第155話 アーカイブ入手作戦(3)

 一先ずアランはサリアが作った交渉の機会を無駄にする事無く、武器を下げて居住地側との交渉に乗り出した。

 とはいえ、物資不足の傭兵団を立て直す──という建前で要求した物資の量は多い。

 居住地の経済状況や食料自給率の調査を兼ねて要求した様々な物資は居住地側からしても簡単に用意出来る量ではない。

 加えて取引相手は信用の無い初対面集団、おまけに中々お目にかかることが出来ないしっかりとした武装を備えた自称傭兵集団である。

 交渉を開始したアランも最初から真面目に取引されるとは考えていない。

 既にサリアを形だけとはいえ売却して物資の対価としたが相手が足りないと言えば取引は成立しない。

 それどころか居住地の様子からして現地の特別価格で更なる対価を要求される可能性が高いと見積もっていた。

 だが只物凄い美女が手に入ったと下半身と脳が直結した様な男達は気前よくアランとの取引に応じた。

 それが表面上のものなのか、はたまた隠し持った思惑があるかもしれないとアランは警戒しながら交渉を進めていき──


「よぉ、儲け話に興味はないか」


 だが男達の中でも異様に長身の男が交渉の場に現れた事によって事態は急変した。


「内容によるな」


「確かにそうだ。だが物入りのお前達にも悪い話じゃない」


 アラン達を監視していた男達は長身の男が現れるや否や一斉にアラン達から距離を取り、男とアランは正面から対峙する事になった。

 その様子を見たアランは目の前の人物が組織から一目置かれている人間であると予想し、それは先程サリアと共有した情報の裏付けでもあった。

 そんな居住地においてそれ程の立場を築いた人間が前置きも無くアランに取引を持ち掛けた意味は重要だ。

 アランは幾つもの会話パターンを想定しながら男との会話に臨む事にした。


「ならば聞こう、お前は俺達に何をして欲しい」


「お前達が連れていた女を買ったクソ野郎、奴のシマを荒らすだけでいい。補給物資に加えて十分な報酬を払うぞ」


「初対面の傭兵に持ち掛ける内容じゃないな。それ程、追い詰められているのか?」


「チッ、ああそうだよ! だがな、俺は此処で終わるつもりじゃない。報酬は満足するモノを用意する。だから俺に力を貸せ」


 敵対派閥に対する嫌がらせを男は隠す事無く言葉にした。

 それを聞いたアランは自身でも気付いていないが落胆していた。

 取引の裏にある思惑について色々と想定していたアランにしてみれば拍子抜けする程に短絡的な行動であり直情的過ぎる判断である。

 だが男が持ち掛けた取引は現地勢力とのコネクションを築きたかったアランには渡りに船であった。


「いいだろう。代金は前払いとなるが報酬分の仕事はしよう」


「返事の早い奴は好きだ。よろしく頼むぞ」


 目の前にいる男に関してアランは先程の会話とサリアとの情報共有を通して大まかな立場を想定できるようになった。

 だからこそ目の前にいる愚かな人間は自分達にとって最も都合のいい存在であった。

 男は権力抗争において対立相手の後塵を拝し、その事に不満を覚えつつも自力で巻き返すことが出来ない。

 だからこそ此処で自分達を売り込み、協力関係を築く事が出来れば新しい情報収集の窓口が出来上がる。

 そして依頼を成功させれば十分な手駒がいない男にとってアランの存在価値は簡単に切り捨てられないものになる。

 そうなれば男の勢力内に情報網を張り巡らせる事も、組織事情を事細かに調査する事も、或いは勢力の一部を手駒にする事も出来るだろうとアランは考えた。

 自分達と現地勢力との間にある圧倒的な戦力差も考えを補強する要因にもなった。

 リスクとデメリットを天秤に掛けてアラン──木星機関における諜報関係を任されたナンバーズとして──は男の依頼を受ける事にした。


 そうしてアランは依頼を持ち掛けた男と雑談を交えた会話を行い襲撃予定の情報と目標を事細かに聞き出した。

 何を破壊して欲しいのか、何を盗み出して欲しいのか、襲撃ではあるが被害はどの程度に抑えるか等々。

 相手によっては煩わしさを感じるものであるが偽装とはいえ傭兵団を率いているアランとしては妥協できるものではない。


