第145話 開いた地獄の窯
人とエイリアンが融合した異常な存在、その姿は正しく化け物であった。
仮に名前を付けるとすれば融合体とでも言うべきだろう異形は帝都全域に響き渡る咆哮を放ち空気を震わせる。
そして異形の姿から振るわれる暴力、巨大な身体から伸びる幾つもの太く長い触手が咆哮と共に振るわれると周囲にあった住宅を簡単に吹き飛ばして瓦礫の山に変えた。
銃撃や爆発ではない、長く太い触手による薙ぎ払いという原始的な暴力であっても巨体から繰り出されれば強力な兵器であった。
そして融合体は自らの周囲を無差別に破壊し続けた。
咆哮と共に建物が倒壊し巻き上げられた瓦礫が巨大な礫となって降りかかる。
だが化け物である融合体は住宅街の一画で暴れ続けるだけでなかった。
宙に浮かぶ融合体の足元に幾つもの生物が集い軍勢となっていく。
それらは人間ではなく化け物と同じ人ならざる生物、人が産み出した怪物であるクリーチャーと異星からの侵略者であるエイリアン。
そして起源が異なるのにも関わらず集ったクリーチャーとエイリアンを率いて融合体は進軍を開始した──帝都中央に向かって。
そんな突如として始まった融合体の行進、世界の終わり染みた終末的な光景を離れた場所から見ていたキャンプ側の住民達は言葉を失い、対するノヴァは冷静さをかなぐり捨てて叫んだ。
「あのタコ、復活してやがる!? それに人間と融合しているようだし何がどうなっている! おい、エドゥアルド! アレは一体はどういう事だ!」
ノヴァの言葉は周りにいる人々の総意でもあった。
非現実的な光景を前にして誰もが言葉を失い叫ぶ事さえ忘れて、それでもノヴァの叫びに我を取り戻した誰もが理解不能な光景を前にして説明を求めていた。
そして混沌極まる現状を最も理解出来ているだろうノヴァに、ノヴァからエドゥアルドに幾つもの視線が集まった。
「少し、静かにして、頭が、イタイ、ああ……」
だが当のエドゥアルドはノヴァに詰め寄られても満足に話せる状態ではなった。
まるで痛みを伴う何かに耐える様に表情は苦渋に歪み、聞こえて来るのは切羽詰まった小さな声と呻き声だけ。
エドゥアルドを拘束していたプスコフ達も説明させる為に苦痛を緩和しようとした。
しかしエドゥアルドの身体には傷一つなく苦痛の原因が一体何であるのかプスコフの誰もが理解する事が出来ず、それ故に対処も行えずに困惑する事しか出来なかった。
だがノヴァだけはエドゥアルドが何に苦しんでいるかを理解出来た。
ノヴァは何時の間にか周りに集まっていたアンドロイドの一体から外骨格のヘルメットを素早く取り外し、苦しんでいるエドゥアルドに被せた。
「アンドロイド用の装備で電脳を高出力電磁波から守る装備だ。テレパシーにも効果はある筈だ。これなら話せるか」
「……ええ、そうですね、少し楽になりました」
ノヴァ自身もエドゥアルド程ではないにしてもエイリアンによるテレパシーは経験済みであり、粗削りではあるが対処方法を知っていた。
だからこそテレパシーを受信している脳を覆う様に外骨格のヘルメットを被せた。
アンドロイド用に開発、改修を行ってきた外骨格一式は標準機能として電磁波対策も施しておりテレパシーを防ぐ、或いは軽減出来ると考えたからだ。
実際にヘルメットの効果は劇的であり、呻き声が収まり落ち着いた口調で会話が出来る程度にエドゥアルドの苦痛は緩和された。
「なら洗いざらい話せ、アレは一体何なんだ」
「そうですね……」
ノヴァが指さした先にいる宙に浮かぶ巨大なエイリアン、その姿形はタコの様な見た目をしているが実物はそんな生易しい存在ではない。
無差別に振るわれる触手によってありとあらゆる物を破壊する正真正銘の怪物であり、数多のクリーチャーとエイリアンを従える破滅の使者である。
そんな化け物の姿をヘルメット越しに観察したエドゥアルドは短い沈黙を挟んでから口を開いた。
「前提として上級個体に無力化は施しましたが死んではいません。薬物と装置によって思考能力そのものを物理的に封じていただけです。ですから装置が破壊されれば抑制されていた思考能力と再生能力を取り戻します。ですが貴方達が設置した爆弾の一斉起爆から生存出来る可能性は非常に低い、本来であればそのまま死んでいた筈です」
「だがアレは生き延びて元気に進軍をしているぞ」
「それなんです、アレの欠損した中枢神経系群では短時間であそこまで再生するのは不可能です。ですが見る限りではテレパシーを用いて欠損した中枢神経系の代わりとして総統を取り込んだのでしょう。生きた生体部品を取り込み、思考能力を取り戻したエイリアンは急速に再生を行って爆発から生存、そして今の姿になったと思われます」
「つまり爆発で消し炭になる筈だったエイリアンは僅かな時間で男を取り込んで思考能力を取り戻し、その後に急いで身体を再生したと? そんな事が可能なのか、異なる生物だから拒絶反応がある筈だろう?」
