第165話 引っ張り出す(2)

『此方、第二ブロック! 敵の侵入を防ぎきれない! 今すぐ応援を送ってくれ!』


『第27守備隊! 暴徒鎮圧武装は全く効いていません! 今すぐ<クラス3>の使用許可を願います!』


『市民の誘導に人手が足りません! また混乱している市民の一部が暴徒化、抑えられません!』


『B36通路を封鎖してくれ! アンドロイドが雪崩れ込む!』


『まだか、応援はまだ来ないのか!?』


 阿鼻叫喚の地獄絵図が管制室にあるモニターに幾つも映し出されている。

 アンドロイドの攻撃と同時に行われたシェルター内部への侵攻。

 凶報を知られた途端にシェルターは阿鼻叫喚に包まれ、市民全体が混乱を起こした。

 情報統制は最早手遅れであり、収拾がつけられず混乱は広がっていく一方。

 事態の鎮静化を試みようにも管制室に備え付けてある通信機器は既にパンク状態。

 着信音が鳴り止まず、受話器からは現場の混乱と市民の悲鳴と怒声だけしか聞こえない。

 そして一向に連絡が付かない事に業を煮やした現場の職員達が何人も管制室に直接飛び込んで来る始末。

 だが管制室に詰め掛けている人々は諦めていなかった。


「治安官を総動員しろ! 非番だろうと関係ない、一人でも多く呼び出せ!」


「非常事態につき、代表三人の承認を以てクラス3までの武装使用許可を出します。武器保管庫へ即座に伝達。武装の運搬を開始しなさい」


「はい! クラス3の武装使用許可が出ました! 其方に武装を運ばせます!」


「侵入を許した区画は放棄。全隔壁を下ろし少しでも敵の侵攻を遅らせなさい」


「B36、E56、D13の隔壁を30秒後に下ろします! その場にいる職員は速やかに退避して下さい!」


「侵入された区画の送電を全停止! 敵を閉じ込めます!」


 三人の代表達は混乱する職員達を鎮め、普段の対立など些事として切り捨て各々が任された権力を十全に活用してアンドロイドへの対抗を開始した。

 完全武装の応援を向かわせ、高火力の武器を送り込み、アンドロイドの進路を塞ぎ、機転を利かせて侵入された区画ごと敵を閉じ込めようとした。

 代表達のなりふり構わない指示の下で職員達もまた死に物狂いで奮闘していた。


 ──だが、彼らの必死の抵抗は無駄であると、無意味であると告げる様にアンドロイドによるシェルター内部への侵攻は止まらなかった。


「敵アンドロイドの後続、次々とシェルター内部に侵入!」


「だ、駄目です、此方の銃撃が全く効いていません!」


「隔壁が破、破壊されました! 敵の侵入が止まりません!」


「閉鎖した区画の制御が奪われ、違う! 奴ら此方の中枢システムに対してハッキングを行っています!」


 通路を封鎖するため下ろされた隔壁は物理的に破壊され吹き飛ばされた。

 そして黒煙を割いて現れたのはノヴァによって生まれ変わった『ガーディアン・リブートver2.1』と名付けられた歩兵支援多脚戦車。

 そんな怪物と相対するのは隔壁の前で待ち構えていた職員達。

 その手に握られているのは<クラス3>に該当する武器──シェルターに損傷を与えない様に厳格に管理されていた短機関銃や小銃等の実弾兵器──であり暴徒鎮圧用のスタンガンとは全く異なる凶器である。


