反省の時間だ!?

第149話 『帝都事変』と後

 帝都──それはメトロにおいて最大規模であり最強の武力を併せ持つ都市。 

 そして文字通り支配者が住まう都市として長年に渡りメトロの頂点に君臨を続けて来た。

 メトロに存在する大小様々なコミュニティーよりも優れた設備と居住性を有しており、僅かに見えるだけでも明らかな圧倒的な人的資源と技術力を前にすればメトロ内において最大勢力と呼ばれるのも当然。

 そして帝都の影響力はメトロの全域にまで及び、人々の間では何時か帝都に移住したいと夢見る者が絶える事が無かった。

 だが望みを叶えたものは誰一人として現れる事が無く、やがて誰もが叶わない夢だと気付いてメトロの暗闇の中で生きていく事を受け入れて来た。


 ──だがある日を境にしてメトロ住人達が抱いていた帝都への幻想は崩れ、そして跡形もなく消えていった。


「おい、帝都についてあの話を聞いたか?」


「帝都が潰れたんだろ、お前以外の奴からも何度も何度も耳が腐る程に聞いた」


「なら話は早い、あのいけ好かない奴らの無様を祝って乾杯だ!」


「乾杯はいいがお前はツケを払え」


 その直接的な原因となった出来事をメトロに住む人々は何時からか『帝都事変』と呼ぶようになった。

『帝都事変』は文字通りメトロの中央に位置していた帝都(大型シェルター<ザヴォルシスク>に居住する住民による自称)で起こった事変である。

 そして、その日を以てして秘密のベールに包まれていた帝都のありのままの姿が露になった日である。


「だけど今でも信じられないな。今だから言えるが俺は隠れて帝都と交易をしていたが、あいつ等が潰れるとは思ってもいなかった」


「旨味のある取引が潰れて困っているのか?」


「まさか、それどころか清清したね! 取引の度にあいつ等は値引きを迫るし断れば死なない程度に殴られる事も珍しくは無かった。──それに奴らのせいで破産した奴は少なくない」


「方々から恨まれているが取引は断れなかったと?」


「ああ、何処から仕入れて来た情報で夜逃げ先も筒抜けだ。観念して従うしかなかった奴も多い。取引相手としては最悪の連中だ。だからこそ奴らの内情が明らかになっても驚く事は無かったな」


「それは俺も聞いたが本当なのか? デマじゃないのか?」


「いきなり話に割り込むなよ。だがデマじゃない、封鎖の無くなった帝都に踏み入れた奴が何人もいて同じ様な事を言っているぞ」


「俺もその一人だ。初めて帝都に入ったが噂程当てにならないモノはないと改めて思い知らされたよ」


「おい、お前もいい加減ツケを払え。幾ら溜まっていると思っている」


 消耗、摩耗、欠損の三重苦に苛まれている各種設備群。

 過酷な身分制度による悪趣味な娯楽とかした人狩りと呼ばれる人口統制政策。

 圧倒的な貧富の差が構築され歪な形となってしまった食糧配給制度。

 メトロ中に張り巡らされた情報網と密かに行われた言論統制。

 有ろう事かクリーチャーと呼ばれるミュータントモドキを生み出してはメトロの人々を裏から監視していた等々の衝撃的な情報が白日の下に晒されたのだ。

 帝都はメトロの人々が夢見た理想都市はなかった、それどころか人類の負の側面を煮詰めた様なディストピアであった。

 その衝撃的な情報は燎原の火の如くメトロに広がるも、誰もが初めは信じられなかった。

 だが時間をおけば商人やキャラバンといった様々な方面を通して帝都に対する情報が幾らでもメトロの各種コミュニティー入って来る。

 そして、それらの話は今迄の様に不自然に立ち消える事が無かった。

 そうした事もありメトロに住む誰もが持たされていた帝都に対する幻想は打ち砕かれる事になった。


「それなら帝都が潰れたのはどうしてだ? 裏で色々やっていたなら事前に何とか出来ただ筈だろう?」


 ──だが今度は帝都への幻想が砕ける原因となった『帝都事変』を引き起こしたのは一体何処の誰だとメトロの人々は盛り上がった。


 ある者は帝都に住む貴族の一部が反乱を起こしたと考え、ある者は虐げられていた帝都の人々が貴族に対して革命を引き起こしたと叫び──その様な根も葉もない噂話は実に短時間で終息する事になった。


