第138話 科学者の夢・下

 一秒も迷う事無く返答したノヴァの言葉は明確な拒絶であった。

 しかし、ノヴァに一度賛同を断られた位で素直に諦めるエドゥアルドでもない。

 何より自身の計画の要たる新人類について語り終えていない事を鑑みれば、ノヴァの返答は額面通りの『無理』ではなく『(情報が不足しているため実現は)無理』であるとエドゥアルドは自身の都合のいい解釈でノヴァの返事を受け取った。


「そう言えば私が創る予定の新人類の詳細なスペックについての説明がまだでした」


「いや、だから……」


「私が定義する新人類のコンセプトは二つ。一つ目は肉体面では地下に留まらず地上の過酷な環境に適応可能であり現生人類よりも優れた身体能力を持つことを基本としています。勿論、持久力や瞬発力と言った身体機能に限った話でもありません。免疫系や回復力等の強化も施しているので病気にも強く凶悪な変異を起こした病原菌に対する耐性も持ち合わせています」


「あの、聞いてますか?」


「二つ目はテレパシーを用いて拡張された相互理解能力です。エイリアンはテレパシーを命令伝達の手段として運用していましたが新人類は違います。言語では伝達しきれなった感情がテレパシーを通して互いに感じ取る事が可能となっています。言葉によるすれ違いは理論上起こる事は皆無、互いの気持ちを感じ取り寄り添える優しい種となっています」


「……そうですか」


「この二つのコンセプトによって新人類は身体機能、精神構造、生存能力など多くの点で現生人類よりも優れた種であると結論を付けました。人類が積み上げて来た歴史と知識は新人類によって継承された末に新しい未来が生み出されるのです! どうですかMr.ノヴァ、これが私の出した答え、人類を継承するに値する新しい種です! 共に手を取り合いませんか!」


 エドゥアルドは自身が創り出そうとする新人類のコンセプトを熱心に語った。

 それは偏に自分が産み出す新人類が優れた種であると信じているが故に、その声に迷いは無く揺らぐ事が無い自信に充ち溢れていた。


「うん、無理」


 だがノヴァの返事は変わらなかった。

 迷う素振りも無く、先程と同じ返事をエドゥアルドに返しただけである。


「どうして、どうしてですが? 何故断るのですか?」


 エドゥアルドはノヴァの言葉が本気で信じられなかった。

 何故、如何して、脳内で幾つもの疑問が渦巻くと同時に荒れ狂う感情をエドゥアルドは言語化してノヴァに問い掛けようとした。


「その前に聞きたいことがある」


 だが、その前にノヴァからの問い掛けがあった。

 真剣な目で己を見つめるノヴァを見たエドゥアルドは一先ず口を閉ざした。


 対するノヴァは本心であればこの場から逃亡したい、だが背後にある鋼鉄製の扉は閉ざされていて逃げられない。

 戦おうにも隻腕と言うハンデで少年エドゥアルドに挑むのは不確定要素が多分にあり、それでも高確率で負ける未来しか考えられない。

 どう考えても手詰まりの現状であり、今のノヴァに出来る事は殆ど無く、言うなれば籠の中の鳥でしかない。


 ──だからノヴァは諦めた、もうどうする事も出来ないと。


 そうノヴァが思い至ると不思議と頭が軽くなり、不思議と視界が開けた様な気がした。

 或いは悪い意味での開き直りとでも言うのだろう。

 逆に逃げられないのであればエドゥアルドの計画をとことん検証してみようとノヴァが思うようになっただけだ。

 これがストックホルム症候群の感覚なのかな~、とノヴァは何処か他人事のように感じながらもエドゥアルドが口を挟まない事から了承されたと判断。

 そしてノヴァはエドゥアルドが語る新人類創造に関する検証を同意の下で始めた。


「先ずは前提の確認だ。機械で再現できないテレパシー、それはタコを生体部品として利用する事で実現しているのか」


「流石Mr.ノヴァ、理解が早くて助かります。基本はエイリアンがテレパシーで行っている命令委伝達の仕組みを流用したものです。これが生物兵器群を統制する要であり、裏切る事が無い兵器の仕組み。これを扱う事が出来るのは特定の人物しかおらず現在は総統が最上位であり私が次席と設定して運用しています。それで貴方を必要とした理由はコレの代わりとなる機械的なテレパシー装置の開発です。安心して下さい、テレパシーに関する基礎理論は既に組み立てていますから」


