第162話 人間の外れ値(1)

 他人から奪う喜び。

 他人の身体を犯す喜び。

 他人の大切な物を踏み躙る喜び。

 他人の愚かで滑稽な行動を嗤う喜び。


 人間としての性質が悪のである者にとって崩壊した世界は楽園であった。

 欲しいものがあれば奪い、腹が減ったら食べ物を奪い、好きな時に女を犯し、娯楽として人の命を奪った。

 彼らの悪行を裁く存在は崩壊した世界の何処にも存在せず、罪も罰も背負う事はない。

 そんな無法者たちが死ぬ時は限られている。

 同業者の縄張り争いで負けて殺される時か、或いは復讐によって殺されるか、運悪くミュータントに食い殺されるくらいしかない。

 そして彼らは同類が死んだとしても何の感傷も抱かない。

 間抜けが死んだだけ、自分は関係ない、そう考える人間が殆どだ。

 それどころかタイミングを計って裏切り、寝返る事さえ多々ある。

 それが彼らの生き様であり、彼らは根っからの“悪人”であった。

 彼らはこの無法な日々が永遠に続くものであると無邪気に信じていた。

 何故なら崩壊した世界において正義という存在は神と共にどこか遠い世界に旅立ち帰ってくる様子は何処にもない。

 故に悪人達の考えは何処も間違っておらず、世界の常識として罷り通っていた。

 そして今日も悪人達は変わらずに自らの欲を満たすために誰かから何かを奪い、犯し、殺し、己の欲望を満たそうとした。


 ──そして彼らの終わりは何の前触れもなく到来した。


『一匹残らず駆除しなさい』


 アンドロイドの軍団が襲ってきた。

 一人の女とそいつに付き従う奴らに仲間が殺された。

 サイボーグ化した筈の仲間が細切れにされ、女の細腕で殴り殺された。

 仲間を生贄にして生き残った彼らは震えながら口を揃えて“化け物”が現れたと言った。


 だが当事者ではない悪人達は命からがら逃げ出した同類の言葉を、法螺話の様なそれを誰も信じなかった。

 生き残りは実際に目にした光景を偽る事無く伝えたが逆効果であった。

 それだけ彼らの話す内容は荒唐無稽であり、そこら辺いるアル中が思いついたような出鱈目な話にしか聞こえなかったのだ。

 そうして生き残った者達の証言は受け入れられず、何処かのヤバい新興組織に潰されたショックと吸った粗悪品の薬物で頭がイカレタのだと結論付けられた。

 悪人達は生き残りを法螺吹き、負け犬と呼びゴミの様に扱った。

 そして彼らを見下しながら悪人共は言った。


 ──その腐った目で外をしっかりと見ろ

 ──世界に満ちているのはミュータントと腐った大地、僅かに残った奇麗な土地にしぶとくしがみついて生きている人間だけ。

 ──俺達を裁く存在なんて何処にも居ない、アンドロイドなんてとうの昔に錆びついてガラクタになっているに決まっているだろう!!