「私もエイリアンとの融合に驚いていますけど……、まぁ、理論上では可能です。正確には融合ではなく中枢神経の外付けとも言うべきでしょう。私もそうですが長命化施術として総統が取り込んだ細胞はエイリアンの驚異的な再生速度を基に開発した細胞です。同じ系譜で……いや、肉体がエイリアンに近付いたからこそ拒絶反応無く取り込まれたのでしょう」
「……まじかよ」
「まじです。それと再生は今も続いています。いや、あれは成長とでも言うべきでしょう。巨大化する為に必要なエネルギーと物質を捕食によって取り込んでいます。クリーチャーでもエイリアンでも何でも食べていますよ」
エドゥアルドが指差した先にいるエイリアンは触手を振り回して住宅街を見境なく破壊している。
だがそれだけでなく触手は配下である筈のクリーチャーとエイリアンをも貫いていた。
そして触手に突き刺さった死骸を口許に運んでは巨大な口らしき器官でバリバリと咀嚼していた。
「……アレには成長限界はあるのか?」
「分かりません。そもそも一つの生命体として完結しているエイリアンに外付けとは言え人間がくっ付いているのです。私の予想を超えた何かが起こっても不思議ではありませんし、もしかしたら帝都を突き破る程に巨大化するかもしれませんよ」
「……勘弁してくれよ」
エドゥアルドの説明を聞き終えノヴァは頭を抱えるしかなかった。
漸く帝都から脱出しようとする矢先に起きた大事件はノヴァの脚を止めるには十分すぎる衝撃があった。
それでも件の融合体が帝都の中で暴れ回るだけなら後ろ髪は引かれるが無視する事も出来なくはなかった。
心の底から帝都の中だけで暴れるだけで済むのであればと願い、だが事は都合よく運ばない事をノヴァは薄々とは感じ取っていた。
だからこそ確認を兼ねてノヴァは頭を押さえながらエドゥアルドに尋ねた。
「因みにだがアレに思考は残っているのか?」
「半々といった所です。今は総統とエイリアンの意識が混濁している状態で正常な判断能力はありません。ですが時間が経つにつれてエイリアンが融合体の意識を完全掌握するでしょう」
「ノヴァ様、今すぐアレを討伐しますか?」
傍に控えているサリアがノヴァに問いかける。
現状であれば複数のAWが帝都にいるので成長途中の融合体を容易に始末することは確実に可能だ。
事実としてノヴァの許可さえ下りればサリア達は即座に攻撃を開始して融合体を討伐するつもりでいた。
「それは、ちょっと止めた方がいいですよ」
だがサリア達の行動を止めたのは意外な事にエドゥアルドであった。
そして今迄の会話からサリアは幼い子供の正体がエドゥアルドであると認識していた。
だからこそノヴァも誑かす為に会話に口を挟んだだろうエドゥアルドにサリアは巨大な刃を眼前に突き付けた。
何時でもお前を殺せるとサリアは言葉さえ交わす事さえ無かった。
だがエドゥアルド本人は身体を容易く両断するだろう凶器を前にしても大した危険を感じていないのか態度が変わる事も無くノヴァと話し続けた。
「何故だ」
「既にアレによってメトロ中に分散配置させて休眠状態にあった全てのクリーチャーとエイリアンが覚醒しています。もしアレを討伐すれば制御を失ったクリーチャーとエイリアンが一斉に暴れます。それがどの様な結果を招くか理解出来ない訳ではないでしょう」
「……因みに数は」
「私の記憶が間違っていなければクリーチャーは約6,000体、エイリアンは全体で約1,000体といった所ですね」
エドゥアルドはたいした事でもない様に口にした。
だが話を聞いたノヴァの周りにいる誰もが冷汗と共に息を呑んだ。
総勢7,000もの化け物が既にメトロ中に配置されており、宙に浮かぶエイリアンを倒した瞬間に膨大な数の化け物がメトロ中に解き放たれるのだ。
それでもノヴァが作り上げたキャンプの様に武装が整っている駅やコミュニティーなら抵抗出来る可能性はあるだろう。
だが全体で見れば戦力が整っている場所は極一部でしかない。
それ以外の場所は貧弱な戦力しかなく解き放たれた化物達に抵抗など出来る筈も無い。
圧倒的な数と暴力に捻じ伏せられ一方的な虐殺が起こるのは確実、対話など出来る筈も無い、見つかったら最後で選択肢は殺されるか食われるしかない。
「ノヴァ様、監視部隊から連絡です。帝都に向って計測不能な数のクリーチャーとエイリアンが移動していると複数の場所から報告があがっています」
「……冗談抜きでメトロが滅びるぞ」
メトロが滅びる、比喩でも冗談でもなく現実の出来事として。
そして最悪の可能性を裏付けるように悪い知らせがサリアからノヴァの耳に届いた。
最早、最悪の可能性は確定した未来と言っても過言ではない所まで来てしまった。
現実から目を背ける様にノヴァは帝都の中央で暴れる融合体を眺めた。