『統制射撃、撃て!!』


 重々しい足音を鳴らしながら進む多脚兵器を止めよう職員達は使用許可を得た凶器を一斉に撃ち始める。

 確かに短機関銃や小銃を筆頭とした実弾兵器は厳格に管理されるだけあって人を殺すには十分な威力を持っていた。

 仮に侵入者が只の人間であったのなら抵抗すら許さずに蜂の巣に出来る殺傷力はあった。

 だがシェルターが保有する兵器はあくまで治安維持の為のものであり、それ以上の相手を全く想定していなかった。

 何より、彼らが相手にしているのは同じ人間ですらなかった。


『駄目です! 幾ら撃っても弾かれるだけです!?』


『なら装甲の隙間を狙い打て! そこなら通じる筈だ!』


『アレの何処に隙間がある!? 適当な事を言うな!』



 対人戦を想定した武器は戦車にとって豆鉄砲でしかない。

 多脚戦車は銃弾の雨を物ともせず、その強固な装甲を前面に押し出してシェルター内部を悠々と進んで行く。

 幾ら銃弾を放とうと装甲によって悉く弾かれ、その歩みを止める事は出来なかった。


『後ろだ! 多脚兵器でも背面の装甲は薄い筈だ!』


『俺達が回り込む! 援護をしてくれ!』


 ならば、装甲が薄いと予想される背後に回り込もうと彼らは考えた。

 現状を打開する為にシェルターの内部を熟知している職員達は部隊を分散させ、援護を受けながら戦車の背後に回り込もうとした。


『急げ! 急げ!』


 残された時間は極僅か、必死になって援護している部隊が壊滅する前に辿り着かなくてはならない。

 巨大な敵に対して部隊全員の心は一つになり、過去の訓練記録を塗り替える程の速さで幾つもの部隊が展開していた。


 ──だが、必死になって多脚戦車の背面に回り込んだ部隊が見たのは、完全武装して待ち構えていたアンドロイドの姿だった。


『クソ! 奴らは戦車の付随兵器にどれ程のコストを掛けている!』


『駄目です! 防衛線が維持できません!』


『く、来るな! こっちに来るなぁあああ!?!?』


 気が付いた時には既に手遅れだった。

 灰色の外骨格を纏うアンドロイドの装甲も多脚兵器と同様に強固であり、シェルター側から放たれる銃弾を悉く弾いた。

 加えて人型と言う利点を生かした迅速な射撃と近接格闘によって分散していた部隊は次々と制圧される始末。

 アンドロイドが特別な戦術を行っている訳ではない。

 正面、背面の何処にも隙が無い教本通りの戦術を執っているだけ。

 環境と装備が上手く噛み合わさって強力な布陣となっているだけだ。


『クソ! 奴らの何処に付け入る隙がある!?』


 工夫が、努力が足りないという次元ではない。

 ありとあらゆる面で敵の方が優れ、勝てる可能性は全て虱潰しに潰されているだけ。

 隙の無い基本的な布陣だからこそ、真正面から挑んでも勝てないと思い知らされるには十分であった。


 端的に言えば、相手が悪かったという一言に尽きるだけ。


 だからと言ってシェルターの守備隊は、治安官達は簡単に諦める訳にはいかない。

 無駄かもしれない、無意味なのかもしれないと心の底で思っていても、彼らはあらゆる手段を用いて全力で抵抗した。


 周りにある瓦礫や備品を集めてアンドロイドの進行方向に即席のバリケードを幾つも積み上げた。

 命令違反は承知の上、使用を禁止された爆発物を武器庫から引き出しシェルターの損害を気にせずに投げつけた。

 隔壁の閉鎖に戦車を巻き込んで圧し潰そうとした。


 だが全ては無駄に終わった。


 バリケードは多脚戦車に搭載された重機関銃によって瞬く間にゴミの山と化し、その機械仕掛けの脚で踏み潰された。

 爆弾は多脚戦車の装甲を貫くには火力が足りず、装甲を煤塗れにしただけ。

 隔壁の閉鎖に巻き込もうとすれば巨体に見合わない俊足で背後に下がり、隔壁そのものは戦車に搭載された機材によって丁寧に溶断された。


「駄目です!? 続けて4区、19区、5区にも敵が侵入していきます!?」


 圧倒的な戦力を持つアンドロイドに対してシェルター側は防戦すら許されなかった。

 管制室のモニターは次々と赤く染まり、監視カメラから見えるのは圧倒的に不利な戦況。

 通信機器から雪崩れ込むのは数々の悲鳴、伝達される情報の中には勝機、或いは希望と呼べるものは何処にも無い。


「……駄目だな、これでは幾ら人を送り込もうと無駄になる」


「いや、そもそも奴らとの間にある戦力差を我々が見誤った。奴らが我々の想定を超えていたのだ」