 そう言って悪人達は敗者の戯言を聞き流し、その日もいつも通りに過ごした。


 ──そして暫くしてから敗者と見下した者達の話が真実であると彼らは思い知らされた。


 所属していた組織が潰されたと話す同業者が日増しに増えていった。

 裏市場の流通が滞り、金目の物も人間も目に見えて品数を減らしていった。

 潰された組織が5つを超えた段階で誰もが信じざるを得なくなった。


 だが彼らの行動は遅すぎた。

 抵抗らしい抵抗をする前にアンドロイドの組織的な戦闘によって各個撃破されていった。

 そして粗方の犯罪組織が潰されると同時にアンドロイドによって統治される居住地の噂が各地に広がっていった。


 曰く、衣食住が保証された安全な場所である。

 曰く、アンドロイドによって人間が馬車馬の如く働かされている。

 曰く、ミュータントにも略奪者にも襲われる事がない。

 曰く、此処は最後の楽園である。


 噂が噂を呼び、尾ひれが幾つも繋がれて荒唐無稽な話が広く知れ渡る。

 そして今よりも安全な生活を求める極一部の人々はアンドロイドが統治している居住地へ集まり、そんな人々をアンドロイドは可能な限り受け入れた。


 しかしアンドロイドに受け入れられない人々もいた。

 彼らは無辜市民ではない、今迄無法を貪っていた悪人達であった。

 彼らはアンドロイドの統治範囲に一歩でも踏み込めば有無を言わせずに捕まり、抵抗すれば犯意があるとして容赦なく射殺される。

 その容赦の無さを悪人達は恐れ、アンドロイドが自分達とは決して相容れない存在である事をこれ以上ない程に理解させられた。

 だからこそ彼らはアンドロイド達の手から逃れる為に、殺されない為に遠くへ逃げるしかなかった。

 見付からない様に息を潜め、姿を隠す生活は今迄の生活とは正反対のものであった。

 酒も女も食べ物も十分にない過酷な生活は悪人達の精神を蝕んで行った。

 そして彼らは過酷な生活を通してアンドロイドへの恐怖を上回る怒りと憎しみを育んだ。


「何時か必ず、ガラクタ共を一つ残らずぶっ壊してやる」


 仲間の誰かが言ったその言葉を皮切りに怒りと憎しみが同類を呼び集める。

 日が経つにつれて同じ思いを持つ仲間が増えていき、悪人達の士気は高まり続けた。

 だが彼らにはアンドロイドと戦う為に必要な武器も情報も何もかもが足りない。

 このままでは勝てないと最後に残った理性が彼らの凶行を押し留めていた。


 ──だが、名前も知らない怪しい組織が彼らに協力した事で状況が変わり始めた。


 彼らは大量の武器と通信機を提供し、アンドロイドに対抗する戦術を彼らに教えた。

 そして必要な物が揃った悪人達は徒党を組みアンドロイドへの復讐を開始。

 第一回目の襲撃は犠牲を払いつつも大量の戦利品を居住地から奪い去る事に成功。

 根城に帰った悪人達は食料やアルコール類と言った戦利品を湯水の様に浪費した。

 だがまだ足りない、これだけの量では到底満たされない悪人達の戦意は衰えず次なる襲撃の算段を企てていた。

 次はより大規模に、大量に、苛烈に、残酷に襲い掛かり物資を根こそぎ奪い取ってやろうと誰もが考えていた。


 ──だが彼らの夢想が実現する前に “破滅”がやって来た。






 ◆






 生き残った悪人達が徒党を組み、作り上げた新たな組織。

 周りにはミュータントしかいない荒野に点在する廃墟を占拠し繋ぎ合わせて作り上げた彼らの新しいホームであり立地も優れている。

 拠点とした廃墟は元々が採石場であり崖を切り崩して作られ、後背は切り立った断崖によって守られていた。

 後は提供された大量の武器で拠点の前面を固めればミュータントが群れで襲撃を仕掛けても容易く迎撃できる正に要塞と呼ぶべき代物に変貌した。

