第159話 セイラメントシティ会議(2)
空気が固まる、息が止まる、音が消える。
会場に満ちる雰囲気を言い表す言葉はどれが適切なのだろうか。
秘書はまるで自分とは無関係な出来事の様に頭の片隅で考えていた、これが無邪気に考えられる立場にあったならどれ程良かったのかと夢想していた。
だが精神の平穏を保つ為の現実逃避が許された時間は一瞬でしかなく、秘書は直ぐに現実に引き戻された。
「誤解の無いように予め言わせてもらいますが我々も本来は会議に参加する予定はありませんでした。議長のコミュニティーとの二者間協議で問題を全て解決する予定でしたが会議への参加を打診された結果としてこの場にいるのです」
「ほう、議長側とはどの様な協議を行うつもりだ?」
「部外者である貴方達に交渉内容を伝えるとでも? 我々に対して筋違いな憎悪を抱えている人間に情報を漏らすポンコツだと言外に馬鹿にしていますか? それとも未だにアンドロイドは無条件で人類に隷属するモノだと無邪気に思っているのですか?」
秘書の眼前に広がる現実は加速度的に悪化している。
組織が持つ思想からして< Establish and protect order >がアンドロイドを目の敵にするのは分かりきっていた、高圧的な態度をする事も分かりきっていた。
だがそれは地域一帯の傾いたパワーバランスを是正する為の必要経費として、コラテラルダメージとして割り切った、──割り切った筈だった。
「ふん、では会議場の外に駐留させている部隊はなんだ? 自分達の要求が拒絶されたのを口実として此処を攻め落とすつもりか?」
「それは< Establish and protect order >も同じでしょう」
「我々はアンドロイドが大部隊を率いてコミュニティーを襲撃するという情報提供を元に安全確保の為に控えさせているだけだ。これは私欲の為ではない、人類の未来を考えての行動である」
「でしたら情報部門の再教育と情報的強者の見直しを行う事を強くお勧めしますよ。我々の部隊の目的は代表の護衛です。この件に関しては議長からの許可を頂いていますから何も問題はありません」
開催側として秘書がアンドロイド側に代表の出席を求めた時、彼らは代表の出席を頑なに拒絶した。
我々を下に見て不必要だと判断したのか、或いは特別な理由があるのかと考えたがいざアンドロイド達の代表を目にすれば理解出来た。
幼い、余りにも幼い少女がアンドロイド達の代表だった。
その姿を見た誰もが最初は少女が代表であるなどと信じなかった。
コミュニティーの代表となるのは政治手腕に長けた人物であるのは何処も共通であり、其処に老若男女は確かに関係ない。
だがアンドロイド側は違った。
秘書の目にも明らかな程に少女は組織の代表を担うには実力不足であった。
しかし間違いなく少女はアンドロイド達の代表であり捨て駒ではなかった。
そんな幼い代表の護衛として引き連れて来たのがコミュニティーの外に一時的に駐留しているアンドロイドの軍団だ。
「それが嘘であったらどうする。侵略目的ではないと誰が信じる」
「そもそも此処を占拠して我々に何の利益があるのですか? 何より貴方がしつこく言っている侵略が目的であれば無駄な交渉をせずに占拠させています。それと部隊規模が必要以上に大きくなったのは何処かの組織が大部隊を率いてコミュニティーに圧力を掛けるという情報提供があったからです。開催側が駐留可能な戦力の制限を行わなかった以上、万が一の事を考えて必要と判断したまでです」
「私達が大部隊を引き連れて来たからとでも言うのか?」
「おや、私は貴方達とは断言していませんか自覚はあったのですね」
完全装備の大量の歩兵、一目で軍用だと理解察せられる重武装の大型ヘリに四つ足の軍用ロボット、初めてそれらを見た時に秘書は冷汗を通り越して気を失いそうになった。
確かに駐留している部隊が投入されればコミュニティーの制圧、占拠は簡単だろう。
だが、アンドロイドが言うように本来であればあそこまでの大部隊に膨れ上がらなかった筈だった。
いや違う、本来であれば議長を務める私達が駐留する戦力の上限を定めるべきだった。
一時的であったとしても基準を定め違反した組織には何らかの罰則を、形だけでも与えるべきだったのだ。
そうすれば会議の面子は最低限保たれたかもしれない、首の皮が一枚繋がったかもしれなかったと秘書は此の場になって漸く思い至った。
だが結局制限を行わなかった結果、コミュニティーを挟んでアンドロイド軍団と< Establish and protect order >の軍団が睨み合う一触即発の状況を招いていしまった。
だが今更後悔しても遅く、時が巻き戻る事は無いのだ。
「ふん、あれ程の大部隊を引き連れてきたのが護衛、お前達の代表が子供とはな。大方その子供も人間ではないのだろう。アンドロイド風情が親子の真似事など──」
「今すぐその口を閉じなさい、人間」
「ね、姉さん……」
「何か言ったかアンドロイド、言っておくが私に手を出した時点で私達は明確にお前達を敵と認定する。そうなれば私達の全戦力と戦う事になるのは確実だ。確かにお前達の軍団は装備も整い強力なのだろう、だが通常戦力で圧倒されようと私達には奥の手がある。私達はどれ程の犠牲を払おうと──」
「聞こえなかったのですか? その壊れた拡声器の様な口を閉じろと言ったのです」
今や会場を支配しているのはアンドロイドと< Establish and protect order >だ。
この二者の対立が全てであり議長を含めた他のコミュニティーに出番などない。
本来であれば会議の円滑な進行を担うはずの議長も置物と化しており会議は形を成していない。
その事に出席者達が内心に不満を覚えようが誰もが口を挟むような事はしない。
下手に口を開いて一触即発の状態にある両者の矛先が自分達に向けられるのを恐れているからだ。
「アンドロイド風情が人間に指図するのか?」
「どうやら言葉を理解出来るだけの知能が足りないようですね。仮に我々が残虐な機械であるのなら此処で大人しくせず、今すぐにでも貴方達を殺します。それが成されていないのは我々が理性的であり、人間との不必要な衝突を避けようと努力しているからです」
「なら会場外に待機させている部隊は何だ。本当の目的はアンドロイドの機嫌を損ねた俺達を今すぐにでも殺す為の部隊なのだろう」
「違います、会場外に待機させているのは代表を護衛する為の部隊です。何より我々の代表を頑なに此処に呼び寄せたかった議長と安全確保の両立を図った結果です」
会場内部の雰囲気が加速都的に悪化を続けていく。
最早、周辺一帯における一方的に傾いたパワーバランスを是正する当初の目的すら破綻しかかっている。
それどころか此処を戦場としたアンドロイドと< Establish and protect order >の武力衝突にまで発展しそうな最悪の状況である。
現状では一番敵意を露にしている< Establish and protect order >側を諫める必要がある。
それが分かっていながら議長は何も行動を起こさなかった。
「議長、このままでは会議に支障が──」
「分かっている。もう少し待ちたまえ」
秘書は何処かで両者の対立に介入して歯止めをかけなければいけないと考え動き出すも議長の反応は芳しくない。
議長は一体何を考えているのか秘書には皆目見当が付かなかった。
確かに周辺一帯のコミュニティーの戦力を結集しても両者の保有する戦力には太刀打ち出来ない、それ程までの残酷な迄の戦力差があるのは理解している。
だからこそ私達は危険な橋を渡ってまでアンドロイドと渡りを付けたのではないのか。
此処で議長がアンドロイド側に立てば現状を変えられる。
『オーダー』の一強状態を崩して隷属する未来を防げる、アンドロイド側に借りを作れれば長期間アンドロイド勢力を引き込む事が出来るかもしれないのだ。
それなのに議長は全く動き出さない。
このままでは計画が失敗する、その事を理解していないかの様に議長は対立する両者を議長席から眺めていた。
その視線には怯えも無く、恐れも無く、只々冷え切っていた。
その事に再び秘書は言葉では言い表せない不安を抱きつつ再度議長に傍に寄った。
「議長、流石に限界です。早く議長としての役割を果たさないと」
「分かっている。だからもう少し──」
「い、言い争いは其処までにして下さい!!」
だがアンドロイドと人間の険悪な雰囲気を止めたのはアンドロイドでも大人ではなく子供だった。
「ルナリア──」
「サリア、怒らないで。私は大丈夫、大丈夫だから」
まだ幼い少女が立ち上がり、声を上げた事で会議に集った大勢の視線が否応なく一人に集まる。
突き刺さる視線は何も言わない、だが視線に込められた意味を理解してなお少女は怯えながら代表として口を開く。
「貴方達が私達を嫌っている事は分かりました。アンドロイドに対して色々な事があったのは分かりました。何を言っても信じられないと思うけど私達は目的が果たせれば直ぐに此処を離れます。それだけは本当です」
「……それは本当、いや、君は私達にそれを信じろと言うのか」
「本当です。必要な事が終われば直ぐに此処から離れます。そうしたら私達は貴方達に関りません、貴方達も私達に関わらないで下さい。お願いします」
