが、展開する戦力にも限度がある。
何より全てのコミュニティーを制圧出来たとしても、占領に関する経験も知識もない彼らには占領が出来ないのだ。
それは彼らの理念によるものではなく< Establish and protect order >という武装組織が持つ欠点であり、武力による占拠など横暴な手段を行わないのは、統治に掛かるコストを負担出来ないからだ。
物資の補給が途絶えれば彼らは干上がってしまう。
それを防ぐ為にはコミュニティーを自発的に協力的にさせると同時に、継続的に物資を供給させる必要があった。
彼らが各地のコミュニティーを支配しないのは善意などではなく、統治による負担を回避して安定的な物資供給を確立するためであった。
だが、< Establish and protect order >の涙ぐましい経営方針はここ数日の内に激変、風向きが大きく変わった。
「反抗的なコミュニティーには最後通牒を送る様に」
「返答期限は如何しますか?」
「一日で十分。これが最後の慈悲であり、これ以上の時間と物資の浪費は人類に対する敵対行為である」
『< Establish and protect order >に対する非協力的な態度は人類への敵対である』
<サクラメントシティ会議事件>を境にして< Establish and protect order >が唱え始めた合言葉。
通常であれば失笑を誘うしかない言葉であったが、“コミュニティー内部に人間に成り代わったアンドロイドがいるかもしれない”という特異な状況が意味を与えた。
< Establish and protect order >に協力するのは理念に賛同したからではない。
各コミュニティーにとっては内部の混乱を収める為であり、自分達が人間であると証明する為の手段として協力を申し出たのだ。
その代償が高いものであっても各コミュニティーは受け入れるしかなかった。
何故ならサクラメントシティ会議の提唱者、その人が何時の間にかアンドロイドに成り代わっていたのだ。
──自分達のコミュニティー代表は本当に人間であるのか、アンドロイドではないのか?
それが疑心暗鬼に陥り、目の前の人間が信じられなくなりつつあるコミュニティーの人々の総意であった。
だからこそ、会議においてアンドロイドに一貫して敵対している武装勢力のお墨付きが必要になったのだ。
この<サクラメントシティ会議事件>によって< Establish and protect order >に懐疑的、反抗的な姿勢であった多くのコミュニティーも彼らを受け入れるしかなくなった。
こうしてセンセーショナルな話題を徹底的に利用して錦の御旗とした< Establish and protect order >は新参者から確固たる一大勢力へと大きな変化を遂げたのだ。
「現時点での進捗状況は予想の範囲内に収まっています。必要物資の備蓄も進んでいますが余裕はないと考えて下さい」
「ああ、確認出来ただけでもアンドロイドの軍事力はなりの水準にある。大量の輸送機を問題なく運用する整備能力の高さは無視出来るものではない。……だが、今回も勝つのは我々だ」
臨時代表が気分転換に外を眺めれば、滑走路には巨大な飛行戦艦が二隻悠然として並んでいる。
< Establish and protect order >が誇る飛行戦艦、それは並み居る敵を遥か上空から蹂躙し敵を絶望の淵に堕とした最強の兵器。
その歩みを止めた敵は未だ存在せず、飛行戦艦は< Establish and protect order >の精神的な支柱でもあり、信仰の拠り所でもある。
それは臨時代表に限った話ではなく、< Establish and protect order >に属する全員が同じであった。
「人類の敵であるアンドロイドを倒す。そして奴らが占有していた技術を人類復興への足掛かりとする。諸君、新たなる伝説の幕開けは直ぐ其処まで来ているぞ」
臨時代表の言葉、激励が会議室に集う仲間達の耳に届く。
誰もが臨時代表の言葉が現実になると、新たなる伝説の立役者になり、< Establish and protect order >が無法の大地に秩序を齎すと夢想した。
その為に彼らは来るべき<解放作戦>──アンドロイドの本拠地に対する電撃侵攻作戦──に向けた準備を整えなくてはならない。
武器弾薬を備蓄し、兵隊を訓練し、現地のコネや縁故も総動員してアンドロイドに関する情報を只管に集めた。
全てはアンドロイドに勝利する為に、人類の脅威を根絶する為に、人類復興の足掛かりとする為に。
そしてアンドロイドを倒した暁には、< Establish and protect order >が世界の新たな支配者になるだろう。
『お忙しいところ失礼します』
そんな< Establish and protect order >の熱狂に水を浴びせるかのようなタイミングで本部に設置されたモニターの全てが突如としてアンドロイドを映し出した。
「……は?」
前兆も事前通告も無しにモニターに映し出された一体のアンドロイド。
