第127話 防人
分厚い雲を突き抜け、鉛色の空を切り裂いて試作多目的大型戦闘機<改>は飛んでいる。
付き従う無人戦闘機は先程まで行っていた戦闘によって数を減らし、今も付き従うのは4機しかいない。
作戦開始時と比べれば戦闘能力は半分以下にまで減少し、軍隊であれば全滅判定を下されても不思議ではない。
本来であれば戦闘が終わった時点で帰還を行い十分な補給と整備を受けるべきであった。
しかし戦闘機は引き返す事を選ばず、生き残った4機の無人戦闘機を従えながら空を飛び続けた。
それは本来の作戦行動を逸脱している行為であると機体と繋がっているシステムが警告音を発し訴え掛けている。
大小様々な損傷があり燃料も危険域まで減っている、機体の状態は万全とは口が裂けても言えない。
今すぐ引き返せと機体のシステムが叫び──、それを上位権限で捻じ伏せて飛び続ける。
目指す場所は決まっていた。
ジャミング発生源を墜とした事でセンサーは微弱な信号を漸く捕らえることが出来た。
今も発し続ける信号を頼りに飛んでいく。
それは暗闇の中にあって僅かに見える薄明りを目指して進むに等しかった。
──だけど、見つけた、見つけることが出来た。
分厚い雲を突き抜けた先に広がるのは崩壊し廃墟と化した街並み。
事前に入力した情報に従えば廃墟はザヴォルシスクと呼ばれる地方都市であった。
その中でもひと際大きな高層建築物、ザヴォルシスク放送局の電波塔から救難信号が送られているのが判明した。
<救難信号発生源を特定、電波塔と推測されます>
見間違いでは無い。
センサーの誤作動ではない。
確かに信号は電波塔から送られていた。
だがそれだけではなかった。
<救難信号発生地点の付近で火災を確認、分析を開始します>
電波塔の下に広がる一帯が燃えている。
砲撃によって抉られた大きな穴が地面には幾つもあった。
そして地上では幾つもの火花が瞬いている。
それはセントリーガンの銃身が焼け付く勢いで放つ閃光であり、防壁らしき障害物に隠れた人が散発に放つ銃声であった。
地上では戦闘が起こっていた、そして誰が何と戦っているのかをセンサーが捕らえた。
<目標地点に接近する多数の物体を観測。ライブラリー照合……エイリアンに属する個体と考えられます>
火災を起こした原因は直ぐに判明した。
センサーが捕らえたのは電波塔に迫る大量の敵、それはノヴァと離れる原因となったエイリアンであった。
その姿を見間違う事は無い。
ライブラリーに照合せずとも自らの電脳に記録された情報が叫ぶ。
──あれは敵だ。
<巡行モードから戦闘モードへ移行。編隊各機の火器管制を同期、機首レールガンにエネルギー充填、対地兵装:CBU(Cluster Bomb Units:クラスター爆弾ユニット)の信管をアクティブ、照準を開始します>
武装は消耗している、付き従える無人機の数も大きく減ってしまった──それでも地上に集うエイリアンを吹き飛ばす火力は未だに健在である。
機体のウェポンラックが開き今迄温存されていた対地兵器が姿を現す。
それは地上に集う敵を一掃する兵器、内蔵された機構に電気が奔り火種が灯された。
<目標までの距離3000、……2500、……2000、……1500、……1000。投射開始>
レールガンから閃光が瞬き放たれた矢が音速を超えて空間を突き進む。
地上を悠然と進むタイタンの胴体に命中し、その身体を二等分に引き裂いた。
投下されたCBU──クラスター爆弾ユニットが敵集団の上空で花開く。
内蔵された幾百の子爆弾が地上に降り注ぎ爆発の連鎖を引き起こす。
エイリアンの種類を問わず肉を吹き飛ばし、四肢を引き千切り物言わぬ肉片へと変える。
そうして一回目の攻撃を終えた編隊は上空を駆け抜け、一時的に戦場から離れる。
<評価開始……、敵集団の37%を撃破、セカンドアタックに移行、残存燃料から最後の攻撃となります>
だがそれで終わりではい。
編隊は十分な距離を取ると進路を変更、再び爆撃コースに侵入する。