「なら帝都の技術者に頼め……と言いたいがそれが出来ない理由があるのか」


「現在帝都にいる技術者は全員が総統の紐付きになっています。そんな彼らに私の計画の要である装置を託すつもりはありませんし、それ以前に技術力が足りません。既に話しましたが総統の独裁者気質のせいで技術者の多くが殺されました。それに伴い帝都全体で技術力が低下したのです。粛清が終わった後に再建の動きがありましたが未だに技術力を取り戻せていないのが現状です」


「そうか、俺の力がなぜ必要なのかは分かった」


「でしたら!」


「まだだ、今度は疑問についてだ。一つ目、そもそも新人類がテレパシー機能を標準搭載しているのなら何故直ぐに生み出さない。手駒として何体がいても不思議じゃないのに今迄見た事無いぞ」


「そんな迂闊な行動は出来ません。総統に私の動きを知られれば殺される──事はありませんが非常に面倒臭いです。総統にしてみれば私の創る新人類は敵としか見えないでしょうから問答無用で殺処分されてしまいます」


「帝都の政治的側面から見ても厄介な存在でしかないのか。研究インフラを握られている以上下手な行動は出来ず、試作すら満足に出来ない。そして新人類を創る行動を総統に察知されると全てがご破算になる」


「そうです。新人類を作り出すのなら帝都にも察知されずに一気に物事を進める必要があります。他に疑問はありますか?」


「二つ目の疑問、お前は自分ではテレパシー装置を作れないと言ったが本当か? タコの脳細胞を任意に培養して代わりを作ればいい、お前なら出来ない筈はない。何故そうしない」


「生体部品として使っているコレが寿命なのか機能の劣化が見られます。培養して用いるにも元になる細胞の劣化は無視出来ず、生体部品として耐えられるものではないと結論付けました。ですから別の方法……、代わりとなる機械的な装置を貴方に創って欲しいのです」


「それが機械的な装置が必要な理由か? 本当にタコの細胞は使用に耐えられないのか? この際、因縁は無視して言わせてもらうが、お前ほどの科学者が老化した細胞の一つや二つ如何にか出来ない訳がないだろ。だが、あえてしないのは別の理由がある。具体的に言えばテレパシー装置に生体部品を使いたくないから。装置の中枢には非生体部品となる部品が欲しい。例えばアンドロイドに採用されている人工知能とか?」


「それは……」


「最後の疑問だ。仮に俺が装置を完成させたらお前はどうするつもりだ。不老不死を夢見る総統と呼ばれる奴に装置を献上して終わりなのか? お前が総統と呼ばれている奴に思い入れが無い事は今迄の会話で察している。ご機嫌取りであれば適当な装置を作って献上すればいい。だとすれば何故、お前は俺を帝都に連れて来た」


「…………」


「エドゥアルド、お前は俺が創ったテレパシー装置で一体何をするつもりだ」


「如何するつもりも何も現生人類を抹殺するだけですが?」


 それがエドゥアルドの語る計画、その中心にあるエドゥアルド自身の本心なのだろう。

 検証するつもりだけでいたノヴァだが細かな点を問うだけでもエドゥアルドが語る計画の本心が何処か別の所にあるのではないかと薄っすらと感じていた。

 それがエドゥアルドの口から語られた『現生人類を抹殺』、夢であり理想でもある新人類の裏側にある真っ黒な願望。


「計画の初期段階は帝都の制圧から始まります。ですがまだ新人類の生産は始まったばかりで十分な数はいません。帝都の維持のためにある程度纏まった数を生存させる必要がありますが最初だけです。十分な数が揃った時点で彼らにも死んでもらいます。そうして漸く帝都は新人類の揺り籠になることが出来ます」


 エドゥアルドにしてみれば現生人類は時間と資源を食い潰すだけの害虫にしか過ぎないのだろう。

 だから躊躇いも無く帝都に生きる住人の虐殺を考えられる。

 帝都の機能維持のために生かして置いた人間も用済みとなれば殺せる。


 ──彼にとって現生人類は人ではなく害虫だから。


「テレパシー装置についても貴方の言う通りです。作ろうと思えば似たようなものは確かに作れます。ですが、それでは駄目なのです。不安定で環境に適応しようと変化を続ける生体部品では駄目なのです。テレパシーだけでは駄目なのです。雑音が反響し、増幅し、ネットワーク全体を誤った方向に導く可能性がある。道徳や理性だけでは制御しきれない可能性がある。だからこそ彼らが道を誤る事が無い様に彼らを統率するモノを、正しく導く存在が必要なのです。永遠に稼働を続ける正しい法を、正義を執行する存在を貴方に創ってもらいたいのです」