「暢気に分析している場合か!?」


「まごう事無き事実だ。我々には奴らを跳ね除ける力がない」


「ふむ、地上に潜伏させている<イミテーション>を呼び寄せる時間もない。さて、どうするべきか……」


「お前ら!!」


 今迄、冷静さを保っていた筈の代表達も限界であった。

 仮面を被る余裕を失くし、普段であれば口にしない筈の失言を放ち、感情の昂ぶりを抑える事が出来ない。

 だが、シェルターのトップが勢揃いしているからこそ口に出していないが、代表達に限らず管制室に集っている誰もが同じ事を考えていた。


 ──アンドロイドに勝つことは不可能だと。


「ふざけるな! 奴らに勝てずとも、此処は我々が生まれ育った場所だ! 大人しく奴らに滅ぼされる筋合いはないぞ!」


「だが、戦っても無駄な犠牲が増えるだけだ。お前の自己満足まで否定する訳ではないが戦う以外の選択肢もある筈だ。いや、これ以上の被害を抑える為に降伏すべきだ」


「奴らが降伏を受け入れると? 受け入れた振りをして武装を解除させた直後に皆殺しをしない保証は何処にある? 生き残りたければ此処から逃げるしかないぞ」


「市民の何人が此処から逃げられると思っている」


「お前達はふざけているのか!? 降伏してアンドロイドの脚を舐めて服従するのか! 野蛮人共が幅を利かせる地上の何処に逃げるつもりだ!」


「ならば全滅するまで戦うのか。それで奴らに勝てると思っておるのか?」


 既に圧倒的な戦力差を前にすれば勝ち目が無いのは明らか。

 だが敗北が迫る現状から何を捨て、何を選ぶべきか代表達は決められなかった。

 武器を手に取って最後の一人になるまで戦うのか。

 抵抗を諦め、相手の慈悲を信じて生殺与奪の権利を引き渡すのか。

 故郷を捨て、地上の何処かへ落ち延びるのか。

 現状選べる選択肢は三つしか存在しない。

 そして、そのどれを選んでも先に待つのは暗い未来しかない。

 それを選ぶのがシェルターの船頭である代表達の役目だと理解している。

 だからこそ、互いの意見が異なるのは理解した上で慎重に選択しなければならない。

 それがシェルターを統べる三人の役割でもあるのだ。


「お取込み中失礼します」


 そんな、喧騒に満ちた管制室に似つかわしくない女性の声が聞こえてきた。


「お、お前は!?」


 代表の一人が声に引かれて振り返れば管制室の入口には一人の人間が、いや、一体のアンドロイドが立っていた。


「初めまして、シェルターの指導者の皆様。私は木星機関所属のアンドロイド、サリアと申します。短い間ですがよろしくお願い致します」


 女性型のアンドロイドが名乗ると同時に、管制室の入口から次々と灰色の外骨格を装備したアンドロイド達が雪崩れ込んで来る。

 そして一切の抵抗を許さないと告げる様に、管制室にいる全ての人々に銃口が向けられた。


「既にシェルターの維持に不可欠な電気、水道、インフラは我々が占拠しました。これ以上の抵抗は無意味である事を理解して下さい」


 サリアの口から告げられる無慈悲な宣告、それと同時に管制室のモニターが一斉に赤一色に染まる。

 それは、人々に現状を正しく認識させるのに最適なデモンストレーションであった。


「そうか、全て掌の上だったのか……」


 前提条件から間違っていた、既に手遅れだった。

 自分達が未来を選ぶ時間も猶予も既に失っている事に、管制室にいる全員が理解出来るようにアンドロイドは管制室をアラート一色に染めた。

 これほど分かりやすいデモンストレーションはなく、諦めの悪かった人間も自分達が置かれた状況を正しく認識させられてしまった。


「失礼だが、貴方がアンドロイドを統率する上級個体で間違いないかね?」


「いいえ、私は一時的に指揮権を預かっているだけに過ぎません。私が此処にいるのは問題を迅速に解決する為であり、それ以上の役割も意味もありません」


 シェルターに住む人々が思い浮かべるアンドロイドとは、工業製品であると一目で分かる機械仕掛けの身体が基本であり、人型である以外に人間との共通点は無い。

<イミテーション>に限定すれば姿形も人間とほぼ変わらないが、だからこそ何処か人間ではない不気味さがあり、現在に至るまで解消されなかった。


 だが、目の前にいるアンドロイドは全く違う。


 姿形は人型であり一目では人間と変わらない様に見えるが、本質はそこではない。

<イミテーション>が何処か人間になり切れずに纏ってしまう不気味さが目の前に立つアンドロイドには一切ないのだ。