しかし、これが最後の攻撃であった。
地上を吹きとばす爆弾も残り僅か、何より機体に残った燃料は危険域に入っていた。
だからこそ残り一回の攻撃で最大の戦果を齎すために管制システムは僅かな時間で演算を終え最適な爆撃地点を割り出す。
そして再び地上が紅蓮に染まった。
ファーストアタックにも劣らない爆撃がエイリアンの集団を吹き飛ばした。
廃墟が爆撃によって震え、戦闘機の過ぎ去った後に残るのは大きく数を減らしたエイリアンの集団であった。
<セカンドアタックの評価開始……、敵集団の38%を撃破。敵集団の75%を駆逐したと評価します>
二回にも及ぶ爆撃はエイリアンの数を大きく削り取る事に成功した。
電波塔に迫っていた集団は今やバラバラに引き裂かれ、小さな塊となって地上に存在しているだけだ。
<当機体の残存燃料が基準値を下回りました。予備プランに従い編隊はザヴォルシスク国内空港の制圧に移行します>
だがこれ以上の爆撃は不可能であった。
機体の燃料は尽き掛け、これ以上ザヴォルシスク近辺を飛行していれば燃料切れにより墜落するのは避けられない。
故に機体に搭載されている管制システムは事前に入力された予備プランの中から実現性の高い計画を選択した。
編隊は予備プランに従い機体の進路を変える。
それはザヴォルシスクから遠ざかる進路であり──しかし、機体は最期のお土産を地上に向けて解き放つ動作に入った。
<外装型追加兵装ユニットを投下します>
機体後部に接続されていたコンテナの拘束が解かれ離れていく。
切り離した事で重量が大きく変化した機体が揺れる。
管制システムは機体を操作し安定を取り戻すと今度は背面飛行へと移行した。
それは危険な曲芸染みた飛行、しかし機体は些かもバランスを崩す事無く飛び続ける。
<安全装置解除、キャノピーを開放します>
そして機首にあるコックピットを覆う装甲キャノピーが開かれた。
人間には耐え難い冷気を纏う猛烈な風がコックピットに流れ込む。
だが操縦席にいる者は過酷な環境に苦痛を漏らす事無く座席を操作、その直後にコックピットから落ちていった。
<Good luck.セカンド>
空中に投げ出されたセカンドと呼ばれるアンドロイド──サリアに戦闘機の管制システムから最後の通信が送信される。
そしてサリアは落下しながら先行して投下されたコンテナに近付き備え付けられた取手に四肢を固定、搭載されている減速装置を起動した。
四隅から噴き出すジェット噴射がコンテナの落下速度を軽減する。
それでも殺しきれなかった勢いは地上に立っていたエイリアンの肉体をクッションとして活用し減速を行う。
死んで横たわっているモノ、生きて立っているモノ、肉片となっているモノを減速の為のクッションとしてコンテナが磨り潰していく。
抉れた土が赤色に染まり一筋の真っ赤な道が出来上がった。
凄惨な軌跡の先にあるコンテナは外装が汚れながらも壊れてはいなかった。
そしてアンドロイドであっても無策で落ちれば破壊は免れない高度でありながらコンテナの上に立ったサリアは無傷であった。
「コンテナ開放、外装型追加兵装ユニット展開」
声と共にコンテナから駆動音が轟き、開かれる。
中に納まっているのは戦闘用外骨格一式と追加ユニットである。
対クリーチャー様に製造された強化外骨格、3mに迫る巨体が持つ戦闘能力を通常の戦闘用外骨格で再現するコンセプトで設計されたのが外装型追加兵装ユニット。
多用途任務を可能にするため可能な限り追加ユニットは小型化され、装備換装によるマルチロール化が可能な次世代戦闘用外骨格。
正式配備はされておらずノヴァの失踪により試作止まりとなった兵装、そして試作1号機はサリアの専用装備として開発された。
『戦闘用外骨格装着、システム接続開始』
『システム接続完了、続けて追加ユニットの接続に入ります』
『両腕部接続完了、診断を開始……問題なし』
「GURAAA!!」