「……報酬とは別にポジションは相応しいものを用意すると約束する。どうだ、傭兵団ごと俺の部下になるつもりはないか? 俺はお前の事が気に入ったんだ」


「この場では返答は出来ないとだけ言っておこう」


「そうか、だが気が変わったら何時でも言ってくれ」


 だからこそ男はアランと率いる傭兵団を気に入ったのだろう。

 会話を進めていく度に男の目つきは変わり、本心からアランを傘下に加えたがった。


「なら依頼とは別に女が何処から来たのか、その情報を買いたい。あれ程の女だ、同じとはいかなくても同等程度の物が仕入れられると思うが」


「断る、最低でもお前が此処のトップにならない限りは教えられない」


「……いいね、トップ。なら情報は今はいらねぇ。トップになった時の楽しみに残しておこうか」


 ──いや、2ndクラスの美女は我々であれば簡単に量産できるぞ、と口走りそうになるのを抑えながらアランは不敵な表情を崩す事無く交渉を進めていく。

 そうして細々とした条件の擦り合わせが終わり、実際の物資の引き渡しになった所で男がアランに向けて手を差し出した。


「お前達とはいい関係を築けそうだ。これから仲良くしよう」


 完全な信頼にはまだまだ遠い。

 それでも男との信用を築く為に必要な第一歩にアランは踏み入れる事に成功した。

 後はこれから行動によって男の信用、信頼を勝ち取るのみであり、必要とされる能力もバックアップも既に用意出来ている。

 アランは機関から求められる役割を十全に発揮している、その自負があった。


「ああ、俺達もそうあり──」


 男の差し出した手を見たアランも同じ様に手を差し出す。

 アランと男は握手を交わし今日紡いだ関係の発展を互いに目指していこうとし──、だが握手を交わす事はなかった。


「うわぁあああ────!?!?」


 絶叫と共に上から男が降って来る。

 誰もが予想も出来ない方法で現れた男はアランが積み込むはずだった物資の山に勢いよく落ちて来た。

 積み上げられた木箱が落下の衝撃によって粉々に破壊される。

 中に詰めてあった銃弾が勢いよく散らばって軽やかな金属音を辺り一帯に響かせた。


「……此処では上から人が降って来る事がよくあるのか?」


「そんな訳あるか!」


 男は勿論、アンドロイドであるアランも突然の出来事に呆気に取られた。

 それでもアランは人間よりも早く事態を認識──何が起こったのか全てを事細かに理解はしていない──して相対する男に確認を求めた。


「どうせこいつ等は酒に呑まれた馬鹿どもでしかない。大方、屋上にある酒場から足を踏み外した間抜け──」


 男は弁明した、これは一部の馬鹿がやった事なのだと。

 これから深い関係を築く予定であるアラン達に何も含む事が無いのだと。

 その事を伝える為に男は積み上げた物資の山に落ちて来た馬鹿を勢いよく蹴り上げようと近付き──。


「ああああ!?!?」


 本日二回目になる男が上から降って来た。

 今度は物資の山から離れた廃材で作った小屋に勢いよく落下する。

 其処は何かしらの燃料が保管してあったのだろう、水袋が潰れる様な音が聞こえてきた後に盛大に爆発を起こし、嘗て男であった何かを撒き散らしながら小屋を全壊させた。


「……どうやら羽目を外した奴らが多いようだな」


「ああ、あれだ、普段はこんな馬鹿はいない。今日は、あれだ、天気がいいから酒が──」


 怒りが既に何処かに消し飛んだ男は必死だった。

 本来であれば面子の問題もあり殊勝な態度をしない筈の男が先程とは打って変わり弱った表情を見せていた。

 それは周りにいる男達も同じで、誰もが一体何が起こったのか訳も分からず一目で分かる程に狼狽えていた。

 そんな男達の慌てふためいた様子を見たアランは表情に浮かべる事無く男達を哀れんだ。


『隊長』


『なんだ、不必要な通信は控えて──』


『その、先程落ちて来たサイボーグの映像を解析したのですが腹部に異様な凹みがありました。不審に思って解析したところ殴られた痕跡だと判明しました。それで男の推定体重と凹み具合から計算したところ必要とされる出力に該当する相手が──』