「あ~、あれだ、あれ、此処で話すだけじゃ納得出来ないだろ。なら実物を見て理解する方が早い──いや、見ても訳が分かんねえや」


「見ろ、見て感じろ。俺から言えるのはそれだけだ」


「見る序に荷物持ちしない? 今は稼ぎ時で人が幾らいても足りないから子連れでもいいぞ。運び終われば暫く自由時間取るから思う存分見学も出来るぞ」


 それは何故かと訳を知らないメトロの人々が尋ねれば情報通である商人やキャラバンの関係者は誰もが口を揃えて言った。


「「「例の地上にあるキャンプに行けば嫌でも理解出来るさ」」」






 ◆






 そんな人々の噂の的になって居る例の地上キャンプこと『木星』では二度に渡る襲撃によって発生した瓦礫の撤去や壊された建物を修繕等が行われていた。

 怪我人や子供は除き、働ける住民達は一日でも早く普段通りの生活に戻る為に精力的に働いていた。

 キャンプの成立からして住人の殆どがメトロに行き場のなかった人達であるためキャンプに対する愛着は非常に高い。

 襲撃からあまり時間が経っていないのにも関わらず誰もが懸命に働き、その顔には絶望なんてものは一欠けらも無かった。

 そんな風に懸命に人々が働いている光景をキャンプの中央にあるボロボロになった行政施設の屋上で見る人がいた。


「キャンプの防衛は成功し敵対行動を行った帝都の無力化も完了しました。現在もキャンプの復興と再建は問題なく進み、目下の懸念事項であった全ての問題は解消されました」


「……そうですね。キャンプを取り巻く既知の問題は殆ど解消されました」


「そうです、そう通りなのです! 全ては順風満帆、我々の道を阻む敵はいません! 今日この日を以て帝国復興の記念すべき始まりの日となったのです!!」


 その人物は何を隠そう現在のキャンプの暫定的な代表に収まったタチアナである。

 現在のキャンプにおける臨時代表となった彼女は本人のやる気さえあればキャンプの全てに対して権力行使が可能となる立場である。

 そして帝都が文字通り潰れた現状に置いてメトロの最大勢力になった事に等しく、タチアナは屋上からキャンプを見渡しながら三流ドラマの悪役が言っていそうなべたなセリフを吐き出していた。


「ちょっと、タチアナ大丈夫?」


「……色々と限界が来ています。暫く見なかった振りをしていただけますか?」


「それ本当に大丈夫?」


 彼女の背後には色々と長い付き合いのあるマリソル中尉が副官として後ろに控え、自らの上官であるタチアナの言動に気まずそうにしながら相槌を打ち、そんな奇妙な光景を屋上に上がって来たオルガは見てしまった。

