第132話 腐敗

 ノヴァは潜伏している家屋の一室でハッキングツールでもある自身の端末を用いて帝都のシステムにアクセスを実行する。

 厳重なシステムへのハッキングは本来であれば入念な事前準備がなれば不可能な行為であり、それはノヴァも変わらない。

 だが今回、ノヴァは老人とデブから奪ったカードを足掛かりに正規アカウントを使用する事で大きな障害も無く帝都のシステムに侵入する事が出来た。

 無論、成功の原因はノヴァの常軌を逸したハッキング能力が前提にはあるものの帝都のシステムその物が古いままだった事も大きな理由であった。

 帝都のセキュリティ自体は小規模な修正は行っているようだがそれまで、セキュリティ全体として見れば定期的な更新は止まっていると言えた。

 本来であれば根本的な修正を行って防ぐ必要がある穴が放置されたままであり、一応のパッチは当てられているが応急処置の範疇にしか過ぎない。

 そしてノヴァにしてみれば応急処置で防いだ穴など笊も同然である。


 何はともあれノヴァは見つけたセキュリティの穴を通して帝都のシステムの奥深くまで侵入、直ぐに帝都の外へ繋がる回線を探した。

 暫くの間、ノヴァは周囲に気を配りながら端末を操作し目的の回線らしきものを幾つか見繕うことが出来た。

 だがノヴァが喜んで回線の中身を見て見ればメトロ中に潜ませている工作員との連絡回線であり探している回線とは全く違った。


「やはり帝都の外に接続されているシステムはあるが……、こいつらは使えないな」


 もしかしたら工作員との回線が外部に繋がっているのではないか。

 そうした淡い希望を抱いてノヴァも繰り返し調べもしたが回線は工作員止まり、そこから先に繋がる回線は一つも見つからなかった。

 つまり帝都の回線を通じてキャンプに救難信号を送る手段は使えない事が判明したのだ。

 その事実にノヴァは少しばかり頭を抱えたが、頭を振って落ち込みそうなる気持ちを無理矢理切り替える。

 そして今度は別の脱出手段の模索に取り掛かった。


「連絡は実質不可能と見なした方がいい。となると自力で脱出するしかない」


 次に探すものは帝都からメトロへ繋がる道だ。

 エドゥアルドが帝都からメトロに出て来た、そしてメトロから帝都へ帰って来た事実から外へ繋がる道は必ずあるのだ。

 あとは道をシステムの中から見つけ出し自力で脱出するしかないとノヴァは考えた。


「外部への繋がる道は……思ったよりもあるな。だがそれだと帝都の情報を隔離できる訳が無い。何を見落としている」


 だが外部に繋がる道に関する情報もノヴァの予想よりも早く見つかった。

 大型シェルターから外へ通じる道は全部で12本。

 その中で公式発表により封鎖が決定されたのが大型貨物輸送ルートの3本、残り9本の鉄道路線の封鎖は告知されていない。

 この情報をそのまま受け止めるのであれば帝都には9本も外へ通じるルートが現存していると受け取れる。

 しかし、現実に9本も外へ通じるルートがあれば帝都とメトロの交流の少なさが不自然過ぎる。

 メトロの中心に帝都が立地している事を考えれば多くの貨物が行き交い繁栄してもおかしくは無いのにノヴァの目に入るのは死に掛けのシェルターである。

 一言で言えば辻褄が合わないのだ。

 そう考えたノヴァは外へ繋がる道とは別にシステムから役に立ちそうになる情報を探し続けた。

 そしてファイルの一覧を流し読みしている最中に一つのファイルがノヴァの目に留まった。


「生物兵器配備状況、コレか」


 それはシステムの中では機密情報に該当するファイルであった。