『それは違う、きっと間違いだ、そうに──』


 アランは部下からの通信を切ろうとした。

 部下が出したのは推測でしかなく間違っている可能性があるからだ。

 例え先程落ちて来たサイボーグを殴り飛ばせる可能性に心当たりがあったとしても、腹部の凹み具合から推測される拳の大きさが連れて行かれた仲間のソレと90%以上の確率で合致していようと。

 全て、全て可能性でしかないのだ。


「助けぇえええええ!?!?」


「そ、そんな、ジョー!?」


 そしてアランが自己弁護をしている内に三人目となる男が降ってきた。

 今度は知り合いだったようで交渉をしていた男は顔を青くしながら落下場所まで駆けて行った。

 その甲斐もあり男はまだ生きていた、だが誰の目にも一目で分かる程の瀕死だった。

 長くは持たないだろうと分かっているのだろう、それでも先程まで会話をしていた男は全身血まみれの男に寄り添いながら声を掛け続けた、必死になって流れ出る血を止めようとした。

 だが男の努力を嘲笑うかのように止血している場所から血は零れ続けた。

 その必死な様子を見たアランは恩を売る為に常備されている医療道具を提供しようとし──、だがアランが行動に起こす前に通信が届いた。


『聞こえていますか4th、突然ですが作戦内容を変更します』


 それはアランの最悪の予想が当たっている事を告げている様であった。

 本音では対応したくない、だが無視した後が怖いアランは深く、深くメンタルを落ち着けてから2ndの通信に応じた。


『待ってくれ、待ってくれ2nd。そちらで問題が起こったのか、それともアンドロイドだと正体を暴かれたのか?』


『いいえ、違います』


『なら施設内に稼働していた検査機器に金属フレームが探知されたのか?』


『それも違います』


『なら──』


『正直に言います。此処に住み着く犯罪者共が気に入らないので殲滅します』


『────』


 アランの予想は当たっていた──、それも最悪な形で。

 此処にいる男達が犯罪者である、2ndの言い分は間違いではない、正しいとも言える。

 人売り、身売り、誘拐、脅迫、強盗等と呼ばれる法に反する行為を男達は生業にしている事はアランも理解している。

 だが男達にとって犯罪行為など有り触れた事であり何ら特別な感傷を抱く事は無い。

 それ程までに此処では当たり前の行為であり普通なのだ。


『聞こえていますか、4th?』


『2nd、待ってくれ。貴方はもう止まらないと思うが、彼らを殲滅すれば此処で築かれている人脈などを活用出来なくなる。それを理解しての行動なのか?』


『もちろんです、人でなしの人脈を利用するなど在り得ません。何より私は彼らの存在を認めることが出来ない、環境により選択肢がそれだけしかなかったとしても。これは消え去った法や正義に基づいた判断ではありません。私が、私である為に必要だからです』


 だが2ndはそれらを許容出来なかった。

 悪と断じるのであれば反論の余地があった、法に基づくのであれば超法規的な措置として前例を持ち出す用意があった。

 だが2ndの判断基準はどれでもなかった。

 利益や冷静な計算に基づいた行動ではないからこそ厄介であった。


『それと他のナンバーズにも知らせておいてください』


『まて、今から何をするつもりだ』


『施設の掌握は完全に終わっていないので最高権限を持つユーザーを仕留めてきます。既に当該人物がいると思われる部屋の前にいるので心配はありません』


『……教えてくれ、最高権限を持つユーザーの特徴は』


『今から映像を共有しますが……、機械化の比率が高い40代の大柄な男性、禿頭、両肩に趣味の悪いトゲトゲとした突起を付けて顔つきが悪いです。後は右腕だけ軍用規格の戦闘用腕部を装着しています』