 オルガ本人としては聞くつもりも覗くつもりも無かったのだ。

 だが復興に必要な決済を取る為にタチアナを探しており、職員から居場所を聞いて屋上に昇り話し掛けようとして偶然に見てしまっただけである。

 正直に言って屋上からキャンプを見下ろして高笑いするタチアナの姿を見たオルガは同僚として、何より友人として心配になってしまった。

 一先ずオルガは一体何があった──のかは簡単に推測出来るのでタチアナの様子を見守っていた副官であるマリソル中尉に尋ねてみた。


「そうですね、ええ。取り敢えず今は少し、少しだけ大佐をそっとしておいてくれませんか。……本当に色々ありまして大佐も疲れていますから、部下としてお願いします」


「……因みに聞いてみるけど少しってどの位?」


「……あと10分程は」


「一思いに止めを刺した方が良くない?」


 腕時計を見ながら答えたマリソル中尉から業務が詰まっているだろうとオルガは察した。

 長い付き合いであるマリソル中尉としては彼女を暫く休ませてあげたいのだろうがオルガとしてもキャンプの流通を正常化させるためにも色々と急ぎの決済が必要なのだ。

 故にオルガは心を鬼にしてタチアナの下に向かい、変な高笑いをキメている彼女の頭を軽く小突いた。


「はいはいタチアナ、何時までも高笑いしている訳にはいかないよ」


「……現実逃避ではありませんし、薬でおかしくなった訳でも自暴自棄になった訳でもありません」


「僕も其処までは言ってないかな? 取り敢えず決済が必要な物を急いで纏めてからサインを頂戴。……それと悪酔いしない程度に酒でも差し入れようか?」


「度数の高いものを一つ下さい。ストレートで飲みたい気分なので」


「駄目、翌日に二日酔いで苦しむよ?」


「それでも飲まなきゃやってられないのです!!」


 タチアナは叫んだ、普段の何を考えているかを悟らせように浮かびている意味深な笑みをかなぐり捨てて。

 切実な思いが込められた叫びを聞いたオルガは『色々と限界が来ているな~』とタチアナの内情を悟った。

 そしてオルガもタチアナが追い詰められた原因にも心当たりがあり過ぎた。

 しかし色々と追い詰められているタチアナを慰めようにも原因を考えれば下手な事は言えないジレンマの中にオルガはいた。

 だが何時までもタチアナが凹んでいる事は許されない。

 臨時代表の就任が成り行きであったとしても、それがキャンプ代表を預かる者の責任であるのだ。

 その為にオルガは現実逃避を繰り返すタチアナに向き合うと顔を優しく両手で包み込んだ。


「オルガ? 一体何を──」


 壊れ物を扱う様にオルガはタチアナの顔を包み込む。

 両手の温かさが荒み切ったタチアナの心の中に優しく沁み込んで行き──。


「はっ! さ、させませんよ!」


「チッ、感づいたか!」


 そしてあと一歩所で感づいたタチアナの抵抗により屋上で唐突に始まった女二人によるキャットファイト。

 オルガの両手を振りほどいたタチアナであったが逃走に失敗、そして再び伸ばされたオルガの両手に自分の両手を組み合わせて始まった押し相撲。

 力は荒事に慣れたオルガが上であるが、タチアナは技術によって対抗。

 結果として二人互角の戦いを繰り広げながら口々に言い争いをする事になった


「ちょっと、抵抗しないでよ!」


「嫌です、見たくありません! 今日一日は何も見たくありません!」


「そんな事を言っている場合じゃないよ! 辛くとも現実と向き合う! それが上に立つ者の責務だろう! だから、いい加減に、現実を、直視するんだ!」


「イ、ヤ、で、す! 今日一日、今日一日だけでも現実逃避しても許される筈です! だって私かなり頑張りましたよ、本当に頑張ったんですよ! 少しくらい現実逃避してもいいじゃないですか!!」


「大佐、何ともおいたわしい」


 副官であるマリソル中尉は別に暴力を伴ったものではなく単なる押し相撲であったために仲裁に入る事は無く傍観者に徹していた。

 マリソル中尉の監督下で行われたオルガとタチアナによる押し相撲は僅差でオルガが勝利、力尽きたタチアナは屋上に膝を着いた。

 そして勝利者であるオルガはタチアナを立たせると先程から頑なに見るのを拒んでいた方向にタチアナの視線を強制的に向けた。


「タチアナ、アレは何?」


 オルガによってタチアナは強制的に視線を向けられた先にあるのはキャンプの一画。

 元は大量の瓦礫とミュータントが蔓延っていた危険地帯でもあったがキャンプの成立と共に治安維持と安全確保の観点から手が加えられる事になった。

 そうして瓦礫撤去とミュータントの駆除が早期から行われた結果として広大な空き地がキャンプの傍に広がっていた。

 粗方の障害を取り除いた後は適度にミュータントを間引きするだけに留め、将来的にはキャンプの拡大に伴い即座に開発が可能な土地として寝かせていた場所でもある。


「……大きなロボットです。それが沢山います」


 ──そんな何もない筈の広大な空き地に今やタチアナが言った巨大なロボット、AWが幾つも駐機しているのだった。


「……俺は幻覚でも見ているのか?」


「安心しろ、俺も同じことを思ったが抓った頬はしっかり痛い。安心しろ、これは現実だ、現実なんだ」


「あれって買えるのか?」


「買ってどうすんだよ」


「パパ! パパ! ナニ、アレナニ!?」


「アレは……何だろうな。パパも分かんないな」


「人形~、鉄巨人の人形はいらんかね~、今なら安くしておくよ~」


「おっちゃん、こっちに2つくれ!」


「子供達のお土産に色違いを3つ売ってくれ」


「まいどあり~」


 AWが駐機している一画は完全武装した兵士によって厳重な警備が敷かれている。

 敷地に踏み入れようものならどうなるのかを理解している人々は彼らから距離を取ってはいるが離れた場所ではAWを目当てに多くの人々が集まっていた。

 そして見物だけに留まらずAWを見に来た人を対象に商売する者も現れ始めると様々な問題が出てくるのは必然である。

 問題の対処に加え、集まった人々が下手な行動を起こさない様に監視をする。

 それでもキャンプ側からすれば襲撃によって遠のいた人の流れが戻って来たとも考える事は出来た。

 実際に巨大ロボットを目当てに再開が厳しいと思われていた交易関係は元に……いや、以前を上回る勢いで人が増えていくのは勘弁してほしい。

 交流が途絶えるよりもマシではあるものの加減をしてほしい、それがタチアナの偽らざる思いであった。


「いやそうじゃ……そうだけど色々あるでしょう」


「今は何も考えたくないのです……。それに土地の借用費用として大量の物資、食料、医薬品、その他諸々で殴りつけられたら首を縦に振るしかありませんよ。それとも敵対してみますか?」


「そんなつもりは毛頭ないよ」


 タチアナは色々と限界だった。

 キャンプの襲撃から始まり即座に行われたノヴァの救出作戦と失敗、その後に起こった二度目のキャンプの襲撃に救援として現れたサリア。

 そして止めが二度目の救出作戦であり、成功したと思ったら現れた巨大な化け物と続く巨大ロボットといったあれやこれや……、正直に言ってタチアナの許容範囲を軽く超える出来事が立て続けに起きてお腹一杯なのだ。