 ファイルを開くと中に入っていたのは帝都が作った生物兵器の分布状況図と生物兵器の一覧、それらがノヴァの端末に展開された。

 生物兵器一覧の中にはノヴァがメトロの地下鉄に乗っていた時に見た事があるクリーチャーやエイリアンだけでなくウェイクフィールドで見たクリーチャーも記載されていた。

 だがノヴァが重要だと考えたのはクリーチャー一覧表ではなく生物兵器の分布状況だ。

 そして分布状況図と帝都から外部に繋がる道が表示された図と重ね合わせれば全ての道がクリーチャーの集中配備された地点と重なった。


「成程、クリーチャーもエイリアンは外敵の駆除も兼ねるだけじゃない。帝都の住民を閉じ込める檻としての役割があるのか」


 帝都へ近寄ったメトロの住人だけでなく帝都の住民が外へ出ようとしても道中でクリーチャーやエイリアンに捕捉され始末されるようになっている。

 住民が帝都に絶望して逃げ出そうとも逃げられない。

 帝都で生まれた人間は人生の全てを帝都で過ごし死んでいく事が宿命なのだ。

 そしてクリーチャーやエイリアンは生物兵器として帝都を取り囲む生きた壁であり牢獄として機能しているのだ。


「鳥籠……、なんて上品な物じゃない。外へ出られず都市は中から腐るしかない」


 だが代償として帝都と呼ばれる大型シェルターが外部から補給を受ける事が困難になってしまった。

 どの様な意図があって生物兵器を配備しているのか、外物から孤立した事で齎される影響を帝国上層部は理解しているのか。

 考えれば考えるだけ帝都上層部の思考が分からない事ばかりだとノヴァは頭を抱えるしかなかった。


「だけど何処かにある筈だ。完全自立型のシェルターを豪語しようが維持できるのは精々半世紀程度しかない。必ずある筈だ、そうでなければ帝都が存続できる訳がない。外部から密かに物資を運び込んでいる秘密のルートがある筈だ!」


 それでもノヴァは帝都の地図と分布図状況を重ね合わせ合成した画像を詳細に調べあげ始めた。

 地図を拡大し、不足している情報があれば追加し、片手で端末を忙しなく操作して一つの画像を作り上げる。

 そして幾度も情報の追加を果たして漸くノヴァは目的の道を見つけることが出来た。


「帝都の複数の貴族が共同で設立した組織。物資搬入記録が不自然、口座間の不自然な資金の流れ、部署間の通話記録、帝都の時間帯による使用電力。これで漸く見つける事が出来た」


 地図だけでも、分布状況だけでも足りなかった。

 ノヴァがありとあらゆる情報を集め、繋ぎ合わせる事で漸く見付ける事が出来た外へ繋がる道の数は三つ。

 その三つの道を調べた限りでは定期的に生物兵器の分布状況の変化に連動していた。

 記録から推測する限りでは一時的に生物兵器の配備状況に穴が出来る時間があり、そこを見計らうように貴族達が設立した組織から帝都の外へ車両を発進させていた。

 帰りも同様であり配備状況に穴が出来た時を見計らって車両はメトロから帝都へ帰還している。

 その際の出入記録はデータ上では改竄されており何も出ていない事になっているが電力の使用状況や人や物資の動きは誤魔化せない。

 ノヴァからしてみれば詰めが甘いとしか言えない。

 だが此処まで徹底して情報を隠蔽するのは外部との交易は公にはせずに秘密裏に行われているのだろうとノヴァは予想した。


「いや、行政府の協力無しに外部との交易出来ない。……利権となっているのか、シェルターの維持も権力ゲームの駒なのか? だとすれば呆れを通り越して笑いが出て来るな」


 帝都の中心に住まう貴族に取ってシェルターの維持は利権。

 そして行政府は彼らを上手く操って利益をかすめているのだとすれば? 

