第137話 科学者の夢・上

 ノヴァの乗る車両に搭載されたモーターが甲高い音を立てながら帝都を走る。

 目的地は帝都脱出計画が失敗した場合に備え第二脱出計画として考えていた別の交易施設である。

 メインとなる第一脱出計画は最早役に立たない、背後から追跡してくるクリーチャーの存在をひしひしと感じながらノヴァは端末に表示された地図に従って目的地までの最短距離を駆け抜ける。

 車両とクリーチャーの足の速さを比べるのであればノヴァが乗る車両の方が速く、クリーチャーとの間にある距離は時間と共に広がっていく。

 このまま勢いよく車を走らせ続ければ振り切れる、振り切れるはずだと思っていたノヴァであるがクリーチャーを操っているだろうエドゥアルドはとことん性格が悪かった。


「クソ! また回り込まれているのか!」


 車両の進行方向、帝都における幹線道路に出ようとする道にはこれ見よがしにクリーチャーが集まって道を塞いでいた。

 道を塞いでいるクリーチャーが一匹、二匹であればノヴァは躊躇う事無く車両を走らせ勢いよく吹き飛ばしていた。

 だが十匹は優に超えるクリーチャー集団に突撃すれば車両が持たない。

 半分は勢いで吹き飛ばせても残り半分で車両は壊れる、そうなればノヴァは有無を言わせずに捕まるか最悪四肢を圧し折られてエドゥアルドの元へ運搬されるだろう。

 それを避けるにはクリーチャーの集団を避けるしかなく、結果としてノヴァは目的地である別の交易施設に近付く事が出来ないでいた。

 そして強制的な進路変更が何度も続けば流石にノヴァもクリーチャーを操るエドゥアルドの思惑が嫌でも理解できてしまう。


「誘導されているのか、クソ」


 何度も車線変更を繰り返した事でノヴァは帝都の中心から離れ現在は人の気配が限りなく少ない高級住宅地らしき場所を走っている。

 光の灯っていない高級住宅は不気味であり、建物内部には大量のクリーチャーも潜んでいるのではないかと嫌な想像をしてしまう。

 仮に想像が事実であった場合、此処で襲われでもしたらノヴァは絶体絶命、逃げる場所も味方も存在せず一方的に追い込まれ捕まるか殺されるだろう。


 其処まで考えていながらノヴァにはどうする事も出来ない。

 それがノヴァの現状なのだ

 だが追跡者であるエドゥアルドはノヴァの想像を超えた。

 今迄付かず離れずの距離を保って追跡してきたクリーチャーが包囲の輪を狭め、ノヴァの車両を取り囲んだのだ。

 車両前方は元より後方も大量のクリーチャーが立ち塞がり車両は前にも後ろにも進めなくなったノヴァは一際大きな邸宅と呼べるだろう規模の住宅を前にして車両を止めるしかなかった。

 そして車両を止めた瞬間を見計らったかのように邸宅の門が開いた、まるでノヴァも中に招いているかのように。


「……本当に趣味が悪いな」


 ──此処で降りろ、中に入れ。


 言葉として発せられた訳でもない、それでも不本意ながらノヴァの脳裏にはエドゥアルドがそう言っている様に聞こえてしまった。

 ノヴァは本心から邸宅に踏み入れたくない、だがじりじりと包囲網を狭めて来る大量のクリーチャーを前にしては選択肢等皆無に等しい。

 

 ──もはやこれまでか。


 諦めと共に車両の中で大量のため息を吐き出したノヴァは覚悟を決めて車両から降りる。

 逃げる事は出来ない、エドゥアルドの思惑に載るしかないノヴァが邸宅の門を潜ると小さな中庭を挟んだ先にある玄関扉が開いた。

 扉の先は薄明かりが灯っているが中途半端な明るさが邸宅と相まって不気味さを引き立たせる。

 叶うなら今すぐ踵を返して此処から逃げ出したい、だが背後には大量のクリーチャーが蠢いており結局のところノヴァは前に進むしかないのだ。

 そうしてノヴァは自分の息遣いと心臓の鼓動音が嫌に耳に煩い状態で中庭を進み、邸宅の中に足を踏み入れた。

 そして中に入った瞬間、ノヴァも逃がさない様に玄関扉は大きな音を立てて閉まった。


「……絶対にクレーム付けてやる、それで道案内に従って進めと?」


 薄明かりが付いている邸宅の中も外と同じように荒れ果てているがノヴァは迷う事は無い。

 なにせ、これ見よがしに蛍光塗料で進む方向を示した矢印が至る所に書かれているのだ。

 先程の大きな音で激しく鼓動を打つ心臓を宥めながらノヴァは矢印に従って邸宅の中を進み、これまた矢印が示す地下へと続く不気味な階段に足に踏み入れ、更に地下にあった大きな空間を進んで行く。