『……その人物は此処を支配、いや、統治しているボスだ。間違いない』


『そうですか、手間が省けて何よりです。外にいる敵は任せました』


 それだけ伝えて2ndからの通信は途切れた。

 恐らく通信が困難な防諜設備の中に入った影響なのだろう。

 だが今のアランには全てどうでもよいことであった。


「ジョ──!?!? お前、どうしたんだ、一体何があった!?」


 正直に言って現状はアランの想定外であり、制御可能な範囲を超えていた。

 混乱の渦中に捕らわれた男達は誰もが大声を出して状況の確認をしようと必死。

 だがこの場にて犯罪者達を率いる立場にある男は指示を出す事無く、死に行く親しい人物に寄り添い泣いていた。


「お」


「お?」


「女が、銀髪の、女が、仲間を、俺を、殴り飛ばして、皆、殺された、女が、あの女が、ああ、来る、奴が……来る……」


「おい、ジョー、だめだ、死ぬな。俺を置いていくな! ジョー、ジョー! 目を開けろ、ジョ───!!」


 悲痛な叫びが居住地に響く。

 男は亡骸に寄り添いながら涙を流し続けた。


「俺達が何した、たかがガキと女を、薬を売りさばいて、集落を襲って、生意気な男を殺しただけじゃねぇか! 俺達がこんな酷い仕打ちを受ける道理なんかある訳ないだろ! だから目を開けろ、開けてくれよぉ……」


 それは死に値するのに十分では? とはアランは口に出さない。

 そして散々泣いた男は何かを決意した様であった。


「おい、アラン」


「なんだ」


 何より男の最期の言葉、遺言染みた呟きによって男とアラン達の関係は後戻りできない程に壊れてしまった。


「ジョーは俺の弟分だ。コイツは馬鹿で女となれば見境なく襲う奴だが根は良い奴だ。俺の言う事をよく聞くし、嘘は言わねぇ、俺の大事な弟分だ。それでよ、銀髪の女について俺は心当たりが一人だけある。なぁ、お前さんが連れて来た女じゃないのか?」


「如何やら誤解があるようだ。銀髪の女なんて此処には沢山いるだろう。その女は本当に俺が連れて来た奴なのか? もしかしたら──」


「悪いが俺は其処まで馬鹿じゃねぇ。俺は人を売るのが仕事で部下も同じだ。だから売る人間の事をよ~く覚えているんだ。だからよ、老い耄れの傷んだ白髪と銀髪を見間違う訳が無いんだよ」


