第124話 急加速
戦車に押し出された列車が加速する。
今迄の遅く緩やかな運航ではない、その加速によって列車が今迄に無い程に揺れ動き身体に伝わる振動は大きくなった。
急激な加速が齎す慣性によって列車に搭乗するノヴァとエドゥアルドは互いに座席の手すりを掴み──しかし体勢が崩れる事無く互いを見ていた。
「もしかして、誘いに乗ってくれたのは私を殺すためですか?」
「可能であれば殺すつもりだった。だが優秀な部下のお陰で今日中に叶いそうだ。前回のようにはいかない。お前は此処で殺す!」
ノヴァが言い終わると同時に列車は先頭を走る戦車に追いつき、列車の先頭を走る戦車の姿が接近に従って大きくなっていく。
だが列車を押し出す戦車はその勢いを弱める事無く突き進んでいく。
──そして列車は二両の戦車によって轟音を響かせながら挟まれた。
列車は車体が前後を戦車に挟まれた衝撃によって直後一際大きく振動する。
二台の戦車が齎す圧力が車体を構築するフレームを甲高い音を立てながら歪める。
そして列車の前を走る戦車、その後部に増設された兵員輸送用区画が列車の先頭にある運転席を突き破って現れた。
それはさながら城壁をこじ開ける破城槌の様、だが城壁を壊すだけに留まらず列車の車体を大きく歪ませながらめり込んだ輸送区画はハッチが開き道を作った。
「ボス!」
「先生!」
ダイナミックな方法によって作られた道を通って輸送区画から姿を現した完全武装の戦闘員集団、その先頭を走るのは特別製の外骨格を着込んだソフィアとアルチョムである。
そしてノヴァは二人の声を聞いた瞬間に叫んだ
「ソフィアは人型、アルチョムはクリーチャーを!」
短い言葉であったがノヴァが何を言わんとしているのか二人には分かった。
故にソフィアはノヴァに近寄ると同時に接近していた人型クリーチャーの顔面に向けて外骨格に覆われた拳を突き出した。
そして、おおよそ人間では感じる事がないだろう重く固いものを殴りつけた感触が外骨格を通してソフィアにも伝わり──されど自前の怪力と外骨格の出力に任せて拳を振り抜いた。
鋼鉄の拳がクリーチャーの顔面にめり込んでいき威力を殺しきれなったクリーチャーの身体が勢いよく吹き飛ばされ、轟音を響かせながら列車後部車体に身体をめり込ませた。
「アンタの相手は私よ!」
めり込んだ壁から抜け出した人型クリーチャーが獣の様な雄叫びを上げ列車を震わせる。
クリーチャーは威勢の良い文句を言うソフィアを脅威と認識、腰を低く落とし人外の膂力を爆発させながらソフィアへ向けて突進。
瞬きの間に間合いを詰めるとお返しとばかりに鋼鉄に覆われた頭部に向けて拳を突き出し、顔を横に逸らしてソフィアは拳を避ける。
一足一刀の間合いで始まったのは原始的な殴り合いだ。
そして背後で鳴り響く打撃音をBGMとしてノヴァとアルチョム、そしてエドゥアルドは向き合った
二人の間に声は無かった、ただ射線が重ならない様に手に持った銃器を放つ。
ノヴァからは身体を容易く貫き爆発すら起こす弾丸が、アルチョムが構えるアサルトライフルから生身の身体を容易く貫ける弾丸が連続して発射された。
どれもが人一人を殺すに足る殺傷力を持った銃撃である、只の人間であれば成すすべなく身体は引き裂かれる威力があった。
「これは困りましたねぇ!!」
だがエドゥアルドは違った、発砲を認識した段階でその場で飛び跳ねた。
床を凹ませる力が込められた跳躍の下を弾丸が通り過ぎ、列車の天井に脚を付けたエドゥアルドは再び跳躍を行う。
人類では不可能な動きで飛び掛かる先にいるのはノヴァ、残った左腕を突き出し人質として捕まえようとした。
だが直線的な動きを見切ったノヴァは迅速に後退しエドゥアルドの魔手から逃れると再び拳銃を構えた。
2mも離れていない距離、必中の筈の一撃、だが引き金を引く直前で銃本体が真上に持ち上げられた。
エドゥアルドの片手両足は床に付いていた、だがその背中から生えた二対の触手の一本がノヴァの銃を振り払ったのだ。
「帝都では背中から触手を生やすのが流行っているのか。正直言って気持ち悪いぞ」
「そんなこと言わないで下さいよ。慣れれば便利ですよ、コレ」
エドゥアルドの背中から生えた触手が槍の様に振るわれる。
ノヴァとアルチョムは矛先から逃れようとさらに距離を取るしかなく────そして列車の外側に張り付いていたクリーチャーがアルチョムに襲い掛かる。
「アルチョム!」
「大丈夫です!」
「よそ見は行けませんよ!!」
距離を取ったノヴァを追うようにエドゥアルドが迫る。
その最中、触手を出した時に拾っただろう吹き飛ばされた右腕をエドゥアルドは身体に近付け、傷口に押し付ける。
すると傷口の組織が蠢き、植物の様に伸びた筋繊維が右腕に絡みつき身体と腕が繋がる。
そうしてエドゥアルドは右腕を取り戻し、ノヴァとの間にある一歩では詰められない筈の距離を人外の膂力を生かして詰める。
そして繰り出されたのは科学者とは思ない鋭い拳、人外の力が合わさったそれは下手に受ければ一撃で意識を刈り取られる威力が込められているのをノヴァは直感で理解した。
顔を横に傾ける事で突き出され拳をノヴァは何とか躱す。
だが続く脚撃は間に合わず、威力を軽減するために命中と同時に後ろに飛ぶ事位しか出来なかった。
「うぇ!?」
内臓を急激に圧迫された苦痛が身体を苛み、吐き気を押しとどめる事が出来なかったノヴァの口から胃液交じりの吐瀉物が撒き散らされる。
だがエドゥアルドの攻撃は終わっていない、槍の様に放たれる二対の触手をノヴァは胃液を吐き出しながら転がってよける。
そして回避の最中にも牽制を兼ねた射撃が三度行われるが列車の壁に大穴を空けるだけでエドゥアルドには当たらない。
「はははハハハHAHAHHA!! 楽しいですね! やはり貴方といると退屈しません!!」
「クソ、研究者の、クセにしぶといな!」
それでも僅かにエドゥアルドが距離を取った隙にノヴァは高速でリボルバーの弾倉を入れ替え、懐から大振りのナイフを取り出す。
そして前屈みに立ち上がりながら今度はノヴァがエドゥアルドに向って駆けだした。
近付くノヴァに向けて触手が振るわれる、槍の様に付き出すのではなく薙ぎ払うように振るわれる一撃は狭い列車内を塞ぐには十分。
故にノヴァは拳銃をエドゥアルドではなくその足元に向けると発砲、一秒も経たずに床に命中した弾丸と先程躱された弾丸が爆発しエドゥアルドの足元を崩した。
薙ぎ払いの触手は本体の体勢が崩れると同時に狙いは大きく外れ、列車の天井を吹き飛ばすだけに留まった。
そして次に放たれる筈だった触手も強制的に中断、足元が崩されたエドゥアルドが両手を床に付き体勢を立て直そうとする僅かな時間、ノヴァは走り出した勢いのままエドゥアルドの顔面を蹴り飛ばした。
先端に鉄板を仕込んだブーツが蹴りの威力を余さず伝え顔を強制的に持ち上げる。
それでもエドゥアルドは盛大に鼻血を流すだけ、致命的なダメージは与えられていない。
だからこそ強制的に持ち上がった顔面に向けてノヴァは逆手に持った大振りのナイフを全力で振り下ろす。
鋭い刃先がエドゥアルドに迫り────だか途中で止められた。
ナイフを持ったノヴァの右腕に触手が巻き付きその動きを止めていた。
「残念でした。此処で終わりです」
エドゥアルドは勝ち誇った顔をノヴァに向ける。
触手はノヴァの両手を拘束し、ならば蹴りを繰り出そうにもノヴァの体勢は悪い。
近すぎる距離が蹴りを繰り出してもエドゥアルドの姿勢を崩せるほどの威力を出せない。
「落ち込む事はありません。生身で此処まで渡り合えたことは賞賛に───」
「ペラペラとよく喋る!」
故にノヴァは逆手に持ったナイフの柄にある引き金を引き、銃撃音にも似た音がナイフから轟き刀身が射出される。
空気を切り裂きながら進む刀身は遮るものがないエドゥアルドの左目に突き立ち────だがそれだけだ。
ノヴァの一撃は痛覚を抑制され激痛を感じないエドゥアルドの視界を半分奪っただけ、痛みに呻くことも取り乱す事も無かった。
そしてエドゥアルドは反撃を繰り出す。
不意の一撃を放ったノヴァの右腕に巻き付く触手に力をいれ拘束するだけに留まっていた触手を締め付け──そして一秒も掛からずに右腕の骨が軋み、その直後に砕ける音が身体を伝ってノヴァに聞こえた。
「ああぁぁぁぁぁっぁあああ!?!?」
痛い、いたい、イタイ、痛い!!
久しく感じていなかった痛みが激痛を以てノヴァの身体を伝わる。
痛みが立ち上がる力をノヴァから奪い去り、膝が床に着く。
その姿を見たエドゥアルドは久しく感じていなかった仄暗い喜びが胸を満たした。
だがまだ終わらない、痛みに崩れ落ちるノヴァに更なる痛みを与えようとエドゥアルドは動き出し────その直後にまるで糸が切れたかのように身体が動かなくなった。
その原因が何であるのか、考えずとも答えに至ったエドゥアルドはノヴァに問いかけた。
「おやおや、ナイフ、何を仕込みました?」
「対ミュータント用の麻痺毒だよ! チクショウ!」
麻痺により拘束の緩んだ触手をノヴァは振り払う。
そして激痛に涙を流しながら左腕に握った銃をエドゥアルドの頭に突き付ける。
「終わりだ!!」
この距離であれば奇跡は起きない、確実に弾丸はエドゥアルドの頭蓋を貫き脳を散々に破壊する事が可能だ。
壊する事が可能だ。
「いいえ、まだまだこれか──」
だが銃口を突き付けながらもエドゥアルドの表情は変わらない。
身体が碌に動かないのに関わらず、その顔には薄っすらと笑みが浮かんでいる。
そして未だに動く口を開いてノヴァに語り掛け──だが、全てを言い終わる前にノヴァは引き金を引く。
轟音と共に放たれた弾丸がエドゥアルドの頭蓋を貫く、ザクロが弾けたかのように上顎から上が肉片を撒き散らしながら吹き飛んだ。
続けてノヴァはエドゥアルドの胴体、心臓に向けても銃弾を放つ。
再び轟音が鳴り響き爆発、胸の中心に大穴が空き信号を失い動きの止まった筈の身体が最期に一際大きく震える。
爆発によって撒き散らされたエドゥアルドの血肉を間近で浴びたノヴァは身体を真っ赤に染めた。
だがノヴァの目は確かにエドゥアルドが死んだ事を、この手で確実に仕留めた事をしかと見届けた。
如何に優れた再生能力を保有しようと中枢たる脳と心臓を破壊されても生存できる生物にエドゥアルドは至ることが出来なかったのだ。
それを認識して漸くノヴァは気を少しだけ緩めることが出来た。
だが全てが終わった訳ではない、今いる薄暗いメトロから逃げ出すという最後の大仕事が残っているのだから。
「ボス、大丈夫なの?」
「ああ、人型、はどうした」
「異様にタフだったから最期は線路に突き落として戦車に轢き殺させたわよ」
「そうか、それで寄生された子供達は?」
「子供達は皆ポットの中で冬眠中よ。他にも疑わしい人は片っ端から眠らせているけどかなりの数がいるわ。他にも色々話したいことがあるけど後よ、今はこの場から逃げるのが先決よ」
「そうだな。それと済まないが鎮痛剤はあるか、右腕が砕かれて激痛が止まらない」
ノヴァがソフィアに差し出した右腕は骨が砕かれた事で青黒く変色していた。
それを見たソフィアは急ぎ支給された治療キットの中から鎮痛剤を取り出すとノヴァの腕に突き刺した。
「それにしてもボスは危険を冒し過ぎよ。もし私達が間に合わなければ帝都に連れ去られていたのよ!」
中に充填された薬液が身体を巡り激痛を緩和する。
激痛によって脂汗を掻いていた顔が少しだけ和らぐと同時にノヴァは口を開いた。
「理解している。だが危険を冒してでもエドゥアルドはこの場で殺しておきたかった。その為には時間稼ぎと戦場を変える必要があった。それにあの子は右腕を失った、この程度の痛みで諦める訳にもいかない」
エドゥアルドが現れたキャンプで戦端を開けば寄生された子供達とキャンプの住民の全員がエドゥアルドによって殺されただろう。
そして犠牲を覚悟して決死の抵抗を行い、運よくクリーチャーを退けてもエドゥアルドが生きている限り襲撃が終わる事は無い。
何よりエドゥアルドを取り逃がした後は次なる襲撃に備え警戒を続けなくてはならない。あらゆるリソースが大量にあった連邦の時とは違い現状のキャンプには負担が大きすぎる。
いつ来るか分からない襲撃に怯え住民達の精神を無駄に擦り減らすだけだ。
──だからこそエドゥアルドは確実に殺せる機会が訪れた時は迷わず行動を起こそうとノヴァは決めていた。
エドゥアルドの手札が全て分かった訳ではない、大量のクリーチャーを一人で相手にする可能性もあった。
だが広範囲に開けたキャンプから限定的なメトロの地下に戦場が変わり、ノヴァの予想を超えて戦車を伴った救援が来た。
これ以上の機会は無かった、現状用意できる最高の戦力が揃い確実にエドゥアルドを仕留められる機会が訪れたのだ。
──戦力を整えた上でエドゥアルドに奇襲を仕掛ける。
一度しか使えない奇策、ノヴァと言う人間を都合よく誤解しているエドゥアルドを誘導し引き付けるのがノヴァの役割であった。
だからこそ祭りを台無しにし、子供達を人質に取った実行犯を、小さな善意を悪意で踏み躙った怨敵と会話を続けたのだ。
今すぐ懐から銃を抜き出したい気持ちを抑え、人質のせいで何もできない無力な男を演じ続けるのだと自分に言い聞かせエドゥアルドの気を引き続ける為に話し続けたのだ。
その甲斐はあった、こうしてエドゥアルドを殺せたのだから。
「……理由は分かったわ。だけどオルガとタチアナには何らかの形で報いてあげなさい。タチアナは此処までの段取り、オルガはこの裏道を特定するために幾つもの路線図を引っ繰り返したのよ。作戦を成功に導いたのは二人のお陰よ」
「……分かった。此処から戻ったら二人に報いる」
「言ったわね! 言質は取ったから! 必ず二人には何らかの形で埋め合わせしなさいよ!」
「二人とも早く此方に移って下さい!」
切羽詰まったアルチョムの声が応急処置を終えたノヴァとソフィアの耳に届く。
声の方を向けばアルチョム達は未だに途切れる事無く襲って来るクリーチャーの相手をしており今も幾つもの銃声が鳴り響いていた。
「感傷に浸っている時間は無かったわね! アルチョム、そっちはどうなの!」
「数が多いですが何とか抑えています。ですが早く此方に移って下さい」
戦車から放たれる火炎放射器がクリーチャーを火達磨にしていき、搭載された機銃と戦闘員が構える銃から放たれるマズルフラッシュが暗闇に包まれたメトロを照らす。
そして露になり今も列車や戦車に乗り移ろうとするクリーチャーの姿は一向に減る様子は見られなかった。
現状を確認したノヴァは鎮痛剤によって痛みの引いた身体を動かして立ち上がり列車の前を走る戦車に乗り移ろうと歩き出した。
「分かった。今すぐ向か──」
『それはあんまりですよ、Mr.ノヴァ』
だが歩き出したノヴァの脚は止められた。
耳に聞こえた声はさっき殺した筈のエドゥアルドの物、だが振り返れば頭と心臓を吹き飛ばされた死体は残っていた。
聞こえない筈の、殺した筈の相手の声がメトロの暗闇の向こうから聞こえてくる。
それは余りにも理解しがたい、オカルトめいた出来事であった。
だが聞こえていたのはノヴァだけではない、ソフィアもアルチョムも戦闘員達も戦いながら何処からか聞こえてきた声の発生源を探していた。
「科学者からホラー演出家に転向したか? この演出はセンスがあるとは言えないぞ」
『それには同意します。ですが緊急時なので大目に見てください。それと私の手札はまだ尽きていませんよ』
殺したはずのエドゥアルドが告げると同時に暗闇に包まれたメトロが強烈な光によって照らされた。
それは火炎放射器やマズルフラッシュによる明りではなく確かな光源に基づく明り、メトロの暗闇に慣れた目には痛い程突き刺さる明りである。
そして光によって視界が塗りつぶされる直前にノヴァは見た、規則正しく並ぶ人影を。
「伏せろ!!」
ノヴァは光に目を焼かれながら叫んだ。
確かな確信があった訳ではない、しかし本能による咄嗟の判断は間違っていなかった。
直後に線路を走る戦車と列車に雨あられと撃ち込まれる銃撃。
だが隠れた車体の上を通り過ぎるのは銃火器の弾丸ではなく光り輝く光弾である。
そして聞こえて来る音の中に人ならざる咆哮を聞いた瞬間にノヴァは叫んだ。
「エイリアンだと!? 何故此処に、いや、まさか従えているのか!!」
『当たりです』
ノヴァの叫びをエドゥアルドは肯定した。
だが何処かにいるエドゥアルドに向って叫ぶ時間はノヴァには残されていなかった。
エイリアンによる攻撃を受けた列車は戦車の衝突による変形も合わさり既に限界を超えていた。
車体のフレームが軋みを挙げて変形していく、列車が破壊されるまで秒読みの段階であった。
「車両が持たない、一気に走り抜けるわよ!」
ソフィアがノヴァを立ち上がらせ二人は走り出す。
その後を追うかのようにエイリアンの光弾が撃ち込まれ二人を列車から追い立てた。
ソフィアは進路に立ち塞がるクリーチャーを殴り飛ばし、道を切り開く。
そして一足先に戦車の輸送区画に乗り込むと未だに走るノヴァに向って手を伸ばした。
「ボス、手を!」
その直後列車が轟音を響かせながら崩壊する。
だが崩れていく足場に巻き込まれる直前にノヴァは列車から飛び出し、伸ばされた手をソフィアは確かに掴んだ。
「よし! 今すぐ引き上げ────」
『そう言えば私の腕一本、吹き飛ばされましたよね』
そしてエドゥアルドが言い終わると同時にノヴァが伸ばした左腕が切断された。
「「えっ?」」
一体何が起こったのかソフィアとノヴァには分からなかった。
ゆっくりと流れる時間の中でソフィアは切断された自分の左腕を掴んでいる。
左腕の断面から覗くのは骨と筋肉、そこから血が流れている、真っ赤な血が流れている。
列車は崩壊し剥き出しの線路に落ちるノヴァは残った片腕を、骨を砕かれ碌に動かない右腕を伸ばそうとするが動かなかった。
──その直後に落下するノヴァの身体を掴むものがいた。
だがそれは味方ではない、ノヴァが後ろを振り返った先にいたのは『禁忌の地』で出会った人攫いに特化したエイリアンであった。
「ボス!!」
「先生!?」
『貴方達の相手は彼らに任せます。私は彼と共にこの場を離れますね』
ノヴァは線路に落ちる寸前にエイリアンに捕獲され、一瞬の内に体内に格納された。
ソフィアとアルチョムが動き出すも間に合わなかった。
そしてノヴァを捕獲したエイリアンは戦車から離れメトロの暗闇の中へと進んで行く。
その後を追跡しようとアルチョムは動き出し──その直前にソフィアによって止められた。
「どうして! 直ぐに先生の後を────」
「駄目よ! アルチョム、貴方も傷を負っているし、部隊の誰もが奇襲を受けて傷だらけよ。これ以上深追いすれば此処にいる全員が殺されるのよ!」
「……ですが」
「それに私達が此処で死んだら誰が情報を伝えるの! エイリアンが地下にもいて、帝都の連中が従えているのよ! 次につなげる為にも此処は引くしかないの!」
ソフィアの言葉が分からないアルチョムではない。
先程の奇襲はノヴァの咄嗟の判断によって全滅は免れたものの救出部隊に無視できないダメージを与えた。
戦力の低下はどう見積もっても三割以上、持ち込んだ弾薬も底を尽き掛けている。
これ以上の戦闘は出来ない事は嫌でも理解した、ノヴァを救出しようにも無理が出来ない状況であった。
そして僅かな時間を経てアルチョムは唇を強く噛みながら震えた声で命令を下す。
「作戦は中断、撤退する!」
メトロを走る戦車が速度を上げる、最高速度を繰り出しエイリアンの包囲網を突き破る。
生きて此処を抜け出すために、次につながる情報を持ち帰るために戦車は暗闇の中を走る。
「必ず迎えに行きます、先生」
アルチョムが輸送区画で呟く、だがその声はメトロが奏でる騒音によって掻き消された。
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