第134話 出会い

 ノヴァが手に握るのは帝都で入手したオートマチック拳銃、特にこれと言った特徴は無いありふれたデザインだが人を殺すには十分な威力はある。

 リボルバーとは違う軽い音が響くと同時に吐き出された弾丸は狙い違わずに目の前に立つ男の頭蓋を貫こうと突き進んだ。

 撃たれた瞬間、ノヴァの突然の攻撃に対応出来ていない男は碌な防備を取る事が出来ていなかった。

 ノヴァが放った弾丸はノヴァと男の間にある僅かな距離を瞬く間に駆け抜ける。

 そして狙い違わず男の頭部に着弾──、だが弾丸が頭蓋の中身を撒き散らす事無くマスクに衝突した瞬間に甲高い音と火花を散らして弾かれた。


「9㎜弾きやがった! 見掛け倒しじゃないのかよ!」


 不意を突いて放った弾丸は男が付けるマスクによって防がれた。

 その事に驚きつつもノヴァは即座に弾丸の威力によってのけ反る男との間にあった僅かな距離を詰める。

 そして密着ともいえる近距離で男の腹部に拳銃を押し当てると連続で撃ち込んでいく。

 発砲の音が響くと共に撃ち出された弾丸が男のボディーアーマーに突き刺さる。

 だがゼロ距離であっても撃ち込まれた弾丸が男のボディーアーマーを貫く事はない。

 それでも弾丸が持つエネルギーは衝撃となって男の身体を突き抜ける。

 一発撃ちこむ事に聞こえる男の苦悶の声からノヴァは開き直って拳銃は打撃武器として運用する。

 貫通が出来なくなった代わりに身体を苛む打撃と化した弾丸は弾倉が尽きるまで吐き出され男を苦しめる。

 そして苦痛に耐えきれなくなった男が片膝を着き態勢を崩した瞬間に合わせて腹部に押し当てた拳銃を男の首元に突き付ける。

 マスクにもボディーアーマーにも覆われていない柔らかい首元へノヴァは弾倉の中に残った弾丸を全て吐き出そうと引き金に指を掛ける。


「誰だ、お前!」


 だがノヴァが引き金を引くよりも早く廊下に出ていた筈の二人が引き返して来た。

 視線だけを向ければ二人は少年を抱えていなかった、部屋に戻って来る際に放り出してきたのだろう。

 そして二人は部屋の中を見るなり仲間がノヴァに撃たれて首元に拳銃を押し当てられている現場を目撃した。

 もはや言葉は必要ない。

 二人はノヴァが敵だと即座に判断すると吊り下げていた小銃を急いで構え、容赦なく撃ち始めた。

 自分達が身に着ける装備を信用しているのか射線に仲間を巻き込んでいる筈なのに二人にはノヴァを仲間諸共撃つ事に躊躇いはない。

 だがノヴァは小銃が撃ち出される前に膝を着いた男の後ろに回り込む。

 男の背中にあるベルトを握り締めると無理矢理立たせると小銃から吐き出される弾丸の盾として後ろに隠れた。

 その直後に小銃から吐き出された弾丸が盾となった男の身体に火花と甲高い音を立てながら弾かれた。


「あああぁっぁぁぁああ?!?!?」


 防具に覆われている部分は弾丸を弾いたが、そうでない箇所には弾丸が容赦なく突き刺さり盾となった男が絶叫を上げる。

 仲間の悲鳴は銃を撃つ二人を動揺させ、ほんの短い間だが銃撃の手を止めた。

 その隙にノヴァは男を盾にしながらもベルトから手を離して吊り下がったままの小銃を握り不安定な姿勢でありながら男達に狙いを定めて指切り射撃を行う。

 片腕であり障害物越の射撃は万全の状態であれば兎も角、隻腕での射撃は困難を極め、ノヴァに小銃の反動を制御する事が出来なかった。

 狙ったはずの弾丸は壁や床などの見当違いの場所に飛んでいき命中率は著しく低い。

 故にノヴァは重たい装備を付けた成人男性一人を右肩で押し出し銃撃を続けながら距離を詰める事にした。

 近付けば当たる、そんな単純な理論に従って小さな部屋の中で男達の銃撃が交わされる。

 それでも放たれた銃弾が装備によって弾かれる事は、この場にいる誰もが理解している。

