第128話 次の問題

 ──それは出来の悪い映画を見せられているようだった。


 数の暴力を前面に押し出してキャンプに迫っていたエイリアンとクリーチャーの混成軍団。

 奇策でも何でもない、純粋な数の暴力による蹂躙は単純でありながら強力。

 襲撃から完全に立ち直れていないキャンプにとって止めとなる侵攻になり得るものだった。

 それに対してキャンプは崩壊しながらも辛うじて機能を喪失していなかった防壁のセントリーガンを総動員し遅滞戦闘を展開。

 貴重な戦力を抽出して砲撃を担うタイタンを遠距離狙撃などで可能な限り排除、その後に奥の手である整備途中であった対ミュータント用の砲撃陣地でエイリアンとクリーチャーの混成軍団を纏めて吹き飛ばす作戦を立案していた。

 だが立案された作戦は急造で立案された為に抜け穴も多く、何より一番の脅威である砲撃を行うタイタンを全て排除出来る可能性は限りなく低かった。

 しかし誰もが作戦の不備を理解していながら反対の声を上げる事はなかった。

 それしかキャンプが生き残る作戦はなかったとは誰もが理解していた。

 その結果として多くの人が死ぬ予感を誰もが感じていた。

 それでも誰もが生き残るために覚悟を決め、戦場に赴こうと歩き出した。


 その直後に再び地下を揺るがす振動が襲い掛かり──だが、それはキャンプに迫る敵からの攻撃で生じたものではなかった。


 それを証明するかのように指揮所のモニターには爆発によって吹き飛ばされるエイリアンとクリーチャーが幾つも映し出された。

 まるで現実味の無い映像、死の予感を感じさせた程の数が成す術なく蹴散らされ、吹き飛ばされる。

 それが地上で実際に起こっている出来事を映した映像である事を指揮所にいる誰もが理解している。


 ──理解しているからこそ誰もが信じられなかった。


「航空支援が欲しいとは言いました。ええ、言いましたとも。……ですが実際に来るなんてあり得ません。都合のいい幻覚を私は見ているのかしら?」


「残念ながら幻覚ではなく現実に起こった事です。センサーが感知する敵の数が凄まじい勢いで減っています」


「……もしかしてタチアナの知り合い? 当時の帝国軍が今も何処かで生きていて援軍を寄越したとか?」


「それもあり得ません。目覚めてからボスの電波塔の修繕に乗じて近辺の帝国軍駐屯地に色々と通信を送りましたが何処も返事がありませんでした。完全に壊滅している、若しくは受信が可能であっても無視している可能性もあります。それでも援軍を送ってくれるような所は私が知る限り皆無です」


 目覚めてからタチアナはノヴァに隠れながら様々な事を行ってきた。

 帝国軍補給部隊の設立に裏から手を回し、内政部の中枢を息のかかった者達で固めた。

 そうしてキャンプ内での権力を確立すると電波塔の設備試験という建前で何度が生き残った帝国軍がいないか暗号通信を試みた。

 だが結果は振るわず、タチアナの呼び掛けに応える部隊はいなかった。

 戦争終結から優に一世紀以上も経過している事を考えれば当然の反応なのだろう。

 それでも何処かに自分達と同じ様に目覚めている仲間がいないか探し続け、結果は惨憺たるものであった。

 もしかしたら受信が出来たとしても諸事情により返信できない可能性も考えられるが確かめる術は無い。

 そうした試みの果てに生き残った帝国軍はいないと目覚めた元帝国軍人達は諦めと共に受け入れたのだ。

 だからこそタチアナは爆撃を行った航空機が帝国軍の所属ではないと断言した。


「ならノヴァの古巣からの援軍ではないのか? あいつが此処を拠点としたのも救援要請のためだっただろう」


「ではあの戦闘機は連邦から来たと……」


 満足な答えを得られず困惑を続けるオルガに答えたのはセルゲイであった。

 帝国でないのならば残る有力な選択肢は連邦しかない。

 何よりノヴァがザヴォルシスクに流れ着いた時から必死になって通信を試みてきたのを見てきたセルゲイはそうとしか考えられなかった。

 そしてセルゲイの発言に一番衝撃を受けていたのはオルガ──ではなくタチアナであった。


「……連邦は其処まで復興していたのですか。散々連邦に対する敵愾心を煽っていながら復興で遅れを取り領土を我が物顔で飛ばれる。地下で息を潜めていた帝国とは大違いですね」


