第116話 あともう少し
『レッドパージ』、それはキャンプの占拠を企む共産党勢力、その戦力の中心を担う共産党軍に先制攻撃を行う軍事作戦名である。
作戦においてノヴァが最低限求める成果は共産党軍が保有する装甲突撃列車の完全破壊、キャンプ侵攻の為に集積している武器・軍需物資の焼却である。
そして命令を受けたグレゴリー指揮下のプスコフはノヴァの定めた目標を達成可能な作戦を立案し、ノヴァによる最終承認を経て作戦を実行に移した。
実行に移された『レッドパージ』、その知らせを受けたプスコフの隊員は大げさに騒ぎ立てる事無く、されど誰もが戦意を漲らせた。
何故ならプスコフにとって共産党軍は因縁のある相手であるからだ。
彼らが落ちぶれる事になった原因、二十年前にメトロに密かに建造されていた軍事シェルターを発見し、利用していたプスコフを共産党は事前通告なく襲撃しシェルターの強奪を企んだのだ。
まるで波の様に押し寄せる共産党軍、人命を顧みずそれどころか後方に配置された督戦隊によって追い立てられる、粗末な武装をしただけの人民という名の肉壁。
プスコフが幾ら優れた戦闘能力を持っていようと数によって磨り潰す狂気としか言いようがない共産党の攻勢を前にプスコフは押し込まれ、最終的にはシェルターを放棄する一歩手前まで追い詰められた。
そしてシェルター放棄が目前に迫った時、当時のプスコフ上層部は困難な判断を迫られた。
生き残ったプスコフの生存を最優先してシェルターを開け渡すか、或いはシェルターを共産党が利用できない様にプスコフ諸共自爆させるか。
細工を施す時間も無い、共産党軍に降れば生存は出来るかもしれないがプスコフは今後共産党の走狗として使い潰されるだろう。
自爆を選べばシェルターに保管されている物資を共産党が利用する事は出来ない、だがプスコフは逃げる事が出来ずに壊滅する。
二者択一、どちらか一方しか選べない窮地にプスコフは追い込まれた。
だがプスコフの隊員にいた一人──当時からプスコフ最強と呼び声高かった若きセルゲイは単独で共産党軍が蠢くシェルターに潜入、上層部の判断を仰ぐことなく独断専行でシェルターの自爆スイッチを押した。
鳴り響く警報、突然の事態に慌てふためく共産党軍とは正反対に事態を理解したプスコフは即座にシェルターの自爆範囲から全力で部隊を逃走させ、壊滅を免れることが出来た。
反対に自爆に巻き込まれた共産党軍は壊滅的な被害を受け戦力の再建に長い時間を必要とする羽目になった。
窮地を脱したことに誰もが涙を流したが其処からプスコフの長い苦難が始まった。
乏しい武装に数を大きく減らした部隊、そして共産党軍に敗れたという情報は瞬く間にメトロに広がり名声は失墜した。
買い叩かれ、捨て駒にされ、見捨てられた、生き残った事を喜んでいたいた筈が戦いの中で死ねなかった事を悔やんだ。
理性ではセルゲイの行動によって自分達は助かったと理解している、だが感情はそうもいかなかった。
その時の辛く苦しい記憶は未だに薄れる事無くプスコフの脳に刻み込まれている。
だからこそ彼らはこの千載一遇の機会を逃すつもりはない。
何度も作戦を見直し、抜け穴を潰し、部隊を練成し、武装を完璧に整えた、失った牙を取り戻したのだ。
後は怨敵の喉笛に喰いつき引き裂くだけ、そして待ちに待った日は訪れ──。
「プスコフが一日でやってくれましたよ、先生」
「いや、早くない?」
作戦の経過を序に知らせに来たアルチョムによってもたらされたプスコフの戦果。
それはノヴァとしても想定外の早さであり、たった一日で共産党軍が壊滅状態になるという想定外の大戦果であったのだ。
「それは仕方ないかと。共産党軍の拠り所である人海戦術が通用しないのであれば士気がガタガタになるのは当然でしょう」
「……グレゴリー達に過去の戦闘を聞いていたのは正解だったようだな」
