第123話 予想外
明けましておめでとうございます。
*2023/12/31 投稿と同時に前話「望まぬ再会」を加筆修正しました
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エドゥアルドは嘗てない程の上機嫌であった。
連邦で出会った自分とは異なる分野に関する優れた知識と技術を持った人物との遭遇。
そんな人物と帝都に比肩する程に広大な連邦で出会える確率は幾つだろうか。
だがエドゥアルドはゼロに限りなく近い確率を掴んだのだ。
だが連邦では顔合わせだけに終わってしまった。
限られた設備で作り上げた多くの作品達も、偶々協力関係にあった都合の良い組織も壊滅させられて終わってしまった。
泣く泣く退散するしかなかったエドゥアルドは本拠地を構える帝都にて再び件の人物、ノヴァとの再会を願って日々を過ごしてきた。
だが運命は予想外の出会いを再びエドゥアルドに与えたのだ。
何時からか帝都にも聞こえるようになった新興のコミュニティー、現在では貴重品と言っても差し支えない機械や補修部品を取り扱うキャンプの存在は帝都上層部の目に留まり、内情を探るために調査が行われた。
そして調査を進めていく内にキャンプの代表の名前がノヴァと判明、それが聞こえてきた時のエドゥアルドは何かの間違いではないと調査報告書を疑った。
だが間違いではなかった、キャンプを観察していた部隊からもたらされた情報の中にはノヴァの顔写真があったのだ。
それからエドゥアルドは自分でも信じられない程に精力的に動き出した。
共犯関係にある帝都の協力を取り付け、現場まで赴き、そして今、再び会いたかった人物をエドゥアルドは漸く迎え入れることが出来たのだ。
そして今、暗闇に包まれたメトロを進む列車の車内に二人はいた。
エドゥアルドの後を付いて行った先にあった自動運転によって無人で動く列車。
かつてメトロの地下を隅々まで走っていた車両は当時からすれば劣化しており出せる速度も非常に低速である。
そんな車内に確認できる人影は三つ。
そして今それに乗り込んだノヴァはメトロの暗闇を突き進む一両の車両、
キャンプそのものを人質にとって連れだされたノヴァ。
ノヴァをキャンプから連れ去った実行犯であるエドゥアルド
そしてエドゥアルドの護衛である人型のクリーチャーの三人だけである。
他に乗る人が皆無な列車の車内は広く異様なほど静か────でもなかった。
「そうなのです! クリーチャーの作成に当たって大事な事は如何にバランスとるかなのです! 一個体が強すぎても再現性が無いのであれば特異個体としか見なされず全体の底上げが出来ないのです!」
「だが特異個体でも性能限界の追求という面に限れば有用だろう」
「確かに、確かに、そうです! しかし再現できないのであれば残念ながら例外個体として扱うしかないのが現状です。それに特異個体が何故特異個体たり得るのか、それを解剖・解析するリソースを捻出できないのが本当に悲しいのです!」
地下鉄に乗り込んでからエドゥアルドは好調であった、いや浮かれていた。
今のエドゥアルドの頭の中にあるのは純粋な知的好奇心、それを存分に語り合える相手を漸く見つけ出した事で会話の辞め時を見失っていた。
ノヴァがエドゥアルドの会話に対して適切な相槌と疑問、質問を挟み込むことで辞め時を見失った理由の一つでもある。
だがエドゥアルドが幾ら時間を忘れる程に会話に夢中になろうとも積み重なる疲労によって永遠に話し続ける事は出来ない。
会話がある程度の区切りを迎えるとエドゥアルドは大きな息を吐き出しながら満足げに薄暗い車内の天井を見上げた
「いや、こんなに話せたのは久しぶりです。やはり貴方の見識は素晴らしい、何時までも貴方とは語り明かしたい」
「……そうか」
エドゥアルドの満足げな表情とは対照的にノヴァの表情は冷え切っていた。