 今すぐ逃げ出したいが逃げ出せない理不尽を真っ只中においてノヴァはリアル生物汚染ゲームの洋館を歩き回る主人公の気持ちに思いをはせた。

 そして泣く泣く地下を歩き続けたノヴァの脚は一際大きな扉を前にして止まった。

 上にあった邸宅とは全く違う、巨大な扉は頑丈な鋼鉄製であり取手の類も存在せずどの様に入るのかノヴァは困惑したが扉から小さな電子音が聞こえてた瞬間に動きだした。

 鋼鉄製の扉、隔壁の様に見えるそれが大きな音を響かせながらゆっくりと開いていく。

 開き切った先にあるのは大きな部屋、しかし弱弱しい照明では部屋全体を照らすには不十分であり全貌を見る事は出来なかったが大きな問題ではない。

 何故なら部屋の中には現在のノヴァが最も会いたくない脳内ランキング堂々の一位らしき人物であるエドゥアルドが部屋の中央に見えるのは大きな円筒型の装置らしき物を背景にして立っていたからだ。


「ようこそ、Mr.ノヴァ。貴方を此処に迎え入れるのを待ち続けていました」


「……本当に不本意だが来たぞ。それにしても大型地下シェルターの更に地下に居を構えているとは趣味が悪すぎるだろう」


 軽口を叩きながらノヴァは部屋の中に入ると扉が再び音を立てて閉まっていく。

 何が何でも逃がさないという執念を感じてノヴァの背筋に嫌な汗が伝う。

 それでもとノヴァは恐怖を押し殺して少しでも情報を得ようと無理矢理此処に招いた張本人である人物を観察し──、だがその姿を見てノヴァは驚きと共に激しい嫌悪感を感じた。


「それにしてもメトロで確かに殺した筈だが……、生き返るにしても若作りが過ぎだ。中身を知っている身からすれば、今の姿は趣味が悪いとしか言えない」


「この姿ですか? これは帝都特有の事情によるものです。それでも活動に支障はありませんから特に問題はありません」


「見せ付けられる方の気持ちになってみろ! いい年したおっさんがはしゃいでいる様に見えて、げんなりするんだよ!」


 メトロの地下で射殺した筈の狂った科学者は生きて再びノヴァの目の前に現れた。

 幾ら観察しようと口調、イントネーションは間違いなくノヴァが知るエドゥアルドのままであり、理性は目の前にいる人間をエドゥアルドだと言っている

 よって目の前にいるのは生き返った(?)らしいエドゥアルドであるのは間違いない。


 ──ノヴァの目に映るエドゥアルドが壮年の姿ではなく、年若い少年の姿である事を除けばだが。

 