プスコフの襲撃を受けた共産党軍は多大な犠牲を出しつつも反撃、数に任せて人民と言う名の肉盾をプスコフに差し向け圧殺しようとした。
だがメトロという閉鎖空間と今回の襲撃でプスコフが投入した武装──ノヴァが建造したキメラ戦車の吐き出す火炎放射器が凶悪な戦果を叩き出した。
押し寄せる共産党軍が一人残さず身体を焼かれ火達磨となる、仮に炎を越えても濃密な弾幕が貧相な防具を撃ち貫いた。
たった二両のキメラ戦車が共産党軍の人海戦術を防ぎ無力化した。
その衝撃はプスコフより共産党軍の方が大きく、敵ながら哀れになる程に動揺していたようだ。
「特に作戦に参加した父も目を見張るような活躍をしたそうです。共産党軍の後方に単身で侵入して士官クラスを軒並み始末したようです」
「因縁があるとはいえ張り切りすぎだよ、セルゲイさん……」
プスコフから離れたと言っていたセルゲイだが作戦の開始と同時にプスコフに同行。
蟠りを解消したグレゴリーの指揮下で『皆殺し』の異名に恥じない戦果を積み上げていたと聞かされたノヴァは何とも言えない表情をするしかなかった。
「まぁ、これで共産党は瀕死の状態、周りの駅も放っておかないだろうから暫く余計な行動はとれないだろう」
とは言え、『レッドパージ』作戦はノヴァの定めた目標を全て達成。
装甲突撃列車は事前に調査を行い判明した全てを破壊、侵攻の為に集積していた軍需物資も軒並み焼却し戦力として見れば共産党軍は崩壊したも同然である。
加えてセルゲイの戦果により大量の士官クラスを失った共産軍は組織だった行動を採る事は困難になった。
共産党に残ったのは現場を理解していない政治屋だけになり今回の責任の所在を巡って粛清の嵐が吹き荒れ当分の間は身動きが取れないだろう。
そうなれば周囲に存在している他勢力が動き出すのは必然であり、防備の薄い駅を切り取るか報復攻撃を行うだろう。
其処から先の事は分からないが襲撃以降は関与するつもりがないノヴァにとって余計な行動をしないのであればこれ以上共産党を注視する理由がない。
ノヴァにとって共産党とはその程度の存在なのだ。
「それで例の探し物はどうだ?」
「商業用の小型核融合炉を幾つか発見しましたが損傷が激しいです。これでも利用できるのですか?」
「……アルチョムが見つけた核融合炉は一見した限りでは本格的な修復が必要だ。だが使えない事もない、電気は幾らあっても困らないからな。キャンプに使う以外でも帝国式小型核融合炉を解析できれば他の駅との取引にも使えるだろう。いざとなれば完全補修した核融合炉の代価に色々と条件を飲ませる事も出来る」
「分かりました核融合炉の探索は工業地域を重点に行います」
ノヴァにとって今現在最優先する事はキャンプの継続した発展と安定である。
アルチョムに探索を依頼した核融合炉もその一つ。
住民の増加に合わせ空調や下水処理、食料生産等の施設の稼働に必要とされる電力は増加の一途である。
現状のままであればキャンプの発電量に問題は無いが、増え続けていく住民を前にすれば消費電力の増加の機会を見逃す事は出来ない。
またキャンプ以外でも稼働する小型核融合炉はメトロにとって喉から手が出る程欲する代物である、上手く使えば他の駅を味方に引き込める切り札としても運用できる。
「それともう一つの探し物であるアンドロイドは未だに見つかっていません」
だがノヴァがアルチョムに依頼したもう一つの捜索、アンドロイドの発見・回収は全く進んでいなかった。
「……そうか。帝国は民間レベルでのアンドロイド導入に後ろ向きだったと過去の記録にはあったが、まさかザヴォルシスクの内外に一体もいないとは。いや、連邦に対する破壊工作を考慮してなのか?」
民間レベルで積極的にアンドロイドを運用していた連邦とは違い、帝国はアンドロイドの投入に後ろ向きであり民間には殆ど普及していなかった。