 ノヴァは其処まで考え──、だが今は考えるべきは帝都からの脱出であると自分に言い聞かせると頭の中から行政府と貴族の関係を頭から追い出した。


「取り敢えず脱出には交易路を使うしかない。一番近いのは此処だが……、利権だけあって警備が厳重だな」


 帝都のお偉いさんにとって一般市民の生活よりも利権の方が大切なのだろう。

 先程ノヴァが訪れた警備施設とは比較にならない数の職員が交易に使われる車両と倉庫を厳重に警護していた。

 監視カメラ映像を盗み見る限りでは誰もが真面目に職務に取り込み、手を抜いている不真面目な人間は一人も見つからなかった。

 そんな真面目な職員達の基本装備は防弾チョッキに小銃であり、一部には外骨格といった重武装を身に纏っている職員もいるのでノヴァは正直に言ってお手上げと言う他なかった。


「帝都から抜け出すには交易に使う列車を使う必要があるが警備は厳重。これは……派閥か?そうであれば……、駄目だ、カードを奪ったデブと老人は貴族との関係はあるがデータ上では同じ派閥に属している情報は無い。カード情報を書き換えて同じ派閥だと偽装する事は可能。だが組織内独自の符号を使われれば一発でアウト。隻腕ではステルスは難しい……、さてどうする。……マジで本当にどうする?」


 ノヴァは得られた情報から様々な策を考えてみるがどれも使えそうになかった。

 もし時間と装備があれば何か有効な策を思い付き実現できたかもしれないが所詮は無い物強請りである。

 今のノヴァが持つ役立ちそうな物は上級憲兵の制服とデブと老人のカード二枚とハッキングツールとしての端末が一つ。

 武装も貧弱な拳銃と威力過剰なリボルバーが一丁ずつ。

 止めが片腕を失い隻腕であるという不利を背負った状況なのだ。

 警備が厳重な施設に殴り込める武装ではなく、警備と意識が笊でしかなかった警備施設の様に口八丁で騙せる相手ではない。


「……うん、無理だわ」


 ノヴァは個人で如何にか出来る問題ではないと早々に諦めるしかなかった。

 現状の貧弱な装備、情報収集の不足、時間的猶予、どれ程頭を捻ろうとも不足しているものが多すぎるのだ。

 それでもノヴァは諦め悪く個人で無理なら他の方法は無いかと模索を始める。


「侵入するには陽動を起こして警備を引き剥がすしかない。だが時間も準備もない中で可能な事には限界がある。どっかの施設をクラッキングして火災を起こすか? 行政府からの偽の指令を送って施設から引き離すか? ああ、クソ! 仕込みの時間が足りない!!」


 交易施設近辺にはクラッキング出来て可燃物を満載した建築物等は皆無。

 それ以前に施設の近辺は土地の権利関係を見る限りでは一括で抑えられており施設全体をフェンスが取り囲んでいる等の警備の無駄遣いも甚だしい。

 なら施設に偽物の指令を送ろうとしても回線を通じた命令書らしきデータのやり取りも観測できない。

 信じられないが日常報告には通信回線を利用して重要な命令はデジタルを介さない古典的なアナログ的手法で行っている可能性が高い。

 そうであれば通信回線を通じて偽の命令を送ろうと即座に看破される。

 最悪の場合は警備を強化したうえで発信源を探る動きを見せるかもしれない。


「クソ、手詰まりだ。一人じゃどうしようもない……」


 端末を床に置いたノヴァは隻腕で顔を覆った。

 こうしている間にも時間は過ぎていき、ノヴァが病院から抜け出した事を知ったエドゥアルドが動き出すかもしれない。

 それをノヴァは頭では嫌と言う程に理解している。

 それでも現状を打開できる策を思いつけないストレスがノヴァの頭を苛むのだ。

 いっその事、帝都のシステム全体を修復不可能なまで破壊して自身も制御出来ない大規模システム障害を引き起こそうかとノヴァは投げやりな策を考えて──、誰かが家屋に侵入した気配をノヴァは感知した。