 これには流石のノヴァも厳しい突っ込みを入れるしかない。

 対するエドゥアルドは気にしていないのか口調に変わりはなく、肉体年齢相当に若返った声でノヴァに話しかけた。

 だがノヴァは一番追求したいのはエドゥアルドの若返った姿……でもなくはないのだが、真に驚いたのは其処ではない。


「落ち着け、落ち着け、……よし。帝都の事情はどうでもいい、俺が知りたいのは列車で殺したエドゥアルドとお前は別個体なのか」


「別個体ですよ。記憶の方はエドゥアルドを継承していますが、この身体はDNAレベルで調整を施した特別な肉体です。言うなればエドゥアルド二世とでもお呼び下さい」


「記憶の継承は成功していないと言っていなかったか?」


「それは間違いではありません。私が初めての成功事例となります。最も私自身も成功するとは思ってもいませんでした! 目が覚めた時は本当に驚きましたよ!」


 記憶の継承、それは列車内でエドゥアルド自身が未だに成功していないと言っており何かしらの問題であった筈だ。

 だがノヴァの目の前にいるエドゥアルドは記憶を継承していると言い、自らをエドゥアルドと区別する為か二世と名乗った。

 それが事実であればエドゥアルドは限定的だが不老不死を達成したと言えるだろう。

 仮に、この場で仮にノヴァがエドゥアルドを殺害に成功しても今度はエドゥアルド三世が現れる可能性がありえる事となってしまった。


「Mr.ノヴァ、帝都の観光はどうでしたか? 色々と刺激的なものを見たと思いますが」


「……見させてもらったよ。此処は本当に腐っているな」


 ノヴァがエドゥアルド対策に頭を悩ませているのも知らずに当の本人は軽く世間話をするかのように話しかけてきた。


「そうでしょう、そうでしょう。この帝都の在り様を見て貴方は何を感じましたか?」


「感情面で言えば酷く不快な在り様。……理性面で見れば極限環境下において差別階級を設ける事で不満解消を兼ねた社会設計だと判断する」


「その通りです。帝都を支配する総統は意図的に差別階級を設ける事で社会の不満を解消しています。そして今日まで社会設計は機能しており帝都は生き長らえてきました」


 そう言って少年となったエドゥアルドは朗々と現在に至るまでの帝都の歴史ついて語り始めた。

 

 帝都と呼ばれる前の大型シェルターでは現在の様な差別階級も無く物資も豊富であった。

 不思議な事に帝国における貴族階級の人間がシェルターにはおらず、地上の惨禍から逃れた人類は相互協力によってシェルターを維持し、制限はあるものの地下に居ながら地上と変わらない平穏で豊かな生活を営むことが出来た。


 ──だが平穏な生活も徐々に陰りが表れる。


 食料補配布、設備の独占利用など小さな不安は人知れずに積み上がり、小さな喧嘩が頻発するようになった。

 そして喧嘩が殺人となり暴動となり、小さな混乱の火種は瞬く間に拡大してシェルターを飲み込む大火となる寸前まで燃え広がった。


「ですが現在の帝都を統べる総統は自らの勢力を率いてこれらを鎮圧。シェルターの混乱を収め、今の帝都を築き上げました」


 独自勢力を率いていた当時の総統は大型シェルターの混乱を鎮圧すると同時に手腕を買われシェルターの代表に着任した。

 その後、大型シェルターを帝都と改め現在も続く身分制度の導入、中央政府による独裁体制を敷き監視社会を築いた。

 総統による独裁体制に反発した人間もいたが大多数はシェルター外の惨状を目の当たりにして反対を収め、残った人間は反抗勢力と見なされ革命罪という名目で処罰された。

 そんな激動の帝都の歴史を聞かされたノヴァはエドゥアルドが話し終えると同時に言った


「どうせマッチポンプだろ。自分から火種を仕込んで燃え広がったら鎮火する。典型的な権力奪取の手腕じゃないか」


「そうですよ、初めから終わりまで全て総統の仕込み。本当に嫌になりますよ」


 確かに大型シェルターでの生活において不満や不便はあったが、それはシェルターを焼きつくす程の大火にはなり得ない小さなものだった。

 だが帝都を統べる総統は自らの手で小さな火種に燃料を与え、育て、シェルターを燃やした。

 其処から先はまるで三流映画の様であったと当時のエドゥアルドは思った。

 だが一部の人間を除いて誰も疑問に思う事も無く止めなった結果が現在の帝都である。


「実権を握ってから暫くすると彼は本格的に動き出しました。簡単に言いますと帝都を支配している総統と呼ばれる男ですが、これがまた筋金入りの独裁者気質でしてね。反対勢力は勿論の事、賛同していた筈の多くの技術者を危険視して大勢殺しました。私もその一人、総統に協力を要請されましてね、『反乱を起こさず命令に従順に従う兵器を作れ』と言われました。そうして誕生したのがクリーチャーを始めとした生物兵器群です。戦闘能力と維持費と始めとしたコストパフォーマンス、特定の人間しか操る事が出来ない点を高く評価されましたよ」


「お前が総統と呼ぶ人物は猿山の大将にでもなりたかったのか?」


「さぁ、其処までは知りませんし、知ろうとも思いたくありません。そして当時の私は今の様に手足となるクリーチャーもいません。だから私は殺される事を恐れ総統に協力して生き長らえる事を選びました」