帝国においてアンドロイドの普及に一体どの様な問題があったのか今のノヴァには知る術はない。
過去の記録に残っているのは様々な論争があったものの普及には至らなかったという事実だけだ。
「まぁ、これ以上考えても仕方がない。アルチョムの探索部は暫く休んでくれ。最近は無理をさせていたからな、休暇は長め、手当も弾もう」
「ありがとうございます」
しかし何時までも答えの出ない問題に頭を悩ませるのも無駄である。
そう考えたノヴァは思考を止め、核融合炉とアンドロイドの探索を任せていたアルチョムを労い、報酬と休息が書かれた書類を渡す。
書類に目を通し上機嫌になって執務室から去っていくアルチョムの姿を見送ったノヴァは椅子に深く腰掛けて何とはなしに天井を眺めていた。
「これで間近にあった厄介な問題は殆ど片付いた。後は電波塔に専念するだけだ」
移住希望者の出現から始まったキャンプの拡張計画、一か月以上に及び様々な出来事があった日々であったが共産党問題が片付いた事でノヴァは漸く落ち着くことが出来た。
未だ細かな仕事が幾つか残っているもの、時間経過で解決するものが殆どであり慌てる必要はない。
何はともあれこれで漸くノヴァは本来の目的に専念できる環境が整ったのだ。
今迄後回しにせざるを得なかった作業にノヴァは取り組もうとし──、執務室の扉が叩かれると共にタチアナが部屋に入って来た。
「おめでとうございます、ボス。共産党勢力を壊滅させたことでキャンプの名声はまた一段と高まりましたね」
「これ以上高まって欲しくは無いよ。こちとら基本的に平和に過ごしたいだけなの、Love&peaceなんだよ。なのにもう……」
執務室に入ってきたタチアナは共産党に勝利したことを我がことの様に喜んでいるがノヴァは同じ気持ちになれなかった。
必要であったから戦っただけであり、不必要であればノヴァは共産党と戦うつもりは無かったのだ。
「ふふっ、本当に無欲ですね。ですが現状のキャンプの戦力は周囲一帯に存在するどの勢力と比べても突出しているので注目は避けられません」
「……分かっているさ」
「ですが受け身のままのボスも悪いかと。周囲の勢力からすれば分かりやすくメトロを支配すると宣言してもらった方が身の振り方を決められますよ」
「いやだよ、メトロの天下統一なんて絶対面倒だよ」
「帝都にでも攻め込みますか? 立地的に見ても帝都はメトロの中心にある要所、戦略的にも対外的にも美味しい場所ですよ」
「しないって、なんで帝都に上洛する流れなの?」
タチアナの指摘が的外れではない事はノヴァにでも分かる。
無欲でありながら強力な戦力を保有しているノヴァを理解出来ない、或いは潜在的な脅威であると見做している駅も何処かにはあるだろう。
タチアナの言う通りに戦力に見合った野望、或いは欲望を前面に押し出せればメトロの各駅も同調するか反発するかで分かりやすい反応を返してくれるだろう。
だがその先に待つのはメトロを舞台にした戦国時代の幕開けである。
そんなものは御免である、ノヴァにしてみれば今以上に厄介な問題を態々起こすつもりは毛頭ないのだ。
多少面倒であっても平和が第一、それがノヴァの考えである。
「第一帝都侵攻の神輿になる人物も正当性も此方には無いからね」
「ふふっ、大丈夫ですよ。私に任せてくれれば全て整えますよ」
「……ははは。勿論冗談だよね、タチアナさん顔怖いよ」
「ふふふ」
ノヴァの目の前に立つタチアナの口は朗らかに笑っている、だが目が笑っていない。
細められた切れ長の瞳、其処から醸し出される言外の圧は元から美人な女性であることを加味しても中々の迫力であった。
「あ、ゴメン時間だわ! あと取引に使えそうな核融合炉を幾つか作る予定だから細かい部分は頼んだ!」
そして圧に耐え切れなくなったノヴァは言い訳と共に椅子から立ち上がるとそそくさと移動を開始、執務室から出て行こうとした。
