第122話 望まぬ再会
戦闘終了後、本部に襲撃を仕掛けてきたサイボーグ部隊の生存者は抵抗を含めた一切の行動を封じるために四肢の取り外しとノヴァによる機能制限を施された。
それらの処置が行われた状態で順次留置所に移送、厳重な監視下に一時的に置かれる事になった。
そしてサイボーグ部隊の隊長らしき男は四肢を取り外された状態で監視施設の一角に運び込まれ多くの憲兵に囲まれながら尋問を受けていた。
「この機体は……帝国保安総局情報部で採用された機体です。間違いありません」
「どうしてそれを知っている、女ァ? それとも何か、若い見た目をしているが実際には百を優に超えた婆か? 若さを保つ秘訣は何だ、其処のノヴァに腰でも振って若さを無限で貰ったかぁぁぁあああああああ!?!?!?」
「次に罵声を挙げれば流す電流を増やすと言ったはずだ。まさか聞こえていないのか、その機械化した身体は見掛け倒しの屑鉄なのか?」
ノヴァにより身体を操作され気絶状態から強制的に覚醒された男は抵抗を試みるが無駄であった。
身体の制御権は奪われ、口答えしようものなら痛みで発狂する寸前の電流を流される。
機械化したサイボーグにとって制御されていない電流は正に毒であり、生身とはまた違う苦痛を男は既に何度も味わっていた。
一方的に苦痛を与えられ、四肢も取り外された状態の男は余りにも無力であった。
「お前に質問は許されない、苦痛を味わいたくなければキャンプに潜伏させた残りの自爆要員を吐け、さもなければもう一段階流す電流の量を増やす」
「クッ……」
四肢を取り外された状態で幾ら叫ぼうとも負け犬の遠吠えでしかない。
それを否応なく分からされた男はせめてもの抵抗として罵声を除き頑なに口を閉ざした。
「そうか、喋りたくないか。なら此方にも考えがある」
「何をする!?」
「話したくないのだろう、なら貴様の脳を直接調べればいいだけの話だ。自分の身体がサイボーグであった事を恨め」
だが男の対応に付き合う程ノヴァは暇ではない。
碌な抵抗も出来ない男の首筋にある端子の接続口に新たな端子を差し込む。
それと同時に男は身体の中、特に脳を重点的に何かが蠢く感触と共に何かが脳を弄る感触が男の神経を刺激する。
本来なら感覚のない脳が感じる感触、それは頑なであった男の口を割らせるのに十分な恐怖であった。
「辞めろ、機密保持機能が発動する!! そうなれば──」
「自爆して諸共吹き飛ぶか? 甘いんだよ、そんな機能は既に凍結済みだ。理解したら口を閉じろ、貴様の声が煩くて仕方がない」
ノヴァの発言と共に傍にいた憲兵が男に猿轡を施し物理的に声が出せない状態にする。
それでも僅かに聞こえて来る呻き声を不快に感じながらもノヴァは手元の端末を操作して男の身体を探り始めた。
武装、機体番号、製造年月日等々、特に脳は重点的に調査し何か有益な情報、或いは手掛かりが無いかと隈なく念入りにノヴァは調べ始めた。
「大佐。正面玄関に訪問者が来ています」
「ただの訪問者なら後にしてくれ。此方は今忙しい」
無論ノヴァ以外の監視施設に詰め掛けた職員達も忙しく動き回っていた。
今回の騒動による物理的な被害を被った被災者へ保証、拘束した破壊工作員の処遇、現在進行形で被害を受けている場所への応援などやるべき事は数多くあった。
タチアナもまた人員を差配するのに忙しく、可能な限り現場の職員で解決できるようにしているが出来ない事も多々あった。
「分かっています。ですが訪問者が言うにはボスの知り合いと言っていまして現場の職員では対処出来ません」
今回もその一つ、ボスの知り合いとなるとセルゲイやアルチョム達と出会った村の住人達の誰かであるとタチアナは予想した。
出来れば特別扱いはしたくないがキャンプの重鎮二人の故郷である村の関係者である、手荒に扱う訳にもいかない理由が確かにあった。
少々うんざりしながらもタチアナは職員を通じて訪問者の名前を聞き出す事にした。
「分かった、訪問者の名前は?」
「エドゥアルドと名乗っています」
多くの声が行き交う監視施設においてその言葉は特に大きな声でもない。
他の声の中に直ぐに埋もれてしまう程であったがノヴァは違った。