 長年、帝国の科学者として生きて来たエドゥアルドは研究以外の生き方を知らない。

 しかし科学者として活動するには大型の研究機材、資料、エネルギーを始めとした膨大なリソースが必要だ。

 一見地上に住んでいた頃と変わらない様に見える地下生活とはいえ割けるリソースには限りがあり、エドゥアルドの研究も幾らか制限される事になった。

 当初はそれも仕方が無い事だと受け入れた、エドゥアルド自身も地下に逃げ込んだ人々が必要とするリソースまで奪って研究するつもりもなかった。


 ──だが総統と呼ばれた男がシェルターの実権を握った瞬間に全てが変わった。


 研究インフラと命を握られたエドゥアルドは屈した。

 それから彼の運命は狂い始め、現在へと至るのだ。


「私は科学者としての生き方しか知りません。戦時中も変わらずに人生の全て研究に捧げて生きてきました。私にとって生きるとは探求を続ける事、良心の呵責も幾らかありましたが歩みを止める理由にはなりません。そして、倫理を捨てた探求もまた新たな知見を切り開く礎になりました。クリーチャー製造から始まった個体寿命に延長、身体能力強化に関する理論の確立、実るモノは沢山ありました」


 初めから狂っていたのか、途中で狂ってしまったのかはエドゥアルド自身にも分からない。

 だが行ってきた数多くの所業に対する後悔も懺悔も何一つない無い。

 非人道的と罵られようと実験の果てに多くの理論を、技術を、知見を得ることが出来たのだから。


「それにしても帝都と、いや、総統との長い付き合いも長くなりました。記憶転写も総統に確立を急がれた技術の一つですが、どうやら総統は不老不死になりたいらしく技術の確立を今日まで急かされていました。ですから今日のお披露目会では実に上機嫌でしたよ」


 そうしてエドゥアルドという男の人生と帝都の歴史の語らいは終わった。

 悲劇があり、陰謀があり、不幸があった──、それはそれとして聞き役に徹していたノヴァとしては先程の語らいでエドゥアルドが満足して解放してくれる事を願っていた。

 だがノヴァの切なる願いは無視され語り終えたエドゥアルドは上機嫌な表情のままで若返った身体で近付いてきた。


「ですから私は決めました。現生人類を滅ぼして新人類を創り出す事を!」


「話が飛び過ぎて付いて行けねーよ」


 若返ったエドゥアルドが拳を握りしめ大きな声で叫んだ。

 だが先程のしんみり(?)とした会話から突然新人類創造を声高に叫ばれてもノヴァとしては正直言って付いていけないのが実情である。


「え、聞いていて本当に嫌になりません? 地上が戦火で滅んでいるのに陰謀を張り巡らせ味方を裏切り、強者に靡き弱者を挫く、見せ掛けの姿に騙された果ての衆愚政治ですよ? こんな現生人類を生かしておいても地下で永遠に己の尻尾を食い続けて最後には自滅するしかない現状ですよ!」


「いやまぁ、聞くだけならそうだけどさ……。間にクッションを挟むとかしないのか? ほら、密かに反体制と見なされている革命家に陰ながら支援するとか?」


「嫌ですよ。そもそも革命家とされた集団の上層部も裏では帝都と繋がっていて体のいい人身御供を進んで提供しています。対価として下層民では味わえない贅沢を一部の人間だけが享受している状態ですよ?」