「気が変わったら何時でも言って下さい。手筈は整えますから」
「変わらないから!」
執務室から去るノヴァの背中に向けてタチアナは短く語り掛け、ノヴァは即答すると執務室から出て行った。
執務室の中で遠ざかる足音を一人聞いていたタチアナは足音が完全に聞こえなくなるとポツリと独り言を漏らした。
「……本当に可愛い人ですね」
その言葉を聞くものはタチアナ以外には誰もいなかった。
◆
キャンプ中央に位置する電波塔。
以前は大量のミュータントが棲み付き、ノヴァが粗方駆除し終わった後は移住者問題で放置されていた施設であった。
だが今は多くの人が出入りをしており電波塔の機能復旧に向けて働いており──。
「マリソル中尉~、マリソル中尉~、何処にいるの~?」
ノヴァはど真ん中で大声を出して人を探していた。
その光景を何度も見た事がある作業員達は呼び出された人物の苦労に思い馳せると共に今度はどんな難題を吹っ掛けられるのか耳を傍立てていた。
「此処にいますよ」
そしてノヴァから呼び出された人物は至って特徴の無い人物であった。
眼鏡を掛けた中年男性であり着込んでいる作業着は所々汚れていた。
だがその没個性的な顔を見たノヴァは先程まで一緒にいたタチアナとは違い言葉で上手く表現できない安心感に包まれた。
「うう、マリソル中尉。君はそのままでいてくれ」
「貴方は何を言っているのですか」
ノヴァの突拍子もない言動に呆れるしかないマリソル中尉であったが、頭を切り替えると自分の作業場所にノヴァを案内した
「それで修復は何処まで進んだ?」
「復旧は八割完了、後は細かな調整とアンテナを電波塔に取り付ければ終わりです」
「漸く修復が終わるのか」
「はい、後は機材が問題なく稼働するのか確認を終えれば何時でも使用可能です。問題があるとすれば通信ですが、こればかりは何度も試してみないと分かりません」
マリソル中尉はコールドスリープポットから目覚めた人物であり元は帝国陸軍通信部隊に所属していた技術士官である。
目覚めてからはコールドスリープポットから目覚めた他の人物達と同じように混乱していたが落ち着きを取り戻してからは生活の糧を得る為にノヴァの下で働くこととなった。
技術士官としての経歴は伊達ではなく電波塔の修復を任されてからは同じようにコールドスリープポットから目覚めた帝国軍人達を集め少しずつ修復を進めていた。
その甲斐もあり電波塔の修復はノヴァの予想を超えて進行し修復は目前となった。
「となると問題はエイリアンの気象兵器か。マリソル中尉の話を聞くまで信じられなかったが認めるしかないな」
──だがマリソル中尉によって電波塔とは別のエイリアンの気象兵器による広範囲に及ぶジャミング問題が浮かび上がった。
「ボスの通信相手、連邦まで電波を飛ばそうとするのであればジャミングを前提として高出力で電波を照射するしかありません。ですが……」
「どの位の出力が必要なのかは不明。まぁ、やるだけやる、それしかないさ」
エイリアンが建造した地球テラフォーミング用の気象兵器、戦時中に発見され事態を重く見た帝国空軍によって破壊された──と当時いた部隊の噂話で聞いたらしい。
だがザヴォルシスクの──、激変した故郷の環境を見たマリソル中尉はエイリアンの気象兵器は今でも稼働していると答えた。
そして中尉の発言を裏付ける様にエイリアンの前哨基地から抜き出した通信装置の計測データから広範囲に及ぶジャミングを検知したのだ。
だがそれを考慮した形でマリソル中尉は電波塔の通信設備を再建していた。
「皆もう少しだ、もう少しで届く」
ルナ、サリア、デイヴ、アラン、五号、……あとマリナやアンドロイド達。
遠く離れた家族に連絡を取れるようになる日は確実に近付いていた。
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