監視施設でその名前を聞いた瞬間、端末を投げ出してタチアナの傍に近寄った。
「エドゥアルドだと!? 今何処にいる!」
「正面玄関、カメラ映像を映します」
タチアナの命令によってノヴァにも見える様に監視カメラの映像が中央にある大型ディスプレイに映し出される。
ディスプレイに映るのは三人、何処か胡散臭い中年男性と小さな子供、中年男性の後ろには頭まで布で覆い隠した見上げる程の大柄の男性らしき人物が映し出されていた。
画面越しにでも分かる怪しさにタチアナは顔を顰めたがノヴァの表情は違う。
鬼気迫る様子で画面を睨みつけるノヴァを見たタチアナは否応なく画面に映る三人組を警戒した。
「知り合いですか?」
「奴とはそんな関係じゃない。……機会があれば必ず殺すと決めた奴だ」
それを聞いたタチアナは今すぐ訪問者を拘束する命令を下そうとした。
だが口を開く前にノヴァの手が自分の目の前にあるマイクを掴んだことで命令は中断された。
「奴にマイクを渡せ」
「いいのですか?」
「奴の目的を探るためだ。それと周りにいる職員を下がらせろ、奴が連れている大男は先程のサイボーグよりも強い」
「……分かりました」
ノヴァの言葉を聞いたタチアナによってエドゥアルドと名乗る人物を取り囲んでいた包囲が解けると共に憲兵が持っていた無線機が渡される。
その後直ぐに使い方を理解した中年男性はマイクを通じてノヴァには話しかけてきた。
『お久しぶりですねMr.ノヴァ。それにしても、まさかザヴォルシスクで再び貴方に会えるとは私も想像していませんでした』
「俺もだ、エドゥアルド。まさか態々殺されに来てくれるとは手間が省けた」
『はは、お気持ちはあれからお変わりないようですね』
「もしそうだと言ったら、自慢のクリーチャーでも差し向けるのか?」
『それも一つの手です。今のところは止めておきます。なにより私の趣味ではありません』
傍から見れば二人の会話は長年の友人と話す他愛もない会話にしか聞こえない。
だがその気安さの裏には一言では言い表せない感情が渦巻いている事がタチアナには容易く知れた。
それは監視施設に詰め掛けている職員も同様であり、先程の騒がしさは嘘の様に消え誰もがノヴァとエドゥアルドとの会話を聞いていた。
『ですからMr.ノヴァ自ら同行してくれるようにこの子に協力してもらいます』
「その子は!?」
『ここに来た時に出会った子供ですが優しく賢い子です。道案内をしてくれた御礼に飴玉をあげると喜んで口にしてくれましたよ。さぁ、僕、Mr.ノヴァにも見える様に踊ってくれるかい?』
それは大人の言う事を素直に聞く子供にしか見えないだろう。
だがエドゥアルドと一緒にいた子供は電波塔での実験が失敗に終わり落ちこんでいた時に励ましてくれた子であると分かれば話が違う。
あれからノヴァの姿を見つけると付きまとっては食事を強請ってくる食いしん坊、人懐っこい笑顔をしながら食事を頬張る姿は見ていると不思議と笑みが浮かんできた。
だが画面に映るのはノヴァの見知った子供でありながら普段の姿からかけ離れていた。
それは踊りと言うには滑稽な動きであり、足元は頼りなくふらふらと揺れ動き続け今にも倒れそうな状態だ。
何よりノヴァの知る人懐っこい笑みが無かった、無表情としか言えない生気のない表情で何時までも踊り続けていた。
『見ず知らずのおじさんの言う事を聞いてくれるいい子です。此処まで見せれば貴方なら私が何を言いたいのか分かってくれますね』
エドゥアルドが子供に与えた飴玉、見知らぬ他人の言葉に一言も言わずに従い続ける子供の異様な様子。
それら二つが合わさればエドゥアルドの所業を嫌でも理解させられた。
「エドゥアルド、お前ぇ!!」
『ああ、そうだ。この子以外にも飴玉は沢山持ってきていましてね、自分だけ食べるのは悪いと言って彼は他の子たちにも分けてあげたようです。とても心温まるお話ですね』
エドゥアルドが其処まで言うと同時にノヴァ以外のタチアナや職員達も画面に映る中年男性が何を言っているのか否応にも理解できてしまった。
「これは罠です。付いて行けば二度と戻れなくなります!!」
