第146話 幼い頃の憧れ
「本来であれば休眠状態であったクリーチャー共が目を覚ましている。今は融合体の支配下にあるのか辛うじて統率が取れているがギリギリだ。間違いなく融合体を仕留めた瞬間にクリーチャー共は本能に任せて動き出す。そうなればメトロは終わりだ。メトロ中に拡散した奴らは全て生物を殺し尽くし、食い荒らす。地獄が生まれるのは避けられない」
改めてノヴァが告げたのはメトロが迎えるだろう破滅の未来だ。
それは冗談でも法螺話でもない、現状を放置した先に確実に訪れる未来である。
これを話したのが唯の人であれば誰も相手にしないか、質の悪い薬物中毒者としか人々は見なさないだろう。
だがノヴァを救出するために帝都に乗り込んだ者達は誰も異論を叫ばなかった。
何故なら話を裏付けるかのように帝都で暴れるのは数え切れない程の異形の配下を引き連れた巨大な化け物なのだ。
誰もが終末染みた光景を前にしてはノヴァが言った事が誤魔化しようのない事実であると認めるしかないのだ。
「だが今なら間に合う。今なら最悪の事態を防ぐ事が出来る」
世界の終わりを目前にしてもノヴァは発狂する事も自暴自棄になる事も無く、普段通りの落ち着いた声で話す姿が其処にあった。
そしてノヴァが落ち着いていられるのも無茶苦茶な作戦を実現出来るだけの力が今のノヴァにはあったからだ。
それでもノヴァの説明を聞いた誰もが納得出来た訳ではなかった。
「に、逃げないのですか」
誰かが小さな声で呟いた。
本来であれば周りの喧騒に消えてしまいそうな小さな声だった。
だがこの場に集った者達の多くの耳に呟きは届き、発言者である一人のプスコフは直ぐに見つかった。
そして男に注目が集まると同時に周囲に空白が生まれ、ノヴァの目にも男の姿が良く見えた。
「うん、逃げない。今日で全てを終わらせる」
「何故です! あんなに沢山いるんですよ、飛んでいる大きなアレも! 幾ら貴方の作った兵器が優れていようと数が違い過ぎます!」
男は自身の呟きのせいで悪目立ちをしていると理解している。
本来であれば呟きに関して謝るか、無かった事にしてプスコフの中に戻るべきだった。
だが耐えられなかった、我慢が出来なかった。
男はノヴァの事を信頼しており、感謝もしている。
それでも男の視線の先で化け物が繰り広げる破壊の嵐を前にしてはノヴァの様に冷静さを保つ事が出来なかった。
数は力である、幾ら質が優れていようと膨大な数を前にしては質など容易く飲まれてしまう。
プスコフとして一通りの教育を受けて来たからこそ男は理路整然としたノヴァの言葉が理屈では正しくとも納得出来なかった
そして男を避ける様に離れたプスコフ達の心の隅にも同じ様な思いはあった。
「君の気持ちは理解できる……とは言えない。メトロは化け物の住処となり、その近くで拠点を構えたキャンプも何れ襲撃されるのは確実だ。確かに逃げる事も出来る、だがキャンプの住民達は何処に逃げればいい? 逃げる先の候補は何処になる? 何より逃げた先で生きるにはキャンプは大所帯になり過ぎた。逃げた先での生活は何れ破綻するぞ」
「……ボスの言葉に嘘はありません。小規模の集団であれば逃亡先でも生活は出来るでしょうが私達は大きくなり過ぎました。生きる為には食料を始めとした多くの物資が必要であり、もし逃亡先で賄う事が出来なれば我々はやせ細るしかありません」
逃げれば生き延びる事が出来るか──答えは否である。
ノヴァの説明に付け加える様にキャンプの内政を任されたタチアナが補足説明する。
実際問題としてメトロを捨てて逃げるにはキャンプは大きくなり過ぎた。
既に設置された様々な設備をメトロから逃げ出す際に持ち出すのは艱難であり、仮に解体しようものなら時間が掛かり過ぎる。
何より現状のキャンプが大所帯でいられるのも構築したインフラあってのもの。
インフラも何も無い逃亡先で今まで通りの生活を送る事は不可能であり、飾らずに言えば自殺行為であるとノヴァは考えている。
しかしプスコフの男の言葉を否定するつもりはノヴァには無い。
実際に融合体を筆頭とした化け物の大群を前にして逃げ出したいと考えるのは間違ってはおらずノヴァも理解出来る。
それどころか化け物の大群を前にして戦う事を選択する自分の方がおかしいのだろう。
