第133話 問答
ノヴァは部屋の扉を蹴飛ばして入って来た三人の男達は統一された装備と武器をしている事から男達は行政府の人間なのだろう。
間近で観察する限りではプスコフ達の様にボディーアーマーに加え身体の要所を覆うプロテクターを身に着け小銃を構える姿は一見すれば兵士に見えるだろう。
だがノヴァの視界に映る3人はプスコフ達と似通った装備に加えて顔を全て覆うマスクと擦り切れた黒マントを身に纏っている。
何より顔を覆うマスクの目に当たる部分はどんな意味があるのか分からないが赤く発光しており全身を覆う程の黒いマントと組み合わさって非常に不気味である。
もし夜道に一人でいた時にノヴァが遭遇すればあまりに不気味さに驚愕と共に悲鳴を上げて即座に全力で逃げる程の怖さがあった。
其処まで考えてノヴァは男達の奇妙な姿が相手の心理に強い恐怖を想起させるようにデザインされていると理解した。
だが幸いにもノヴァは独りで無かったため驚くことなく表面上は平静を保ちながら部屋に入って来た男達を見ることが出来た。
そしてマスクとマントの追加装備を纏った非常に目が引かれる姿をしている男達の中から少しだけ身綺麗な滑降した一人が前に進み出て来た。
「上級憲兵殿でしたが! 革命家の捕縛へのご協力ありがとうございます!」
慌てながらも前に出て来た男は急ぎ姿勢を整えるとノヴァに対して敬礼と共に感謝を告げる。
男の後ろでは残った二人が後に続くように敬礼をしている事から三人組のリーダーを男は務めているだとノヴァは推測した。
そして男の言葉を聞いた瞬間にノヴァは意識を切り替え、警備施設で演じた様に上級憲兵として相応しいと思われる口調で返事を返した。
「いや、これも上級憲兵たる私の仕事だ。問題は無い」
「えっと、我々は貴方が此処で活動すると通知を受け取っていませんが?」
「当たり前だ。本来であれば君達に出会う事も無く仕事を終えるつもりでいた。だが邪魔が入ってしまったようだがな……」
そう言ってノヴァは意味深な視線を床に押さえつけている少年──、いや青年に向ける。
無論、ノヴァが男達に向けて話した事は全て作り話であり相手が勝手に誤解する様に仕向けているだけである。
男からノヴァに対して正式な命令通知書等を求められれば一発で暴かれる程度の嘘でしかない。
だがノヴァは警備施設での遣り取りから職員は基本的には事なかれ主義且つ賄賂上等であった事から帝都の腐敗は末期であると理解し、それは目の前にいる男達も同様であると考えた。
だからこそノヴァは男達に対して上級憲兵の制服を着用し厳かさを感じさせる様な口調で告げる。
ノヴァが言葉で言わずとも与えられた情報から相手が勝手に誤解する様に男達の思考を誘導する事にした。
「そうですか、それを聞いて安心しました」
そしてノヴァの考えは間違ってはいなかった。
男達はノヴァの言葉を詳細に問いただす事も無く、各々が勝手に納得したのか銃口の先からノヴァを外した。
その代わりに三人の銃口はノヴァが取り押さえられている青年に向けられた。
「なら、彼を任せていいかい? 本調子ではないので何時までも拘束するのは疲れる」
「分かりました。其処の革命軍は我々が引き取ります」
ノヴァが青年の上から引くと同時に二人の男が青年の両腕をそれぞれ取り押さえる。
先程まで拘束していたのは隻腕のノヴァ一人だけであったが、成人男性二人に取り押さえられると青年も抵抗を諦めたのか暴れる事も無く男達に取り押さえられた。
男二人による痛みを感じる程の強い拘束に顔を歪める青年の姿を横目で見ながらノヴァは三人組のリーダーを務めているだろう男に対して話しかける。
「済まないが緊急事態だ、質問に答えてくれ」
「何ですか、上級憲兵殿」
「外にある車両、あれは私にも使えるかね」
「はい、運転は問題なく可能ですが……、車両が必要であれば手配しましょうか?」
「いや、それには及ばない。仕事の為に車両のキーだけをこの場で借りたい」
「ですが……、はい、分かりました。我々は新しく車両を要請します」