落下に巻き込まれなったエイリアン達が手に持った銃を動かす。
コンテナを取り囲む様に布陣し、しかしコンテナから流れ続ける人工音声は周囲の殺気立った状況を気にも留めずに流れ続けた。
『背部機動ユニット接続完了、診断を開始……問題なし』
『両脚部接続完了、診断を開始……問題なし』
『頭部追加センサーユニット接続完了、診断を開始……問題なし』
銃口が狙うのはコンテナ、照準が定まった個体から発砲を開始した。
大量の銃口から放たれたのは数えるのも馬鹿らしくなる程の銃撃、それがコンテナ一つに集中して放たれ──。
『全接続問題なし、起動開始』
銃撃がコンテナに命中する直前に中から一つの機体が飛び出す。
そして背負った対クリーチャー用近接武器、巨大な片刃の剣が振り下ろされエイリアンの身体を頭から切り裂いた。
抵抗を許さず骨も筋肉も装甲も何もかもを切り裂かれたエイリアンが正中線に沿って二つに別たれる。
機体の背部に接続された機動ユニットが極短時間炎を噴く。
生み出された推力がサリアを動かし、未だに照準が定まっていないエイリアンの腹部を切り裂いた。
何が起きたのか理解出来ずに身体が二つに別たれたエイリアンを後にして、さらに次のエイリアンをサリアは斬る。
巨大な剣が振るわれる度にエイリアンは斬り殺された。
抵抗は許されず、装甲も無意味、銃撃を加えようにも早すぎるサリアを捕らえる事は出来ずに何もない空間を銃撃するばかりであった。
「GURAAAAAAA!!」
だがエイリアンも一方的に殺され続けるばかりではない。
二度に渡る爆撃を生き残ったタイタンが砲を構える。
狙うのはサリアが殺戮を続ける一帯全て、瞬きの間に積み上がる味方の死骸から味方ごと吹き飛ばそうとしたタイタン。
しかし砲にエネルギーが集約され解き放たれる寸前でサリアは機動ユニットで体の向きを変えると同時に剣を投擲する。
槍投げの如く放たれた巨大な剣は外骨格とサリア本体の膂力が合わさりタイタンの頭蓋を貫くのに十分な速度を与えられた。
鼻腔から入った剣がタイタンの脳を貫き一撃で絶命させ、狂った照準によって放たれた砲は自ら足元を吹き飛ばした。
遠くから狙撃を行おうとするエイリアンがいた。
斬りつけるには離れており、機動ユニットであっても距離を詰めようとすれば数秒の時間を要する距離。
だからサリアは背部に装着された翼を取り外し投げつける。
それはサリアの手を離れた瞬間に勢いを保ったまま回転を始め、実体の刃を持ったブーメランとして狙撃を試みたエイリアンを両断。
内蔵された機構が回転を制御し隣にいたエイリアンも追加で両断しサリアの手元に戻ってくる。
「GURAAAAA──!?!?」
エイリアンが吠える。
クリーチャーが吠える。
生き残りを総動員してたった一体のアンドロイドを破壊しようと押し寄せ──それが悉く殺されていく。
エイリアンを切り殺し、クリーチャーを踏みつぶし、数の暴力を圧倒的な戦闘能力によって蹂躙していく。
刃を振るい、刃を投擲すれば新たな刃を出し、近付いてくれば踏み潰し、殴り殺す。
ノヴァに近付く敵を全て排除出来るようにとサリアが願い作られた兵装が生み出したのは一体の剣鬼であり正真正銘の怪物であった。
そして地上に着陸してから一時間も経たない内にサリアの周りから敵の姿が消えた。
周りあるのは積み重なった死骸。
エイリアンもクリーチャーも綯交ぜになった朱色の山が築かれ、その谷間を鮮血が川の様に流れていく。
騒がしかった戦場も静まり返り、血生臭いそよ風が流れるだけだ。
「……戦闘終了」
耳に痛い程の静寂が支配する戦場にサリアの声が響く。
その声は感情を感じさせない冷たさに満ちていた。
だがこれで終わりではない、漸く全ての面倒事が解決したのだ。
「其処にいるのですか? 今、行きます」
サリアは機体の向きを変え進む、電波塔の下に広がるキャンプの元へ。
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