だがAWという特異な兵器が無くともキャンプを率いる代表の立場で考えれば此処で逃げる事は出来ないのだ。
「仮にメトロ以外の地域で活動拠点を構築出来ていれば逃げる事も選択肢に入る可能性があった。だけど我々はキャンプ以外の活動拠点の構築をしなかったから逃げることが出来ない。他に聞きたい事はあるか?」
「……ありません」
ノヴァの説明に男は納得するしかなかった。
キャンプの事情を考えればノヴァの話した事は全て納得できるだけの理屈があり、自分の考えが如何に希望的観測に基づいた空想であるかを思い知らされた。
そして男と同じ様な事を考えていた他のプスコフも同様であり、戦って勝つ事が生き残る道だと理性では納得してしまった。
それでも僅かに残った感情は別の可能性を求めていた。
「他に聞きたい事は?」
「では、私からも」
だからこそ部隊の中からタチアナが出て来た時に救出部隊の多くが注目した。
自分達では思い浮かばなかった、だけどもしかしたらと期待を込めて多くの視線がタチアナに注がれた。
「時間が無いので手短に言います。海路か空路か知りませんが巨大な人型の兵器を連邦から輸送するには巨大な輸送機が必要な筈です。その機体にキャンプの住民を載せて避難する事は出来ないのですか?」
「私から応えましょう」
タチアナの問いに答えたのはノヴァではなく外骨格を外したサリアであった。
「まず我々が此処に辿り着く為に使用した航空機ですが人間が使用する事を前提としていないので座席がありません。ですから仮に人間が乗り込めば機体の加速によって死にますよ」
「!?」
「サリアは嘘を言っていない。補足するが輸送機を設計した際に生身の人間を乗せられる設計をしていない、下手をすれば機内で死ぬ可能性が高い」
二人の女性、片方はアンドロイドであるがサリアに視線を向けられたタチアナは緊張を悟られない様に普段通りの表情を維持していた。
だがサリアから取り付く島もない返答とノヴァの補足を聞いてタチアナは顔を引きつらせるしかなかった。
だがこればかりはどうしようもないとノヴァ自身も考えている。
まず間違いなくサリアが連邦から帝国へ辿り着く為に使用した航空機は開発途中の輸送機であるのは間違いない。
連邦で使用していた大型輸送ヘリではAWの輸送に限界があり早々に新しい輸送手段の確立にノヴァは迫られた結果として開発に着手したのだ。
その際に重要視したのが積載量と展開能力であり連邦の大型輸送機を基にしてAW用に調整した機体をノヴァは開発、AW以外にも各種兵器を搭載できるようにしてはいる。
だが物の輸送に特化した機体であり人間は輸送対象に含まれていないのだ。
機内には組み立て式の座席すらなく、人間を輸送する事を念頭に置いていない。
そんな機体に帝都から連邦まで乗せても身体を固定する事が出来ずキャンプの住民の多くが機内で事故死する可能性の方が高い。
ある意味で欠陥機体とも言える輸送機に開発者であるノヴァとしても人を乗せる事は出来ないのだ。
「他には?」
「……ありません」
二人の質問に答え終わると救出部隊は水を打ったように静まり返った。
タチアナの問いに対する返答は最後の蟠りを跡形もなく粉砕する結果となった。
結局の所生き残る為には戦うしかない、それを再確認された部隊は各々が手に持つ武器を強く握った。
その姿を見渡したノヴァは自分を落ち着ける為に一度大きく深呼吸をしてから声を張り上げて命令を出した。
「よし、タチアナ!」
「は、はい!」
「地上で大規模な戦闘を起こしても問題が起きない場所の情報を五号に渡してくれ。その情報を基にAWでクリーチャーとエイリアンの殲滅を行う。キャンプの住民達をシェルターに避難をさせてくれ。それと可能であればメトロにある他のコミュニティーにも地上に出るのは危険だと連絡をしてくれ」
「わ、分かりました」
「グレゴリーは部隊を纏めてキャンプに帰還。道中の駅やコミュニティーには可能な限り避難を通達してくれ。そして帰還後はキャンプでは防衛に専念する様に。可能な限り引き付けるが群体から外れた個体が襲撃する可能性もある」
「了解しました」
「さて、残る問題は融合体をどうやって地上に引っ張り上げるかだな……。エドゥアルド、融合体の中で男とエイリアンの意識の割合はどの位だ?」