ノヴァはリーダーを務める男が懐から取り出した車両のキーを何気なく受けとった。
一連の遣り取りで表情は一切変えず、しかしキーを受け取ったノヴァの内心では徒歩に代わる移動手段を手に入れた事を大いに喜んだ。
現在の帝都脱出において有力な選択肢であるのは大型シェルターに限られた数しか存在しない交易車両であり、それらは全て貴族達が占有している交易施設で運用・管理がなされている。
其処まで徒歩で移動する事を考えていたノヴァだが、流石に大型シェルター内部であって目的地までの距離は遠く時間と体力の消耗を避ける為にも別の移動手段を探していた。
そして男達の乗って来た車両をノヴァは合法的に譲り移動に関する問題は解決した。
加えて男達の会話からノヴァは他にも稼働状態にある車両が複数存在している事を知ることが出来た。
実際に試してみなければ分からないが車両をハッキングして操る事が出来れば交易施設に関する問題の解決の糸口になる可能性がある。
施設内で運用している車両の制御を掌握すれば意図的に暴走させ事件や事故を起こす事も可能、それが纏まった数の暴走車両を雪崩の様に施設に突撃させる事も可能である。
そうなれば施設の人員は暴走車両の対応に人手を奪われ施設は一時的にパニックに見舞われるだろう。
仮に事態が早期に鎮圧されようと運転手のいない無人車両が大挙して押し寄せたのだ、事態の解明の為に多くの人手が割かれるのは避けようがない。
どちらに転ぼうとも帝都脱出を考えるノヴァが付け入る隙も出来る筈である。
そうした一連の予想を基にしてノヴァは脳裏で帝都脱出に関する計画を組み立てる。
だが碌な検証を経ていないノヴァの思い付きの計画には多くの穴があり、それはノヴァ自身も認めるところである。
捕らぬ狸の皮算用とでも言えるだろう。
それでも先程まで思いつめていた時とは違う、僅かではあるが脱出出来る可能性が漸く見えてきたのだ。
偶然の産物ではあったが可能性を見つけた事でノヴァは切羽詰まった現状でありながら一息つくことが出来た。
「それでは私は一足先に此処を離れる」
「はい、我々は後続車両が到着次第、革命軍を移送に取り掛かります」
「ああ、了解した」
ノヴァは最低限の言葉で返事をすると軽くなった足取りのまま部屋を出ていく。
そして廊下に出ると同時に車両のキーを取り出し、自身を急かしているかの様に足早に歩き出す。
思い返せばそれはノヴァの無意識からの行動であったのだろう。
家屋の外に止めてある車両は勝手に動いて逃げる事はないのに、それが分かっていながらノヴァの理性は早く、速くと移動を唆した。
──だが遅かった。
車両のキーを無意識に握り占めて階段を降りようとしたノヴァの耳に声が聞こえて来た。
「散々手間を掛けさせやがって、このクソガキ!!」
「あぁぁぁ!?」
聞こえて来たのは男達の怒声、それと青年の悲鳴だ。
何処から聞こえて来たかなど考えなくても分かる、それはノヴァが去った部屋から聞こえて来た声なのだから。
そして先程までいた部屋から止める事無く怒声と痛みに呻く悲鳴が聞こえる、肉を叩く鈍い音が繰り返し聞こえて来る。
気が付けば階段を降りようとしていたノヴァの脚が止まっていた。
まるで脚が地面に縫い付けられたかのように動かない、動かそうとしているに脚が持ち上がらないのだ。
「痛い、やめ──」
「黙れ、クソガキ! お前のせいで俺の昇進が取り消しになる所だった、その意味が分かるか!」
「逃げられない様に骨を折るか?」
「そうすると運ぶのが面倒だ。取り敢えず逃げ出さない様に痛めつけろ」
「りょ~かい。おらよっ!!」
「あああ!?!?」
両脚は動かない、前に進むことが出来ずにノヴァはその場に立ち尽くすしかなかった。
分かってはいた、こうなる事をノヴァの理性は分かっていたのだ。
だから立ち去ろうとした、自分には関係のない出来事だと。
帝都に関りを持たない自分が踏み入る事ではないと無意識に、意識してノヴァは自らに言い聞かせた。
「そう言えば、あと何人捕まえる必要があるんだ?」