会議室にいた誰もが唐突な出来事を理解しきれずに呆気に取られていた。
だが、画面に映っているモノが何であるかを理解した瞬間に会議室は喧騒に包まれた。
「あ、あ、アンドロイドです! アンドロイドが映っています!?」
「見ればわかる! 通信回線がハッキングされたか至急調べろ!」
「駄目です!? どのチャンネルも同じ映像を流しています! 通信回線を全て奪われました!?」
「情報が漏れたのか!?」
< Establish and protect order >側も通信回線が無防備であった訳ではない。
仮想敵であるアンドロイドに備えて通信回線等のセキュリティは強化しており、何より通信を傍受されない様に可能な限り暗号化を施してあった。
だがアンドロイドは暗号を見破り、それどころか警報さえ無力化して上で通信を繋げて来たのだ。
それが意味するのはアンドロイドの暗号解析能力の高さであり、今後の機密情報の遣り取りが傍受されている事を意味している。
その意味を理解してしまった故に本部は混乱に包まれ、隊員が持っていた余裕と熱狂を遠くに吹き飛ばしてしまった。
「狼狽えるな! < Establish and protect order >の一員が敵に隙を晒してどうする!」
だがホールの隅々まで響く臨時代表の一喝が動揺を一瞬で鎮めた。
そして、未だに画面に映るアンドロイドに向かいながらも動揺を一切見せない臨時代表の姿を見た隊員達は落ち着きを取り戻す。
それから暫くして隊員が落ち着きを取り戻して漸く、臨時代表は画面に映るアンドロイドに口を開いた。
「此方が落ち着くのを待ってもらったようだな」
『お気になさらず』
臨時代表の目に映るのはサクラメントシティ会議で確認された限りなく人に近いアンドロイドではない。
色気も何もない、工場等で利用する為に大量生産された人型作業機械としてのアンドロイドである。
だが、モニターに映るアンドロイドの外装には汚れはなく、量産品でありながらも、みすぼらしさは一切感じられない不思議な個体である。
『寧ろ、この様な形で接触を行う我々の方が非常識と言えるでしょう』
「……非常識。か」
確かにアンドロイドが行った通信回線のハッキングは非常識な行いではある。
だが本質は非常識を可能にする技術、或いは設備をアンドロイドが有している事だ。
その有無をアンドロイドはたった一度の通信によって証明して見せた。
それは< Establish and protect order >が今後行うであろう機密情報のやり取りは筒抜けであると告げているようなもの。
或いは、現時点においての機密情報の遣り取りを知っていると暗に告げているのか。
アンドロイドの真意が何処にあるかは分析班に回すとして、臨時代表は一先ず通信相手に向き合う事にした。
「非礼であると理解しているなら誠意を以て答えてもらう。お前は何者だ」
『木星機関所属のアンドロイド、個体名『デイヴ』と言います』
木星機関、< Establish and protect order >が現時点において最大の脅威と見なしているアンドロイドが作り上げた組織。
組織名の由来は不明、最近になって急速に活動範囲を広げ、大量の物資によるコミュニティーの買収、犯罪組織の撲滅、一部のコミュニティーは直接武力制圧するなど様々な手段を通じて勢力圏を広げている途上。
多数の輸送機を運用しており、また新規製造の外骨格を装備させた大量の歩兵がいることから油断出来ない軍事力を保有していると推察される。
少し市井で探らせただけでもアンドロイドに関する情報は噂を含めれば大量にあった。
たった一人の人間を探しているなど荒唐無稽な物もあれば、世界征服を企んでいる等笑い話とするには現実味があるものまである。
だが情報収集と並行して精査を行えばアンドロイドが< Establish and protect order >と比肩、或いは特定分野において先を進んでいる事は直ぐに判明した。
そんな油断出来ない組織から送られた突然の通信である。
臨時代表は勿論の事、ホールに集まっている幹部を始めとした隊員は最大級の警戒心を以てアンドロイドと臨時代表の会談に視線を向けていた。
「それで<木星機関>のアンドロイドが我々に何の用がある。降伏の申し出なら何時でも受け付けるぞ?」
『すみませんが、今回の通信は降伏を伝えるものではありません』
「降伏する気は一切ないと?」
『はい。この通信の目的は我々と貴方達との間にある誤解を解く為です。その上で<木星機関>は< Establish and protect order >友好関係を、無理であれば相互不可侵の取り決めを結びたいと考えています』
──友好関係の構築、又は相互不可侵を取り決め。
それは、ある意味で血気盛んな< Establish and protect order >が想定していた如何なるケースにも該当しないもの。
人間よりも人間らしい非常に穏当な言葉であった。
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