「現状は男が主導権を握っています。暫く持つでしょうが意識がエイリアンに完全に掌握されるのも時間の問題です」
「そうか、エイリアンに関しては何とかなりそうだが男の事は全く知らない……、タチアナ、なんでもいいが融合された男について知っている事は無いか?」
思考能力があり過ぎれば融合体は誘導されている事に気付いて作戦が破綻する。
だが意識が中途半端に残って思考能力が落ちている状態であれば地上に誘導する事は簡単に出来るだろう。
後は融合体を地上まで引き付ける方法だがエイリアンに投げつける文句はノヴァの中では既に決まっている。
だが男の方に関しては全く面識が無いので何も思いつかない。
となれば融合された男に関してある程度知っているだろう人に聞くべきだろうとノヴァは考えてタチアナに問い掛けた。
「えっと……ですね。一言で言えば屑野郎ですね」
「大佐、味方を背中から撃って捨て駒にするクソ野郎も追加してください」
「虚栄心の塊、誰も信じないチキン野郎、帝国一のクソナルシストもお願いします」
「貴方達は……でも、間違ってはいませんね。後は何処までも身勝手で自分本位で中途半端に優れているから手に負えない屑ですね。今更後悔しても遅いですが戦争時に事故だと言い張って吹き飛ばすべきでした」
「うん、分かった。殆どが悪口でしかなかったけど何となく分かった」
タチアナを筆頭として元帝国軍人達の口々から様々な感情が、主に増悪と怒りがたっぷりと込められた言葉が吐き出される。
それを聞いたノヴァは一先ずエイリアンと融合した男の特徴を何となく掴む事が出来た。
だがいっその事ノヴァは通信を仲介するだけで直接タチアナが語り掛けた方が良いかもしれないとも考えた。
「それで、どうするつもりですか」
「何、軽く怒らせて追い掛ける様に仕向けるだけだよ。だから後の事は任せた」
「……分かりました。どうか無事に戻ってきてください」
そうして必要な情報が揃ったノヴァは細かな命令を出し終わると救出部隊は慌ただしく動き出した。
その姿を見届けているノヴァにサリアが近付き問いかけた。
「ノヴァ様が其処まで責任を持つ必要はありません。私としてはキャンプを解散して各々が持ち運べる物資を分配、少数グループに分けて広く分散させればいいと考えます。全員が生き残るのは難しいでしょうが上手く逃げ延びるグループもあるでしょう。それで十分ではないのですか?」
「選択肢としてはありえるけど極端過ぎない?」
サリアが出した案はキャンプの解散まで踏み込んだ極端な内容ではあったものの考慮する点はあった。
確かに母数が増えればキャンプを捨てザヴォルシスクから着の身着のままで逃げ出したとしても全体として見れば助かる可能性は上がるだろう。
確かにサリアの言う通り可能性は零ではない。
しかし生き残る確率が限りなく低く条件次第によっては零になりかねない危険な選択肢でしかないのだ。
その事を口に出そうとしたノヴァだが先にサリアが口を開いた。
「──ですがノヴァ様の考えは変わりませんよね」
「……そうだ、サリア。力を貸してくれるか?」
ノヴァの考えは変わらない。
逃亡先に大勢を伴って逃げる事も連邦に連れ帰る事も出来ない、今迄の生活を捨てて僅かな可能性に運命を委ねる様な博打染みた策も選ばない。
戦う選択肢を選べたのは運が良かったといえばその通り、それでも地獄を止める事が出来る力があるのなら今使わずして何時使うのか。
正義でも大儀でもない、困った人がいれば助けるという当たり前の考え。
その為にノヴァは力を行使する事を決めたのだ。
「力を貸して等と言わないで下さい。我々は貴方の力です、貴方を支え、貴方の敵を打ち砕く事こそが私達の存在意義です」
だからこそサリア達は従う。
人では無い自分達を受け入れ救ってくれた人に報いるために。
「ですが条件を付けさせて下さい」
──それでもサリアにも譲れない一線があるのだ。
サリアが話し終えた直後に一機のAW、一番見慣れたAWのプロトタイプがノヴァの目の前に降り立つ。
そしてAWは片膝を着くと共に胸部のハッチが展開、内側にはアンドロイド用の座席と人間が乗る座席の複座式のコックピットがあった。
「プロトタイプのAWか」