少女が頭を下げる、其処には高度な政治的な駆け引きは無い。
幼い子供の切実なお願いであり、だからこそ< Establish and protect order >の代表には効いたのだろう。
先程までの敵意を露にした顔は歪み、僅かに自己嫌悪を滲ませた表情をしている。
『秩序を確立し、守護する存在』という酔狂な名前を掲げ、自らが絶対の正義だとでもいう様に振舞う彼らは酷く排他的でもある。
故に自分達と同等の武力を持つ組織、それがアンドロイドで構成されていると知れば敵対するのは必然である。
そしてアンドロイドの代表であるなら人間ではなく同類のアンドロイドであると彼らは予想していた。
だが会議の場に現れた代表は幼い少女であった。
そして少女の正体が実は子供のアンドロイドであると考えていても、その姿と声は紛れもなく子供であった。
そんな子供に頭を下げさせた、それが大人としての良心に訴えかけた、それだけの良心が彼らの中には残っていた。
「議長、我々は貴方の要求を呑み実行に移しました。約束通り彼の引き渡しを」
少女の言葉によって会議は一時的に鎮静化した。
そして話疲れた少女が大きな息を吐いて椅子に座り、傍にいたアンドロイドが少女の話を引き継いだ。
「貴方達の言い分は理解出来る。しかし、もう少しだけ──」
「いいえ、これ以上は待てません。今すぐに約束の履行を求めます」
「……分かった。直ぐに彼を連れて来よう」
一連の議長との遣り取りを会議に集った誰もが言葉を発する事無く注視していた。
そして議長側の人間が何人かが会場から退室してから数分後にその男が現れた。
「……彼がアンドロイドの探していた人間か?」
「諜報部隊からの情報が正しければそうです」
別室で身柄を引き渡すかと思えば議長側は会議室に一人の男を連れて来た。
手錠と覆面を被っているが体格に大きな特徴はなく、痩身寄りの標準体型。
兵士ではなく技官寄りの肉体であることから何らかの特異な技術を持った人間なのだろうと代表は予想した。
だがそれだけ、アンドロイドが必死になって探し求めた人間というには肩透かしであるというのが代表の本音である。
「これと言って特徴の無い人間、彼の身柄を確保する為にアンドロイドは不利を承知で参加したのか?」
「其処までは……」
「なら他に何か情報はあるか、精査前のものでいい」
「いいえ、既に伝えてある事が全てです」
「そうか……」
< Establish and protect order >の代表が傍にいた部下と小声で話す。
諜報部隊からの報告では聞いていたが最初は信じられずに偽情報を掴まされたのではないかと報告を疑った。
だが目の前の光景を、少女の言葉を信じるのであればアンドロイドの目的は青年の身柄を確保する為に会議に参加していた事になる。
そうであるのならこの場における一番の食わせ物は議長なのは確実である。
大方、男の身柄と引き換えにアンドロイドを自陣営に引き込んで< Establish and protect order >と潰し合わせる魂胆だったのだろう。
直接的な武力行使では勝てない事が既に分かりきっていたとしてもコミュニティー側は一方的な服従を避けたかった。
その為に会議にアンドロイドを参加させた、後は勝手に潰しあってくれとばかりに舞台を整える。
それがコミュニティー側の編み出した起死回生の一手なのだろう。
加えて近隣のコミュニティーにも裏では交渉が進み何らかの協定を結んでいると見て間違いないだろう。
何とも自分勝手なコミュニティー共だと代表は会議に集った面々を見渡し──。
「違う……、パパじゃない、貴方は誰なの!?」
だが少女の叫び声が全ての思考を中断させた。
代表が視線を少女に向ければ覆面を取り外された男の顔を見て取り乱していた。
覆面の下にあった顔は情報部から知らされた青年の顔写真と同じだ。
黒髪の年若い青年、情報が正しければアンドロイド達が探し求めていた人物に間違いない筈だ。
だがどの様な方法を用いたのか少女は目の前にいる青年を拒絶した。
「はは、きっと突然の再会に混乱しているだけだよ。大丈夫、私は帰って来た──」
「ルナ、下がりなさい!」
そして少女だけではなく傍にいたアンドロイドの一体が怒りの形相で男を睨みつける。
「おい、アンドロイドが一体何のつもり──」
「二度は言いません、今此処で斬り殺されたくなければその顔で、それ以上口を開くな」
アンドロイドの手に握られた剣の切っ先が男の鼻先に突き付けられる。
その一連の動作は代表の知るアンドロイドでは不可能な動きであり、代表は目の前で繰り広げられる劇場染みた騒動を注意深く眺めていた。