「ならば我々の知る戦闘機でない事も理解できます。恐らく一から新造したのは稼働できる戦闘機が一切なかったからでしょう」


「それだけ貴重な兵器を帝国まで差し向ける程の重要人物なのですね。私達のボスは」


 タチアナの口から吐き出されたのは帝国に対する呆れと諦観がない交ぜになったような言葉であった。

 それは世界が、帝国が滅んでしまったのを目の当たりにしても捨てることが出来なった彼女の責務から出た言葉であった。


「だが好機だ。敵が混乱している今のうちに砲撃態勢を整え、完了次第打ち込むべきだ」


「……ええ、その通りです。グレゴリーは砲撃陣地の指揮を、セルゲイは狙撃を中断し観測任務に就いてもらいます。念のために生き残ったドローンも展開しますが少数で頼りにはなりません」


「分かった。嬢ちゃん、急ぎ案内してくれ」


「こっち、付いて来て」


 仄暗い思考に陥りそうになったタチアナであったが何はともあれグレゴリーが言うように圧倒的に不利な戦況から好転したのだ。

 指揮所に集った誰もが千載一遇の機会を逃さぬように動き出すのを見て気持ちを切り替えたタチアナは現状に即した命令を矢継ぎ早に繰り出す。

 そうしている間にも二回目の爆撃が行われ、再び吹き飛ばされるエイリアンとクリーチャーの映像が至る所に映し出された。


「爆撃は二回のみ、それでも生き残りは多いですね……」


 連邦所属と思われる航空機は二回目の爆撃を終えると進路を変えて飛び去ろうとしていた。

 待ち望んでいた航空支援は二回の爆撃で打ち止めとなった。

 戦争のセオリーに従うのであればあと数回爆撃を要請したいが通信回線が確立されていない現状で更なる爆撃を要求する事は出来なかった。

 キャンプに迫っていた最初期と比べれば敵の数は大きく減り──しかし爆撃から生き残ったエイリアンも数多くいた。

 それでもゼロに等しい勝率から作戦の展開次第では被害を抑えて勝利が出来る程度に勝率は大きく上昇した。

 爆撃後に行われる作戦は現状に合わせて修正を行いつつも大きく変わらない。

 最後のカギを持つのは個々人の働きのみ、前線で戦う彼らを万全にサポートすべく指揮所の誰もが動き出した。


「おい、航空機から何かが投下されたぞ? それにまだ……、人が落ちたぞ!?」


 だが映像を監視していた職員の一言で指揮所は驚愕に包まれた。

 誰もが監視カメラの映像を穴が開くほど見つめ、何が起こったか理解したタチアナは直ぐに声を張り上げた。


「現場に緊急連絡! 作戦地域に落下したパイロットの保護を最優先!」


 航空機が投下したコンテナらしき物の中身は知る由もないが此方に連絡がない以上は余計な手出しを控えるべきだとタチアナは考えた。

 だがパイロットは違う。

 航空機の不調か或いは別の原因があるかもしれない、それでも落下の原因が何であれ窮地にあったキャンプを救ってくれた人物なのだ。

 未だに殲滅が完了していない戦場にパイロットが降り立てば四方八方から生き残ったエイリアンに囲まれ袋叩きのうえ殺される未来しかない。

 急ぎ落下地点に急行してパイロットを保護する必要があった。

 タチアナの命令を受けて司令部の人員は慌ただしく動き大急ぎで現場に指示を繰り出す。

 誰もが窮地を救ってくれたパイロットを助けようと思いを一つにして動き出した。


 ──だが彼らの救助を不要であると告げるかのように航空機から落下したパイロットは動き出した。


「私は一体何を見ているのかしら?」


 コンテナと共に盛大な落下を繰り広げた挙句に無傷で地上に降り立ったパイロット。

 それだけでも困惑と共に大量の疑問符が頭上に浮かび上がる現実離れした光景であるのだ。だが無事に降り立っただけに留まらずパイロットは直後にコンテナの中に身体を潜め、次の瞬間には見覚えのない武装を纏ってエイリアン相手に単身で斬り込んでいった。


「疲れているのかしら、一人の人間がエイリアンを膾切りにしている映像が見えるの……、もしかしてカメラ映像が差し替えられていない?」


「いえ差し替えられた映像ではありません。CGでもVFXでもない、現実で起こっている映像です」


 映像の中でエイリアンが次々に膾切りにされていく。

 人間よりもタフで丈夫な筈の身体が一息で切り裂かれ、盾として構えたであろう銃器は切断面の赤熱化と共に破断され小爆発を起こしていく。

 エイリアンの種類を問わず、生き残っていたクリーチャーも問答無用にパイロットは切り裂き時には殴り殺していく。


「マリソル中尉、貴方の見てきた映画の中でこういった……、あれです、敵味方が判別できない一騎当千の何かが登場した場合の対応はどの様なものがあったか覚えていますか?」