 テレパシー装置を介し絶対的な法により新人類を導くのは永遠に稼働を続ける絶対的な正義の代理人である機械仕掛けの神様。

 新人類だけでは足りず、ノヴァの持つ技術が加わる事で漸く叶う機械による新人類の管理。

 それがエドゥアルドの目指す未来であるのだ。


「……それが科学者エドゥアルド・チュレポフの導き出した新人類とその未来か」


 互いに感情を感じ取れる強く優しく新人類と彼らを導く機械仕掛けの永遠の神様。

 ディストピア染みたエドゥアルドの計画、だがそれは腐りきった帝都と比べれば確かに綺麗で優しい世界なのかもしれない。


「エドゥアルド、言っておくが計画そのものに対して思う所はない。現生人類に絶望してテレパシーを標準搭載した思いやりを持った優しい新しい人類を創造しようとするのも止めるつもりはない。正直に言えば勝手にしてくれと思っている」


 狂った科学者が人生の果てに導き出した計画、人の狂気と純粋さによって紡がれた計画、人類への絶望と希望から生まれた計画。

 ノヴァとしてもエドゥアルドの理想を全て否定するわけではない。

 どの様な思想を持とうと個人の自由であり、それを制限する事など出来はしないのだ。


「だけど現生人類を絶滅させるという一点でお前の計画を俺は許容できない」


 だがノヴァはエドゥアルドの目指す未来には賛同できない。

 改めてエドゥアルドと言う人間が相いれない存在だという事をノヴァは確認した。


「帝都に住む人々を見たのでは?」


「見たよ、本当に帝都には碌な人間が殆どいない、それは認める。だけどお前の言った『現生人類の抹殺』は帝都で収まるモノじゃないだろ。帝都が終われば何れ外へ範囲を広げる。其処にいるのは俺と仲間達が苦労して作り上げたキャンプだ、其処に住まう人々も駆除対象にされて賛同できる訳が無いだろ?」


 ノヴァは別に人に対する無制限の博愛精神がある訳ではない。

 悪人は捌かれるべきと考え、凶悪な犯罪を起こせば死刑は妥当だと考える人間である。

 そして何よりノヴァは自らに敵対した人間を最終手段として自ら殺す事を厭う人間ではないのだ。

 只人並みに、自らが縁を繋いだ友人を害そうとする存在を許容できないだけだ。


「ふむ、私はてっきり貴方の能力を不当に搾取してキャンプが成り立っている様に見えていたのですが?」


「それは色眼鏡で見過ぎだよ。確かに技術面での負担は大体背負っていたさ。でも、それ以外の分野では助けてもらってばかりだよ。プスコフがいないとキャンプの防衛も成り立たない、内政に長けた人が住民の統率を代わりにしてくれた、油断ならない外部との交易は専門家に任せて、細々した荒事を用意して対価で傭兵に依頼した。持ちつ持たれつの関係でキャンプは運営されていたよ」


 エドゥアルドとは違って長年に渡り人の醜さを見て来なかった事も理由かもしれない。

 人に絶望し過ぎる事も無く、希望を持ちすぎる事も無い、程よい塩梅で付き合えたノヴァだからこそ言えるのだろう。

 だからこそ歩み寄りの出来ない、妥協の余地が全くないエドゥアルドの信仰ともいえるソレにノヴァは賛同する事が出来ないのだ。


「それにさ、エドゥアルド。お前は人生を通して現生人類に絶望して信じられなくなって、代わりとなる自ら創り出した新人類さえ信じていない。俺から見れば、お前がやろうとしている事は永遠に続く生きた人形を使ったお芝居だ。其処に過去も未来もない。昨日も明日も全てが同じ、変わらない凪の様な世界しかない」