「聞くけどアレは何をしているつもりなんだ。俺の目には帝都の中央で暴れているだけにしか見えないが何が意味があるのか?」
「テレパシーで分かったのは途方もない怒りですね。丹精込めて創り上げた帝国の全てを台無しにした大罪人を探して自らの手で殺したいそうですよ。補足するなら正常な判断は出来ていないので人が集まっている所を本能で怒りのまま見境なく襲っている感じですね」
「台無しって逆恨みじゃ……」
そう言ってエドゥアルドに振り返ろうとしたノヴァの視界にはAWを率いるサリア達とキメラ戦車を動員したプスコフの姿があった。
そして結果として彼らが齎した帝都の被害と破壊を考慮すれば──途中でノヴァはそれ以上考える事を辞めた。
だがエドゥアルドは現実逃避を行っているノヴァに追い打ちを掛けてきた。
「因みにエイリアン側にも怒りがありましたね。エイリアン間にはテレパシーによる命令系統と情報共有が存在します。ですが時偶に残留思念とでも言うべきものを計測する事もありました。もしかしてエイリアンから恨みを買うような事をしましたか?」
「恨みなんて……」
ノヴァにはエイリアンが恨みを持つような事はやった覚えは──、かなりやった記憶があった。
具体的に言えば秘密基地にあった資材を丸々一つ盗んだ挙句に基地ごとエイリアンを吹き飛ばし、ザヴォルシスクに点在していた前哨基地らしき場所を幾つも襲撃して根こそぎ資材と機材を奪った記憶等であった。
そんなノヴァの内心を感じ取ったのかヘルメットからはエドゥアルドの小さな笑い声が聞こえて来た。
「おめでとうございます、役満ですね」
「貴方、今すぐ此処で殺してあげましょうか?」
「待て、サリ──いや、やっぱ殺そうかな」
「御心配には及びません、ノヴァ様。処分には三秒も掛かりません」
「おやおや、これは怖いですね」
サリアがその気になれば容易く殺されるエドゥアルドは理解している。
それでも態度が変わらないエドゥアルドの太々しさにノヴァは怒りを通り越して呆れるしかなかった。
そして、この場で感情のままにエドゥアルドを殺したとしても現状は何も変わらない事を理解しているノヴァは沸き上がった殺意を一先ず収めた。
冷静になる為にノヴァは深呼吸を行いながら遠くで暴れる融合体を改めた。
「ノヴァ様、今すぐ此処を離れるべきです」
「そうだな、確かにサリアの言う通りだ」
サリアの言う事は尤もであり、ノヴァとしても文句の付け処はない。
だが帝都から離れて助かるのは遠い連邦へ逃げられるノヴァ一人だけであり、メトロに生きる人々はこれから始まる地獄から逃れる事は出来ないのだ。
「サリア、帝都に持ち込んだAWの戦力はどの位だ」
「……AW5小隊、3個小隊は帝都に、残り2個小隊は地上に待機させています」
「戦争でも起こすつもりなの? あと20機も投入させてしまって本当にごめんなさい」
基本編成としてノヴァはAW4機で一個小隊として編成している。
それを踏まえればザヴォルシスクには現在20機ものAWが投入されているのだ。
魔境の巨大ミュータントならまだしも落ちぶれた帝都の総戦力から見れば過剰戦力といっても差し支えない。
「因みに地上の二個小隊は特務小隊『サイサリス』と『バスター』です」
「ねぇ、これホントに救出作戦? 助けてもらった分際だけどさ、周辺一帯更地にするつもりなの?」
サリアがノヴァに告げた特務小隊『サイサリス』と『バスター』の二個小隊はAWの中でも特別な機体である。
既に帝都に投入したAW12機でも過剰戦力であるのに地上待機の二個小隊も合わせれば文字通り帝都を跡形もなく吹き飛ばす事が可能な戦力である。
正直に言ってサリア達は一体何を想定して此処に来たのかノヴァは問い詰めたかった。
だがサリアが過剰とも言える戦力を持ち込んだお陰でノヴァの思い付いた突拍子もない作戦は実行可能になった。
「ノヴァ様、それは貴方がすべき事ですか?」
「あれ、やっぱり分かっちゃう?」
そしてノヴァの考えている事をサリアは言葉を交わす事無く理解していた。
「短くない時を共に過ごしましたから」
「あの、一体何をするつもりですか?」
ノヴァとサリア達は互いに言葉を交わさずとも何を考えているのか理解できていたが他の者はそうはいかない。
そして一体何をするのか分からずに戸惑うタチアナとプスコフ達に向き直ったノヴァは口を開いた。
「別に難しい事をするつもりはない。エイリアンもクリーチャーも纏めて地上に誘き出して殲滅するだけさ」
まるでたいした事でもない様にノヴァが告げたのは突拍子もない殲滅作戦。
その言葉を誰もが最初は理解出来ず、そして言葉を理解しても余りに現実味のない内容を前にして口を開くことが出来なかった。
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