第125話 止まらない

 ──キャンプの支払った代償は途轍もなく大きかった。


 エドゥアルドによる想定外の襲撃を受け、しかし辛くも退けた。

 だが失ったものは戻ってこない。

 先程まで多くの人が賑わっていたキャンプとは思えない有様、建物に刻まれた戦闘の爪痕に火災によって炭化した建築資材、襲撃による傷跡は残されたまま放置されていた。

 だがキャンプの危機が去った訳ではない。

 戦況は圧倒的に不利であった。

 しかしエドゥアルド支配下のクリーチャーによる襲撃から一時の猶予を得ることが出来たのはノヴァが身柄を差し出したからだ。

 それ以前にエドゥアルドはキャンプに対して一切の価値を見出していなかったのもある。

 そして襲撃の最中にあってノヴァの行動は最適解ではあった。

 例えそれが僅かな猶予を得る為の行動であっても、得られた時間を使って混乱を収め体制を整える時間を得る事は出来た。

 その時間を無駄にしない為にキャンプの地上……ではなく地下では多くの人が動いていた。


「無事な銃器は向こうに運べ!」


「弾薬は第二倉庫、食料は第三倉庫だ!」


「壁は叩いて調べろ、空洞があれば壊して補強材を流し込め!」


「シェルターには女子供を優先して入れろ、銃を扱える奴はこっちだ!」


 地下繁華街として放送局一帯に張り巡らされていた地下空間。

 ミュータントの巣窟と化していた危険地帯は多くの人手と資材を投じたことで解放。

 居住地としての利用に留まらず倉庫や通路などに利用可能な空間として多くの人が行き交う様になった。

 そして襲撃後の地下空間は嘗てない程に多くの人が行き交い、鬼気迫った様子で誰もが動き続けていた。

 その中に無傷な者は殆どおらずクリーチャーの襲撃によって住民達は何かしらの被害を受けていた。

 だが住民達は落ち込んではいなかった、何より落ち込む暇が無かった。

 何故ならキャンプを取り巻く問題は解決したわけではないのだから。


 そしてキャンプの地下に作られた予備指揮所──地上指揮所が何らかの理由で使用不可能になった場合に備えて作られた──にはキャンプの首脳陣を含めた多くの人が集まっていた。

 だが誰もが顔色を悪くしていた、ノヴァ救出作戦が失敗した事を知らされたからだ。


「作戦は失敗したのか」


 クリーチャーの襲撃から安全を確保するために主機能を地下に移した指揮所の中は静まり返っていた。

 その中にあって口を開いたグレゴリーの声は酷く響いた。

 同時にその言葉は指揮所に集った誰もが口に出したかった言葉でもあった。


「はい、作戦の最終段階に際して敵の増援……、エイリアンが現れました」


 グレゴリーの質問に答えたのは救出作戦における実行部隊を率いていたアルチョム。

 作戦のあらましを答える度に顔を苦悶の表情に歪め、それが作戦の失敗だけではない事が一目で分かる程アルチョムの身体はボロボロだった。

 敵の包囲網を強引に強行突破したせいで負った傷は全身に及んでいる。

 作戦時に外骨格を装着してもいてもこれなのだ、装備していなかったら間違いなく死んでいただろう猛攻の嵐を突破した代償としては安いものだろうとアルチョムは考えていた。

 そして本来であれば休息を取るべきところを自身の強い希望もあってソフィアに肩を貸してもらい予備指揮所に来たのだ。


「分かった、二人は一先ずは身体を休めてくれ。何か決まり次第すぐに知らせる」


 アルチョムから一連の報告を聞いたグレゴリーは二人に休息を取るよう促した、その言葉しか捻り出せなかった。

 そして間を置かずにグレゴリーは次の救出作戦ついて考え始めるが妙案は浮かばない。

 今回の救出作戦はプスコフを主体に少数精鋭で固めた部隊で実施されたもの。

 時間との勝負であったため事前行われる筈の情報収集は不十分、敵の数も正体も不明な状況での作戦の成功率を少しでも上げる為に少数精鋭にするしかなかった。

 初めから無理のある作戦であるとは分かりきっていた、それでも現状用意できる最高峰のメンバーを集め送り出した。

 犠牲を覚悟して臨めば精鋭で固めた部隊は作戦を成功させるとグレゴリーは信じた──、信じたかった。

 だが相手は犠牲だけで乗り越えられる様な相手ではなかった。

 予備指揮所に詰め掛けた誰もがアルチョムの報告を聞き、誰もが改めて敵対している相手の底知れなさを思い知らされた。


「エイリアン……、見間違いでは無いのですね」


「ええ、奇襲を受けた時のボスはそう判断していたわ。私も『禁忌の地』でアイツらと戦った事があるから見間違いでは無いわよ」


 タチアナの質問にアルチョムに肩を貸しているソフィアが答える。

 実際に『禁忌の地』で戦ってきたソフィアだからこそ断言出来た。

 だがそれが齎したのは帝都がエイリアンを従えているという想定外にも程がある情報だ。

 だが証言と同時に戦闘経過を記録した映像が再生されると誰もが理解するしかなかった。映像越しではあったがその姿を見間違える事は無い、絶滅戦争における敵の姿はタチアナを筆頭として旧帝国軍の脳裏に焼き付いていた。

 だからこそ確認した瞬間認めざるを得なかった、信じ難い情報を認めるしかなかった。


「救出部隊を収容後、整備と補給を行い二度目の作戦を行うべきでしょう」


「あぁ、それしかない」


 それでもノヴァの救出を諦める選択肢は存在しないとタチアナの言葉にグレゴリーは返事を返した。

 襲撃による被害は多岐に渡り地上設備の損害、戦闘員に限定されない人的被害、備蓄物資の喪失、小さなものを含めれば相当数の被害が発生していた。

 だが全てを合わせてもノヴァの喪失と比べれば些事である、それがキャンプの住民達の総意であった。

 物が壊れれば直せばいい、傷を負えば治療すればいい。

 残酷ではあるがキャンプにおいて人も物も代替可能な存在であるがノヴァだけは違う。

 その力を、能力を知り、追い詰められた現実、世界を変える可能性を間近で見せられてきたからこそ代替不可能な存在であると誰もが理解していた。


「確かにグレゴリーの言う通りだ。だが現状の備蓄を考えればコレが最後だろう」


「セルゲイ……」


「敵も馬鹿ではない。襲撃に備えて帝都の守りを固めている。戦車の喪失を前提に作戦を考える必要があるだろう」


 セルゲイの言葉を聞いたグレゴリーは改めては二回目の救出作戦を考える。

 敵の規模が分かった現状中途半端な戦力投入は無駄であり、どれ程の戦力を送り込めるか今一度計算しなくていけなかった。


「会議中に失礼するよ」


 そしてグレゴリーとセルゲイが改めて作戦を考えている重苦しい会議室にオルガが現れた。

 指揮所に入ってきた彼女は普段と変わらない表情、だがその顔と両手には血を拭った跡が大量にあった。


「オルガ、商業部の方で何か分かりましたか?」


「商人の中に帝都に通じる奴がいたけど末端、名義を偽ってうちから色々仕入れては幾つもの仲介業者を通して帝都に流していた。物だけじゃなく情報も流していたようでね、今はお話の途中だよ。他にも何かないか絞ってみる最中だけど彼らが使う秘密の交易路について情報を吐いた。裏付けはまだだけど使えると思って纏めてきたよ」


 そう言ってオルガはタチアナにメトロの路線図書かれた地図を渡す。

 其処には一般に公開されていたメトロの路線図に加え作業用線路や元から記載されていない線路も書き加えられており、その中に秘密の交易路もあった。

 裏付けが取れていない段階であり信頼できるかどうかは不明、だが特に帝都に通じる秘密の交易路の存在はタチアナにとって喉から手が出るほど欲しい物であった。


「ありがとうございます。これで危険な裏道を使わなくて済むかもしれません」


「すると実行するのかい、帝都襲撃を?」


「はい、現状それしか一連の襲撃を止める手立てがありません」


 帝都襲撃、それはノヴァを欠いたキャンプ首脳部が現状を解決するために立案した作戦であった。

 その元となる基本計画はタチアナが密かに立案していた帝都掌握計画のパターンの一つ。

 日進月歩の勢いで勢力拡大を続けるキャンプが外部からの干渉を受けるのは必然、その干渉がいかなる手段で行われても対処できる様にタチアナが計画していたものであった。


 基本方針は帝都と協調路線を取りつつも独自の勢力基盤を確立。

 その最中にメトロ最大の勢力である帝都がキャンプに対して何らかの妨害、或いは武力を用いてきた干渉を行った場合には報復措置として帝都への侵攻を計画していたのだ。

 報復措置を行うにも情報が不足しており、現在の帝都への調査も始まったばかりで全ては机上の空論止まりであった。

 また報復措置とは別に構想止まりの計画の中には武力を用いた帝都掌握によるメトロ平定という一等に過激な計画もあったがお蔵入りした。


 ──だがキャンプの襲撃によって前提条件が全て覆った。


 キャンプに対しての破壊工作、サイボーグを用いてのノヴァの誘拐、そしてエドゥアルドが率いるクリーチャーによる襲撃。

 帝都は明確な敵対行動をキャンプに対して行ってきた、宣戦布告も何もかも通達しないで一方的に一連の襲撃を行ってきたのだ。

 仮にノヴァを救出できたとしても帝都は敵のまま、加えてエイリアンも支配下に置いている現状を鑑みればキャンプはあらゆる面で圧倒的に不利である。

 対処するのであれば帝都そのものを無力化するしかない。

 それがどれほど可能性のない作戦であったとしてもだ。


「ふ~ん、それにしてもエイリアンがいると聞いても驚いていないね。知っていたの?」


「ええ、大戦時にエイリアンの指揮系統の解析は殆ど完了していました。そして当時の帝国軍はエイリアンの指揮系統を一部乗っ取り制御下に置く計画を立案しました。その実証実験が行われていたのが当時の戦線に近い此処、ザヴォルシスクです」


 毒を以て毒を制す、

 大戦時におけるエイリアンとの戦いは国家の存亡を掛けた凄惨な戦いであった。

 降伏も勝利も無い、どちらかが滅びるまで終わらない戦争を勝つために帝国はありとあらゆる手段を模索した。

 エイリアンの指揮系統を乗っ取るのもその一つ、多くのリソースが投入された研究は実際にエイリアンの指揮系統を解析し成功の一歩手前まで進んでいた。


「しかし研究が成功する前に核兵器の全力投入による前代未聞の殲滅が決定しました。当時の私達も殲滅戦が下された段階でシェルターに避難する予定でしたが…………、その最中にエイリアンに捕まってしまったので殲滅が成功したのかは分かりませんでした。ですが人類が生き残っている事実からして作戦は成功していたのでしょう」


 研究が成功に辿り着けるほどの時間は残されておらず、時間切れを迎えた。

 そしてタチアナ達が運命の悪戯によって目覚めた時に広がっていたのは荒廃した祖国の姿であった。

 無人と化した土地、其処に住む人はおらず人ならざる化け物が闊歩する終末の世界。

 それでも核兵器の投入は間違っていなかった、人類は滅びる事無く生存していたのだからと目覚めた人々は自らに言い聞かせた。


「じゃあ研究は世界が荒れ果てた後も続いていて成功していたって事?」


 だが核兵器投入後もエイリアンの研究は中止される事無く、成功し実用化まで漕ぎ着けていたのだ。

 そして研究成果による計画立案時の運用はされないまま、成果を帝都が握り私的に運用している事が明るみになった。


「そのようですね。そして研究を接収したのが今の帝都を支配下に置いている組織、私の予想では或いは当時の権力を拡大し続けた秘密警察『チェーカー』であると予想しています」