 それなのにキャンプに戻ってから暫くの間続いた途轍もない爆発音が鳴り止んだと思ったら巨大なロボットが寝かせていた土地に雪崩れ込んで来たのだ。

 勘弁してくれと内心でビクビクと怯えながらお引き取りを願い出ようとしたタチアナに返されたのは土地の借用費用としての大量の物資。

 襲撃を受けて色々と懐が寂しくなったキャンプにしてみれば十分どころかお釣りが出ても不思議ではない量を目の前に提示されたら臨時代表としては首を縦に振るしかないのだ。


「いや土地の使用料じゃなくてボスの身柄の方だけど。何処にいるのかは何となく理解出来るけど一応確認しとかないとね」


「ボスの方でしたか……、いや、そっちの方が頭の痛い問題ですよ、本当に」


 そう言ってタチアナが指差した先にあるのは大量のAWが駐機する中にある一つの建物。

 一般的な建築物とは違いブロック化されたコンテナが幾つも連結して出来た即席の建物であるのは明らかであり酷く角張っているのが特徴的である。


「あそこに建てられた建物の中にいるのは分かっていますが現状は面会謝絶です。取次ぎを頼んでも門前払いされました……」


「キャンプの臨時代表の立場でも?」


「そうですよ。粘り強く交渉しようと返事は変わらずに『今はお引き取り下さい』の一点張りです」


 そう言ってタチアナは屋上にある柵に深く凭れ掛かった。

 確かに土地の使用料は膨大であり無視できるものではないが確かにオルガが言うようにボスの方がキャンプにとっては大事な事である。

 だが居場所が分かっても会いに行くことが許されていないのが現状である。

 こればかりはタチアナにもどうしようも出来ない事であった。


「やっぱりそうか……、それとタチアナもお疲れ様。今度は僕も一緒に行くよ。ボスが此処にいる内に色々話さないといけない事が沢山あるからね」


「私も同じです。ですが二人で行っても──」


「大丈夫、数が少ないと門前払いにされそうだから他にも何人か呼んで行こう。流石に幹部全員が一度に行くのは無理だけど半分位なら問題はない。他にも各部署の代表も引き連れて行けば彼らも無視できない……筈だよ」


「──分かりました、もう一度行ってみましょう」


 オルガの言葉を聞いたタチアナは深く凭れ掛かった柵から身体を起こした。

 その姿を見て一先ず安心したオルガはタチアナから視線を外すとAWが立ち並ぶ中に一つだけある建物を眺めた。


「本当に……、ボスは何者なんだろうね」


 ボスの正体については分からない事ばかりである。

 一巨大なロボットは何なのか、あれ程の統一された武装を纏った兵隊が何処から来たのか、そしてボス自体が何者であるのか。

 聞きたい事は沢山ある、しかし幹部であるオルガとしては一先ずはキャンプの安定を最優先にして取り込むべきである。

 そう自分を納得させたオルガは立ち直ったタチアナの後を追うように建物の屋上をあとにした。






 そしてAWと完全武装のアンドロイドによる厳重な警備が敷かれたキャンプの一画に建てられた巨大な建物。

 建物にはAWの補修と補給を行う簡易整備工場や物資倉庫、アンドロイド用の各種メンテナンス施設や工場が備え付けられているなど小規模な要塞と言っても過言ではない設備が備わっている。

 そして建物の内部には一部の上位権限が付与されたナンバー付きアンドロイドとその関係者、一部の人物しか入る事が許されない厳重警備区画がある。

 しかし物々しい警備が敷かれた厳重警備区画の中にあるのは一つの部屋だけである。

 其処は機能だけを追及したような建物の姿に反して部屋の中には奇麗に整えられたフカフカのベッドに加え機能美に優れた家具が幾つも整えられていた。

 まるで高級ホテルの様な一室でありノヴァが帝国に流れ着いて来てから過ごした洞穴や狭いコックピットといった住処とは一線を画すどころかグレードそのものが異なる部屋である。

 そんな豪華極まる部屋の中にノヴァはいた。


「ワウワウ!」


 ペロペロペロペロペロペロペロペロッ!! 


「わわわ、ポチ、ポチ、待て待てア“────―!?!?」


「ポチ舐めすぎ! パパが涎だらけになっちゃう!」


 そしてポチの熱烈なぺろぺろを顔中に受けていた。

 キャンプにいる幹部達の心配を他所に何故か帝国に来ちゃった娘であるルナリアと興奮しているポチのぺろぺろ攻撃によって揉みくちゃにされていたとさ。

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