「誰か来た?」


 ノヴァの耳は階下から聞こえる僅かな足音を見逃さなかった。

 帝都の憲兵かとノヴァは一番初めに考えたが、足音が一人分しか聞こえない事に加え外に仲間らしき人が一人もいない事から可能性は低いと判断した。

 残った可能性として侵入者は盗人に類する人しか考えられなかった。

 其処まで考えたノヴァは部屋の隅で息を潜ませると侵入者が入って来るのを待った。

 大事にするつもりはなく、速攻で取り押さえ情報を吐かせた後は気絶させ縛って放置するつもりであった。


「……みんないる──か!?」


 そして侵入者が扉を開けて恐る恐る部屋の中程まで進んできた瞬間を見計らってノヴァは飛び掛かった。

 相手が気付く前に脚を払って体勢を崩し、前のめりに倒れる侵入者の背に乗りかかる。

 そして脚を使って侵入者の身体を取り押さえるとノヴァはうつ伏せになった侵入者の後頭部に拳銃を押し付けた。


「騒ぐな、質問に答えろ、お前は誰だ」


「痛い、クソ! お前こそ誰だ! どうしてお前は此処にいる! 仲間たちは何処にやった!」


「聞こえないのか、殺されたくなければ騒ぐな。お前は盗人なのか、何のために此処に忍び込んできた。包み隠さず正直に答えろ」


「盗人、目的? それはお前の方だろ! どうして俺達の隠れ家にお前がいる! お前は此処に逃げ込んだ仲間をどうした!」


 取り押さえた侵入者が返した反応はノヴァが予想していた物とは全く違った。

 ノヴァに取り押さえられて圧倒的に不利な状況にも関わらず怯える事は無く、そればかりか激しい怒りの表情が浮かび上がっていた。

 そして拘束された身体の痛みに呻きながらも動きと止めることなく出鱈目に動く様子を見せた。


「お前は何を言っている?」


 ノヴァは背中に流れる冷汗を悟られない様に落ち着いた声を出した。

 また同時に何かすれ違いが起こっていると感じたノヴァは拘束を続けながら取り押さえている侵入者の服装を注意深く観察する。

 暗闇の中で目を凝らすと部屋の窓から僅かに入る街灯の光が草臥れ傷だらけになった侵入者の服を照らすのが見えた。

 それだけであれば身形の悪い一般人と言えただろうが侵入者は全身の至る所に傷があり、元々草臥れていた服は流れる血を吸って赤いまだら模様を作っている。

 傷口の血がまだ乾き切っていない事から考えて時間はそれ程経っていないのだろう。


 ──そして見間違いでなければ傷口の幾つかは銃弾によるものである。


 其処まで観察し終えたノヴァは侵入者の顔を、まだ年若く少年から青年への過渡期であると思わせる幼さの残った顔を見た。


「お前は──。まて、車両? 行政府の連中か?」


 だがノヴァが男の正体を尋ねる前に潜伏している家屋に近付く車両の音が聞こえて来た。

 そして家屋を通り過ぎる事無く近くで停車、暫くすると複数人の足音が階下から聞こえて来た。


「新手か」


 足音からして入って来た人数は三人。

 取り押さえた侵入者の様に足音を隠すつもりはないのか静かな家屋の中で盛大に足音を立てながら家屋の中を歩き回っていた。

 何かを探しているのかノヴァの耳には階下から家具が倒れる音や何かが砕ける音が絶えず聞こえてきた。

 そして目ぼしい場所を調べ終わったのか足音は移動を介してノヴァ達がいる階に立ち入って来た。


「ヤバい! 離せ、クソ、クソ!!」


 足音が近付くにつれて取り押さえた男がより激しく暴れノヴァの拘束を振り解こうと藻掻き出す。

 だが身体の中心と関節を取り押さえたノヴァの拘束はどれ程暴れようと揺らぐ事は無く、男は身体を無駄に痛めるだけであった。

 そして足音はノヴァ達がいる部屋の前にまで来ると勢いよく扉を開け、仮面らしき物を付け威圧感のある装備に身を包んだ三人が入って来た。


「もう逃げ場はないぞ、革命家気取りの──」


 三人は間髪入れずに手に持った小銃の銃口をノヴァ達に向けた。

 だが銃口の下に付けられたライトの光がノヴァを照らし身に着けた制服が見える様になると取り囲んでいた三人は仮面の下で驚いた。

 そして慌てながらも急ぎ姿勢を整えると三人組のリーダーを務める男がノヴァに向けて敬礼を行った後に口を開いた。


「上級憲兵殿でしたか! 革命家の捕縛へのご協力ありがとうございます!」


 その言葉を聞いた瞬間にノヴァは現状を打開できるであろう一つの策を思いついた。

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