「議長、コレが貴方達のやり方なのであれば現在に至るまでに合意した全ての密約をこの場で破棄します」
もう一体のアンドロイドが議長に詰め寄り、議長に問い掛ける。
本来ならば公表しない筈の密約の存在を会議で暴露する程に議長達はアンドロイド側の一線を踏み越えたのだと誰もが理解させられた。
だがアンドロイドの射殺す様な視線を受けてなお議長の平坦な表情は崩れなかった。
「如何やら部下が連れて来る人間を間違えたようだ。貴方方の怒りは御尤もだが今一度冷静に──」
「そうですか、そうですか……、分かりました。我々は現時点を以て全ての密約を破棄、此の場から去ります」
だが議長の返答を全て聞くことなくアンドロイドは会話を、全てを打ち切った。
その言葉に驚愕を露にしたのは議長──、ではなく傍に控えていた秘書であった。
「お待ちください! これは何かの手違いです、直ぐに職員を総動員して──」
秘書は必死だった、計画の要であるアンドロイドに離脱されれば全てが崩壊する。
だが勝手に計画に組み込まれたアンドロイド側にしてみれば知った事でない。
何より最悪な形で約束を裏切った相手にこれ以上関わる必要性はないのだ。
「いいえ、貴方達と話す事は何もありません。どうぞ、我々抜きで会議を進めて──」
だがアンドロイド達が話し終わる前に突如として会議室に複数の男達が入って来る。
彼らの姿を見た秘書は何か起こったのか理解出来なかった。
重要な会議が開催される際に職員達には勝手な行動は慎むように事前に通達していた。
だから職員が勝手に動き出すのは本来であれば在り得ない事だった。
そして会議室に入って来た男達を見た秘書は彼らが此処の職員で無い事に気が付いた。
だが気付くのが遅すぎた。
男達の手に握られている拳銃がアンドロイドの代表である小さな少女に向けられていた。
「死ね、クソったれな鉄屑──」
だが男達の握った拳銃から弾丸が打ち出されることはなかった。
会議室に乱入した男達を認識したアンドロイドの一体が目にも止まらぬ早さで剣を振るい拳銃を握る手を即座に斬り飛ばす。
一瞬の出来事の筈がスローモーションの様に宙に銃を握ったままの手がクルクルと回りながら浮かび、そして重力に引かれて床に落ちた。
その絶技に男達に男達は気が付くことなく既に切り落とされた手を動かして引き金を引いたのだろう。
男達の顔は勝ち誇った顔のままアンドロイドを睨みつけていた。
だが幾ら待っても銃弾が撃ち出されない事を不審に思い自らの手を見た。
男達は引き金を引いた感覚だけがあるだけ。
其処にある筈の手が、銃が無い事に。
手首から先が綺麗に切断され、銃を握った手そのものが無い事に彼らは気が付いた。
そして流れ出る血を認識して漸く痛みを自覚した。
「──!?!?」
「俺の手が、俺の手が!?!?」
「クソが、クソがクソがクソがぁああ!?!?」
激痛と手首から流れ出る血を抑える様に男達が床に倒れ込む。
僅か一瞬の間に起こった出来事、会場にいた参加者は男達が無様に悲鳴を上げてから漸く何が起こったのか理解し始めた。
「コレも貴方達の差し金ですか?」
「──」
異様な雰囲気に包まれた会議室において剣を握ったアンドロイドの言葉が響く。
視線を向けられた議長は何も答えない、それが答えだと言う様に。
「サリア、怪我は!?」
「姉さん、一体何が」
「大丈夫です。ですが此処は危険です。今すぐ離れます」
その言葉が呼び水になったのか会議室に集まった各コミュニティーの代表達は慌ただしく動き始める。
何故なら先程起こった事件は一言で言えばコミュニティー代表の暗殺未遂なのだ。
その矛先が何時自分達に向けられるか誰も分からない、故に参加者達は先を争う様に会議室から出て行こうとした。
「何だよ、コレ……、違う、話が違うぞ!」
そんな喧騒に包まれた会議室において一人だけ取り残された青年、ノヴァの偽物が叫びながら議長を睨みつける。
「話が違うぞ! 俺の仕事はアンドロイド共の中に──」
だがノヴァの偽物が最後まで言葉を言い切る事は出来なかった。
人間の情報処理速度では認識不可能な刹那の時間、偽物の身体が風船の様に膨らむのをサリアは認識した。
そして直後に何が起こるのかを理解すると機体を最速で動かしてルナリアの盾となる様に覆い被さる。
「ルナ!」
「ママ!?」
時間にすれば一瞬だった。
偽物の身体が風船の様に膨らみ、爆ぜる。
血と肉が勢い良く撒き散らされ、予め仕込んでいた金属片と骨が鋭利な散弾となって会場を蹂躙した。
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