第135話 契約

 青年の泣き落としに負けたノヴァは不本意ながら青年に連れられて帝都の下町を走っていた。

 街灯が疎らに灯された薄暗い道には脚を踏み入れたくなかったが悠長な事を言っていられる状況でもなくノヴァは観念して帝都の下町に脚を踏み入れた。

 帝都の中心から離れる程に整っていた街並みは変わっていき、視界に映るのは瓦礫と化した廃墟が多くなり形を留めている建物が少なくなっていく。

 そして代わりに廃材で作ったような粗末な建物が多くなっていき街並みの雰囲気はあっという間に様変わりした。


「……変わり過ぎだろ。此処は貧民街か?」


「そうだよ。僕達は此処で生まれたんだ」


 道案内役として先頭を走る荷物を背負った青年がノヴァの質問に答える。

 実際に貧民街の手前まで奪った車両で移動して降りてから青年は迷路の様な貧民街を迷う事無く進んでいる。

 その迷いのない足取りから此処は青年の地元なのは間違いないだろう。

 それからノヴァは青年の後を付いて行き幾つものバリケードや隠し通路を超えた先にあった一つの建物の前で二人の脚は止まった。

 建物は上半分が倒壊しており貧民街にあっても特に目立たないものである。

 そんな建物の中に青年は踏み入り、ノヴァも渋々後に続いて入ると内部も外側と同じように荒れ果てていた。

 だが青年の脚は止まる事なく奥へと進み、瓦礫の中に紛れる様に巧妙に隠蔽された扉を開けるとノヴァを招き入れた。

 そしてノヴァは招き入れられた部屋の中を見て素直に驚いた。


「……凄いな、何処から集めて来た?」


「仲間達と少しずつ廃棄施設から使えそうな物を集めて来た。だけど此処で皆のサポートをするはずだった仲間が真っ先に捕まって誰にも使われていない」


 部屋の中には埃を被った大量のコンピューター機材が所狭しに並べられていた。

 ノヴァはその中の一つを手に取って軽く調べてみるが機材の形式は古く外装には塗装を塗り重ねた痕跡が幾つもあった。

 中身に関して言えば実際に稼働をさせて見なければ分からないが手に取った感触の限りでは悪くない。

 正直期待していなかっただけにノヴァは部屋に集められた大量の機材と、それらを組み合わせて作られた設備を見て素直に感心した。

 だが組み上げられた設備には電源が入っていないため稼働音を響かせる事無く静かに部屋の中で佇んでいるだけだ。

 軽く調べた限りでも問題は無かったのでノヴァは設備の電源を入れようとした。

 だが電源ボタンを押す直前で引っ掛かるものを感じたノヴァは小さな疑問を解消するために部屋の中にいる青年に問いかけた。


「これほどの設備を構築出来る仲間が捕まったのか? 護衛は付いていなかったのか、重要人物だぞ?」


 帝都の日々の暮らしや生活は全く知らないノヴァであるが部屋の中に集められた機材は一日やそこらで収集できるものではない。

 そして集めた機材で作り上げられたのは装置を見れば構築した青年の仲間は技術者として優れている事は疑う余地もない。

 そんな重要な人物が容易く捕まったのがノヴァには不思議でならなかった。


「そんな事は言われずとも分かっている! ……だけど、気が付けば皆捕まった」


 だが青年の口から出て来たのは重苦しい言葉だけ、口調からして相応の護衛も付けていたようだが彼らでは帝都から仲間を守りきる事が出来なかったのだろう。

 だが青年が答えてくれたお陰で分かった事がある。

 まず高確率で設備を動かす役目を持った人物が優先的に狙われていた、逆に言えば帝都の連中はそれだけこの部屋を危険視していた可能性がある。

 だが危険視するのであれば部屋にある設備が今迄放置されているのは不自然である。

 跡形もなく破壊すれば革命家達へのサポートは不可能になるのに放置している、その理由は放置しまままの方が利用出来ると向こうが考えているからに他ならない。


「……何かしら仕掛けられている可能性があるな」


 ノヴァは電源に伸ばした指を引き戻すと部屋の中にある装置を大掛かりに調べ始める。

 そして設備と外部を繋ぐ回線を見つけ次第引き抜いていき帝都のネットワークから装置を孤立させてから電源を入れるとハッキングツールを兼ねた端末を接続した。


「何をしているんだ?」


「此処にある機材が汚染されていないか調べている、少し待て」


 帝都のシステムから完全に接続を断たれた設備が立ち上がるにつれてノヴァの持つ端末には様々な情報が表示されていく。

 それらを端末に表示される数値とデータを見ながらノヴァは部屋の中にある装置の調査に取り掛かった。


「帝国のOSは……連邦の物と基本は変わらない。独自仕様ではなく言語設定だけが違うが全体として古い。時間が無いからシステム自体のバージョンアップはしない方針でファイルの限定的な更新に留めるしかないか。……ん、これは……うわ、ウイルス汚染あり、こっちはバックドアか? 情報が筒抜けならあっけなく捕まったのも理解できる」


 部屋に入った時とは違い苦虫を嚙み潰したような顔をしながらノヴァは端末に写された情報を読み取る。

 ザルなセキュリティを始めとしてウイルスに汚染されたファイルにバックドアが大量に仕込まれた穴だらけのシステム、データ改ざん等がてんこ盛りあるのが装置の中身であった。 

 この様な状態で下手に外部と接続して動かせば中に容易く侵入され際限なく情報を吸い上げられるのは確定、味方を助けるどころか敵に情報提供している有様である。

 そして過去の通信ログを解析したことで部屋にある設備から情報を吸い上げているのは帝都の連中である事が判明した。


「もしかして帝都の連中が革命家相手に事前に仕込んだ代物? だけどウイルスもバックドアも一応隠蔽されているから知らずの内に感染された? ……裏切り者、それとも不良品を掴まされた? いや、もしかしたら帝都で流通している電子機器全てにスパイウェアが仕込まれた上で流通しているのか?」


 何はともあれ、一連の調査によって判明したのは青年が使えるといった設備は全く利用出来ないばかりか、汚染されつくし稼働させるだけで情報が筒抜けになる程に危険な設備であった。

 正気の人間であるのなら部屋の中にある機材は全て使い物にならないと判断して処分するしかないだろう。


 だが機材を入れ替える時間も当てもないノヴァは違った。

 散々な結果を示した汚染された装置に向き直るとカバーを外して露になった端子に端末を繋げ操作を始める。


「ウイルス定義更新、バックドアのあるシステムを隔離、システム再構築、デフラグ実行、内部システムを再結合、外部接続機器との接続診断、問題個所の初期化、システム全体の再起動を開始」


 壊れたなら直せばいい、汚染されたのなら洗浄すればいい。

 配線を組み替え、部品を取り外し、ファイルを更新し、即席のプログラムを組み込む。

 一連の作業は今までノヴァがしてきた事と何一つ変わらないものであり、ハードもソフトも今迄制作してきたものに比べれば玩具も同然である。

 そして一通りの作業を終えたノヴァは設備を再起動させ動作確認を通して問題が無い事を確認してから再び回線を繋いだ。

 すると今迄沈黙していた設備は稼働音を響かせ何も映さなかったモニターには帝都中に配置された監視カメラの映像が映し出された。


「……動いた」


「動いただけだ。これからシステム全体の点検を行う、時間が無いから幾つかの手順は飛ばすが問題は無い筈だ」


「すごい、これなら──」


「喜んでいる所悪いが、俺はお前を助けるとは言っていないぞ」


 ノヴァの後ろで作業を見ているしかなかった青年は動き出した設備を見て無意識に顔を綻ばせ──、しかしノヴァの一言で表情を凍らせた。

 対するノヴァは片手に持った端末と設備を交互に見ながら稼働させたシステムに問題が無いか調べ続けており青年がどの様な表情をしているのかは分からない。

 そして青年が何かを言う前に先んじてノヴァは口を開いた。


「いいか、よく聞け。本来であれば此処に座っていた人物は帝都の連中が真っ先に捕まえる程に危険視されている。それだけ奴らは此処を危険視している。そんな危険な場所にお前は俺を連れてきて設備を動かして力を貸せと言う。普通に考えれば如何に危険か分かるか? 時間が無いから単刀直入に言うぞ。俺の力を借りたいのなら相応の対価を支払え。タダ働きは絶対にしない」