「コイツを含めて後6人。そろそろ終わりも近付いてきているから数も減ってきているだろ。どうする?」
「ああ、問題ない。男なら六人だが女なら少なく済む。それに顔が良ければあと一人で済むだろうよ」
取り押さえた男が何者であるが、帝都の状況と服装からノヴァは青年の正体をノヴァは理解してしまった。
何より短い間ではあったがノヴァは見てしまったのだ、警備施設で男達が集まって見ていた醜悪な催し物を。
今も多くの人が革命家というラベルを張られて一方的に行政府の人間によって狩られている光景を娯楽として流す場面を見てしまった。
だからこそ、画面に映る彼らと取り押さえた青年が同じ革命軍というラベルを張られたその一人である事を理解したのだ。
──その上でノヴァは見捨てた、自分が助かる為に、帝都から脱出する為に。
「下層住人の間引きを兼ねた狩だけど、昇進に必要な革命家の数が本当に多いよな?」
「汚い、数も多い、下層の奴らは放っておくとあっという間に増えるからな。こうして定期的に間引かないと後々帝都に余計な負担になるだけだ」
「まぁ、数が多ければそれだけ得られる点数は多くなる。役に立たない下層の人間でも我々の出世の役には立ちます。その点だけは優れていますよ」
「でも中層の方が点は一人当たりの点数はいいぞ?」
「駄目ですよ。中層の人間は高得点ですが下層と比べて数が少ない。下手な競争に巻き込まれれば時間だけを無駄に消費するだけです」
「だから堅実に下層の人間を捕まえた方がいいのさ。そうしてきたから俺達はあと六人で昇進が可能になるんだぞ」
立ち止まったノヴァの耳に男達の会話が届く。
三人にとって青年は人ではない、帝都における昇進に必要な点数でしかない。
そして彼らの会話の中に罪悪感が一切感じられない。
それが彼らにとって当たり前なのだろう。
「そう言えば一緒に逃げていた女はどうした。顔はかなり好みだったから捕まえて楽しもうと思っていたんだが……、実に残念だ」
「お前も本当に飽きないな」
「飽きる訳が無いだろ! 逆に何を楽しめばいいんだよ。男の尻を追うよりも女だろ!」
「否定はしませんが手荒に扱わないで下さいよ。商品価値が大きく下落してしますから」
「お前ら、アイツにっ!?」
「うるせえぞ、ガキ」
「そう言えばコイツも顔は悪くないな。男好きの奴にも売れそうだな」
「売れても二点だろ。まぁ、此処まで手間を掛けさせられたから最後まで役に立ってくれよ」
「処刑の時には女も同席させてやるぞ」
「もっとも散々使い込まれて壊れているかもしれないがな!」
ゲラゲラゲラと男達の笑い声が、嗤い声が聞こえる。
耳を貸すな、無視しろ、助ける余力は無い、諦めろ、さっさと立ち去れとノヴァの理性は絶え間なく叫んでいるが脚が動かない。
誰も責めはしない、仕方が無かった、しょうがないと脳裏には此処から立ち去る理由が幾つも列挙されるのだ。
後はそれを選ぶだけでいい、選んで脚を動かしてしまえばいいのだ。
そうした短くも長い葛藤を経て漸く縫い付けられたかのように動かなかったノヴァの脚は一歩を踏み出せた。
──そしてノヴァは選んだ、理性ではなく己の心に従って部屋の中に戻って来た。
先程までいた部屋の中は大きくは変わっていない、男達に囲まれていた青年は息も絶え絶えに横たわっているだけだ。
そして部屋の中で蹲る青年を囲うように立っていた三人の男達は赤い目を持つマスクが一斉にノヴァに振り向いた。
マスクによって顔は全て隠されているために男達がどの様な表情しているのかノヴァには分からない。
だが三人組のマスクから漏れ出て聞こえるのは声には揃って困惑が含まれている。
そして先程もノヴァと話したリーダーを務める男が困惑しながらも口を開いた。
「上級憲兵殿、何か忘れ物ですか?」
「ああ、そうだ。私の得意先が男を好んでいたのを思い出しだ。仕事の遅れに対する埋め合わせにソイツを献上するつもりだ」
馬鹿なのか、今の自分がどれ程危険な橋を渡っているのか理解しているのか、考え無しの馬鹿なのか!