『そういえば貴方はこのキャンプの代表でもありましたね。なら他の方にも分かるように説明させていただきます。この子供達が食べた飴玉の中には卵が仕込んでありまして体内に入り込むと孵化して身体に寄生します。この寄生虫ですが御覧の様に特殊な方法で寄生者を操作する事が出来ますし、その気になれば其処にいる彼の様に──』
そう言ってエドゥアルドが指さした先にいるのは無力化された一人の破壊工作員。
厳重な拘束を施された男性であり抵抗も何も出来ない状態で移送の順番を待っていたがエドゥアルドが指さした瞬間に耐え難い苦痛に襲われたのか痛みに呻きながら身体を折り曲げた。
──その直後に男性の身体が大きく膨らむと同時に爆ぜた。
爆発音と共に男の身体を構成していたモノが血と共に辺りに撒き散らされた。
『ポンと爆発させることも可能なのです!』
「行動可能な部隊は今すぐ──」
先程の映像を見た誰もが言葉を失い、されど事態をいち早く理解したタチアナは部隊を動かそうとした。
『それと下手な行動は慎んで頂きたい。連れてきたクリーチャーは後ろにいる彼以外にもいます。今は子供達を健やかに見守っていますから安心してください』
「この外道が!」
だがそれはエドゥアルドの続く言葉によって封じられた。
行き場のない感情を持て余したタチアナは短く叫ぶも、それで事態が好転するような事は無かった。
『Mr.ノヴァ、貴方は何とか時間を稼いで子供達を助けようと考えているのでしょう。ですが時間稼ぎはお勧めしません。寄生虫は時間経過に従って宿主との間に強い繋がりを構築します。そうなれば引き剥がす事は不可能になるでしょう』
「駄目です、行ってはいけません。何か方法がある筈です!」
「……だが現状は何もない、行くしかない」
エドゥアルドの下に行こうとするノヴァをタチアナは引き留める。
だがノヴァの言うように自爆兵器とされた子供達を救う術が現状のキャンプには無いのは事実である。
タチアナも救う術がない事を理解している、唯一可能性があるとすればエドゥアルドの下にノヴァが向かうしかないのだ。
だからこそタチアナは迷った。
ノヴァの価値を、キャンプおける重大さを鑑みれば残酷であるが子供達を見捨てる選択肢もあり、見方によっては間違いではないのだ。
そんなタチアナの迷いなどエドゥアルドには関係ない。
そして画面に映る男は返事がない事を我慢できるほど出来た人間性を持ち合わせていなかった。
『う~ん、これでも駄目ですか。仕方がありません。僕、止まってカメラの前に立ってくれるかい。そうそう、それでいいよ』
「エドゥアルド! 何を──」
ノヴァが口を開くよりも早く画面に映る子供に異変が起きる。
言われるが儘に動いていた子供の右腕が突如として膨らみ、爆ぜたのだ。
最初にエドゥアルドが見せ付けた人間爆弾の爆発と比べれば規模は小さい、1割にも届かない威力だろう。
だが幼子の片腕を吹き飛ばすのには十分だった。
二の腕の中程から吹き飛ばされ切り離された腕がキャンプの宙を舞い、雪が残る地面に落ちた。
先程まであった筈の右腕はもうない、引きちぎられて出来た傷口からは血がぽたぽた流れ続けているのに子供は立ったまま痛がる素振りさえ見せない。
そして無表情で立ち続ける子供の傍でエドゥアルドは頭を抱えていた。
『ああ、寄生してから浅いから爆発も小規模ですね。これだと他の子供達も爆弾としての使い道はありませんし────いや、もう辞めましょう。取引なんて面倒な手順を踏むのは時間の無駄です。物事はシンプルに進めましょう』
エドゥアルドが語り終えた瞬間、監視施設に警戒音が響き渡る。
それは突然の凶行に意識を呑まれていたノヴァを含めた多くの職員達を強制的に我に帰すのに十分なものであった。
「報告!」
「地下に設置されたセンサーが接近する物体を検知! 数は……10,20,40、増加し続けています!」
「キャンプ内に複数個所にミュータントが出現! 現在付近にいた巡回部隊が対応していますが抑えきれません!」
「地下第二集積所が襲撃を受けています! 同じく第一集積所もミュータントの接近を確認、接敵まで猶予はありません!」
「キャンプ防壁に迫る集団を確認! 数は──」
鳴り止まない警報が齎すのは最悪の知らせだ。
『Mr.ノヴァ、私はウェイクフィールドを去った時からどうすればいいか考えていました。貴方が従えるアンドロイドは統一された装備を持ち、高度な連携を行っていた。貴方を守る防人達は強かった。それを打倒するのはどうすればいいのか本当に悩みました』
監視施設にエドゥアルドの声が響く。
スピーカーで増強された声は騒がしい多くの報告が飛び交う施設内にあってノヴァの耳には不思議とはっきりと聞こえてきた。
『そして私が出した結論は質ではなく数で圧倒すること。科学者を志していながら実に品のない答えになってしまいました。本来の計画では母体となるクリーチャーを連邦に運び入れ現地で繁殖させる予定でした。ですが帝国で貴方と出会えた。最初の報告を聞いた時は聞き間違いと思いました。ですが帝都に送られ続ける報告書、その中で何度も貴方の名前を見つけ、実際の映像で貴方だと分かった時、恥ずかしながら人生で初めて神に感謝を捧げました』
エドゥアルドの語りは終わらない。
そして監視施設に集められた情報は残酷に告げている、キャンプが包囲されている事を。
圧倒的な数で、全てを磨り潰し飲み込む物量が押し寄せてきている事を。
『Mr.ノヴァ、キャンプに牙を剥いているクリーチャーは私が連れてきました。前回とは違います、今回は沢山、沢山連れてきました。ソレは恐怖を感じずキャンプに住む人を見境なく殺します、止められるのは私だけ、此方に来てください。貴方がYESと言うまでキャンプには血が流れ続けるでしょう』
エドゥアルドは誤魔化す事無くキャンプを包囲、襲撃しているクリーチャーが制御下にある手駒だと告げた。
それを聞いたノヴァはタチアナに顔を向ける事無く切羽詰まった声で尋ねた。
「体制は建て直せるか?」
「現在グレゴリーを筆頭に軍部が動いています。我々も動いていますが場所が広すぎます」
今やキャンプの至る所で銃撃音が響いている。
エドゥアルドのクリーチャーはキャンプの外だけでなく内部にも入り込み戦場と作り出していた。
それを退けようと戦っている人がいる、監視施設を通して多くの人が動いているのがノヴァにも見て取れた。
だが駄目だ、対応が間に合わない、人手が足りない、地上地下の両面での襲撃はキャンプの対応能力を超えていた。
「……分かった、お前に付いて行く」
「ボス!」
『有難うございます。ではクリーチャーを止めましょう。それともう一つお願いがあるのですが、私よりも先に襲撃を仕掛けて失敗したサイボーグ部隊、その隊長はご存命ですか? 一応仕事の一環で生きていれば回収しなければならないのですが』
「……そいつも引き渡す」
『有難うございます。お礼と言っては何ですがMr.ノヴァが帝都に着き次第子供達の体調が回復する事をお約束しますよ』
「直ぐに向かう。これ以上住民達には手を出すな」
ノヴァがそう告げた直後に襲撃の勢いが目に見える形で止まる。
キャンプを襲撃してきたクリーチャーはまるで潮が引いていく様にキャンプから遠ざかる。
だがいなくなった訳ではない、エドゥアルドの命令が下れば再び襲撃を行える位置に留まっているだけだ。
だが、そうであっても襲撃は一時的には止まったのだ
「時間を稼ぐ、防衛体制を整えてくれ」
「ですが────」
「戦端が開かれた時点で俺達の負けだ。キャンプの防衛体制は対ミュータント、対人を想定しているが今回は違う、純粋な物量で磨り潰しに掛かられたらキャンプは崩壊する」
キャンプには軍部と内政部で作り上げた防衛体制があり、その内容には不足はない。
それは対ミュータント、対人を想定して設計されたが今迄問題なく機能していた。
──だがエドゥアルドは奇襲があったにせよ純粋な物量を以て防衛体制を蹂躙した。
先程の襲撃から戦況は不利であるのは明らかだった。
至る所で戦線が構築され統一した指揮の元で戦えず、連携を阻害され、各個撃破される寸前であった。
そしてキャンプが負けるだけで終わらない。
エドゥアルドは狂人であり、良心の呵責なく人を素材として扱う。
彼にとってキャンプの住民が幾ら死のうと関心は無い、ノヴァを呼び寄せる生きた餌でしかないのだ。
「キャンプにおける各種システムの操作権限を引き渡す。俺がいなくても困る事は無い、寄生が疑われる人物はコールドスリープポットに。治療は出来ないが進行は食い止められる筈だ。後は……」
ノヴァの身体は震えていた。
自分が不在となる間に問題が起きない様に引継ぎをしている、それは必要な事だ。
だが口を動かしながらも頭の中には幾つもの不安が、心配が、恐怖が生まれた。
本当にエドゥアルドに付いて行けば襲撃は止まるのか、帝都に連れて行かれた自分はどうなるのか、時間を稼いでも無駄ではないのか。
──だけど、だけど、それしか自分は選べないのだ。
徹底抗戦を選んで勝てるのであれば、もしかしたら戦う事を選んだかもしれない。
だが勝てるビジョンは思い浮かばない。
現状のまま戦闘を続けても圧倒的な物量に誰もが磨り潰されるだけだ。
ノヴァを除いて誰一人生き残らない、それを防ぐ方法は一つしか与えられていない。
本来のタチアナであればノヴァがエドゥアルドの下に向かう事を諫め止めるべきなのだろう。
だが最早何を言えばいいのかタチアナには分からなかった。
それ程までに僅かな時間で自分達ではどうしようもない程にキャンプは追い詰められてしまったのだ。
「ボス……」
「俺が不用意に『新年祭』をするといって呼び寄せてしまった責任だ。奴は俺がどうにかする。だから……、後は頼む」
そう言ってノヴァは何も言えばいいのか分からずに俯くタチアナの傍を通り過ぎていく。
「必ず迎えに行きます。ですから諦めないで下さい」
去っていくノヴァの背中に向けてタチアナは振り絞るような声を出す、彼女に出来るのはそれだけだった。
監視施設に詰め掛けた職員達の誰もが俯き、時には涙を流しながらノヴァへと道を譲る。
そうして多くの人に見送られながらノヴァは正面玄関に辿り着いた。
「エドゥアルドやはり、お前なのか」
「はい、ウェイクフィールド以来ですねMr.ノヴァ」
其処にいたのは間違いなくノヴァが知るエドゥアルド本人であった。
声も姿形も何もかも変わらない一人の狂った科学者が其処にいた。
「お前に付いて行く前に子供の治療をさせてくれ。まだ助かる可能性がある」
「構いませんよ。ですが逃げないで下さいね」
ノヴァはエドゥアルドの元に進む前に右腕を吹き飛ばされ今にも死んでしまいそうな子供の治療に取り掛かる。
止血を施し、暴露された傷口を塞ぐように手持ちのガーゼを全て使い包帯を巻く。
時間が経ち過ぎた、血を流し過ぎた事で顔は青白く染まり、だが苦痛を叫ぶことは無い。
「ごめん……」
無表情のままの子供に治療を施したノヴァは立ち上がる。
その後ろからカートに載せられたサイボーグ部隊の隊長が職員によって運ばれて現れた。
「貴様ァ……」
「おやおやおや、あれ程大口を叩いて介入を拒んだのに、蓋を開けてみれば全ての作戦が失敗した隊長ではありませんか!」
「なんだと!?」
「助けられた事さえ理解できぬ程愚かなのですか貴方は。それとも情報部のエースとしてのプライドが邪魔をしているのですか? まぁ、貴方の行く末には興味は無いので大人しくして下さいね」
ノヴァと一緒に連れてこられたサイボーグ部隊の隊長はエドゥアルドを憎悪の籠った目で睨みつけるが本人は大して気にも留めなかった。
そしてエドゥアルドの言葉が終わると同時背後に控えていた大柄の男性が動き出す。
それと同時に移動によって身体を覆っていた布が振り落とされ人間とは異なる造形を持つクリーチャーの姿が露になる。
その姿に職員とサイボーグ部隊の隊長は息をのみ、だがクリーチャーは男の心情などを介さずに荷物を持つように四肢の無い身体を抱えた。
「それでは予定とは違いますが、Mr.ノヴァ、貴方を帝都まで招待させて頂きます」
そう言ってエドゥアルドは大勢の職員達に睨まれながらもノヴァをキャンプから連れ去った。
そしてキャンプを取り囲んでいたクリーチャーが見向きもせずに離れて行く──お前達には殺す価値すらないと言うかのように。
後に残されたのは打つ手無くノヴァを見送る事しかできなかった者達だけであった。
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