 背年はノヴァに対して何かを言おうとしたが言葉が出て来ない。

 ノヴァが言っている事が正しいと理解出来てしまったのもあるが、無意識にノヴァが力を貸してくれる事を前提にしていた事に青年は気付かされた。

 それが如何に自分の都合良い考えであるか、


「配給券なら隠しているのが幾つかある。足りなければ集めて──」


「そんなものは必要としていない。隠さずに言うが帝都に在る物や人を俺は必要としていない」


「それじゃあ、対価として何を差し出せばいいんだ! 今も仲間達が大勢捕まっている、時間はない──」


「口うるさく叫ぶだけなら取引はしない、泣き落としをするなら今度は顔面を蹴り飛ばす。支払うつもりが無いのであれば一人で勝ち目のない無謀な戦いに挑めばいい。君がそれで死のうと俺にはもう関係の無い事だ」


 そう言ってノヴァは部屋にあるモニターの一つを操作して青年に映像を見せる。

 其処に映っていたのは現在進行中のゲームの模様が簡易的に表示された図であり数の少ない青いアイコンで表された革命家達が帝都中に散らばっていた。

 そして大量の赤いアイコンで表された帝都の人間達が青いアイコンを追い立てる様に追跡している。

 簡略化された結果、一目で自分達革命家がどの様な状況であるのかを理解させられた青年は両手を強く握った。


「これが君たちの現状だ。君の仲間達だがデータを見る限りでは捕まった人達は生きている。青いアイコンが集められた場所、今は帝都の中央付近にある施設に捕まった人達は集められているが──」


「其処は処刑場だ」


「場所について心当たりはあるようだな。言っておくが無償の善意は品切れになったと思ってくれ。そして断るという選択肢も君にはあるが、それを選べば俺は君の仲間を助ける手伝いはしない。此処で君とはサヨナラだ」


 帝都で行われている悪趣味なゲーム、それはノヴァの感性にしてみれば到底受け入れられない吐き気を催す邪悪な行いである。

 そんなゲームに巻き込まれた人々を出来れば助けたい、或いはゲーム其の物を中断させたいとノヴァも思ってはいる。

 だがそれが出来る時間も力も現在のノヴァは持ち合わせていない。

 今はまだ動きを検知していないが遠からずエドゥアルドに追われる立場を考えれば自分の命さえ守れるか分からない。

 正直に言えば、これ以上他人を助ける余力はノヴァには無いのだ。


「……アンタは僕に何をさせるつもりなんだ」


「端的に言えばこの施設を襲撃してもらう。それが君達を助ける条件だ」


 青年の問いに対してノヴァは部屋にあった数ある端末の一つを渡す。

 青年が受け取った端末の画面には何処かの施設と多くの武装した職員が警備を行っている姿が映っていた。


「ふざけているのか。此処は貴族の縄張りだ、兵隊も沢山いるんだぞ!」


「至って真面目だよ」


 配給券でもなければ人でもない、目の前にいるノヴァが対価として青年に求めたのは帝都において厳重な警備が施されている場所への襲撃である。

 端末に映っているのは下町に生きる者達が決して近寄らない貴族の縄張りであり、青年はノヴァが自分を何処に襲撃させようとしているのか理解して声を荒げた。


「勘違いをしているようだが施設を占拠する必要はない。君達は派手に施設に襲撃を仕掛けるだけでいい。それから先はこっちで如何にかする」


 施設への襲撃はノヴァが帝都脱出の最有力候補として考えている交易車両を保管する施設から警備を引きはがす為である。

 一人では困難であるが青年を含めた革命家達が纏まった数で襲撃を仕掛ければ厳重な警備を引き付ける囮として活用出来るのではないかとノヴァは考えた。


「もう一度言う。この提案を呑まないのであれば俺は此処から去る。脅迫も情に訴えるのもなしだ。そして、これは契約だ。君が約束を守る限り俺は君に協力をする。本来であれば時間を掛けて悩む事だが時間が無い、今この場で決めてくれ」


 それはノヴァからの最後通告である事を青年は声音から察した。

 青年が提案を断るのであればノヴァは今すぐ此処から出て行き施設に潜入する別の方法を探すだけであり、対する青年は提案を断れば現状を打開できる可能性を取りこぼし一人で勝算の無い戦いに挑むしかなくなる。