 幾ら新人類について熱弁を振るおうが、幾ら現生人類の醜さを言葉にして伝えよともノヴァに響く事が無い。

 そうした言葉の先にあるエドゥアルドの計画の先には未来が無い、そうとしかノヴァには見えない。

 それがノヴァの出したエドゥアルドの新人類に対する結論であるのだ。


「…………」


 ノヴァが出した結論をエドゥアルドは遮ることなく聞き役に徹していた。

 反論するでもなく、感情的になって言葉を発する事もなくエドゥアルドは黙ってノヴァの言葉を聞き続けていた。

 そうしてノヴァもエドゥアルドも互いに何も言葉を発しない沈黙が部屋を満たした。

 しかし永遠に続くかもと思われた沈黙は長くは続かなった。


「………………ひ、ひひ、ひゃひゃ」


 先に折れたのはエドゥアルド、相対していたノヴァへの視線を外し地面に向けると言葉にならない声を出す。

 それは笑っているのか、泣いているのか、嗚咽の様にも聞こえる声は少年となったエドゥアルドの口からか細い声で聞こえて来た。


「…………賛同……してくれませんか?」


 そして声を出し切った後に聞こえてきたのは賛同を求める声。

 だが最初の頃の様な自信に満ちたものではない、小さく弱弱しい声であり鳴き声のようでもあった。


「断る」


 それでもノヴァの返事は変わらない。

 エドゥアルドの掲げる計画はノヴァの在り方からして認められないのだから。

 取り付く島もないノヴァの返事を聞いたエドゥアルドはただ黙って視線を下ろしたまま何も言わなかった。


 ──そして言葉の代わりに突如としてエドゥアルドの背中から生えた触手が一斉にノヴァに襲い掛かった。


「うそだろ!?」


 エドゥアルドの背中から生えた触手、その先端は鋭く殺意を以てノヴァに向っていた。

 それを認識したノヴァは立っていた場所から横に転がるようにして逃れ、触手はノヴァが立っていた場所に突き刺さった。

 ノヴァは立ち上がると同時にエドゥアルドから距離を取ると懐から拳銃を取り出して発砲する。

 リボルバーではなく隻腕でも扱える自動拳銃から放たれた弾丸は狙い通りに突き進む。

 だが弾丸は引き戻した触手が作る盾によって防がれ、エドゥアルドに届く事は無かった。


「……おい、エドゥアルド。肉体に精神が引っ張られているぞ。泣き所を突かれて癇癪を起したか」


「はは、…………そうかもしれません。痛いです、とても、とても痛いです。ノヴァ、貴方は酷い人です」


「生憎敵に優しくなれる程器用じゃない」


 ノヴァはエドゥアルドに精一杯の皮肉を投げかけるが反応は予想していたものとは違った。

 姿は少年とはいえ中身は一世紀を超える時を生きた人間、その筈である。

 だが俯いていた顔を上げたエドゥアルドは泣いていた、ただ静かに幼い双眸から涙を流していた。


「決めました、貴方は殺します。脳も必要ありません。今日、ここで私が殺します」


「……そうかい」


 エドゥアルドの敵対宣言を受けてもノヴァは特に慌てる事は無かった。

 歪であったノヴァとエドゥアルドの関係が正されただけでしかないのだから。

 問題は殺意を明らかにしたエドゥアルドに勝つ算段をノヴァが立てられていない点だけである。

 エドゥアルドとの睨み合いの最中、ノヴァは自らの武装である拳銃と可能な限り装備した各種手榴弾でどう戦うが考えを巡らせる。

 対するエドゥアルドはノヴァの行動を態々待つ理由などない、引き戻した触手の矛先を再びノヴァに向けると同時に放つだけ。


 ──だがエドゥアルドから触手が放たれる事はなかった。


 ノヴァが特別何かをした訳ではない、エドゥアルドの人生に置いて経験した事が無い小さな揺れが不規則に部屋を揺らしていたからだ。


「……地震か?」


「……在り得ません。このシェルターは安定しているプレート上に建造されました。過去に地震が観測された記録はありません」


 ノヴァも同じ様に異常に気が付いたがエドゥアルドによって地震の可能性は否定された。

 では何故部屋が不規則に揺れているのか、もしかしたらとノヴァは水槽に浮かぶエイリアンを見たが仮死状態のままであり動いた形跡は見られない。


「ならこれは──」


 地震でもなければエイリアンでもない。

 なら揺れの原因は一体何かと問い掛けようとしたノヴァの言葉は最後まで話す事は出来なかった。

 何故なら一際大きな振動と共に帝都全体が揺れる異常事態に遭遇したからだ。

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