「私の専門はサスペンスとラブロマンスです。アクション映画は余り嗜んでいませんが……、一先ず様子を見るべきでしょう」


「そうよね。普通に考えれば静観一択よね」


 それは正に無双としか言いようがない光景、キャンプからの援護が入り込む余地は無く一人の人間が戦場を支配していた。

 その殺戮は鬼気迫るモノ、下手に援護をして敵であると判断されればキャンプにも問答無用で斬り込んでくると思わせる有無を言わせない迫力があった。


 だからこそ一人で生き残ったエイリアンとクリーチャーを皆殺しにしたと知らされたタチアナは別の意味で頭を抱える事になった。


「……どうしましょう、生き残った敵を一人で倒したけど」


「これは、あれですね、そう、あれです」


「マリソル中尉、返事は簡潔にして下さい」


「邪魔者を先に片づけたと言えるでしょう」


「成程、それで、その次は?」


「友好か、或いは敵対するかの二択です」


 勘弁してくれ、映画の様な信じられない出来事が起こったと思えば次はフィクションから出てきた様な人物との対応をしなければいけなくなったタチアナは別の意味で頭を抱えた。

 だがキャンプの人々の困惑とは無縁に状況は問答無用で進んで行く。


「あの、パイロットから通信が送られてきました……」


「……繋いで下さい」


 静まり返った指揮所の中でタチアナの声が響き、指揮所に詰め掛けた誰もが息を潜め事の成り行きを見守っていた。

 そして接続に伴う雑音が短く鳴り響いた後にスピーカーから声が聞こえてきた。


『ノヴァ様、其処にいますか?』


 聞こえてきたのは女性の声であった。

 先程まで一人でエイリアンとクリーチャー相手に無双を行っていた人物とは思えない程に綺麗で凛とした声であった。


『ノヴァ様、聞こえますか? サリアです、救助が遅れて申し訳ありません。今すぐ其方に向かいます』


 離れ離れになっていた人と漸く再会できる喜びと呼び掛けた相手が無事なのかと不安が入り混じった呼び掛け。

 その声を聞いた指揮所にいる誰もが先程まで繰り広げられていた残酷映像とスピーカーから聞こえてきた声を結び付けられず只管に困惑するしかなかった。

 だが当人たちの困惑など知った事ではないと女性は呼び掛け続けて──、しかし先程から女性が呼びかけ続けているノヴァはキャンプにはいないのだ。

 それを理解している誰もが通信相手に対して一体どの様な返答を行うのかと指揮所にいるタチアナに視線を向けた。

 そうした人々の視線を感じながらタチアナはマイクを持つ。

 背筋には嫌な汗が流れ、嘗てない程緊張した面持ちでスイッチを入れた。


「聞こえますか、此方は──」


『誰だ、お前は』


 タチアナが口を開いた僅か数秒後にスピーカーから聞こえてくる女性の声は様変わりした。先程まで聞こえていた相手を慮る優しさは消え、只管に冷たく機械的な声がスピーカーから流れて来る。


『もう一度言う。お前は誰だ』


「……キャンプの臨時代表を務めるタチアナです。まずキャンプを救ってく──」


『お前達の事などどうでもいい。私が此処に来たのはノヴァ様に会うためだ、其処にノヴァ様はいるのか? いるなら代われ』


「……此処にはいません」


 その言葉を発した瞬間元々静かであった指揮所の中が更に静まり返った。

 聞こえてくるのは隣に座る同僚の息遣いのみ、それ程までに耳に痛い程の静寂が地下を支配した。


『……通信にノイズが入ったようだ。もう一度聞く、ノヴァ様に代われ』


 静寂を破ったのは更に冷え切った女性の声であった。

 最早抑揚すら失われ機械が話している様にしか聞こえない声は聞いた者は誰一人例外なく無意識に冷や汗を流させる程。

 そしてスピーカーから聞こえてくる内容に変わりはない、只管にノヴァに代われと女性は要求を続けた。


「此処にはボス、ノヴァ様はいません」


『……もう直ぐ其処に着く。詳しい話を聞かせてもらう』


 それだけ言って女性からの通信は一方的に切られた、後に残されたのは酷く静まり返る指揮所だけである。

 誰も口を開かない、いや、開けない静寂の中でも職員達は上官からの命令を受領しようと視線だけをタチアナに向け──、その視線に耐え切れなくなったタチアナは大きく息を吸い、あらん限りの声で内心を吐露した。


「如何すれば良かったのよ!?!?」


 その問いに何も返す言葉が見つからない職員達は誰もが視線を背けた。

 許容量を超えた出来事で一杯一杯になり次に何をすべきが分からない程に混乱した上官をマリソル中尉は宥めた。

 そして机に突っ伏した上官に代わりマリソル中尉は指揮所の次席として指揮所から命令を下した。


「……取り敢えず受け入れ準備を整えます」


 そうして一先ずはマリソル中尉が言うように受け入れ態勢を整えようと指揮所を通じて関係各所は動き出した。

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