 青年が選べる選択肢は実質的には一つしかない、だが大事なのは自分で選ばせることにあると考えたノヴァは青年に短くとも考えさせた。

 対する青年も言いたい事は沢山あったが現状を打開するにはノヴァの提案を呑むしかない事は分かりきっていた。

 だからこそ一呼吸だけ大きく深呼吸を行ってから青年はノヴァに向き直り口を開いた。


「……分かった、契約を結ぶ」


「俺は君をサポートして仲間を助けるのを手伝う。君はある程度の仲間を助け終えたら俺が指定する施設に攻撃を仕掛ける。異存はないな」


「勿論だ」


「よし、契約は結ばれた。まず手始めに君が探している女性を見つけよう。帝都のシステムに入って探す」


「出来るのか、そんな事が!」


「出来る、少しだけ待て。……よし、先ずは其の一覧表の中から探してくれ」


 昂る青年の気持ちとは正反対に冷静なノヴァは自前の端末と設備を用いて帝都のシステムに侵入する。

 端末一つだけの時とは違い設備の能力を加えた事で増した処理能力を駆使する事でノヴァは目当ての情報を容易に引き出した。

 そして帝都が把握している革命家達の一覧表を青年の持つ端末に表示した。

 青年は端末に表示された一覧を素早く目を通していき、その最中に画像をスクロールさせる指が止まった。


「いた、この子だ!」


「彼女で間違いないか?」


「そうだ」


 青年が示した画像を基にしてノヴァは素早く検索を行った。

 そして十秒も掛からずに青年が探している女性の所在地が明らかになった。


「悪いが捕まっているようだね。既に施設に移送されている」


「クソ!」


「だけどまだ殺されていない。捕まった時の映像を見る限りでは乱暴はされていない様だ。商品価値が下がるのを嫌ったかもしれないが救出の可能性はあるぞ」


 青年が探している女性は捕まった革命家達と同じように帝都中央にある施設に集められていた。

 だがより詳しく分析を行えば他の革命家達とは違い施設のより奥深くに女性ばかりが集められていた。

 それが何を意味するのか理解した青年は踵を返して部屋を出て行こうとした。


「今向かっても君一人じゃ辿り着けない、犬死だぞ」


 だがノヴァの一言によって青年は脚を止められた。


「分かっている、でも今すぐ行かないと──」


「はい、ストップ。敵は沢山いて君一人でどうにかできる相手じゃない」


「だけど此処にいるのは僕一人だけだ」


「だから先ずは仲間を増やす。君達にやってもらいたい事があると言ったはずだ。それに一人で襲撃を掛けるより成功率は高くなるぞ」


 そう言ってノヴァは部屋にあった別のモニターに新たな映像を映す。

 其処には今も赤いアイコンに追われている青いアイコンが幾つも映し出されている。


「これを見ろ。画面には今も逃げている君の仲間が映っている。最初に君にしてもらう事は彼らを助けて仲間を作ると同時に武装させる事だ。これが第一段階」


 青いアイコンを追跡している赤いアイコンの後ろから緑のアイコンが出てきて衝突、赤いアイコンが消え追われていた青いアイコンが緑になる。

 他のアイコンも同じように緑色になり次々と数が増えていく。


「回収した仲間はシステム上で捕獲済みと偽装する。だがそれはデータ上の偽装に過ぎないから仲間達には帝都の連中の振りをしてもらう。君も三人組から剥ぎ取った衣装と装備を身に着けて行動する様に。武装に関しては奪った物に加えて上級憲兵の権限で偽装指令を出しておくから何処かの警備施設から供出させる。君達は武器を扱えるか?」


「あ、ああ、銃程度なら問題ない」


「なら結構。ある程度人が集まったら君達は施設に襲撃を仕掛ける、これが第二段階。その際には此方でも混乱を助長させる様な嫌がらせを行うから追跡は気にしなくていい。それが終わったら君が言っていた処刑場へ仲間たちと共に殴り込みを掛ければいい、これが第三段階。無策のまま一人で突入するよりも成功率は高い筈だ。此処までの話で質問はあるか?」


「一緒に行かないのか?」


「悪いが隻腕での戦闘は無理だ。だから此処に残って陰ながら君をサポートするよ」


「移動手段は、外に止めてある車両を使うのか?」


「あれは俺が逃走するのに使うから駄目だ。代わりの車両を誘き寄せるから乗っている奴を倒して奪えばいい。自動運転を使える様にしておくから心配はいらないよ」


「……あんたは貴族に恨みでもあるのか」


「帝都の連中に恨みは……あると言えばあるが今回は違う。俺は此処から逃げ出したいだけだよ」


 それを最後にノヴァに対する青年からの質問は終わった。

 それから必要な事を話し終えた二人はそれぞれがするべき事の為に行動を開始した。

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