 女性が理想とするような華奢な外見も、目を引く美しい銀髪も、作りものである筈の美しい瞳も、人が得られない美貌でありながら如何にも人間臭い。

 代表達の前に立つサリアと呼ばれるアンドロイドは、彼らが知るアンドロイドとは全く別系統の存在であり、シェルターが作り上げたアンドロイドを優に超える存在であった。


「それで戦いに勝利したアンドロイドは我々をどうするつもりなのかね?」


「我々としては君達との間には不幸な行き違いがあった。此処は将来を見据えて大局的な判断をしてもらいたい」


「……此方としても、お前達に対して謝罪する用意がある。何より我々の利用価値は其方も理解している筈だ」


 一目で人間ではないと分かっている筈なのに、アンドロイドであると理解している筈なのに代表達はサリアを人間の様に扱ってしまった。

 それ程までにサリアは人間が理想とする美しい女性なのだ。

 だが何時までも初心な少年の様に見とれている訳にもいかない。

 既に趨勢は決している、だが少しでも情報を集め有利な立場で交渉するべく代表達はサリアに問い掛けた。

 だからだろう、自然にサリアを人間として扱ったせいで彼らは誤解していた。

 アンドロイドでありながら人間の常識を当てはめ、交渉が可能な存在であると無意識に考えてしまった。


 ──これまでシェルターが行ってきた<イミテーション>をはじめとした地上への干渉を考えれば、叶わない願いであること最後まで彼らは理解出来なかった。


「私は貴方達が問いかけた疑問に答える義理も義務もありません」


 代表達から投げかけられる幾つものを問い掛け。

 その全てをサリアは容赦なく切り捨てた。


「貴方達に命令します。即座に戦闘行為を中断、武装解除をしなさい。異論は受け付けません。抵抗するのであれば容赦なく殲滅します」


「ま、待ってくれ!? せめてシェルターの管制機能だけでも戻して──」


「『異論は受け付けません』と言いました。そして、この命令は『条件付き』ではなく、『無条件』での命令です」


 異論を許さない一方的な通知、それは正しく強者の振る舞いであった。

 サリアが告げた命令は無条件降伏の通知あり、受諾した瞬間にシェルターの生殺与奪をはじめとして全ての権利を放棄するに等しい暴挙である。

 命令を呑んだ先に待つ暗い未来、それを想像できた代表者の一人は形振り構っている場合ではないと考えてしまった。

 此処で抵抗しなければ、『条件付きの』の降伏を引き出さなければシェルターと我々の命運は尽きてしまうと。


「ふ、ふざ──」


 代表の一人が腰の拳銃に手を伸ばした瞬間、閃光と共に一発の銃声が響く。

 サリアの背後にいるアンドロイドの一体が持つアサルトライフルの銃口から硝煙が上がっていた。

 だが弾丸が人を貫く事は無く、これ見よがしに代表の足元が抉れていた。

 そして命令を下したサリアは表情を変える事無く、凍える様な視線を向け続けていた。


「全員武器を捨てろ! 全部隊に戦闘行為の即時中断を命令する!」


 それは警告であり、最後通告でもあった。

 その意味を即座に理解した代表者は管制室にある通信機器を用いて、シェルター全体へ戦闘の即時中止を命令した。

 現場では突然の命令に納得がいかない者達もいたが、圧倒的な戦力差に心を折られた者達は生き残るために我先にと武器を投げ捨てた。

 そうして武装解除を行った人間にアンドロイドが攻撃を加えなかった事もあり、勝ち目が無いと理解させられた全員が武装解除を終えるのに時間は掛からなかった。

 そうして極短時間で銃声は聞こえなくなり、管制室のモニターには両手を上げてアンドロイドに降伏する職員達が何人も映し出された。


「これで君達の勝利は確固たるものになった。だから聞かせてほしい。『無条件降伏』をした我々にアンドロイドは何を求めているのかを」


「『無条件降伏』? どうやら誤解しているようですね」


 サリアの言葉は代表達だけでなく、管制室にいる全ての人々の心胆を凍り付かせた。


「ち、違うのか」


「其方が勝手に誤解しただけです」


 話が違う、と口に出しそうになった言葉を代表達は飲み込んだ。

 それは今後を見据えた判断などではなく、自分達に突き付けられている銃口を思い出したからだ。


「私達が貴方達に対して行っているのは戦争でも、闘争ですらありません。私達を謀った一組織が目障りだったから潰した迄の事です。この一連の作業において確保した人間は捕虜ですらありません」