『隊長、武器を持った人間が集まってきます』


 結局のところアランの言い訳は無駄でしかなかった。

 銀髪の女、その様な人物は此処には一人しかない。

 犯罪者であり、適切な教育を受けていないような男達ではあるが幼稚な言い訳に騙される程愚かではなかった。

 そして彼らは相手が自分達の敵であると一度認識してしまえば行動は早かった。


『隊長、急ぎ撤退しますか?』


『……いや、総員に通達。これより作戦をプランGに変更、戦闘配備が完了次第、即時攻撃を開始せよ』


『了解』


「お前ら、何処の回し──うお!?」


 敵意を露にした男の言葉を遮る様に一発の銃声が響く。

 正確な狙いで放たれた弾丸は周囲を取り囲む男達の一人、その頭蓋を貫き一瞬にして生命活動を止めた。

 そして一発の銃弾が戦いの始まりを告げる合図であった。


「クソ! おい、ありたっけの銃と兵隊を連れてこい!」


「野郎共をぶっ殺せ!」


「身包み全部剥いで磔にして、ぎゃ!?」


「おい、しっかり、あぁあ!?」


「クソが! 野郎共頭を出すな!」


 兵隊の数、武器の数、数字上で見れば男達の方が圧倒的であり負ける道理など何処にも無かった、その筈だった。

 だが違った、武装トラックから降車した筋骨隆々の傭兵団の戦闘技能は男達よりも遥かに優れていた。

 男達とは比較なら無い程に洗練された武器を持った傭兵達は圧倒的強さを見せつけた。

 僅かに頭を出した瞬間に撃ち抜かれ、頼りない遮蔽物ごと重機関銃が男達を引き裂いた。

 反撃の隙を与えられる事無く、圧倒的な数が圧倒的な質によって磨り潰されていく。

 最初こそ自分達が勝つと思っていた男達の余裕は既に無い、積み上がる屍の数が3桁に届く段階になって漸く相手の強さを理解したのだ。


「やってられるか! 俺は逃げるぞ!」


「俺もだ!」


 ずる賢い一部の男達は勝てないと理解した瞬間に逃亡を企てた。

 居住地を取り囲む防壁の唯一の入口は傭兵団が抑えている。

 だが防壁上から街へ繰り出すために橋は塞がれておらず、其処から男達は逃げようと企み──、それは途中まで成功した。


「あばよ、足止め任せ──、なんの音だ?」


 橋から逃げようとした男達は聞きなれない音を聞いた。

 それは虫型ミュータントが出す羽音の様にも聞こえるが少しだけ違う。

 言い知れない不安を感じた男達は正体が分からずとも音の出所を探すためにあちこちに視線を向けた。

 そして見た、虫型のミュータントではない何かを。


「何だアレ──」


 その正体がドローンであると気付くことなく、逃げ出した男達はドローンの下部に搭載された擲弾によって橋ごと吹きとばされた。

 擲弾によって死ぬことが出来た男達は幸運だった。

 運良く生き残ってしまった男の末路は悲惨な物だった。


「来るな、来るなぁああああ!?」


「痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃいいいいい!?!?」


 手傷を負った男達は街に潜むミュータントにとって格好の食料であった。

 骨を折り満足に動く事が出来ない男達にミュータントが群がり生きたまま解体していく。

 その悲鳴は逃げ出せずに居住地に留まるしかなかった男達の耳にもよく聞こえた。

 逃げる事は不可能、それを突き付けられた男達は死に物狂いで傭兵団に挑みかかり、その全てが容赦なく殺されていった。


「降伏する、お前達に降伏する! だから殺さないでくれ」


 一人の男が武器を投げ捨てて降伏を選択した。

 プライドも何もかも捨て去り生きようとする姿ではあったが誰も軽蔑しなかった。

 それは男が降伏に成功するのであれば後に続こうとする打算によるものである。


「ほら、武器は持っていない! アンタ達の言う事に何でも聞く! だから──」


 銃声が響く、傭兵団の返事は言葉ではなく銃弾であった。


「う、うぉおお!?!?」


「バラけるな! 一斉に飛び掛かれ!」


「死ねるか! こんな所でしねるかぁああ!!」


 それを見てしまった男達は狂乱状態となった。

 最早戦術も何もない、只生き残る為に犯罪者達は一塊になって進む。

 目指すのは防壁の外へ通じる唯一の出入口、其処に半狂乱となった犯罪者達が押し掛け──、そして全滅した。


「なんだよ、一体、何者なんだ、お前達は……」


 戦いではなく殺戮であり虐殺であった。

 そして殺戮を運悪く生き延びてしまった男は浅い呼吸を繰り返しながら近づく傭兵団の一人に問い掛けた。

 だが返事は返って来る事は無かった、そんな事は分かりきっていた。

 だからこそ男は銃を突き付けられた瞬間に最後の意地を見せた。

 銃口を掴み逸らすと同時に隠していた拳銃を傭兵に突き付ける。

 そして引き金を引き、弾倉の全てを傭兵の顔面に撃ち込んだ。


「ざまぁみろ!!」


 男の最期の悪足掻きは成功し、銃弾は一発残らず傭兵の頭に命中した。

 確実に殺したと確信を抱きながら男は死んだ傭兵の死体から銃を奪おうとし──、だが男は銃を奪えなかった。

 そして男は見てしまった。


「なん、え、人じゃ、何だよ、何なんだよ、お前達は!?」


 銃弾を撃ち込んだ傭兵の顔は吹き飛んでいた。

 だが傭兵の頭部は欠ける事無く残っていた、吹き飛んだのは皮膚だけであった。

 そして吹き飛んだ皮膚にあった頭蓋骨は金属の輝きを持っていた。


「違う、これは夢だ、夢に違いない。そうだ、さっさと起きないと、早く目を覚ま──」


 目の前にいる傭兵は人間ではなった。

 人ではありえない眼で、眼窩にある瞳が紅く輝きながら傭兵と名乗る人間ではないナニカが男を見下ろす。


「お前達には全員死んでもらう」


 その言葉が何を意味しているのか男は理解出来なかった。

 だが現実から目を背けた男の頭蓋骨をナニカが潰した事で理解する必要が無くなった。

 そして出入口での戦闘は終えたアランは傭兵を率いて居住地の完全掌握の為に行動を開始した。

 敵対者の逃亡を防ぐ為に、情報が拡散されない様に此処で一人残らず始末する為に。


『現時点を以て制圧作戦を開始する』


 その日を境に一つの居住地がアンドロイドの手によって支配される事になる。

 犯罪者の巣窟と化し周辺地域から恐れられていた場所は陥落と共に犯罪者の大多数は一掃される事になった。

 そして新たに支配者となったアンドロイド達によって『エリア1』という暫定的な名前を付けられた居住地は大きく変わり始めた。

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