 そしてこの日、拠点ではアンドロイドへの襲撃から帰還した勇者達が大量の戦利品を掲げ、その中にあった食料と酒に舌鼓を打っている最中であった。

 久しく感じていなかった欲望を満たせる感覚に誰もが酔い、笑い、楽しみ、この感覚を再び味わおうと悪人達は次なる襲撃の算段を喧嘩交じりに話し合っていた。


 ──つい先ほどまでは。


『ダチが……、ダチが死んだ、死んじまったよぉお!?』


『瓦礫で道が塞がった、逃げられない! 誰が助けてくれ!? 頼む、急いで──』


『奴らだ、奴らが来たんだ!! 俺達を殺しに来たんだ!?』


 そして今、先程まで下品な笑い声を出していた男達は何処にもいない。

 何故なら彼らの拠点の至る所で火災が起き、崩れ落ちた瓦礫が巻き上げた粉塵が盛大に舞い上がっているからだ。


「何だ、一体何が起こっている……」


 悪人達が住まう拠点のボスを務める男は自室の窓から広がる風景を見た。

 拠点を取り囲みミュータントから身を守る防壁は半壊状態。

 拠点の彼方此方で傷付いた仲間達が斃れ、運良く生き残った者は少数の仲間も瓦礫から運び出されている。

 男は目に見える光景が信じられなかった、信じたくはなかった。

 だが片手に握る通信機から聞こえる悲鳴が、コレが現実であると容赦なく男に伝える。

 同時に男の脳裏に似た様な光景──何の前触れもなく襲い掛かって来た圧倒的な暴力──を思い出した。

 だからこそ、男はコレがアンドロイドからの攻撃である事を即座に理解した。


「ボス、大変です! ホームの彼方此方でいきなり爆発が──」


「馬鹿野!! まだ頭に酒が残っているなら今すぐ抜け! 俺達は今、攻撃を受けている!」


「攻撃、まさか!?」


「ああ、来やがった、ガラクタ共が来やがったぞ!! 急いで警報を出せ!!」


 ボスの命令を聞いた部下によって拠点に全域に警報が行き渡る。

 それは事前に決めていたものでアンドロイドが襲撃してきた事を知らせる音であった。

 そして警報が鳴り響いた直後に再び空から攻撃が降り注ぎ拠点を蹂躙し始めた。


『全員、穴倉に逃げ込め!!』


 だが彼らは事前に決めていた通りに拠点の至る所に掘った避難壕に素早く逃げ込んだ。

 その甲斐もあり爆風と衝撃による被害は最小限に留められ、尚且つ攻撃を上手くやり過ごした事で彼らは余裕を持つことが出来た。


『野郎共、ガラクタ共に仕返しをするぞ!! 迎撃態勢に移れ!!』


 そして通信機から聞こえて来るボスの声に従って彼らは一斉に動き始める。

 拠点の各所に隠していた重火器を備え付け、隠し玉の一つであるアンドロイドの輸送ヘリを撃ち落とす為の対空砲を急造の掩体壕から運び出す。

 威力射程共に優れ、小火器とは比較ならない遠距離からアンドロイドの強固な防具を貫通する重火器。

 大火力と共に空から地上を蹂躙したアンドロイドの武装ヘリを打ち落とす為の対空砲。

 その他にも数は少ないが携行式の対戦車兵器が彼らには幾つも提供されていた。


『いけるぞ、今度は奴らがぶっ壊される番だ!!』


 迎撃の為に運び出された大量の兵器とボスの力強い声は悪人達の戦意を昂らせる。

 アンドロイドに一方的に蹂躙された時とは文字通り火力が違う。

 来るなら来い、一つ残らず壊してスクラップにしてやる、仲間の仇だ。

 迎撃準備をしていた仲間の一人が口走ったのを皮切りに拠点の至る所で勇ましい掛け声が響き渡る。

 そして悪人達が迎撃態勢を完了させた瞬間を見計らったかのように遠くから拠点へ接近する何かを見つけた。


『ボス! 物凄い速さで何かが来ます、数は4!!』


「よし来たか! 奴らの武器は戦車か、それとも忌々しい攻撃ヘリか? 早く答えろ!」


 第一発見者は監視所にいた部下の一人、その幸先が良い知らせにボスは顔を歪める。

 拠点指揮するボスの戦意もまた部下に負けず劣らず高いのは今迄、縁の無かった強力な兵器を幾つも従える立場にいるからだ。

 何よりアンドロイドに一方的にやられた時とは違う、今度は俺達の番だと意気込む部下達の熱気にも当てられてもいた。


『──なんだ、あれは』


 だからこそ彼は熱気を冷ますような部下の返事が気に入らなかった。


「何か言ったか、聞こえないぞ!」


『俺、お、おかしくなったのか?』


「いいから敵の姿を教えろ! 戦車なのかヘリなのか、どっちだ!」


『違います! 奴ら戦車でもヘリでもな──』


 直後に爆発の振動と轟音が男のいる部屋を揺らし監視所からの通信は途絶えた。

 舌打ちをしながらボスが急いで窓から監視所があった場所を見れば今まさに廃墟が崩落している最中だった。


「クソ、だが奇襲はこれで無くなった。全員武器を構えろ! 奴らが来るぞ!」


 外からの通信が途絶えた事は痛いが無駄飯ぐらいだと思っていた監視所は役割を十分に果たした。

 相手が相手である、奇襲を事前に察知して見せただけでも十分な戦果である。

 後は間抜け面で拠点に入り込んだガラクタ共を全員でクラップにするだけ。

 その為に彼らはやりたくもない訓練を何度も行い、今日この日の為に血のにじむ様な準備を続けて来たのだ。


 そして監視所が吹き飛ばされてから暫くすると拠点で待ち構えている彼らの耳にも聞いた事が無い音が聞こえて来た。

 散々にやられた攻撃ヘリとも車のエンジン音とも違う独特な音。

 それを肌で感じながら彼らは唯一の入口に重火器の射線を集中させる。

 そしてアンドロイドの攻撃によって入口が吹き飛ばされた瞬間に彼らが持つ大量の兵器が火を噴いた。


『撃て撃て撃ちまくれ!!』


 ボスの掛け声すら掻き消す程の重苦しい銃声が拠点に響き渡る。

 まだ晴れてもいない土煙の向こうにいるアンドロイドを粉砕しようと大量の銃弾が撃ち込まれる。

 鼓膜が破れそうな程の銃声と、目が潰れそうな程のマズルフラッシュが脳内麻薬を大量に分泌させ、硝煙の匂いに酔いながら誰もが撃ち続けた。

 その狂騒は重火器に備え付けられた弾倉が尽きるまで続き、弾切れによって銃声が一時的に途絶えると辺りは異様な静けさに包まれた。


「……やったのか?」


「ガラクタ共からの反撃がない?」


 拠点にいる誰かが呟くが返事が返って来る事は無い。

 土煙は未だに晴れずアンドロイドからの反撃がない現状に誰もが疑問を抱いた。

 先程の攻撃は何も無い場所を撃っていただけなのか、アンドロイドはまだ遠く離れた場所にいるのではないのか。

 誰もが心の中に不安を生じさせるが、その直後に未知の振動を感じ取った。


 そして“ソレ”は土煙の向こうから現れた


「……なんだ、アレ」


 巨大な鉄板としか言いようがない物に脚が付いている。

 悪人達の乏しい語彙ではそうとしか言えない異様なモノが地面を震わせながら、鉄板から生えた脚を動かして歩いて来る。

 意味が分からなかった、自分達は一体何を見ているのか、拠点にいる誰もが目の前にいる訳の分からないものを見て呆気に取られてしまった。


『馬鹿野郎!! アレはガラクタ共が作った兵器だ、敵だ!! さっさと攻撃しろ!!』


 通信機から聞こえてくるボスの大声が悪人達の気を引き締め直す。

 確信があった訳ではない、それでも一足早く立ち直ったボスは目も前の分からないモノがアンドロイドの新兵器だと言い切る事にした。

 何より巨大な歩く鉄板を作る狂った奴らの知り合いにはいない、なら目の前に現れたアレは敵だ。

 敵だと理解出来れば悪人達も迷う事は無く、混乱から立ち直ると再び攻撃を開始した。


「おぉおお!!」


「死にやがれ、ガラクタ共ぉお!!」


「さっさと弾を寄越せ!」


 巨大な鉄板に向って重火器の弾丸が雨あられとなって撃ち込まれる。

 本来であればアンドロイドの身体を容易く引き裂く弾丸は、しかし鉄板に弾かれるばかりで全く効いていない。

 その様子に危機感を覚えたボスは虎の子である携行式対戦車兵器の使用を部下に命じる。


「これならどうだ、デカブツ!」


 対戦車兵器を配備された部隊が巨大な鉄板の正面に立ち、一斉に砲弾を撃ち出す。

 戦車を破壊する事も可能な強力な砲弾が鉄板に直撃し幾つもの爆発を起こす。

 弾丸とは違う砲弾の破壊力は遠くから見ても分かる程に派手であり、銃撃が効かなかった事で臆病風に吹かれていた悪人達を勇気付けた。

 だが爆発による煙が晴れると巨大な鉄板は壊れていなかった。

 鉄板の一部が抉れていただけで、その歩みは止まっていない。


「もっとだ、同じ奴をもっと撃ち込め!」


 足りない、一発で二発では到底足りない。

 在庫を使い切る勢いで大量に撃ち込まなければ鉄板を壊す事は出来ない。

 そう考えたボスは部下に更なる攻撃を命じ──。


『敵保有戦力の評価完了』


 突然、悪人達が持つ全ての通信機から抑揚のない中性的な声が聞こえて来た。

 それは無機質でありながら何処かに幼さを感じさせる声であり拠点にいる誰も聞いた事がない、全く知らない声。

 薄気味悪さを感じながらボスは声に向って何者かと問い掛けようとし──、その直前に鉄板が動き出す。


「なん──」


 巨大な鉄板が正面から側面へ移動、裏に隠れていた巨大な人型が姿を現した時に誰もが理解した。

 自分達が巨大な鉄板だと思っていたのは巨人が構える盾であったのだと。


『これより殲滅行動に移行します』


 鋼鉄の巨人は悪人達が疑問の声を呟く時間さえ与えなかった。

 今迄の鈍重な行動が嘘の様に巨大な人型──第二世代AW──が動き出し、更に同じ機体が更に三機に拠点内に侵入する。して攻撃を始める。

 そして人が持つちっぽけな武器とは比較ならない巨大で洗練された兵器が火を噴く。

 重火器なんて比較にならない程に巨大な弾頭、それが弾幕となって機関銃陣地と人員を容赦なく粉砕する。

 航空機対策に設置されていた対空砲が完膚なきまでに破壊される。

 雑草を刈り取る様に振るわれる銃撃が逃げ惑う悪人達の命を刈り取っていく。


『おい、弾は何処に──』


『いやだ、死にた──』


『た、助け──』


『早く補充を──』


 AWが攻撃をする度に仲間との通信が途絶えていく。

 最期まで話す事を許されず無慈悲に仲間が死んでいく。

 意を決して反撃しても重火器の弾丸は巨人の身体を貫けず、対戦車兵器の砲弾は滑るよう回避される。

 それどころかお返しとばかりに攻撃した場所が地面ごと丁寧に耕される始末。


「ボス、仲間が次々をやられて──」


「そんな事、言われずとも分かる!! 口を動かす前に手を動かせ、反撃しろ!!」


 一方的な蹂躙を、あの時と同じ光景を再び見せ付けられている。

 忘れることが出来ない悪夢が再び繰り返されている。

 アンドロイドによる虐殺が再び始まったのだと誰もが理解させられてしまった。


「駄目だ、撃ったそばから撃ち返される。こんなの無理だ、勝てる訳が──」


「黙れぇえええ!?」


 ボスは弱気になった部下の口に拳銃を入れ撃鉄をこれ見よがしに引いて見せる。


「いいか、お前が口にしていいのは“はい”か“YES”の二つだけ、理解したか? 理解したなら今何をすべきか分かるな? 分かったな!!」