「うわ、腐敗し過ぎでしょ、グズグズじゃん!」


 上と下が密かにつながっているというエドゥアルドの暴露はそれほど衝撃があった。

 ノヴァが助けた革命家達、短い付き合いでしかないサンシェカもその一人であり人身御供だとは想定外にも程がある。

 仮にエドゥアルドの暴露が事実であれば革命家への支援は上層部を肥太らせるだけでしかないのだろう。


「つまり、どうあがいても現生人類では現状を変える事が出来ない。だから新人類を創り出して現状を無理矢理変える。それが新人類を創造する理由、或いはお前の本心か?」


「そうですよ。現生人類では未来を創る事が出来ない。ただ徒に資源や時間を浪費するだけの有様です。ならば今の人類に代わる新しい人類が未来を創るしかありません!」


「分かった、分かったから近付くな! ステイ、ステイ、ステイ!!」


 自らの理想を声高に語るエドゥアルドに詰め寄られるノヴァは必死になって距離を取る。

 それは偏にエドゥアルドと言う敵対的存在に対する拒否感であり、優に百を超える中身を持つ得体のしれない存在に対する嫌悪感からの行動であった。


「つれないですね~」


「正気で言っているのか? お前は誘拐犯、こっちは被害者、仲良くなる理由はない」


「ストックホルム症候群と言うではありませんか」


「……お前本当に性格が悪いぞ」


 現在のエドゥアルドの姿は壮年時とは見違えるほどに若返っている。

 詳しく容姿を述べるのであれば年の頃は十代前半、一言で言えば少年の姿でありノヴァの知る壮年時の姿とは全く違うのだ。

 だが中身は狂った科学者のままであり少年の姿をしていながら躊躇いもなく洗脳を施し自我を歪めようとする人間である。

 皮肉ではあるが、姿と中身が全く釣り合うどころか不気味な不一致をエドゥアルドが見せ付けるお陰でノヴァは正気を保つことが出来た。


「お前の考えは分かった。だが俺を必要とする理由は何だ、記憶転写が成功した以上俺を必要とする理由は何だ」


「そうでした。これは失礼しました! そうですね、貴方を必要とするのは理由がありまして……、こればかりは実物を見てもらいましょう」


 今度はノヴァが先程までの一方的な会話から主導権を取り返すために今度は自らの意思でエドゥアルドに話しかけた。

 どうして自分を攫うのか、自分の持つ知識と技術を用いてエドゥアルドが何をするつもりなのかを探ろうとした。

 無論、相手はエドゥアルドであり論理を著しく欠いた何かを作らされるのではないかとノヴァは考えていた。

 

 エドゥアルドは懐から取り出した端末を操作すると今迄最低限の明りしかなかった部屋が急に明るくなる。

 そして明かりがつく前から輪郭だけ見えていたエドゥアルドの後ろある巨大な円筒、その中身が露になった。


「コイツは!」


「その様子だと既に知っていたようですね。そうです、これは私が記憶転写の際に使った生体部品、エイリアンとクリーチャーを帝都が従える事が出来た理由、帝国軍では最重要撃破個体に指定されていたエイリアンをテレパシーで統率する個体です」


 巨大な円筒型の装置だと思っていた物の正体は巨大な水槽であった。

 そして、その水槽の中に入っているのはノヴァを帝国に連れ去った元凶であるエイリアンの上級個体、姿形は若干の差異があるものの空飛ぶ巨大なタコに類似したエイリアンである。


「コイツは生きているのか?」


「余計な可動部は切除して仮死状態にしています。また私が必要としているのは個体が持つテレパシー能力だけ、それ以外の機能は不要ですから」


「エイリアン相手にロボトミー手術かよ。本当に狂っているな」


 ノヴァは二回、空飛ぶタコである上級個体に遭遇して戦闘を行った。

 一度目は連邦の秘密研究所で、二度目は連れ去られた先にあるエイリアンの基地の中で。

 どちらも一歩間違えれば死んでしまう綱渡りの戦いであり、水槽の中に浮かぶエイリアンの戦闘能力を知っているからこそノヴァは落ち着くことが出来なかった。

 しかし水槽に浮かぶエイリアンを詳しく見ればエドゥアルドが言った様に全ての触手が切除され戦闘能力は喪失している。

 数多くのチューブがエイリアンの身体に繋がれ栄養剤らしき液体が一定の速度で注入されて続けている。

 更にエイリアンの中枢があるだろう頭部は外科的な手法によって切り開かれ剥き出しの脳髄には幾つものチューブが突き刺さっていた。


「異星からの侵略者、帝国を滅ぼした元凶の一つですがコレから得られた知見は未来を創る礎になります。ですからMr.ノヴァ、共に新しい人類の歴史を紡ぎませんか?」


 遠い星々から来訪した敵が持つ可能性に魅了されたエドゥアルド。

 それを用いて己の理想とする未来に向けて進む科学者は賛同者としてノヴァを求めた。


「うん、無理」


 そしてノヴァはエドゥアルドの勧誘に対して速攻で返事をした。

 取り付く島もない明確な拒絶を込めて。

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