 キャンプを襲撃したサイボーグ部隊の身体は当時の国防省帝国情報部が採用していた独自の機体であった。

 無論当時の物と比べれば外装や武装の劣化は否めないが基本となっている物は変わらない。

 そして独自機体を整備出来る可能性を持つのは当時の情報部、或いは情報部を前身にもつ帝都の組織しか考えられなかった。


「じゃあ帝国軍繋がりでボスの解放が出来たりする?」


「無理です。何せ大戦時の秘密警察『チェーカー』と言えば軍部でも忌み嫌われていました。危険思想と連邦の内通者を摘発すると言っては作戦に介入するのが日常茶飯事でしたから」


 当時の帝国は悪化する経済と戦況が原因で多くの危険思想が生まれては社会全体で様々な事件を起こしていた。

 誘拐、洗脳、強盗……、危険思想に魅入られた者達の罪状は片手では足りない。

 そして雰囲気で世界の破滅を感じ取り、国家の検閲を超えてエイリアンの情報と戦況を知った国民の中には終末思想に魅入られる者が後を絶たず、また入手した情報を無差別に拡散して社会を混乱に陥れた。

して社会を混乱に陥れた。

 そして危険思想に魅入られた者達を取り締まる為に当時の政権の肝いりで国防省情報部内に作られ特別措置により独自の権限が付与された秘密警察『チェーカー』であった。

 市民に紛れ思想の監視を行い危険であると判断された者を秘密裏に処理する。

 戦争継続の為、銃後の憂いを無くす為に危険思想の取締と付随する事件の対処が主な役目であり設立目的であった。


 ──しかし悪化する戦況に引きずられるように悪化の一途を辿る治安を目の前にて時の政府は秘密警察『チェーカー』の権限を拡大するしかなかった。


 そして木乃伊取りが木乃伊になった。

 危険思想を取り締まる筈が危険思想に魅入られた、目前に迫った破滅を前に正常な思考を保てる人は少数であり、大多数は狂気に飲み込まれるしかなかった。

 秘密警察『チェーカー』も優秀ではあったが同じ人間であり、分不相応な権力も相まって危険思想とは最悪な組み合わせであった。

 権力は政敵を合法的に排除できる免罪符となり、本来であれば止められた筈の権力の暴走は戦況の悪化により機能不全に陥った。

 権力は暴走し国防省情報部を取り込むと『チェーカー』による権力の私的利用は歯止めが利かなくなった。

 経済界、政界にも狂った魔手を伸ばし、遂には帝国軍にまで触手を伸ばしてきた。


「ああ、今だからこそ言えます。あの時に迷わず殺しておくべきでした」


「因縁があるんだ」


「ええ、私の出自に関わる事ですから。知りたいですか?」


「悪いけど興味はないね。今重要なのはボスをどうやって助けるかだよ」


「……それもそうですね。今は詰まらない昔話を話している時ではありませんから」


 タチアナもまた秘密警察『チェーカー』による被害を受けた一人であり──だが、オルガにしてみれば遥か大昔の政治の泥沼劇場など興味のない話であった。

 そしてタチアナもまたオルガと同じ考えである。

 過去のあれこれ等よりも今を生きる為に必要な事をするべきと考えていた。


「今迄の情報を整理しましょう」


 そう言って指揮所に集まったキャンプ首脳陣の視線を集めたタチアナは今迄に分かった事を改めて確認していく。


「ボスは攫われ、キャンプの襲撃は止まったものの何時再開されるか不明。帝都は此方をどのように認識しているかも分かりませんが敵対的な行動を通達なく行った事から敵と見なしていいでしょう」


 タチアナの口から改めて現状を伝えられた誰もが顔を険しくする。

 それ程までにキャンプは不利な立場に立たされており、主導権もまた相手が握っている状態であった。

 だが指揮所に集った誰もが困難に頭を悩ませながらも諦めてはいなかった。


「現状は圧倒的に我々に不利です。その上で何をする──」


「大佐、キャンプに向けて帝国軍の暗号化処理を施された通信が送られてきました!! ボスと共に解放したサイボーグが発信源と思われます!」


 だが現実は待ってはくれず、考える時間も十分に与えられないまま進んで行く。

 通信を受信した事を知らせにマリソル中尉が指揮所に入ると共に通信を送ってきたのが何者であるか知れ渡ると指揮所の中は再び静まり返った。

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