そんなノヴァの表情に気付いていないのか、或いは理解できていないのかエドゥアルドは上機嫌なまま再び口を開いた。
「すみません、ついつい楽しくて私ばかり話してしまいました。どうですか、帝都までは今少し時間が掛かるので今度は貴方がお話しください。可能な限りお答えしますから」
「…………そうだな。サイボーグは一緒に帝都まで連れて行かなくていいのか」
「アレは帝都に入る資格はありませんから。そんなどうでもいいものではなくもっと他にあるでしょう」
「じゃあ聞くが外にいるアレらはお前が作ったのか?」
そう言ってノヴァが目線を向けたのは列車の外にいる人型のナニカだ。
列車に並走しており、また壁に貼り付いた個体や、今も列車の天井で歩き回っている個体もいるのかコツコツと絶え間なく音が響いていた。
「はい。Mr.ノヴァが気になっているアレの正式名称は…………なんでしたっけ? 随分と昔に帝都のクライアントから依頼されて作ったのですが、……型式が確かD-14でしたかな? 多分そうでした」
エドゥアルドが言い終わるとノヴァに見せる為か外にいた一体が車両の窓に張り付いた。
その姿を見た時にノヴァが思い出したのは過去に見た映画に登場した地球外生物、強酸性の血液を持ち、口からもう一つの口が飛び出してくるゲテモノ生物だ。
とは言っても瓜二つという訳ではなく似ているのは身体の細さと尻尾、全身の黒さに後は眼球を持っていない事位だろう。
「口が二重構造になっていたり、強酸性の血液でも流れていそうだな。アレは制御出ているのか?」
「コレは古い映画に出てきそうなゲテモノではありませんよ。それと制御の方も問題なく出来ていますが方法に関しては今はまだ秘密です。帝都に着いたら見せてあげますから楽しみにして下さい」
そう言ってエドゥアルドが紹介したクリーチャー、キャンプを襲撃した怨敵を視界に収めながらノヴァは無表情の顔の下で激情を燻ぶらせていた。
今すぐにでも懐から銃を取り出して殺したくなるクリーチャー、だが外にはコレが数え切れない程いるのだ。
一人でどうにかできる数ではない、ならば視界にこれ以上入れない事で精神の安定を図るべきだろうとノヴァは結論付け視線を逸らした。
「作っておきながら思い入れがないのか」
「ありません。アレは援助の対価として作ったものでしかなく、私が目指すものとは違いますから」
「目指すもの、新人類の創造か」
「そうです、覚えてくれていたのですね。その為にも貴方の協力が必要なのです」
「帝都にも技術者はいる筈だ。大型シェルターを維持するには多くの技術者がいる、何故彼らを頼らない」
メトロの住人がいう帝都とは戦前にザヴォルシスク地下に建築された大型シェルターである。
多くの住人を収容出来るように作られたシェルターだけあって居住地としての機能だけでなく食料生産や補修部品の生産も可能な生産工場を持ち合わせている。
外部からの援助が期待できない状況であってもシェルター単独で存続が出来るように一種のアーコロジーとして作られているのだ。
だからこそ持ち合わせた恵まれた環境を指してメトロの住人達は大型シェルターを帝都と呼ぶのだ。
そしてアーコロジーを維持するのであれば多くの技術者が必要であり外部からの接触を断っているのであれば帝都は自前で技術者を用意しているとノヴァは考えていた。
しかしエドゥアルドはウェイクフィールドでの不本意な出会いから今日まで常にノヴァの力が、知識と技術が必要だと言い続けてきた。
だがエドゥアルドが帝都に住み、尚且つクリーチャーの研究・製造を行えるだけの援助が出来る支援者がいるのなら技術者の一人二人位容易く用意できるのではないか。
何故用意できないのかがノヴァには理解できなかった。
「貴方の言いたいことも分かります。ですが帝都の実態は貴方が考えているようなものではありません。帝都の現状を言い表すとすれば、そうですね…………、腐りかけた果実、いえ、腐臭を放つ汚物といった方が良いでしょう」
エドゥアルドの返した答えは抽象的なもの。
だがそれは今迄ノヴァが聞いてきたメトロの住人達による帝都の評判とはかけ離れたものであった。
「メトロで一番栄えているのは帝都だと今迄聞いてきたが」
「あ、それは情報操作されたモノです。ついでに撒き餌も兼ねています。外にいるアレの原材料、いや、苗床となっているのは噂に引き寄せられたメトロの住人です。お陰で私が記憶しているときよりも数がかなり増えていますね」
エドゥアルドは事の真相をあっさりと答えた。
だが露になったのはより残酷であり救いのない真実であった。
「俺を必要とする理由は置いておこう。何をさせるつもりだ、言っておくが生物学関連は間違いなくお前に劣る」
「それは理解しています。貴方に任せたいのは装置の開発です。具体的に言えば記憶の転写ですね」
「成功していない、或いは成功率が著しく低いのか。てっきりお前はクローンに記憶を引き継がせていると思っていたが違うのか」
「ええ、成功率は現段階では0。理論は間違っていない筈なのですが何故か成功しないのです。ですから次点の延命手段としてクローンも検討も入れていました。ですが態々脆弱な人間に拘るままではだめだと悟ったのです。最終的には多くの実験を重ねて肉体そのものを改良、個体としても強固な身体と寿命を手に入れたと自負しています」
寿命の延長、個体の活動限界を引き延ばす処置をエドゥアルドは当たり前の様に自分に施していると告げた。
だがそれは長い程の時間を掛けてもエドゥアルドの研究、新人類の創造は順調に進んでいないと言っているようなものである。
「そうか、お前はオリジナルなのか。なら記憶の転写は必要ないだろう、それとも自分の複製品に囲まれたいのか」
「いえ、記憶の転写先は複製品ではありません。詳細は向こうに着いてから説明します。他にはありますか?」
エドゥアルドが幼い子供の様に催促をする、だがノヴァはもう口を開きたくなかった。
そんなノヴァの気持ちを向かい合わせに座っているエドゥアルドは全く理解せずに黙り込んだノヴァに話しかけた
「他にはありませんか、いやいや、まだまだある筈です。さあさあ、もっと話しま──?」
だが上機嫌でノヴァに話しかけていたエドゥアルドの口が止まる。
そして此処では無い、どこか遠くを眺めるかのように何もない車内の空間を見つめていた。
「……つかぬことをお聞きしますか、この車両に接近する集団がいます。もしかしてお知り合いですか?」
「何のことだ、野盗の類か何かと見間違えているんじゃないのか」
エドゥアルドの問い掛けにノヴァは適当に返事を返した。
その瞬間、虚空を見つめながら口を開いたエドゥアルド、そして質問されたノヴァとの間に冷たい緊張が走る。
そして緊張を破ったのはエドゥアルドの笑い声、虚空から視線をノヴァへと戻し今迄とは異なる笑みを向けた。
「はは、実に面白い考えです。因みにですが盗賊の類は外にいるクリーチャーが勝手に処理してくれるのでメトロの怖い人達も恐れて此処には立ち入りません」
エドゥアルドの向ける笑みにノヴァは特に目立った反応を示さない。
慌てる事も、声が上ずる事も無い平常心を保ったままエドゥアルドを見ていた。
「成程、それは初めて聞いた」
無表情で返事をするノヴァが何を考えているかエドゥアルドには分からなかった。
だが一つだけ分かっている事がある、それはノヴァが自分との約束を破ったという事だ。
正確に言えばノヴァではなくキャンプ住民達が約束を破ったのであるがエドゥアルドには細かな事はどうでもよかった。
約束を破った、そうであるのなら悲しいがノヴァにはペナルティーを課さなければいけないのだ。
「はぁ~、悲しい。私は悲しいですMr.ノヴァ。貴方が協力してくれるのであれば子供達の助命をしようと本気で考えていたのです」
ノヴァに語りかけながらエドゥアルドは此処から遠く離れた場所にいる子供達、その体内に宿る寄生虫達に命令を下す。