「はい、第二世代の為の実証機とした改修を重ねていた7号機です。この機体には本来であれば搭載されていない複座式の有人コックピットを搭載しています。ノヴァ様は私が操作する機体の中にいて下さい。この機体の中程安全な場所はありませんから」
「ああ、任せた」
サリアが言い終わる共にノヴァはAWの差し出された手に乗りコックピットに移動する。
本来であればアンドロイドの機体を内蔵する機構だけであったAWのコックピットにはアンドロイドの用の座席だけでなく、後ろには人間用のコックピットがあった。
それは思い付きでノヴァが作った有人仕様のコックピットであり、しかしサリア達の反対によってアンドロイドとのダブルになり、最終的には危険であると取り上げられた代物であった。
そしてノヴァが操縦席に乗ると同時にサリアも乗り込み機体のハッチが閉じられる。
僅かな時間暗闇に包み込まれると前方のモニターが光を放ち燃え盛る帝都の景色が映し出された。
そして燃え盛る帝都の上空には悠々と飛ぶ融合体の姿があった。
『お父様、事前に左腕の喪失は知っていたので即席ですが義手を用意しています』
ノヴァがモニターに映る景色を眺めていると五号からの通信が入る。
それと同時に操縦席の一部が展開され、其処にはアンドロイドの片腕が収まっていた。
仕組みとしては筋電義手のようであり備え付けられたセンサーが腕の電気信号を拾いアンドロイドの腕を動かしている。
取り出して左腕に装着すれば問題なく動く、しかし調整が甘いのか失った左腕に比べれば動きはぎこちない。
それでも自分が調整すれば問題ないとノヴァは考えた。
何より両手が揃った事でノヴァは漸く自分の能力を十全に生かす事が出来るようになった事の方が重要であった。
「ありがとう、五号も心配を掛けてゴメンな。それで再会したばかりだか……」
『分かっています。ですが無理はしないで下さい。そうした瞬間、機体の制御を奪ってでも連れ帰ります』
「ああ、気を付けるよ」
五号との通信は繋がったままノヴァは早速義手の調整に入る。
その間にサリアは首筋の端末からAWに接続して機体の最終チェックを行い問題がないかを確認していた。
そして作業が完了するまでの僅かに空いた時間にサリアはノヴァに問い掛けた。
「ノヴァ様にとって初めてのAWですが問題はありませんか?」
「そうだな、有人用のコックピットの座席は要改善かな。クッションが硬くて尻を痛めそうだ。それと初めての操縦がこんな形になるとは予想も出来なかったよ」
「怖いですか? ノヴァ様が逃げたいのであれば全力で帝都から離脱しますよ」
「怖くない……とは口が裂けても言えないな。実際にサリア達が来なければ全力で帝都から逃げ出していたよ。でも今は──不謹慎だけどワクワクしている」
「それは何故ですか?」
サリアと会話を通じてノヴァは改め自分の気持ちと向き合う事になった。
確かにプスコフの隊員が言っていた様に逃げ出したい気持ちもあった、全てを捨てて何処か安全な場所に逃げ込みたいとも。
だがその気持ちは本音と比べれば非常に小さい物だ。
そしてサリアの疑問にノヴァは自身の気持ちを嘘偽りなく答える。
「子供の頃の憧れかな。巨大ロボットが味方として現れて悪者をやっつける。そんな古典的で子供が憧れるシチュエーションに自分がいる。男として気持ちが昂ってしまうのはしょうがないんだ。……それでも相手がアレだから怖いけどね」
「そうですか。安心して下さい。私が今度こそ貴方を守りますから」
「ああ、頼りにしているよ」
サリアとの短い会話が終わると同時にノヴァは義手の調整を完了させた。
そして生身と遜色ない動きをする左腕で操縦桿を握る。
「サリア、義手の調整も終わった。俺は機体の制御を担当するから操縦は任せた。それじゃ、行きますか!」
「了解しました。プロトタイプ7号機、発進します」
サリアの静かな宣言共にプロトタイプの背部バックパックとスラスターに灯が点る。
青白い炎を噴き出して機体が宙に浮き、そして僚機のAWを伴って帝都の中央へ進撃する融合体に向けて飛行を開始する。
僅かな浮遊感の後にノヴァの全身を加速による圧迫が襲い掛かる。
そして全身を締め付けるような加速を全身で感じながらノヴァはモニターを睨みつけ機体の火器管制を立ち上げた。
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