 防具越しに衝撃を感じながら男達は撃ち続ける。

 そしてノヴァと男達の小銃が同時に弾切れになった瞬間に三人は大きく動いた。


 男達は弾丸尽きた小銃から手を離すと懐からナイフを取り出してノヴァに駆け寄る。

 ナイフの刃渡りは長く銃撃では埒が明かないと考えた二人は銃撃ではなく近接格闘でノヴァは殺そうと近寄って来る。


「クソ、お前は誰だよ!」


 二人の内の片割れが大声で悪態を吐き出すが、ノヴァは相手にはせずに懐から取り出したのはリボルバーを構え撃った。

 9㎜とは違う腹の底に響く重く大きな銃声が部屋に響く、ノヴァ謹製の特別製弾丸は男達の防具に弾かれる事はなく装甲を貫いた。


 ──だが威力に相応しい反動はノヴァの片腕では抑えきれなかった。


「がっ!?!?」


 銃を握ったノヴァの右腕をリボルバーの反動が襲う。

 医療ポットによって急速に修復した右腕の骨であるが外見とは全く違い細かな骨の定着はまだなのだろう。

 リボルバーによる激しい反動によって右腕の骨が軋み鳴き、燃える様な激痛をノヴァに齎した。

 だからノヴァはリボルバーで2発目を放つことが出来ず、撃ち残した一人が接近する事を許してしまった。

 男は何も言わずにナイフを振り下ろしてくる。

 受ければ身体の奥深くまで食い込む致命の一撃をノヴァは前方に転がって避けると同時に盾にしていた男の腰から引き抜いた拳銃を発砲する。

 リボルバー程ではないが痛みを伴う反動が右腕を襲うが歯を食いしばって耐える。

 だが幾ら拳銃を撃ち込もうと男の装備を拳銃弾で貫く事は出来ず甲高い音を立てて弾かれるだけだ。

 それでも銃撃は男の脚を止める事に成功し、加えてノヴァはナイフを避ける際に男との立ち位置を入れ替えた事で廊下側にいた。

 そしてノヴァは銃撃を続けながら立ち上がり弾倉が尽きるタイミングに合わせて助走を付けた蹴りを立ち止まった男に叩き込んだ。


「オラァアアアッ!!」


「そんなもんが効くわけっ!?!?」


 既にノヴァと男達に銃撃によって壁や床には多くの銃弾が撃ち込まれていた。

 その中でもノヴァの背後の壁は二人分の小銃弾が大量に撃ち込まれ酷く脆くなっていた。

 其処にノヴァの跳び蹴りを食らった男が壁に凭れ掛かかれば諸々の装備込みで加重された成人男性の重量を脆くなった壁が支える事が出来ずに容易く崩れてしまった。 

 まさか寄り掛かった壁が崩れるとは想像できなかったのか男は崩壊する壁に巻き込まれ階下に落ちて行く。

 瓦礫が落下する音に混じって鈍い音が何度も響いた。

 ノヴァが崩落した壁から下を覗けば碌な受け身を取れなかった男は真っ赤な血だまりの中で大の字に地面に叩きつけられていた。

 ノヴァは戦闘が終わったと判断出来ると大きなため息を吐き身体を落ち着かせる。

 そして息が整うと耐え切れずに愚痴を零した。


「ああ、クソ! デブの顔見知りとか分かるか!」


 可能性はあった、だがデブの関係者に帝都で遭遇するとはノヴァも思っていなかった。

 そして一連の戦闘を通じて装備と片腕を失った自分が如何に弱体化しているのかを改めて理解させられた。

 元から脱出に際して可能な限り戦闘を避けるつもりであったが、それ以前の問題である。

 右腕が骨折している様子は無く、骨は無事ではあるが銃の反動によって未だに痛みと共に軋みを挙げている。

 有効打を与えられるのがリボルバーだけであるが現状だと全く使えないと思った方が良いだろう。

 思い出しても心臓に悪かった戦闘を終えてノヴァは戦闘結果を振り返ると張り詰めていた緊張を解いた。


 ──だが予想以上に疲労していたのかノヴァは後ろから聞こえる身動ぎに対しての行動が一拍遅れた。


 気が付いてノヴァが振り返った時には既に遅かった。

 何者かがノヴァに馬乗りになると同時に両手でノヴァの首を絞め始めた。


「あ、あ、死んで、な!?!?」


 ノヴァに馬乗りをして首を絞めているのは銃撃の盾にしていた男であり息切れ激しく身体中から血を流していた。

 だが半分壊れたマスクから覗く両目は違った。

 半分死んだような目をしていながら隠せない程の殺意が溢れている。


「ええ、そうでしょう。止めを刺して置くべきでしたね!!」


「あっ!?!?」


 男がノヴァの首を更に締め上げる、その両手を外そうとするが隻腕では足りない。

 血を流し過ぎたせいか男の力は強くは無いが、それでもマウントポジションを取られた隻腕のノヴァには男を振り解く力と手数が足りなかった。

 そして勝利を確信したのか男は引き攣った笑い声を響かせながらノヴァの首を絞める。


「ひひっ、ひひ、貴方が、何者なのかは殺してから探ります。だから死ね、死んで下さいよ、さっさと死──」


 ──だが男の言葉は其処から先は続かなった。


 轟音と共に男の頭部が上半分から吹き飛び、身体を動かす信号が途絶えた男は頭蓋が吹き飛んだ方向に釣られるように横倒しになった。

 馬乗りになった男の身体を脚で蹴飛ばしたノヴァは上半身を起こすと轟音が聞こえた方を見た。

 其処にはノヴァのリボルバーを持つ青年がいた。

 銃口から煙が出ている事から戦闘の最中に落としたリボルバーを拾った彼がノヴァを助けたのだろう。


「はぁ、はぁ、助けるつもりが助けられるとは……。何とも情けない結果だな。だけど、お前のお陰で助かった、ありがとう」


 ノヴァは一先ず青年に対して礼を言う。

 だが礼を言われた青年はノヴァの言った事が理解出来ないのかリボルバーを両手で握ったまま疑問符を浮かべ続けていた。

 だが今のノヴァにはこれ以上少年に構っている時間は無かった。

 ノヴァは息を整えると立ち上がり、死んだ男達から使えそうなものを漁り終えると部屋から出て行こうした。


「お前も此処から早く逃げた方がいい。その銃は餞別だ」


 ノヴァは最初、少年からリボルバーを回収しようと思ったが辞めた。

 武器としてリボルバーは破格の威力を持つが現状のノヴァには強すぎる反動で使えない。回収しても重りしかならないのであれば不必要である。

 それに捨てるよりも現状から考えて少年に譲渡する方が武器も浮かばれるとノヴァは考えた。

 そしてノヴァは呆然とする青年に一声掛け終えると部屋から躊躇う事無く出て行こうと脚を踏み出した。


「……待てよ」


 だが青年は横を通り過ぎて行こうとしたノヴァを小さな声で引き留めた。

 それと同時にリボルバーの弾倉が回転する音が響き、いやな予感と共にノヴァが振り向けばリボルバーの銃口が向けられていた。


「一体何のつもりだ」


「あんた、こいつ等の仲間じゃないのか? ならどうして、なんでだよ!」


 最初は小さな声であったが青年の声は次第に大きくなっていき、最後には叫びと化していた。

 青年の叫びとしか聞こえない質問に対してノヴァは銃口を突き付けられながらも本心を隠す事無く告げた。


「自分の為だ。お前を見捨てて後味が悪くなるのを防ぎたかっただけだ」


「なんだよ、それ」


「理解しなくていい。されるとも思っていない。もう一度言うが、お前も早く此処から逃げるのを勧める」


 そう言ってノヴァは青年の方を向きながら離れようとした。

 だが青年はそれを止めるかのようにリボルバーを突き出すのを見てノヴァは脚を止めるしかなかった。

 引き金に指は掛かっており青年がその気になれば何時でもノヴァを撃てる状態である。

 ノヴァは下手に刺激を与えない様に現状を慎重に口を開く。


「さっきも言ったが君も早く此処から離れないと捕まるぞ。これは脅しじゃない、君達革命家の行動は帝都の連中には筒抜けた」


「だめだ、それは出来ない。皆を助けないと」


 ノヴァの口調とは正反対に青年は切羽詰まったような声を出した。

 圧倒的に有利な立場でありながら青年の心理状態を表しているかのように向けられた銃口が遠目でも分かる程に震えている。


「悪いが俺は力になれない。俺はさっきの戦闘でも下手をすれば殺されていた程弱いぞ」


「だけど、だけど!!」


「お前の境遇は知らない。だが俺に出来るのは此処までだ」


 聞き分けが無い子供の様に振舞う青年に対してノヴァははっきりと告げる。

 それは青年の求める答えではなかったがノヴァに向けられた銃口は少しずつ下がり、最後には地面に落ちた。


「そんな、それじゃ……」


 構えた銃を落とし、顔を俯かせて青年は小さな涙声を絞り出す。

 その光景を見てしまったノヴァの心は傷み、だが有効な術を持たない以上下手な慰めは酷だと自分に言い聞かせる


「……悪いな」


 小さく、まるで自分に言い聞かせるようにノヴァは呟いた。

 そして青年を視界から外して動き出す。

 先程の戦闘の結果、一先ず車両の確保に加えて男達から複数のカードを奪った。

 後はこれらを利用して車両以外にも男達の権限で使えそうな物がないか一通り調べる必要があるだろう。

 それを調べるためにノヴァは歩きながら端末を取り出し──、直後に脚を掴まれた。

 勢いのまま倒れそうになった身体を持ち直すとノヴァは語気を強めて青年に告げた。


「言ったはずだ。俺は!」


「行かないでくれ、皆が、皆が!!」


 振り返らずとも誰が脚を握っているかは分かる

 そして、これ以上出来る事は本当に何もないのだとノヴァは青年に言い聞かせる。


「だから力になれないと言っている!」


「だけど戦う以外でなら! アンタが端末を使うのを見た!」


「だとしても帝都の連中は端末一個で出し抜ける相手じゃない! それはお前達が一番分かっているだろう!!」


 ノヴァの脚を掴んだ青年の力は強く、何処にこんな力があったのか振り解こうとしても頑なに離さない。

 そして青年は自分が助かったのは単純に運が良かっただけだと理解している。


「分かっている! だけど、仲間が、家族が捕まっている!」


「お前一人だけだ! 今、この場にいたから運よくお前は助かっただけだ! 武器も装備も何もない俺にはコレが限界なんだ!!」


「ある! 武器も装備もある!! 俺達の隠れ家の一つ、其処で組み上げていた物がある! 俺には使えないけど、アンタなら使える筈だ!」


 だが、もう後がないほど追い詰められた時に現れたのがノヴァである。

 どんな人間が全く分からない、それでも僅かな可能性を逃さ無い様に青年は必死になったノヴァの脚に縋りついているのだ。

 それを感じていながらノヴァは必死に振り解こうとする。

 助けたい気持ちある、それは紛れもない事実である。

 だが思いだけでは足りない、実現できるだけ力が無ければ全ては絵空事に過ぎない。

 そして今のノヴァには力が決定的に足りないのだ


「だとしても力を貸す訳が無いだろ! 俺も自分の事で精一杯だ! お前を助けただけで限界だよ!」


「嫌だ! 離さない! 絶対に離すもんか!!」


 だがノヴァも考えを青年が知る訳もなく二人は廃墟の中で押し問答を繰り返し──、先に根を上げたのはノヴァだった。


「ああクソ! なら隠れ家に連れていけ! 其処にあるモノを見てから判断する! だから離せ!」


 此処で無駄に時間を消耗するのを避ける為、少年に諦めさせるためにノヴァは脚にしがみつく少年に対して苛立ちながら告げた。

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