命令を受け取った寄生虫は活動を始め、宿主の血と肉を食らいながら毒を生成し吐き出す。
その毒は身体を冒し肉体を変質させる、人を生きた爆弾へと作り変える。
そして遠からずに身体は爆ぜる、後には散り散りになった肉片しか残らない。
それをエドゥアルドは命じた、悲しみも、後悔も、一切の良心の呵責も無く。
「ですが仕方がありません。ええ、可愛い子供達でしたが仕方ありません。なるべく苦しまない様に一息に────おや?」
だがエドゥアルドが望んだ結果は返ってこなかった。
命令に対する寄生虫からの応答が一つもない。
それは本来であれば在り得ない現象、だがエドゥアルドはそれを起こせる可能性がある人物を知っている、何より目の前にいるのだ。
「反応がありませんね、おかしいですね? Mr.ノヴァ、貴方は一体何を──」
エドゥアルドは知りたかった、一体どの様な手段で寄生虫を無力化したのかをノヴァの口から聞き出したかった。
だが行動を起こす前に異変は起こった。
遠くからクリーチャーの悲鳴が、銃声が聞こえる。
そして二つの音は時間経過と共に大きく暗闇に包まれたメトロを反響していく。
「これはこれは」
車内にいても聞こえる程の騒音が響き列車の先頭にあった路線の合流地から見慣れぬ車両が現れて凄まじい速度で通り過ぎていく。
そしてノヴァ達が乗る列車が通り過ぎた後ろにから更にもう一台車両が現れた。
それはエドゥアルドの記憶にあるモノとは少しばかり違っていた、だがその特徴的な車体と砲塔からして戦車であるのは間違いだろう。
それが二両、ノヴァとエドゥアルドの乗る車両を前後に挟むように走っている。
「……もう準備を整えたのか?」
暗闇に包まれたはずのメトロが赤く照らされる。
戦車に搭載された火炎放射器によって火達磨と化したクリーチャーが松明となってメトロを赤々と照らしている。
高速で移動する戦車を避け損なったクリーチャーが大質量の下敷きとなり身体を磨り潰される。
質量差によって僅かな抵抗すら許されずに吹き飛ばされ、身体がバラバラに引き裂かれる。
車載機銃が吐き出す大口径弾が命中箇所を中心にして身体を削り取り、噴水の様に血が噴き出し流れていく。
逃げ場のないはずのメトロがクリーチャーの処刑場に早変わりした。
散々にメトロに生きる人々を食い物にしてきたクリーチャーが容易く、それどころか雑に処理されていく光景は特に思い入れが無かったエドゥアルドとしても見ていて気の毒になる程であった。
そしてここまで来ればエドゥアルドでも何が起こっているのか理解できた。
「もしかして私は嵌められましたか?」
「そうだな、俺も予想外だった」
エドゥアルドと同じくノヴァもまた何が起こっているのか理解していながら驚いていた。
だが驚きながらもその顔は笑っていた、今までの無表情とは打って変わって凄惨な笑みが其処にはあった。
「あの子が失ったのは右腕だったな」
そう言ってノヴァは自然な動作で懐から銃を取り出した。
それは対ミュータント用に作った六連装リボルバー、多分に趣味が入った護身銃であるが人を殺すには十分な威力がある。
それが火を噴いた、あまりにもノヴァが自然な動作で出した事もあってエドゥアルドの反応は遅れた。
その代償は片腕、銃弾はエドゥアルドの強化された身体を貫き、しかし貫通するには威力が足りずに肉に埋もれた。
だがそれで十分、ノヴァがリボルバーのトリガー付近にあるスイッチを押すと弾頭に内蔵された爆発物が起爆した。
肉が爆ぜ、骨が粉砕され引き千切られたエドゥアルドの右腕が宙を舞うのを視界に収めながらノヴァは口を開く。
「だが丁度いい、今日この場でお前を殺す」
その直後、列車の後ろを走っていた戦車が加速を始め僅か数秒後に列車と接触。
そして加速は止まることなく戦車と共に車輪から火花を散らして列車は急加速を始めた。
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