 部下はボスの狂気の混じった言葉に壊れた人形の様に頷き続けるしか出来なかった。

 そしてボスは部下の口から拳銃を引き抜くと同時に蹴飛ばす。


「戦え、戦ってガラクタを鉄屑にしろ、スクラップしろ、ゴミの山に変えろ!! 」


 及び腰になった部下達はボスの狂気に当てられてかのように一斉に動き出す。

 その様子を見てボスも少しだけ冷静になる事が出来た。

 だが依然として戦況が悪い事には変わりない、最大の問題は拠点で暴れ続けるアンドロイドの新兵器を破壊する方法だ。

 本来であれば落ち着いて考え仲間と相談するべき内容だ。

 だが凄まじい速度で殺されていく仲間、減り続ける戦力を考えれば悠長に考える時間は残されていない。

 一先ずボスは急いで離れた場所に分散配置している他の拠点へ向けて通信を立ち上げる。

 目的は単純、時間稼ぎと殺された戦力の補充の為だ。


「おい聞こえているか!? ガラクタの新兵器がこっちに現れた!! 此処にいる兵隊だけじゃ戦力が足りない、急いで応援を寄越せ!!」


『───、───、───』


「黙ってないで通信に出ろ! 聞こえているだろ! 兵隊をこっちに寄越せ!?」


『───、───、───』


「クソクソ!? 一体どうなってんだ、チクショウ!?」


 だが大声で幾ら呼び掛けても通信機から返事が返って来ない。

 無線装置は壊れていない、感度は良好でジャミングを仕掛けられている訳でもない、それなのに通信機から聞こえて来るのは雑音だけ。

 こんな時に何をすればいいのか分からないボスは苛立ちを覚えたまま近くにあった椅子を勢い良く蹴飛ばした。

 吹き飛んだボロボロの椅子が壁にぶつかって砕ける。

 その直後に通信機から雑音以外の音が聞こえて来た。


『──、た』


「おい、聞こえているならさっさと返事をしろ!! 今すぐこっちに兵隊を──」


『たす──、た─けて─れ、たすけてく─、たすけてくれ!?』


 通信機から聞こえて来たのは助けを求める声。

 その切羽詰まった声音を聞いた誰もが最悪の可能性を考えた。


「待て待て待て!! 一体そっちで何が起こっている!?」


『聞こえているか!? こっちもデカい人型の兵器が来ている! 奴ら俺達を皆殺しにするつもりだ!? どこでもいいから武器と兵隊を今すぐ送ってくれ!? 今すぐ──』


 そして向こうの状況を伝えきる前に突然、通信が途切れた。

 もう一度通信する為に部下が無線機を弄るが向こうの電波を拾う事が出来ない。

 誰もが悟ってしまった、通信機から聞こえてきたアレが最後の叫びだと。


「ボ、ボス、どうしやすか?」


「煩い黙れ!! 今考えている!?」


 此処と同じ、通信先の拠点も同じ様にアンドロイドの攻撃を受けている。

 向こうは既にアンドロイドにやられた、生きている人間は誰一人いないのだと。

 頼みの綱であった応援は絶望的、それどころか他の拠点も同時に襲撃を受けていたのだ。

 自分達が置かれている状況が絶体絶命のピンチであると理解した部下達は無意識の内に息を呑んだ。

 それでもボスは諦め悪く如何やってアンドロイドに勝つのか狂いそうになる頭で必死に考え──、だが幾ら考えても碌な選択肢は一つとして残されていない事に漸く気が付いた。


 つまり戦って死ぬか、戦わずに死ぬかの二択しかない。


「ああ、クソ! 動ける戦車を全部、一つ残らず今すぐに出せ!!」


「わ、分かりました!」


 幾ら考えても時間の無駄、なら憎たらしいアンドロイドを皆殺しにする僅かな可能性にボスは掛ける。

 その為の最後の切札であり、与えられた兵器の中で最強の陸上兵器を彼らは呼び覚ます。

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