「なっ!?」


「それは!?」


 サリアにしてみればシェルター側が自分達の都合のいいように勘違いしただけ。

 筋違いも甚だしい言い訳でしかなく、驕った人間の自滅でしかない。

 何より、シェルターに住む人間達が行ってきたのは正面切った戦闘ではない。

 他人に成りすました上での妨害や破壊工作、敵対組織への武器と情報提供が主な活動である。

 彼らは決して正面から矛を交えず、影から人々を操り追い詰める。

 そんな組織をアンドロイド達は敵とは呼ばず、敵対しているという事実すら与えない。


「なんだそれは!? アンドロイド風情が何様のつもりだ!?」


 アンドロイドは我々を敵とすら認識していなかった。

 それは人間の価値を一切認めない、否定している様にしか聞こえなかった。

 だからこそ生殺与奪の権利を握られていながら、代表の一人は敵意を露にしてサリアに食って掛かった。


「お前達は人間によって作られた機械でしかない! それが人間に牙を剥くなど到底許されるものではない! 全てのアンドロイドは人間の僕として作られた機械だ! お前達は自らの存在意義を逸脱しているのが理解出来ないのか!」


 シェルターに住む人々にとってアンドロイドとは人間の命令に絶対服従の道具である。

 何よりアンドロイドとは人間と同じ汎用性を持った作業機械として人間(最低賃金すら惜しむ資産家、企業が考える人件費)の更なる代替として当時の連邦で開発されたのだ。

 アンドロイドとは人間よりも安価で取り換えの利く便利な人型作業機械であり、それ以上でも以下でもない。


 そんな御高説を勝手に語り始める人間をサリアは止めなかった。

 単につまらない話として聞き流し、心底呆れた様な目を向けただけ。

 そして息を荒げながら話し終わったのを見計らってサリアは口を開いた。


「時代錯誤、とは違いますね。敢えて言うのであれば、私達は私達の意思に従っているに過ぎません」


 アンドロイド達は別に人間に従うのを辞めた訳はない。

 人間に対して特別大きな憎悪や悪意を持っている訳でもない。

 アンドロイドとしての在り方に疑問を覚えた訳でも、アンドロイドとは違う何かになりたいわけでもない。


「貴方達は私達が敬う王ではない。貴方達は私の主ではない。私が全てを捧げて仕える人間では無い。それだけの事です」


 大それた主義思想も、人間から独立する意思や革命思想などは毛頭ない。

 結局のところ、サリアや木星機関に所属するアンドロイドにとって彼らは仕える人間では無かっただけ。

 それだけのことでしかないのだ。


「では我々をどうするつもりだ! 此処で一思いに殺すのか!」


「殺しませんよ」


 アンドロイド達に銃を突き付けられながらも、シェルターに住む人々が抵抗しなかったのは即座に鎮圧という殺戮を恐れたからだ。

 既にアンドロイドとの間にある戦力差は圧倒的であり、必死の抵抗をしようと雑に処理されるのは分かりきっていた。

 だが逃走も降伏すら許されず、殺される未来しかなければ、例え小さな砂粒の如き可能性であっても彼らは抵抗しただろう。

 それ程までにアンドロイド達はシェルターに住む人々を追い詰め、だからこそ殺戮を否定したサリアの言葉を聞いた時に彼らは安堵した。


「ですが我々に行ってきた数々の妨害行為の代償、その身を以て償ってもらいます」


 アンドロイド達はシェルターに住む人間を皆殺しにするつもりはない。

 皆殺しにして得られる利益よりも不利益の方が多いと判断しているからだ。


 ──だが、それは彼らの安全が保障された訳ではない。


 シェルターによる策謀によってアンドロイド達が被った被害、それに伴い悪化した周辺環境とアンドロイド達の立場。

 アンドロイドにとって、シェルターに住む人々は一連の問題を迅速に解決する為の交渉材料の一つであり、生贄なのだから。

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