脳裏にいる冷静で冷酷な己の理性が大声で叫んで告げる。
全くもってその通りである。
ノヴァ自身も理性的な反論が出来ない、まさしく隙の無い正論であった。
「あ、いや、ですがコイツは……」
「無論、君達の仕事の邪魔はしない。私から上に掛け合おう。その男の顔であれば三点は固い筈だ」
「三点!? 分かりました! どうぞ持って行って下さい。それと我々が車両まで運びます」
「大丈夫──いや、担ぐのを手伝ってもらえるか。車両の荷台まで運んでくれれば十分だ」
「了解です。おい、顔を傷つけない様にソイツを丁寧に運べ」
「了解、了解」
「三点はデカい、まさかガキが大化けすると思わなかったな!」
ノヴァの口から出た嘘八百を信じた三人の男達の態度が一変する。
先程までの手酷い暴力とは一転した態度で貴重な壊れ物を扱うような手際で子供を担いで部屋を出て行こうとする。
事実、男達にとってこの瞬間に青年の物としての価値は著しく上昇したのだ。
それに対して度重なる暴力によって抵抗する気力すら尽きた青年はされるが男達にされるがままに運ばれていくだけだ。
その光景を横目で見ながらノヴァも部屋を出て行く男達に後を追うように部屋から出て行こうとする。
だが廊下に出る直前でノヴァは部屋に残った三人組のリーダーを務める男から呼び止められた。
「上級憲兵殿、すみませんがお名前を伺ってもよろしいですか? お手数ですがデータ入力の際に我々とは別にお名前が必要なのです。 作業自体は極短時間でおわりますから」
そう語る男は言葉の端々からも酷く興奮している事がノヴァにも容易く理解出来た。
男にしてみれば大した価値にならない筈の青年が思わぬ高得点の物に化けたのだ、思わぬ幸運を前に平静を保てなかっただろう。
そして男が口にしたデータ入力の説明も言い分もノヴァにも理解できるものであった。
だからこそ、此処で下手に断れば怪しまれる事も理解できたノヴァは警備施設で告げたように借り物の名前を告げた。
「タルス・ボルコフだ」
名乗りに不備はなった、発音も問題なく淀みなく滑らかに発音出来た。
だがノヴァが借り物の名前を名乗った瞬間に目の前に立つ男の纏う雰囲気は一変した。
既に廊下に出て青年を運んでいる二人組には聞こえなかったのか、今も廊下を歩く音が聞こえて来た。
部屋に残ったノヴァと男との間にある雰囲気が一変しただけ。
だが、今まで部屋の中に漂っていた楽観的な雰囲気を吹き飛ばすには十分であった。
そして名乗った瞬間に雰囲気が変わった事から目の前にいる男はタルス・ボルコフと言う名のデブを知っている人物であるのだろう。
つまりノヴァは名前を借りたデブの関係者に運悪く遭遇してしまったのだ。
「……やっちまったな」
ノヴァは小さな声で呟いた
目の前にいる男は先程までの浮ついた雰囲気が霧散、マスクで表情は分からないが流れる様な動作で吊り下げている小銃に指を掛けていた。
言葉ではどうしようも無い程に警戒され、部屋の中に不気味な静けさが漂う。
「……どうやら聞き間違えたようです」
警戒しながらも口を開いた男は再びノヴァに名前を問い掛けた。
その言葉を男はどういった心境でノヴァに問い掛けたのだろうか。
掴んだ幸運が幻であったと認めたくないのか、或いは帝都の組織に所属にする責任からなのかノヴァには分からない。
だが一つだけ分かる事がある、それはノヴァが間違ってはいけない場面で致命的に選択を間違えたのだ。
「もう一度お聞きしてもよろしいですか、上級憲ぺっ!?」
最早下手な言い訳は通用しない、なら先手を取るしかない。
そう考えたノヴァは懐から拳銃を取り出すと目の前に立つ男へ打ち込んだ。
脳裏にある理性が大声で叫ぶ、ほれ見ろと、お前の不用意な行動で全てが台無しになったと。
そんな冷酷冷静な理性に対してノヴァは告げた、それが出来れば生きるのに苦労していないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます